第二十二話 記憶の残響と不吉な未来
部屋は暗かった。
窓の外に広がる住宅街から、街灯や家々の明りがカーテン越しに淡く差し込み、室内をぼんやりと照らしている。
それでも、部屋の隅々まで見渡せるほどの明るさはない。
ベッドの上では、龍三が静かに横たわっていた。
目を閉じたまま、身じろぎ一つしない。
その傍らには、小雪が寄り添うように座っていた。
膝の上に両手を重ね、じっと龍三の顔を見つめている。
ただ眠っているようにも見える。けれど、その寝顔はあまりにも静かすぎて、まるで魂だけがどこか遠くへ行ってしまったかのようだった。
規則正しい呼吸音だけが、静かな寝室に響いている。
『意識と外界の境界を、一時的に断っただけですから。時間が経てば、ちゃんと目を覚まします』
去り際に狭霧が告げた言葉が、頭の中で何度もこだまする。
狭霧の能力がどのようなものなのか、小雪もよく知っている。だからこそ、あの言葉に嘘偽りはないのだろうと思う。時間が解決してくれるはずだと、頭ではわかっているのだ。
それでも、胸の奥に広がったざわつきは一向に消えてくれない。
「……龍三」
小さく名前を呼びながら、小雪はそっと手を伸ばし、龍三の無骨な手を両手で包み込んだ。微かに伝わる体温だけが、今の小雪にとって頼みの綱だった。
「……」
脳裏に浮かぶのは、今から少し前の光景。
意識を失った龍三。そのすぐ傍には、同じく意識を失った凛が横たわっていた。
龍三は傷こそないものの、呼びかけても目を覚まさない。一方の凛は、身体のあちこちに傷を負い、身動き一つしない。
その姿を目にした瞬間、小雪の中で何かが切れた。
普段の穏やかな表情からは想像もつかない程の剣幕で、狭霧を叱りつけたのだ。
『狭霧!』
あの時の声が、まだ耳に残っている。
『いくらなんでも、やり過ぎじゃ!! 龍三も、凛も……なぜこのような目に遭わせた!?』
対する狭霧は感情を荒げることもなく、淡々と事情を説明した。
そして狭霧の説明を聞くうちに、小雪は何も言えなくなった。
龍三は狭霧の能力によって意識と外界を一時的に断たれているだけで、身体そのものを傷つけられたわけではない。時間が経てば、自然と意識を取り戻すという。
一方、凛については事情が違った。
凛が属する忍びの一族は、古くから仁義と掟を重んじる一族だ。
月の都とは長年にわたる協力関係にあり、その庇護を受ける代わりに妖魔退治や諜報活動などを請け負っている。
そんな一族に身を置く凛が、よりにもよって月の姫巫女である小雪の所在を知りながら、上への報告を怠っていたのだ。
小雪が月の都にとってどれほど重要な存在であるか、凛も知らなかったわけではない。
たとえ本人から頼まれたことであっても、それで済まされる話しではなかった。
もしこの一件が一族の上層部に知られれば、凛が厳しい処罰を受けるのは避けられない。場合によっては、一族と月の都との関係にまで影響が及びかねないという。
それを危惧した狭霧は、事が明るみに出る前に、自らの手で凛へ誅を下したのだ。
無論、それで凛のしたことが帳消しになるわけではない。それでも、一族の裁きに委ねるよりはましだと、狭霧はそう判断したらしい。
そして小雪には、凛が報告を怠った理由が痛いほど分かっていた。
地上にいることを、まだ月の都には伏せてほしい。
そう凛に頼んだのは、他ならぬ小雪だったからだ。
千年以上もの間、小雪は天岩戸の中にある天御社で暮らしてきた。
外に出ることも叶わず、永遠に変わらない景色の中でただ、長い時を過ごすだけの日々。外の世界へ出ることなど、考えることすら許されなかった。
そんな小雪が、偶然にも地上へ降りることができた。
そして、龍三と桜華に出会い、十年ぶりに凛とも再会した。
一緒に食事をして、言葉を交わして、笑い合う。
それは、千年以上もの間、決して手にすることができなかったかけがえのない時間だった。
だから、もう少しだけ。
ほんの少しだけでいいから、三人と一緒にいたい。
月の都に居場所が知られれば、すぐに迎えが来てしまう。
そうなれば、また天岩戸へ連れ戻される。
せっかく手にしたこの時間も、龍三や凛、桜華と過ごした日々も、全て終わってしまう。
小雪はそれが嫌で、凛に口止めを頼んだのだ。
けれど、その願いを聞き入れてくれた凛が、今度は自分のせいで傷つけられてしまった。
脳裏に浮かぶのは、意識を失い、傷だらけになって倒れている凛の姿。
あのとき、凛がどんな思いで自分の頼みを引き受けてくれたのか。
今になって、そればかりが頭から離れなかった。
――コン、コン。
静まり返った寝室に、扉を叩く音が低く響いた。
「失礼します」
続いて聞こえてきた声に、小雪が顔を上げる。
扉がゆっくりと開き、凛が姿を見せた。
今の凛は、狭霧との戦いでボロボロになった浴衣に代わり、いつもの忍び衣装へと着替えていた。
黒を基調とした装束に身を包み、首元にはトレードマークの赤いマフラーが巻かれている。
長い黒髪は後頭部の高い位置で一束にまとめられ、その結び目には手裏剣を思わせる髪留めがあった。中央に空いた穴へ髪を通し、そのまま束ねて固定しているものだ。
見慣れた姿に戻った凛を見て、小雪は僅かに表情を和らげた。
「凛、怪我は大丈夫なのか?」
「はい。おかげさまで。身体の方は、もう大丈夫でござります」
凛はそう答えながら、自分の身体を確かめるように腕を軽く動かしてみる。
「そうか」
小雪は安堵したように小さく息を吐いた。
「龍三殿は、まだ……」
凛の痛ましげな視線が、ベッドの上で眠る龍三へと向けられる。
「見ての通りじゃ」
小雪も龍三の顔に視線を戻し、静かに答えた。
「……そういえば、桜華はどうしておる?」
「桜華殿も、今はぐっすり眠られています」
「そうか……」
それを聞いて、小雪はほっと胸をなでおろした。
「えっと、それで……小雪様」
「?」
凛が少し言いにくそうに口を開く。
「狭霧様から、明日の朝にはここを出立するとのことです。小雪様もそのつもりでいてください、と……」
小雪は一瞬だけ黙り込んだ。
けれど、拒む術がないことを知っている彼女は、すぐに小さく頷く。
「……わかった」
「…………あ、あのぅ……」
すると、今度は凛が何か言いたそうに、もじもじしながらその場に立っていた。
「……?」
小雪が不思議そうに見つめる。
やがて凛は意を決したように、その場に正座した。
「小雪様!」
「ど、どうした?」
突然大きな声で呼ばれ、小雪が少し驚いたように目を丸くする。
凛はぎゅっと目を瞑ると、両手を広げた。
「最後に、小雪様のこと……ぎゅって抱き締めてもいいですか!?」
「……」
思いもよらない願いに、小雪は一瞬だけ目を瞬かせる。
けれど、すぐにその表情を柔らかくした。
慈愛に満ちた笑みを浮かべ、小さく頷く。
「うむ、良いぞ」
そう言って、小雪は静かに凛の腕の中へ身を預けた。
「小雪様……!」
凛は華奢な身体をそっと、けれど離すまいとするように強く抱き締める。
腕の中にある小さな体。
伝わってくる温もり。
その存在を確かめるように、凛はしばらく何も言わず、ただ小雪を抱き締め続けた。
「……凛には、迷惑をかけたのう」
「そんなこと、ありませんよ」
凛は小雪を抱き締めたまま、少しだけ笑う。
「私、もっと沢山の人に……迷惑をかけてますから」
「ふふっ。お主は悪戯好きで有名じゃったからのう」
「もう……小雪様まで」
二人の間に、穏やかな笑いが零れる。
けれど、それも長くは続かなかった。
やがて、どちらかともなく口を閉ざし、寝室にまた静かな時間が流れる。
「……私、小雪様のこと、大好きです」
凛の声が、少しだけ震えていた。
「うむ。妾も、凛のことが大好きじゃ」
その言葉を聞いた瞬間、凛の腕に少しだけ力がこもった。
「凛……」
「せっかく、また会えたのに……」
凛の声が震える。
「もう明日にはお別れだなんて……早すぎますよ」
凛は小雪の肩に顔を埋めたまま、言葉を続ける。
「月の都へ帰ってしまったら……次は、いつ会えるかも分からないじゃないですか……」
「……」
「もしかしたら、もう二度と、会えないかもしれない……」
「凛……」
「そんなの、嫌だ……」
堪えていたものが、とうとう溢れた。
「嫌だ……嫌ですよぉ、小雪様ぁ……行かないで……」
小雪の肩に顔を押し付け、子供のように泣きじゃくる。
「凛……馬鹿者……」
小雪の目にも、いつしか涙が浮かんでいた。
「妾まで、もらい泣きしてしまったではないか……」
小雪は凛の背中へ腕を回し、今度は自分から強く抱き締めた。
「小雪様……」
「妾とて、同じ気持ちじゃ……。お主たちと、もっと一緒にいたかった……」
凛は何も答えず、ただ小雪を抱き締め返した。
しばらくの間、二人は互いの温もりを確かめるように、そうして抱き合っていた。
「……なんだか、懐かしいです」
「……ん?」
「小雪様にこうして抱き締めてもらっていると……お母さんのこと、思い出しちゃいます」
凛は小雪の肩に顔を埋めたまま、懐かしむように呟いた。
「昔から、そうだったんですよね。小雪様って、どこかお母さんに似ていて……」
「……麗に、か?」
「はい。優しくて、ちょっとおせっかいで……私が悪戯すると、こらってすぐに叱るところとか」
「むぅ……妾はそれほど口うるさくないぞ?」
「ふふっ。そういうところも、そっくりです」
「全く、お主という奴は……」
呆れたように言いながらも、小雪は凛の背中を撫でる手を止めなかった。
「……小雪様」
「なんじゃ?」
「大好きです……」
「うむ。妾もじゃ」
小雪は凛をもう一度、そっと抱き寄せた。
「凛は妾にとって、かけがえのない……心の友じゃからな」
「……はい」
しばらくして、凛は涙を拭うと、照れ隠しのように笑った。
「あー……小雪様にお恥ずかしい所をお見せしてしまいました」
そう言って立ち上がる。
「私、ちょっと顔を洗ってきますね」
「うむ」
凛は小さく頭を下げると、足早に寝室を出ていった。
扉が静かに閉まる。
小雪は暫くその扉を見つめていた。
やがて、目尻に浮かんだ涙をそっと指先で拭う。
そして、ベッドの上で眠り続ける龍三へ、静かに向き直った。
それから、どれくらい時間が経っただろう。
夜がどれほど更けようとも、龍三が目を覚ます気配は一向になかった。
「……」
小雪は、微動だにせず眠り続ける龍三の顔をじっと見つめていた。
胸の内のざわつきに耐えかねたように、そっと手を伸ばす。
細い指先が、龍三の頬に優しく振れる。
「龍三……」
指先から伝わる彼の温もりを確かめながら、小雪は愛おしそうに目を細める。
「思えば、お主とも色々あったのう」
頭の中に、龍三と過ごした短い日々の記憶が鮮明に蘇ってきた。
最悪とも言える形で出会った、最初の日。それなのに、いつの間にか自然と打ち解け、一緒に食事をして、他愛のない話をしては、顔を見合わせて笑い合った。
土鬼との戦いの中では、ボロボロになりながらも、命を懸けて自分を守ろうとしてくれた。
夏祭りも、みんなと見て回った。
地上で過ごした時間は、千年という途方もない年月に比べれば、ほんの一瞬に過ぎない。それでも、その短い時間の中で過ごした日々は、これまでのどんな時間よりも鮮やかだった。
「妾が……もっと早く、お主のことを好きなのだと気づいておれば……」
小雪の声が、静まり返った部屋に小さく、寂しげに響く。
「何か、変わっていたのかもしれぬのう」
もっと早く、この胸に抱いた想いに気づいていれば。
もっと、自分の気持ちに素直になっていれば。
もっと沢山、龍三と一緒に過ごしていれば。
そうすれば、二人を引き裂こうとしているこの運命も、何かが変わっていたかもしれない。
そんな行き場のない後悔が、次から次へと胸の奥から込み上げてくる。
「こんなことなら……もっと、お主と一緒にいる時間を作ればよかった」
小雪は潤んだ瞳で、ただ眠り続ける龍三をじっと見つめた。
「龍三。お主との思い出は……どうしてこんなにも、愉快で、楽しくて……切ないのであろうな」
吐息のような呟きを最後に、小雪は吸い寄せられるように、ゆっくりと顔を近づけていった。
「龍三……」
静かに、瞼を閉じる。
「お願いじゃ……」
届かぬと知りながらも、祈るように言葉を紡ぐ。
「目を覚ましておくれ……」
微かに震える唇を、そっと、龍三の唇へと重ねた。
その瞬間だった。
「――ッ!」
雷に打たれたような衝撃が、小雪の魂を駆け抜けた。
脳裏に、数えきれない程の記憶が流れ込んでくる。
それは、ほんの一瞬の出来事だった。
次々と浮かんでは消えていく、断片的な光景。そのどれもが見覚えのないものばかりで、何が起きているのか理解する暇さえなかった。
「…………っ」
小雪は弾かれたように、思わず龍三から唇を離した。
何が起きたのか、分からなかった。
ただ、不思議な感覚だけが、胸の奥に澱のように残っている。
初めて見たはずの光景なのに、どこか懐かしい。それでいて、胸の内がざわつくような、ひどく嫌な感じがする。
今垣間見た光景は、まるで――。
まるで、自分自身がかつてどこかで、本当に経験した出来事であるかのような――。
「……なんじゃ、今のは……?」
その頬を、一筋の涙が伝った。
「……え?」
小雪は驚いたように頬へ手を添える。
濡れていた。
なぜだろう。どうして自分は、今、泣いているのだろうか。
理由もわからないまま、堰を切ったようにまた一粒、熱い涙が頬を伝っていく。
この胸を締め付ける痛みの正体は何なのか。そして、この止まらない涙は、一体自分に何を伝えようとしているのだろうか。
その答えを知る由もないまま、小雪はただ、涙で滲む視界の向こうで眠り続ける龍三を、静かに見つめていた。
――今より数時間前。
――籠目市。
夜の帳に包まれた街を、無数の明かりが色鮮やかに彩っていた。
高層ビルの窓明かり、道路を走る車のヘッドライト、遠くに瞬く信号機。
その全てを見下ろすように、一人の少女がマンションの屋上に立っていた。
濃紺の和傘を差し、その肩には一羽の青い目をした黒い鴉が止まっている。
天之狭霧。
風に銀髪を揺らしながら、彼女は眼下に広がる籠目市の街並みを静かに見つめていた。
「狭霧、あれはやりすぎだよ。月詠様が怒るのも無理はない」
肩の鴉――猿田彦が、ぽつりと口を開いた。
「ふんっ。お前まで私に説教ですか?」
狭霧が少しだけむっとした顔をする。
「……仕方ないでしょう。あの時は、ああする他なかったのです」
狭霧の言葉を聞いて、猿田彦が少しだけ押し黙った。
「……あの娘のためを思ってか。本当に君は、昔から不器用だね」
「…………」
狭霧の眉間に、僅かに皺が寄った。
どうやらその言葉は、彼女の気に障ったらしい。
「ふぅむ……やはり駄目か」
そんな狭霧を余所に、猿田彦が何やら考え込むように呟いた。
「さっきから、何をやっているのです?」
狭霧が怪訝そうに尋ねる。
「うん? ああ、実は少し前から、ちょいちょい自分の未来を”視”ていたんだけどね」
猿田彦はそう言って、夜空を見上げる。
「なぜか、七月七日の途中から……その先の未来が視えなくなっているんだ」
「ほう」
狭霧は少しも驚いた様子を見せず、
「貴方、明日死ぬんじゃないですか?」
と、淡々と言った。
「……ちなみに、君の未来も視てみたんだけど――」
「私の未来まで勝手に覗き見ないでください」
「君の未来も、七月七日の途中からぷつりと途切れているんだよ」
「……何ですって?」
そこで初めて、狭霧の表情が変わった。
「それだけじゃない」
猿田彦の声から、先ほどまでの軽さが僅かに消える。
「少し違和感を覚えてね。念のため、我々とは何の関係もない人間の未来も、幾つか視てみたんだけど……」
猿田彦は一度、不気味な間を置くように言葉を切った。
「誰を視ても、七月七日以降の未来だけが、揃って見えないんだ」
「…………」
狭霧は言葉を失い、黙り込む。
猿田彦の能力については、長年の付き合いでよく知っている。
その力が、決して当てずっぽうではないことも。
猿田彦の霊能力――『先見の眼』。
その名の通り、未来を視る力だ。
自分自身はもちろん、他者の未来を視ることもできる。
ただし、それは未来に起こる出来事を、無条件に見通せるというものではない。
彼の眼が捉えるのは、現在から未来へと続く因果の道筋。そして、その道筋を辿った先にある、未来の光景だった。
だからこそ、因果の道筋を追えなくなれば、その先の未来を視ることもできない。
これまで、そんなことは一度もなかった。
少なくとも、彼が知る限りでは。
そのため、狭霧もその不吉な報告を聞き流すことはできなかった。
「それは……どういうことです?」
「わからない。気味が悪いね」
猿田彦も、これまでに体験したことのない予期せぬ事態に困惑しているようだった。
「七月七日の途中までは、ちゃんと因果を辿れるんだ。けど――そこから先へ進もうとすると、決まって映像が乱れて、そのまま途切れてしまう」
「つまり、何が原因なのか、わからないということですか?」
「ああ。文字通り、お先真っ暗だよ」
「……誰が上手いことを言えと……」
狭霧は溜め息を吐いた後、再び眼下の街へと視線を戻した。
「明日は確か、皆既日食が起こるらしいですね……」
「皆既日食か……」
「……」
狭霧は静かに夜空を仰ぎ見た。
今宵は新月。月は隠れて全く見えない。
代わりに、闇に覆われた空には無数の星々だけが小さく瞬いていた。
「……とにかく、明日の朝には月詠様を連れて月の都へ帰還します。詳しい話はその後にしましょう」
「そうだね」
猿田彦が短く頷く。
だが、ふと思い出したようにその黒い嘴を動かした。
「ところで、彼の記憶は結局、どうするつもりなんだい?」
「消しますよ。勿論」
狭霧の答えに、一片の迷いもなかった。
「天の羽衣が燃やされてしまった以上、直接私の手で記憶に干渉しなければなりませんが……」
そこでほんの僅かに言葉を選ぶ。
「正確には、記憶を消すというより――記憶に霧をかけて思い出せなくするという処置ですがね」
「しかし、天の羽衣が燃やされるなんてね」
猿田彦が感心したように呟く。
「あの少年が持つ力は一体……?」
「本人も、自分の力について詳しいことは知らないようです」
狭霧はどこまでも淡々と答える。
「ですが――それももう、明日には終わりです」




