第7話 君の目覚めを待つ人たち
夜の海は月明かりに静かに照らされていた。
F/A-18Fスーパーホーネットは雲を切り裂きながら、真珠湾へ向けて飛行を続ける。
コックピットの中で、カイルは後席へ視線を向けた。
「コルト、まだ大丈夫か?」
「……うん。」
返事はかすれていた。
コルトの顔色は青白く、額には冷や汗が浮かんでいる。
彼女は目を閉じたまま、小さくうなずくだけだった。
カイルはそれ以上問いかけず、無線機を手に取る。
「オアフ管制塔、こちらホーネット。応答願います。」
『ホーネット、こちらオアフ管制塔。どうぞ。』
「対潜任務を完了。日本軍潜水艦一隻を撃沈した。現在、帰投中。」
「それと、ウィルソン少尉が急な体調不良を訴えている。医療班の待機を要請する。」
『オアフ管制塔、了解。医療班はすでに待機しています。』
数分後、スーパーホーネットは滑らかに着陸した。
エンジンの轟音が徐々に静まっていく。
滑走路の端では、救急車と数名の医療スタッフがすでに待機していた。
キャノピーがゆっくりと開く。
カイルは真っ先に機体から飛び降りると、後席のコルトへ手を差し伸べた。
コルトは足元がおぼつかなかったものの、自分の足でタラップを降りようとする。
カイルは彼女の体を支えながら、一緒にタラップを降りた。
「歩けるか?」
「……うん。」
彼女は苦しげにうなずく。
「本当に担架はいらないんだな?」
コルトは無理に口元を緩めた。
「大丈夫……平気だから……」
そう言った次の瞬間だった。
ふいに彼女の視界が暗転し、そのまま前のめりに倒れ込む。
「コルト!」
カイルは咄嗟にその身体を抱き止めた。
しかし、彼女はすでに意識を失っており、全身から力が抜けたまま彼の腕の中へ崩れ落ちた。
「コルト! しっかりしろ! 衛生兵!」
カイルは必死に彼女を支える。
待機していた医療スタッフが担架を押して駆け寄り、ただちにバイタルサインを確認した。
「呼吸正常! 脈拍はやや速い!」
「すぐに医療ステーションへ搬送!」
医療スタッフは手際よくコルトを担架へ固定すると、そのまま救急車へ収容した。
カイルも一瞬たりともためらうことなく救急車へ乗り込み、彼女のそばを離れなかった。
サイレンを響かせながら、救急車は基地の医療ステーションへ向けて走り去っていった。
――
基地医療ステーション。
救命処置室の扉は固く閉ざされ、赤い警告灯は今なお点灯したままだった。
カイルは一人、扉の前に立ち尽くしていた。
固く握り締めた拳に力を込め、落ち着かない様子で何度も廊下を行き来する。
その視線は、一瞬たりとも閉ざされた扉から離れなかった。
脳裏には、先ほどの任務の光景が何度もよみがえる。
コルトは【海域全周波感知】を何度も発動し、そのたびに顔色を失っていった。
それなのに、自分は任務を遂行することばかりを考え、彼女の異変に気づくことすらできなかった。
「俺があれ以上、能力を使わせなければ……」
「もっと早く異変に気づいていれば……こんなことにはならなかったんじゃないのか……?」
カイルはうつむき、奥歯を強く噛み締めた。
手にしたフライトグローブは、握り締められたまま皺だらけになっている。
胸を満たしていたのは、後悔と自責の念だけだった。
やがて、救命処置室の扉が静かに開く。
カイルは弾かれたように立ち上がり、医官のもとへ駆け寄った。
「先生、彼女はどうなんですか?」
医官はマスクを外すと、手にした検査結果に目を落とした。
「安心してください。ウィルソン少尉に命の別状はありません。」
その一言に、張り詰めていたカイルの緊張がようやく少しだけ和らいだ。
医官は説明を続ける。
「初期検査の結果、外傷は確認されませんでした。血圧、脈拍、呼吸も正常値まで回復しています。脳にも損傷を示す所見は認められません。」
「失神の原因は、急性の精神的疲労によるものと判断しています。」
カイルは思わず聞き返した。
「精神的疲労……?」
医官は静かにうなずく。
「人は長時間にわたり極度の集中状態や強い精神的負荷が続くと、脳や神経系が限界まで酷使されます。十分な休息を取らなければ、めまいや意識障害を引き起こし、彼女のように突然意識を失うこともあります。」
「幸い搬送が早かったため大事には至りませんでした。しかし、あと少し遅れていれば、脳に後遺症が残っていた可能性も否定できません。」
医官はカルテを閉じ、表情を引き締めた。
「ですが、それは同時に、彼女の身体が限界に達していたということでもあります。」
「少なくとも三日間は絶対安静です。その間の飛行はもちろん、高強度の訓練や長時間に及ぶ精神活動も避けてください。」
「もし無理を続ければ、次は失神だけでは済まないでしょう。」
カイルは何も言わず、静かにうつむいた。
コルトが危険な状態に陥った本当の理由を、誰よりも理解していたからだ。
脳裏に浮かぶのは、苦しげな表情を浮かべながらも、歯を食いしばって能力を使い続けていた彼女の姿。
その光景が何度も何度もよみがえる。
カイルはゆっくりと拳を握り締めた。
「……全部、俺のせいだ。」
医官は彼を静かに見つめ、穏やかな口調で言った。
「大尉。今いちばん大切なのは、自分を責めることではありません。」
「彼女をしっかり休ませ、目を覚ますのを待ってあげてください。」
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同時刻――
日本海軍連合艦隊旗艦――戦艦《長門》。
一人の通信士官が足早に作戦室へ駆け込んできた。
「報告します!」
「伊号第一七六潜水艦より緊急電を受信しました!」
連合艦隊司令長官・山本五十六は、手にしていた書類を静かに机へ置いた。
「読め。」
通信士官は電文を広げる。
「緊急電。」
「伊号第一七六潜水艦より入電。」
「位置、北緯二二度二〇分、西経一六〇度〇〇分。」
「『黒鴉』を発見。」
「敵に発見された。」
「これより潜航を開始する。」
山本の表情が険しくなる。
「……やはり現れたか。」
海図に記された座標へ視線を落とし、低い声で問いかける。
「伊号第一七六から、その後の報告は。」
通信士官は静かに首を振った。
「ありません。」
「この電報を最後に、現在まで一切の通信が途絶えています。」
山本は拳を静かに握り締めた。
「各部隊の司令官に伝達。」
「明朝〇九〇〇。」
「緊急作戦会議を開催する。」
「議題は、コードネーム『黒鴉』への対処方針だ。」
「はっ!」
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そのとき、病室のドアが静かに開いた。
一人の看護師が中をのぞき込み、コルトの姿を見るなり、ぱっと表情を明るくする。
「ウィルソン少尉! お気がつかれたんですね!」
看護師はすぐに振り返り、廊下へ向かって声を上げた。
「先生! マイスター大尉! 少尉が目を覚まされました!」
ほどなくして、医官と、ずっと病室の外で待ち続けていたカイルが足早に部屋へ入ってきた。
目を開けたコルトの姿を見た瞬間、張り詰めていたカイルの表情がようやく和らぐ。
「……やっと目を覚ましたか。」
コルトは戸惑ったように彼を見つめた。
「私……どれくらい眠ってたんですか?」
「三日だ。」
カイルは静かに答えた。
コルトは思わず目を丸くする。
「三日……?」
彼女はこめかみを押さえながら、小さく首をかしげた。
「待って……そのあと、ちゃんと着陸できたんですか?」
「私、全然覚えてないんですけど……」
カイルは苦笑を浮かべた。
「ああ。ちゃんと着陸した。」
「しかも、お前は自分の足で飛行機を降りるって言い張ったんだ。」
「でも『私は大丈夫です』って言った次の瞬間、その場で倒れた。」
コルトは何度か瞬きを繰り返した。
「……本当に?」
「ああ、本当だ。」
カイルは困ったようにため息をついた。
医官はコルトの状態を一通り診察すると、穏やかな口調で告げた。
「体調は順調に回復しています。ただ、まだ完全ではありません。」
「念のため、あと三日間は入院して経過を見ましょう。その後、問題がなければ退院できます。」
「飛行任務への復帰は、それから判断します。」
そう言い残し、医官と看護師は病室を後にした。
病室には静かな沈黙が流れる。
やがて、その沈黙を破るようにカイルが口を開いた。
「……すまなかった。」
コルトは小さく目を見開く。
「……大尉?」
カイルはうつむいたまま、彼女の目を見ることができなかった。
「……お前をこんな目に遭わせたのは、俺だ。」
「俺が【海域全周波感知】を使い続けるよう頼まなければ、お前が限界まで自分を追い込むこともなかった。」
「アカシはちゃんと警告してくれていた……それなのに、俺は止めなかった。」
「前席にいた俺が、お前が限界寸前だったことにすら気づけなかった。」
カイルはゆっくりと拳を握り締める。
力が入りすぎた指先は、白く色を失っていた。
「相棒として失格だ。」
「隊長としては、なおさらな。」
「本来なら俺がお前を守るべきだった。なのに、お前に俺を支えさせて、その命まで危険にさらしてしまった。」
病室は再び静寂に包まれる。
カイルは深く息を吸い込み、自責の念を押し殺すように口を開いた。
「……すまない、コルト。」
「もう二度と、お前に無理はさせない。」
「これからは、お前の体に少しでも異変があれば、任務がどこまで進んでいようと、俺が即座に中止を命じる。」
「たとえ任務に失敗しても、叱責を受けても、処分されることになっても……」
「お前を失うより、ずっとましだ。」
コルトは黙ってうつむくカイルを見つめていた。
いつも冷静沈着な隊長が、これほどまでに自分を責める姿を目にしたのは初めてだった。
彼女はそっと手を伸ばし、固く握り締められた彼の拳を優しく包み込む。
「……大尉。」
カイルはゆっくりと顔を上げた。
コルトは少し力のない、それでも優しい笑みを浮かべる。
「これは、大尉一人のせいじゃありません。」
「能力を使い続けるって決めたのは私ですし、自分の体調をちゃんと伝えなかったのも私です。」
少しだけ間を置くと、彼女はいたずらっぽく微笑んだ。
「それに……こうして無事に目を覚ましたじゃないですか。」
「だから、全部一人で背負い込まないでください。」
カイルは彼女を見つめたまま、しばらく何も言わなかった。
やがて、小さくうなずく。
「……ああ。」
だが、その胸にはすでに一つの決意が刻まれていた。
どんな代償を払おうとも、同じことを二度と繰り返さない。
それだけは、必ず守ると。
ふと、張り詰めていた空気を和らげるように、カイルが苦笑を浮かべた。
「そういえば……お前が倒れたときは、本当に肝を冷やした。」
「次からは、あんな無茶は絶対に許さない。」
「今回は本気で寿命が縮んだぞ。」
「機内では『大丈夫です』なんて言ってたくせに、飛行機を降りた途端に倒れるんだからな。」
コルトは少しだけうつむき、小さく微笑んだ。
その言葉に責める響きはなかった。
あるのは、自分を失うかもしれないと恐れた者だけが抱く、深い優しさと心配だった。
胸の奥に、じんわりと温かなものが広がっていく。
しばらく沈黙が続いたあと、コルトはふと顔を上げ、口元にかすかな笑みを浮かべた。
「そういえば。」
「ホーネットは無事だったんですか?」
カイルは一瞬きょとんとしたあと、思わず笑みをこぼした。
「目を覚まして最初に心配するのが機体なのか?」
「もちろんです。」
コルトは至って真面目な表情で答える。
「あれは私たちにとって、一番大切な飛行機ですから。」
「もし壊れていたら、どうやって元の時代へ帰るんですか?」
「安心しろ。」
カイルは苦笑しながら首を横に振った。
「アカシがいる限り、ホーネットはピンピンしてる。」
「それより、オーバーホールが必要なのはお前のほうだ。」
コルトは思わず吹き出した。
重苦しかった病室の空気も、その一言で少しずつ和らいでいく。
ふとコルトは病室を見回した。
ベッド脇の棚には、色とりどりの花束がいくつも飾られている。
その隣には、十数枚もの見舞いのカードが丁寧に積み重ねられ、部屋の隅にはチョコレートや菓子箱まで置かれていた。
どれも、この数日間に見舞いに訪れた人たちが残していったものだ。
コルトは目を丸くした。
「……これ、全部……誰が?」
カイルも彼女の視線を追い、穏やかに微笑んだ。
「お前が眠っていた三日間、海軍の仲間や上官、整備員……それから――」
少し間を置いてから付け加える。
「この前、お前に投げ飛ばされた連中まで見舞いに来てたぞ。」
コルトは驚いたように何度も瞬きをした。
カイルは笑みを浮かべたまま続ける。
「毎日のように誰かがナースステーションへ来ては聞くんだ。」
『今日は目を覚ましましたか?』ってな。
「看護師さんも何十回と同じことを聞かれて、そのうち病室へ人が来るたびに『また少尉のお見舞いですね』って分かるようになってた。」
コルトは花束や見舞いのカードを静かに見つめた。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
自分は女性だから。
男ばかりの飛行隊では、きっと心のどこかで軽く見られている。
本当の意味では仲間として認められていない――。
ずっと、そう思っていた。
だが、それは自分の思い込みだった。
ベッド脇を埋め尽くす花束やカード、そしてたくさんの差し入れ。
それらを見つめるうちに、自然と目頭が熱くなり、頬には優しい笑みが浮かんだ。
「……そっか。」
コルトは小さくつぶやく。
「こんなにもたくさんの人が……私が目を覚ますのを待っていてくれたんですね……。」
カイルは静かにうなずいた。
「ああ。」
「だからもう、みんなを心配させるな。」
コルトは柔らかく微笑む。
「はい。」
「もう無茶はしません。」
◇
三日後――。
最後の診察を終えたコルトは、医師から完治と判断され、正式に退院を許可された。
基地へ戻ると、潮風が頬を優しく撫でる。
大きく息を吸い込むと、懐かしい空気が肺いっぱいに満ち、不思議と心が落ち着いた。
その足で食堂へ向かい、扉を開ける。
にぎやかだった食堂は、一瞬だけ静まり返った。
次の瞬間。
「ウィルソン少尉が戻ってきたぞ!」
誰かの声が響く。
食事中だった将兵たちは一斉に食器を置き、次々と立ち上がってコルトのもとへ駆け寄ってきた。
「少尉! 退院おめでとう!」
「もう体は大丈夫なのか?」
「三日も意識が戻らないって聞いて、本当に心配したんだぞ!」
「姉御! おかえり!」
這是延續上一段的日文小說翻譯,保持相同文風。
次から次へと気遣いの言葉が飛んでくる。
肩を軽く叩いてくれる者もいれば、温かいコーヒーを差し出してくれる者もいた。
整備班の隊員たちも笑顔で手を振っている。
「少尉が入院してた間、マイスター大尉はずっと病院にいたんですよ。」
「俺たち、本気で病院に住み始めたのかと思いました。」
その一言に、食堂はたちまち笑いに包まれた。
コルトは少し驚いたように目を見開き、目の前に並ぶ見慣れた笑顔を見渡す。
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
「……ありがとうございます。」
「皆さん、ご心配をおかけしました。」
◇
その夜。
宿舎へ戻ったコルトは、数日前にカイルから言われたことをふと思い出した。
「……。」
「待って。」
「まさか……。」
部屋の隅に置いてあった体重計を、ゆっくりと引っ張り出す。
「たった六日入院しただけだし……そんなはずないよね。」
自分に言い聞かせるようにつぶやきながら、大きく息を吸い、裸足で体重計に乗った。
カチッ。
針がゆっくりと止まる。
コルトは恐る恐る視線を落とした。
「…………。」
「五十三キロ!?」
「三キロも増えてる!?」
彼女はその場で固まった。
頭の中が真っ白になる。
男性なら決して太っている数字ではない。
むしろ少し体格が良い程度だ。
だが、コルトにとっては大事件だった。
「そんなはずない!」
慌てて体重計を降り、もう一度乗り直す。
「絶対に壊れてる!」
カチッ。
表示は変わらない。
五十三キロ。
コルトは頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。
「終わった……。」
「本当に太っちゃった……。」
この一か月の生活を思い返す。
この時代へ来てからというもの、任務がなければ基地か宿舎で過ごし、部屋ではゲームばかり。
運動らしい運動もほとんどしていない。
そのうえ六日間の入院生活。
食べては寝て、食べては寝ての繰り返しだった。
「……そりゃ太るよね。」
そうつぶやきながら、お腹をそっとつまんでみる。
以前より柔らかくなった感触に、彼女の表情からみるみる元気が消えていく。
「こういうことだったんだ……。」
「脂肪って、自分についた人ほど焦るんだね……。」
翌日――食堂。
カイルはコルトのトレーを見て思わず眉をひそめた。
皿に載っているのは、山盛りのサラダだけだった。
「今日はずいぶん少ないな。」
コルトは真剣な表情で答える。
「ダイエットします。」
カイルは思わず目を丸くした。
「……は?」
「お前、この前まで倒れて入院してたばかりだろ。」
「医官にも、しっかり栄養を取れって言われてたじゃないか。」




