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幻想神域の零能力者(イレギュラー)  作者: 蒼春-Aoharu
第一章 バタフライ・エフェクト/Butterfly Effect
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第十五話 勝利の余韻



 土鬼の姿は完全に消え去った。

 残されたのは、龍三と小雪、そして凛の三人だけ。

 先ほどまでの死闘が嘘だったかのように、戦いの喧騒は消え、辺りには朝の静けさだけが満ちていた。

 やがて、東の空から射した一筋の陽光が、静まり返った街を淡く照らす。

「……終わった」

 土鬼が消えた場所を見つめたまま、龍三は小さく息を吐いた。

「龍三……!」

 小雪が駆け寄ってくる。

 龍三も地面に突いた両手へ力を込め、うつ伏せの身体をゆっくりと起こそうとする。

「痛(い)ててて……!」

 その瞬間、鋭い痛みが全身を駆け抜けた。

 肋骨は軋み、腕は痺れ、脚にはまともに力が入らない。

 思わず顔をしかめながら立ち上がろうとした龍三を、小雪が慌てて支える。

「龍三! あまり無理をするでない!」

「だ、大丈夫大丈夫。これくらい、どうってこと――痛ァっ!?」

「それみたことか……全く、少しは自分の身体を大事にしておくれ」

「うっ……はい……」

 足元こそふらついていたが、どうにか自分の足で立つことはできた。

 その様子を見て、小雪も安堵の息を漏らす。

「小雪様、龍三殿……お二人ともご無事で?」

 そこへ、凛が歩み寄ってきた。

 真名解放の反動で息こそ上がっているものの、その足取りはしっかりしている。

「凛。うむ、なんとかな……」

「良かった」

 凛は胸に手を当て、大きく息を吐く、

「……終わりましたね」

 安堵を滲ませながらそう呟き、改めて周囲へ目を向けた。

 地面は抉れ、建物の壁には無数の亀裂が走り、砕けたアスファルトや瓦礫が至る所に散乱している。

 辺り一帯はまるで爆撃でも受けたかのような有様だった。

 その時、不意に凛の視線が陽光を反射して鈍く光る白銀の刃を捉える。

「……あ」

 土鬼の妖術に拘束された際、手放してしまった御神刀だ。

 凛は静かに歩み寄ると、それを拾い上げた。

「一時はどうなることかと思いましたが……一先ず、これで土鬼の妖術も消えたはずです」

 そう言いながら、刀を鞘へ納める。

 かちり、と小気味(こきみ)よい音が鳴った次の瞬間。

 御神刀は淡い光を帯び、そのまま空気へ解けるように消えていった。

 役目を終えた御神刀は実体化を解かれ、再び霊体に戻ったのである。

(刀が……消えた?)

 そのあまりに現実離れした光景を前に、龍三は思わず目を見開く。

 だが、その不可思議な現象を追究するだけの気力は、今の彼には残っていなかった。

 全身を襲う疲労と痛みが、それ以上考えることを許さなかったからだ。

「石へ変えられた方々も、元に戻っていてくだされば良いのですが……」 

「そうじゃのう」

 凛の祈るような呟きに、小雪も静かに頷いた。

 その願いは、龍三も同じだった。

 脳裏をよぎるのは、石へ変えられた親友の姿。

(大河……)

 土鬼は消滅した。

 ならば、石化も解けるはずだ。

 そう信じたい。

 そう、願わずにはいられなかった。

 龍三も祈るような思いで拳を握り締める。

「それにしても……」

 凛は小さく息を吐き、改めて周囲を見回した。

「これでは、終わり良ければ全て良し……とは言えませんね」

 その言葉につられるように、龍三も視線を巡らせる。

 そこには、土鬼が残した爪痕が生々しく刻まれていた。

 アスファルトは捲れ上がり、建物の壁は砕け、道路には巨大な亀裂が幾筋も走っている。辺り一面には積み上がった土砂や砕けた瓦礫が散乱しており、激戦の凄まじさを物語るように、街は見るも無残な姿へ変わり果てていた。

 人払いの結界を張っているとはいえ、夜明けと共に人が集まってくるのも時間の問題だ。

「酷い有様じゃな」

「確かに。大河を探しに出たつもりが、まさかこんなことになるなんてな……」

「とりあえず、人払いの結界を張っておりますので、すぐに一般の方が近づいてくることはないでしょう」

 一拍置いて、凛は周囲を警戒するように見渡した。

「ですが、いつまでもここへ留まるのも得策ではありません。結界も永遠に維持できるものではありませんし、この惨状を作り出した元凶はもうここにはいませんから。この状況で人に見られたら、真っ先に疑われるのは私たちでござります」

「……そうじゃな」

「それに、そのお姿では目立ち過ぎます」

 凛の視線が龍三へ向く。

 ズボンは裂け、全身は土埃に塗れ、愛用している赤色パーカーも今は泥まみれとなっている。

「まずはこの場を離れましょう。後の処理は、私が退魔庁へ報告いたしますので」

「わかった」

 龍三は頷くと、痛む身体に鞭打って一歩踏み出した。

 その肩へ、小雪がそっと手を添える。

「あまり無理をするでない」

「……悪い」

 三人は朝日に照らされる瓦礫の街を後にし、静かにその場を離れた。



 その後、龍三達は人目を避けながら帰路につき、どうにか無事に家へと辿り着いた。

 だが安堵したのも束の間。

 龍三達の前には、最後にして最大の難関が待ち受けていた。


「――で?」


 低く、それでいて妙によく通る声が玄関に響く。

「こんな朝までどこをほっつき歩いてたわけ? しかも、小雪ちゃんまで連れ回して」

 玄関先では、腕を組んだ桜華が仁王立ちしていた。

 その口元には笑みらしきものが浮かんでいるものの、目は全く笑っていない。

 額には青筋が浮かび、いかにも「さあ、言い訳を聞こうじゃないか」と言わんばかりの表情である。

「いや、その……」

 龍三は思わず視線を逸らす。

「……大河の奴が行方不明になったって聞いたから、探しに行ってたんだよ」

 隣では小雪も、ぶんぶんと勢いよく首を縦に振っている。

 だが、その必死の援護も虚しく、桜華の視線は龍三の全身をゆっくりとなぞった。

 泥まみれの服。

 土埃を被った赤いパーカー。

 膝の破れたズボン。

「ふーん。そんなにボロボロになるまで探し回ってんだ?」

「そ、それは……」

 返す言葉が見つからない。

 まさか妖魔と死闘を繰り広げてきました、などと言えるはずもない。

 とはいえ、大河を探しに出掛けたというのは本当だ……本当なのだが、確かにこんな有様では、いくら夜の街を探し回っていたのだと説明したところで、納得してもらうのは難しいだろう。

 桜華が疑問に思うのも当然だった。

 必死に言い訳を探す龍三を前に、桜華は呆れたように一つため息を吐く。

「で? 結局、大河君は見つかったの?」

「あ、ああ……一応」

「……ふぅん、そう」

 桜華は釈然としない表情を浮かべながらも、小さく頷いた。

「まあ、みんな無事だったんなら、それでいいけど……」

 そして、今度はその視線が龍三と小雪の背後にいる人物へと向けられる。

「……ところで、その後ろにいる人は誰?」

 すると、二人の後ろに控えていた凛が静かに歩み出た。

「申し遅れました。初めまして。わたしくし、春風凛と申します」

 凛は桜華に向かって、丁寧に一礼する。

「実は、小雪様とは少々御縁がありまして。こちらへ来られた事情についても、小雪様からある程度は伺っております」

「は、はぁ……」

「桜華、凛は妾と同じ霊能力者なのじゃ」

「えぇ!?」

 思わぬカミングアウトに、桜華が目を丸くする。

「それで、差し支えなければ」

 凛は一度、小雪へ視線を向ける。

「小雪様が月へお戻りになる方法が見つかるまでの間、こちらでお世話になりながら、小雪様の護衛をさせていただきたく存じます」

「…………へ?」

「もちろん、ただでとは言いません! 家事、洗濯、風呂洗い、身の回りのお世話まで、何でもお任せください! できることなら、何でもいたします!」

 桜華が呆気に取られ、言葉を詰まらせる。

 そして何度か目を瞬かせた後――。

「……って、急に言われても……」

 困惑した桜華が助けを求めるように、龍三の顔を見てくるのだった。

 その後、朝日奈家に新たな居候が一人加わることとなった。


 


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