表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バタフライ・エフェクト/Butterfly Effect  作者: 蒼春-Aoharu
第一章 幻想神域の異端者(イレギュラー)
10/12

第九話 怪逅



 夜の街は、どこまでも静まり返っていた。

 人の気配は薄く、灯だけがやけに浮いて見える。

 龍三は記憶を辿るように、足を止めることなく歩き続けていた。

「まずは……あいつがよく行ってた場所からだな」

 ぽつりと呟く。

 公園、ゲームセンター、コンビニ――

 思いつく限りの場所を順に回る。

 だが。

「ここもいない、か……」

 どこを探しても、大河の姿は見当たらなかった。

 確かな手応えがないまま、時間だけが過ぎていく。

 焦りと不安は、募る一方だった。

 そして。

「……最後は、ここか」

 龍三がゆっくりと足を止める。

「ほう……」

 目の前に広がる光景を見て小雪が感嘆の声を上げた。

 そこは、昼間に大河と最後に別れた場所――商店街だった。

 頭上を覆う広いアーケードの下。

 昼間であれば買い物客や子供たちの声で賑わい、絶えず人の流れが行き交っているはずの通り。

 その中央を貫く一直線の道は、今は何処までも見通せるほどに、がらんと空いていた。

 深夜だからだろうか、人の気配がまるでない。

 不気味なほどに静まり返っている。

 シャッターの下りた店が等間隔に並び、ガラス越しに見える店内も消灯して真っ暗だ。

 本来なら明るく開けた場所のはずなのに、今はただ、無機質な空洞ようだっだ。

 そんな人気のない商店街を小雪と一緒に歩いていると――

「……龍三」

 不意に、小雪が龍三を呼び止める。

「どうした?」

 龍三が隣を見ると、小雪は既に前を向いていなかった。

 視線は、通りの奥でも中央でもない。

 商店街の外れ。

 建物と建物の隙間に押し込まれるようにして口を開けた、細い路地裏の奥。

 光の届かない、濃い暗闇の中。 

「この先より、穢れの気配がする」

「……!」

 龍三の背筋に冷たいものが走る。

 視線の先は商店街の外れだが、そこは大河と最後に分かれた場所の直ぐ近くだった。

(まさか……)

 嫌な予感が、ここに来て確信に近い形で膨れ上がる。

 ここは大河のバイト先からそう遠くない場所にある。

 バイト終わりに、この辺りで石化事件に巻き込まれた可能性は、十分に考えられた。

 龍三が生唾を飲み込む。

 引き返すという選択が、一瞬だけ脳裏をよぎる。

 危険なのは明らかだった。

 この先にあるのは、龍三の知る日常とはかけ離れた、非日常。

 龍三のような人間が、安易に踏み込むベきではない領域だ。

 それでも――

「……行こう」

 そう言って、龍三は迷いなく踏み出した。

 小雪も「うむ」と短く応じ、その後に続く。

 意を決して、夜の帳が下りた闇の中へ。


 路地裏に足を踏み入れた瞬間、外の空気がすっと遠のいた。

 背後の商店街の気配が、嘘のように消える。

 細い通路。

 左右の壁は近く、逃げ場を奪うような閉鎖感があった。

 光がほとんど届かない

 奥へ進むほどに、闇が濃くなっていくような気さえする。

 足元もおぼつかない。

 僅かな段差や、散乱したゴミに足を取られそうになる。

「……流石に、暗すぎるな」

 龍三は小さく呟いた。

 手探りで探すには限界があると感じた龍三は、ポケットからスマートフォンを取り出す。

 ライトをつけると、白い光が闇を押しのけるように広がった。

「……この先じゃ」

 小雪が足を止め、静かに告げる。

「穢れの気配が濃くなってきておる。近いぞ……」

 龍三は無言で頷き、光を前に向けたまま進む。

 空気が重い。呼吸する度に、胸の奥へ異物が入り込んでくるような不快感。

 暫く歩いていると、

 ライトの光の端に、何かが映った。

「……あれは……?」

 龍三が足を止める。

 眉を寄せ、光の端に映ったものの正体を探るため、更に光を向ける。

 その瞬間。

 それは、はっきりと浮かび上がった。

「な……っ」

「これは……」

 龍三が思わず息を呑み、小雪がその異様な光景を見て言葉を失う。

 光の先。

 路地の奥に、いくつもの人影が立っていた。

 全く微動だにしないそれは、まるで時間ごと切り取られたかのように、完全に静止している。

 その正体は、人間の形をした石像。

 石化事件の被害者達だった。

 その表面は灰色にくすみ、光沢を失い、完全に石と化している。

 ライトの光がゆっくりとそれらをなぞる。

 そして、その中の一体に光が止まった瞬間、龍三の呼吸が止まった。

「……大河?」

 微かな声。

 信じたくないという感情が滲む。

 そこに居たのは――

 見覚えのある姿。見慣れた服装。見間違えるはずのない――顔。

 龍三の親友、大河の姿だった。

「大河!」

 反射的に叫び、龍三が駆け出す。

「……そんな」

「この者が、龍三の友人なのか?」

「ああ、間違いねぇ。俺の友達だ……でも、なんで……」

 嫌な予感は当たっていた。

 大河は、石化事件に巻き込まれていた。

 親友との最悪な形での再会。

 その現実を受け止める暇もなく――


 ――ギィ……


 突然、微かな異音が、路地の奥から響いた。

「……?」

 龍三はぴたりと動きを止め、眉を寄せる。

 耳を澄ます。

(なんだ?)

 

 ――ギィ……ギィ……


 今度ははっきりと聞こえた。

 なんだろう? まるで何か硬いものを地面に擦り付けながら、ゆっくりと引きずっているような――嫌に生々しい音。

 金属が石を削るような、不快な擦過音(さっかおん)が路地の奥から聞こえてくる。

「今の音は……?」

 小雪も気づいたらしい。

 静かに顔を上げ、音のする方へ視線を向ける。

 その瞳に、僅かな警戒が宿る。

「龍三、下がっておれ」

 そう言うや否や、小雪は一歩前へ出る。

 光の届かない奥へ――

 その気配を真正面から迎え撃つように、身を乗り出した。


 ――ギィ……ギィ……


 音は止まらない。

 いや、むしろ、少しずつ大きくなっている。

 距離が近い。


 ――ギィ……ギィ……


 一歩、また一歩と何かがこちらへ近づいて来る。

 龍三の喉が、ひくりと鳴った。

 無意識に、スマホを握る手に力がこもる。

 震えを抑えながら、ライトを奥へと向ける。

 その時。

 ライトの先――闇の中で、何か長い影が、ずるりと”引きずられる”ように動いた。

「……っ」

 息が詰まる。

 次の瞬間。


 ――ギィィィ……ッ!!


 耳を引き裂くような金属音が、狭い路地いっぱいに響き渡った。

 その直後、音が止まる。

「……っ」

 張り詰めた静寂。

 ライトの先――闇の奥を、龍三は睨みつける。

 ざっ……

 小さな足音が、ひとつ。

 闇の中から、何かが踏み出した。

 まず見えたのは――刃。

 白い光を受けて鈍く光るそれは、まるで巨大な菜切り包丁のようだった。

 その切っ先が、地面に触れている。

 あの金属音の正体は、あれが地面に擦れていた音だったのだと理解する。

 次に見えたのは、その柄を握る手。

 ひび割れたようにも見える、黒ずんだ皮膚。

 人の形をしているはずなのに、どこか歪だ。

 肌はくすんだ土色で、生気がない。


 さらに一歩。

 闇の中から、そいつはゆっくりと姿を現した。


 頭に被っているのは、編み込まれた細い竹で作られた籠状の被り物――顔全体を覆い隠す、天蓋だった。

 対照的に、上半身の着物は無造作にはだけ、肉体を無防備に晒している。

 だが、その質感は生き物のそれではない。

 人間の身体のはずなのに、”生きている温度”がまるで感じられないのだ。

 その異様さに、龍三の背筋を冷たいものが走る。

「……っ」

 見ただけでわかる。

 これが……妖魔。

 人と呼ぶには、あまりにも歪な姿。

 顔は見えない。だが、その奥から視線だけが、ねっとりと這うように向けられる。

「異様な霊力の気配を感じて、気になって来てみれば……」

 低く、濁った声。

 まるで土を練り合わせたような、不快な響き。

 その視線が、小雪へと向けられる。

()()()の次は、巫女の退魔師か」 

 嗤っている。獲物を前にした、歪んだ愉悦。

「貴様らも、穢れの気配を感じ取ってきたのだろう? ……実に愚かなり」

 わずかに、肩が揺れる。

「ということは、ここにいる石に変えられた者達は、全て貴様の仕業か?」

「如何にも。俺が石に変えた」

 何の躊躇いもなく、妖魔は肯定する。

(こいつが……)

 龍三は、無意識に奥歯を噛み締めた。

 大河を、罪のない人達を石に変えた張本人。

 この石化事件の――全ての元凶。

「どうだ? なかなか、良い表情をしているだろう? 石に変える時のあの恐怖に歪んだ顔。今思い出しても高揚する」

「外道め……」

 小雪が低く吐き捨てる。

「今宵は豊作だ。何もせずとも、次から次へと獲物の方からやってくる」

 巨大な菜切り包丁が、ゆらりと持ち上がる。

 刃先は、龍三と小雪へ向けられた。

「お前たちも、すぐに石に変えてやろう。なあに、痛みはない。軽くなぞるだけだ……肌を。それで全て終わる」

 その瞬間。

「――それ以上近づくな」

 小雪の声が静かに空気を断ち切った。

 その佇まいは小柄でありながら、揺るがない。

 まるで、そこに一本の境界線が引かれたようだった。

「……ん?」

 妖魔の動きが、ぴたりと止まる。

 網笠の奥。双眸が、静かに小雪へ向けられた。

「よくわかった。ならば話は早かろう。妖魔よ、石に変えられた人々を即刻、元に戻せ」

 小雪の言葉に、妖魔はこちらに向けていた刃の切っ先を下ろし、くつくつと喉を鳴らした。

「元に戻せと言われて、素直に従うとでも?」

「……っ」

「同じ台詞を吐き――石になった退魔師共を、これまでに何人も見てきた。貴様らも例外ではない」

「それとも……」と言いながら、そこで龍三へと視線が移る。

「石に変えられた人間の中に、見知った顔でもあったか?」

「……てめぇ」

 顔は見えない。だが、妖魔の口元が歪む気配は伝わってくる。

「ふんっ心配しなくとも、すぐに連中と同じ末路を辿らせてやる」

 次の瞬間――

 妖魔がゆらりと左手を持ち上げた。

「貴様らも、石の中で朽ちるまで、我が生の糧となるがいい」

 菜切り包丁を持っていない方の手。

 その掌を、こちらへ向ける。

 空気が僅かに軋んだ。

 次いで、地面。壁。足元の影。

 それらが微かに蠢くような、不気味な気配。

 だが――

「……ん?」

 妖魔が突然、動きを止めた。

 掌を掲げたまま、微動だにしない。

「待てよ……?」

 低く、訝しむ声。

 視線が、ゆっくりと小雪へ向く。

「お前、どこかで見覚えが――」

 じっと値踏みするように、探るように。

 そして。

「……いや、間違いない」

 ぎらりと、天蓋の奥にある見えない双眸が細められる。

「青い瞳に、銀色の髪をした巫女……」

 その声音に、確かな確信が混じる。

「貴様――”常夜の巫女”か!」

「……常夜の巫女?」

 龍三が思わず聞き返す。

 その横で、小雪は一切動じることなく、淡々と答えた。

「昼間の神社で、妾には幾つかの肩書きがあると言っておったろう?」

 視線は妖魔から逸らさない。

「常夜の巫女とは、その幾つかある肩書きの内の一つじゃ」

「……伝え聞いてはいたが、まさか本物だとは……」

 妖魔が、低く呟く。

「……確かに、それならこの異様な霊力の気配にも納得がいく」

 握る刃に、僅かに力がこもる。

 ぎし、と柄が軋む音だけが静かに響いた。

「……こいつは僥倖(ぎょうこう)だ」

 空気が、重く沈む。

「まさか生きているうちに――常夜の巫女と相見(あいまみ)えようとは」

 ――生きているうちに。

 既に生者の理から外れた存在が、何の疑いもなくそう口にする。

 その矛盾こそが、目の前の”それ”がなんであるかを何より雄弁に物語っていた。

 妖魔の視線が、ゆっくりと小雪に定まる。

 それまで、石と化した被害者たちを淡々と狙っていた動きとは、明らかに違う。

 空気が凍るような静寂の中で、その視線は明確に小雪だけを捕えていた。

「貴様、一体何者じゃ?」

 不気味に思った小雪が短い問いを投げかける。

「我が名は土鬼(どき)。なに、覚える必要はない。すぐに不要になる」

 声は低く、抑揚がない。

 だが、その言葉だけが、やけに耳に残った。

「何故、月の姫がこの穢土(えど)に降りて来ているのか、理由は知らんが……これはまたとない機会だ」

 土鬼の廃物のような魔の手が再びかざされる。

 指先が僅かに歪み、土がひび割れるような音が微かに鳴った。

「常夜の巫女よ、大人しくその身柄を差し出すがよい」

「……っ!」

 その瞬間、理屈を超えた衝動が龍三の胸を突き上げた。

「龍三……!」

 小雪が目を丸くする。

 気づくと、龍三は無意識のうちに小雪の前に立っていた。

 小雪は不可神域によってあらゆる攻撃を拒絶し、無効化できる。

 しかし、それを知りながらも、本能が彼を前に突き動かしたのだ。

 恐怖が足をすくませる一方で、男として――守るべき者を前に立たせるわけにはいかなかった。

 土鬼が低く唸る。

「興を削ぐなよ? 坊主。俺はな、そこにいる巫女に用があるのだ。わかるか?」

 見たところ、霊力の気配は微塵も感じられない。退魔師でもなければ霊能力者でもない――なぜこの若者が常夜の巫女と行動を共にしているのか、土鬼には理解できなかった。

「……っ」

 それでも、龍三は小雪を庇うように前に出たまま動こうとしない。

 その光景を見て、天蓋の奥に隠れた土鬼の口元に苛立ちの影が滲む。

「どうやら先に死にたいらしいな。よかろう。邪魔をするのならば、まずはお前から始末する」

 その言葉と同時に、土鬼の殺気が龍三を包み込むように押し寄せた。


 ――次の瞬間。


 ドォンッ!!

 轟音が、狭い路地裏を震わせた。

 同時に、土鬼の上半身が内側から弾けるように勢いよく吹き飛ぶ。

「……は?」

 龍三の口から間の抜けた声が漏れる。

彼奴(あやつ)から殺気を感じ取った。龍三、今のうちじゃ。急いでここより離れるぞ」

 どうやら、小雪が拒絶能力で小石を弾いてぶつけたらしい。

 土鬼の身体は見るも無残に崩れ、もはや原型を留めていなかった。

 小雪が迷いなく龍三の手を掴む。

「……でも、あいつ、死んだんじゃ……?」

「いや、今のは妾の能力で小石を飛ばしただけにすぎん。小石そのものに霊力は纏っておらんからな。あれでは致命傷にもならんじゃろう」

「そんな……っ!」

 龍三が言葉を失った、その時。

 目の前で、吹き飛んだはずの土鬼の身体が――

 ゆっくりと、だが確実に再生を始める。

 失われた土鬼の上半身――その断面がぴくりと蠢いたかと思うと、今度は内部から肉が押し出されるように滲み出し、形を成し始めた。

 まるで粘土をこね直すように、失われた上半身が再び元の形を取り戻していく。

「まじかよ……」

 龍三は思わず声を漏らす。

「急ぐぞ!」

 小雪が強く腕を引いた。

 反射的に身体が動き、龍三はそのまま路地裏へと駆け出す。

 その視界の端に――石化したままの親友の姿が映った。

(大河……っ! ごめん! あとで必ず戻ってくるから)

 胸を締め付けるような悔しさを押し殺し、龍三は心の中でそう思う。

 二人はそのまま路地裏を駆け抜け――

 静まり返った商店街へと飛び出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ