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黑鴉  作者: 大鳳
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第4話 アカシ・システム起動

一九四一年十二月十三日


大統領との会談を終えた翌日。


午前十時――。


カイルとコートは、軍が手配した黒塗りのセダンに乗り、ゆっくりとワシントン市街へ入っていった。


車窓の向こうには、


冬の日差しを浴びて白く輝く連邦議会議事堂のドームがひときわ目を引く。


街には多くの人々が行き交っていた。


背広姿の紳士やドレス姿の女性たちが歩道を行き交い、


時折、陸軍や海軍の軍服に身を包んだ将兵たちが足早に通り過ぎていく。


沿道には丸みを帯びたクラシックカーが何台も停められ、


新聞売りの少年たちは、その日の新聞を高く掲げながら、


最新の戦況を大声で売り込んでいた。


しばらくして――


セダンは賑やかな商店街の一角で静かに停車する。


同行していた海軍士官が先に車を降り、


後部座席のドアを開けた。


「マイスター大尉、ウィルソン少尉。」


「せっかくワシントンまで来られたのです。」


「本日は公務のことはひとまず忘れて、観光でもしながらゆっくりお過ごしください。」


そう言って微笑むと、


続けて念を押した。


「ただし、お忘れなく。」


「明日の午前九時より、海軍首脳部への作戦説明会が予定されています。」


カイルは小さくうなずく。


「了解しました。」


「ここまで送っていただき、ありがとうございます。」


コートも敬礼を返した。


「お疲れさまでした。」


海軍士官も敬礼で応じる。


「お二人とも、どうぞ良い一日を。」


そう言い残すと、


黒塗りのセダンはゆっくりと走り去っていった。


カイルは目の前に広がる街並みを眺め、


思わず小さく笑みを浮かべる。


「珍しいな。」


「第二次世界大戦の時代へ来てまで、休暇がもらえるなんて。」


その言葉に、


コートも口元をわずかに緩めた。


以下是符合日本輕小說風格的自然翻譯:


---


「少なくとも、一日中会議室に缶詰ってわけじゃない。」


二人は肩を並べ、


賑やかな通りへ歩き出した。


通りの両側には商店が軒を連ね、


ショーウインドウには様々な商品が美しく並べられている。


コートは物珍しそうに辺りを見回した。


「これが八十五年前の繁華街なんだ……。」


しばらく歩いていると、


コートの足がぴたりと止まる。


彼女の視線を奪ったのは、一軒の洋品店だった。


ショーウインドウの中には、


上品なデザインの帽子が飾られている。


コートは思わず見入ってしまった。


カイルが笑いながら尋ねる。


「欲しいのか?」


コートは小さくうなずいた。


値札を見る。


そして、


静かに視線を逸らした。


「……やっぱりいい。」


ショーウインドウを見つめたまま、


少し寂しそうにため息をつく。


「だって……。」


「今の私たち、一文無しだもん。」


すると、


カイルの口元にいたずらっぽい笑みが浮かんだ。


「誰が一文無しだって?」


そう言うと、


ポケットから分厚い札束を取り出す。


「じゃーん。」


コートは目を丸くした。


「大尉!?」


「どうしてそんなにお金を持ってるんですか!?」


二秒ほど固まったあと、


周囲を気にするように声を潜める。


「……待ってください。」


「まさか、それ……。」


「能力で具現化したんじゃありませんよね?」


カイルは一瞬きょとんとした。


しかしコートは、


自分の推理にどんどん自信を深めていく。


「もし具現化したお札だとしたら……。」


「それって偽札になるんじゃ……。」


「私たち、日本に勝つ前に財務省へ逮捕されません?」


カイルは思わず固まった。


「…………。」


それから顎に手を当て、


わざと真剣な顔で考え込む。


「コート。」


「君、今すごいことを思いついたな。」


コートはぱちぱちと瞬きをする。


「えっ?」


カイルは神妙な顔のまま続けた。


「一瞬で億万長者になる方法を教えてくれた。」


コートは慌てて両手を振る。


「ち、違います!」


「そういう意味じゃありません!」


その必死な様子に、


カイルはとうとう吹き出した。


「ははっ。」


「冗談だよ。」


そう言って、


札束の半分をコートへ手渡す。


「安心しろ。」


「本物だ。」


「俺たちが無一文だと知った大統領が、生活費として用意してくれた。」


コートは紙幣を何枚かめくり、


再びカイルを見上げる。


「……本当に大尉が刷ったんじゃないですよね?」


カイルは呆れたように笑う。


「もし俺が本当に偽札なんか作ったら。」


「財務省も、FBIも、それにシークレットサービスまで勢揃いで俺を迎えに来るさ。」


コートは真顔でうなずいた。


「それもそうですね。」


「その前に、アカシが止めそうですけど。」


その瞬間だった。


耳元に、


聞き慣れた無機質な女性の声が響く。


**【警告。】**


**【『幻想具現化』による法定通貨の生成は、歴史・経済・金融システムへ重大な影響を及ぼします。】**


**【判定:実行禁止。】**


カイルは肩をすくめた。


「ほらな。」


「まだ何もしてないのに、先に却下された。」


コートは思わず吹き出す。


「よかった。」


「じゃなかったら私たち、世界初の巨大偽札組織になってましたね。」


二人は笑いながら百貨店の中へ入っていく。


店内へ足を踏み入れた途端、


店員が笑顔で迎えた。


「いらっしゃいませ。」


コートはまず婦人服売り場へ向かう。


店内を一通り見渡すと、


苦笑いを浮かべた。


「やっぱり思った通り……。」


「ジーンズもないし。」


「パーカーもない。」


「スニーカーもないんですね。」


カイルは笑いながら肩をすくめる。


「忘れたのか?」


「ここは一九四一年じゃなくて、一九四〇年代だからな。」


コートは小さくため息をつく。


「仕方ないですね……。」


「せめて着心地のいい服でも探します。」


その時だった。


彼女の視線が、


売り場の奥にある一角へ吸い寄せられた。


以下是符合日本輕小說風格的自然翻譯:


---


「あれ?」


コートの目に飛び込んできたのは、


帽子がずらりと並んだ売り場だった。


つばの広い帽子。


羽飾りのついた帽子。


花飾りの帽子。


そして様々なデザインの婦人用ハットが美しく並んでいる。


コートはその中の一つを手に取り、


そっと頭にかぶってみた。


そして振り返り、


カイルへ尋ねる。


「どうですか?」


カイルは一目見た瞬間、


思わず吹き出しそうになる。


「うーん……。」


「なんというか。」


「うちの祖母がかぶってそうな感じだな。」


コートは鏡の前で自分の姿を眺める。


三秒も経たないうちに、


無言で帽子を棚へ戻した。


「……やっぱりいいです。」


「私、野球帽の方が好きです。」


二人は再び街を歩き始めた。


しばらくすると、


コートがふいに立ち止まる。


「大尉。」


「コーラが飲みたいです。」


カイルは思わず笑う。


「奇遇だな。」


「俺も同じことを考えてた。」


二人は近くの雑貨店へ入った。


店の冷蔵ケースから、


カイルはガラス瓶入りのコカ・コーラを二本取り出す。


代金を払い、


店の前へ出る。


二人は同時に栓抜きで王冠を外した。


**ポンッ。**


軽快な音が響く。


コートは待ちきれない様子で、


ぐいっと一口飲んだ。


次の瞬間――


「……あれ?」


思わず目を丸くする。


カイルも一口飲み、


同じように驚いた表情を浮かべた。


二人は顔を見合わせ、


同時に叫ぶ。


「味が違う!」


コートはもう一口飲み、


じっくりと味わう。


「甘さがもっと自然ですね……。」


「私の知ってるコーラより、刺激が控えめです。」


カイルもうなずいた。


「炭酸も少し穏やかだな。」


「いつも飲んでるコーラとは別物って感じだ。」


コートはガラス瓶を眺めながら、


小さく笑う。


「昔のコーラって、こんな味だったんですね。」


もう一口飲み、


満足そうに微笑んだ。


「今のコーラとは違いますけど……。」


「これはこれで、美味しいです。」


カイルも笑ってうなずく。


「どっちにも、それぞれ良さがあるな。」


「できることなら、一箱くらい現代へ持って帰りたい。」


その時――


聞き慣れた電子音声が静かに響く。


**【通知。】**


**【一九四一年の商品の大量持ち出しは、歴史および経済への重大な干渉となる可能性があります。】**


**【推奨:持ち帰りは必要最小限にしてください。】**


コートは苦笑した。


「はぁ……。」


「コーラの買いだめまで禁止ですか。」


カイルは肩をすくめる。


「まあ。」


「飲みたくなったら、今はいつでも買えるさ。」


二人は顔を見合わせて笑い合い、


再び次の店へ向かって歩き出した。

挿絵(By みてみん)

────────────────────


翌朝――


予定どおり、一人の海軍士官がホテルを訪れ、


カイルとコートをワシントン海軍省へ案内した。


会議室には、


すでに海軍の将官、航空技術者、情報将校たちが席についている。


本日の議題は、ただ一つ。


F/A-18F スーパーホーネット。


スクリーンの前へ立ったカイルは、


会場をゆっくりと見渡し、静かに口を開いた。


「それでは、これよりF/A-18Fスーパーホーネットの基本性能についてご説明します。」


その説明は、


午前中いっぱいに及んだ。


議題は多岐にわたる。


・飛行性能および最高速度


・戦闘行動半径と航続距離


・レーダー性能と目標探知能力


・空対空・空対地兵装


・空母での発着艦能力


・整備および後方支援体制


しかし――


アカシの存在。


『幻想具現化』。


そして未来技術の原理に関わる事項については、


すべて最高機密として伏せられ、


一切説明されることはなかった。


説明が終わると、


会議室は数秒間、静まり返る。


一九四一年の軍人たちにとって、


その性能は航空戦の常識を根底から覆すものだった。


やがて、


一人の航空技術将校が静かに手を挙げる。


「大尉。」


「プロペラもないのに、一体どのように推進しているのですか?」


カイルはうなずいた。


「それでは、順番にお答えします。」


「まず、この機体は従来のレシプロエンジンとプロペラによる推進方式ではありません。」


「F/A-18Fには、二基のターボファンエンジンが搭載されています。」


彼はスクリーンにエンジンの断面図を映し出す。


「大量の空気を吸い込み、それを圧縮し、燃焼させます。」


「そして、高温・高圧となったガスを後方へ高速で噴射します。」


「その反作用によって機体を前方へ推進させる――これがジェットエンジンの基本原理です。」


「つまり、プロペラがなくても、現代のレシプロ戦闘機をはるかに上回る推力を得られるのです。」


会議室は再び静まり返った。


航空技術将校たちは、


必死にノートへ書き込んでいる。


一人の将官が思わず口を開く。


「つまり……。」


「飛行機を前へ進めているのは、プロペラではなく、噴射される気流そのものなのか?」


「その通りです。」


カイルは静かにうなずく。


「プロペラはレシプロ機時代の推進方式です。」


「ジェットエンジンは、それとはまったく異なる新しい技術です。」


今度は情報将校が手を挙げた。


「大尉。」


「ミサイルは、どのようにして目標を追尾するのでしょうか?」


カイルは説明を続ける。


「ミサイルは種類によって誘導方式が異なります。」


「例えば、AIM-9Xサイドワインダーは赤外線誘導方式です。」


「敵機のエンジンから放出される熱を捉え、発射後は自律的に目標を追尾します。」


「そのため、発射後は操縦者が誘導し続ける必要はありません。」


何人もの将校が顔を見合わせる。


カイルはさらに続けた。


「一方、AIM-120 AMRAAMはアクティブ・レーダー誘導方式です。」


「発射直後は母機のレーダーから目標情報を受け取ります。」


「そして終末段階では、ミサイル自身が搭載するレーダーによって目標を探知・捕捉し、自動的に攻撃を行います。」


説明が終わると、


再び会議室がざわついた。


この時代の軍人にとって、


それはまるで――


『自ら敵を探して飛んでいく弾丸』


そのものだった。


別の航空技術将校が質問する。


「大尉。」


「もし、この航空機が損傷した場合、我々に修理は可能でしょうか。」


カイルは少し考えてから答えた。


「可能です。」


「ただし、一部に限られます。」


彼はホワイトボードへ書き始める。


・機体構造


・タイヤ


・油圧配管


・一部の金属部品


「これらについては、十分な加工技術があれば修復できる可能性があります。」


そして表情を引き締める。


「しかし。」


・レーダー


・フライトコントロールコンピューター


・アビオニクス


・各種センサー


・ターボファンエンジン内部の精密部品


「これらは現在の工業技術では、ほぼ再製造不可能です。」


「中枢部が重大な損傷を受けた場合、分解研究を行ったとしても、短期間で復旧することは極めて困難でしょう。」


一人の将官が眉をひそめる。


「つまり……。」


「無敵というわけではないのだな。」


「はい。」


カイルは落ち着いて答える。


「この時代より進んだ航空機ではありますが、あくまでも整備と補給を必要とする一機の戦闘機です。」


今度は兵站担当の将校が立ち上がった。


「大尉。」


「もしミサイルを撃ち尽くしたら、どうするのですか?」


カイルは即座に答える。


「別の兵装を使用します。」


将校は首をかしげた。


「別の兵装……?」


「F/A-18Fはミサイルだけで戦う航空機ではありません。」


「機首には二〇ミリM61A2六砲身バルカン砲を搭載しています。」


「搭載弾数は五百七十八発です。」


さらに説明を続ける。


「そのほかにも航空爆弾、ロケット弾、各種対地兵装を搭載可能です。」


別の将校が質問する。


「では、その未来兵器をすべて使い切った場合は?」


カイルは静かにホワイトボードの前へ歩いた。


チョークで項目を書き並べる。


・航空爆弾


・ロケット弾


・機関砲弾


・外部搭載機関銃(必要に応じて改修)


書き終えると振り返った。


搭載架パイロンと電気系統を適切に改修すれば。」


「皆さんが現在運用している航空爆弾も搭載できます。」


「対地攻撃、対艦攻撃とも十分に実施可能です。」


「たとえミサイルが一発も残っていなくても。」


「F/A-18Fは依然として極めて優秀なジェット攻撃機です。」


そして最後に付け加えた。


「なお、AIM-9XやAIM-120は補充不可能です。」


「一発撃てば、その一発は永久に失われます。」


「したがって、極めて価値の高い目標に対してのみ使用することになります。」


海軍参謀の一人が尋ねる。


「では……空中戦は?」


カイルは即答した。


「二〇ミリ機関砲で戦います。」


「もちろん、ミサイルを使用するより危険ではあります。」


「しかし、現在各国が運用しているレシプロ戦闘機を相手にするのであれば、F/A-18Fは依然として圧倒的な速度と性能の優位性を持っています。」


一人の海軍参謀が席を立った。


「大尉。」


「この機体は艦載戦闘機とのことですが、現在我々が運用している航空母艦でも発着艦は可能なのでしょうか?」


今度は、


カイルはすぐにはうなずかなかった。


「残念ですが……。」


「現代のF/A-18Fを、一九四一年の航空母艦で安全に運用することは、ほぼ不可能です。」


会議室が静まり返る。


カイルは三本の指を立てた。


「理由は三つあります。」


一本目の指を立てる。


「第一に、飛行甲板です。」


「F/A-18Fは高推力ターボファンエンジンを搭載しており、離陸時には通常アフターバーナーを使用します。」


「アフターバーナーから噴き出す超高温の排気は、木製飛行甲板に深刻な損傷を与え、最悪の場合は火災を引き起こします。」


続いて二本目。


「第二に、着艦拘束装置です。」


「現代の艦載機もアレスティングワイヤーを使用して着艦します。」


「しかし、ワイヤーそのものの強度、油圧緩衝装置、そして飛行甲板全体の構造強度は、現代空母とは比較にならないほど低い。」


「F/A-18Fの着艦重量は、現在皆さんが運用している艦載機よりはるかに重いため、現行の着艦装置では安全に受け止められない可能性があります。」


最後に三本目の指を立てた。


「そして三つ目。」


「これが最も重要です。」


会場全体が静まり返る。


「現代の航空母艦は蒸気カタパルトを採用しています。」


「さらに未来では、電磁カタパルトへ発展しました。」


スクリーンには空母から射出されるF/A-18Fの映像が映し出される。


「カタパルトは、数十トンもある航空機を、極めて短い距離で離陸速度まで一気に加速させます。」


「しかし、カタパルトが存在しなければ。」


「たとえアフターバーナーを使用したとしても、現在の航空母艦の飛行甲板では、武装と燃料を満載した状態で安全に離陸することは極めて困難です。」


一人の将官が静かに口を開いた。


「つまり……。」


カイルはうなずく。


「航空母艦を大規模に改装しない限り、F/A-18Fは陸上基地を主な運用拠点とせざるを得ません。」


その後も、


質問は途切れることがなかった。


飛行性能。


レーダーの原理。


ミサイル誘導。


航空戦術。


整備。


補給。


次から次へと飛び交う質問に対し、


カイルはほとんど考える素振りも見せず、


一つひとつを明確かつ的確に答えていく。


会議全体の流れは、


終始、彼の手によって支配されていた。


一方――


その隣に座るコートは、


静かにその様子を見守っていた。


カイルは堂々と将官たちの質問へ答え続ける。


時折、


誰かがコートへ視線を向けることもあった。


そのたびに彼女は小さくうなずき、


「カイルの説明に間違いありません。」


という意思だけを示す。


それ以外に発言する機会は、


ほとんどなかった。


カイルが淀みなく説明を続ける姿を眺めながら、


コートはふと、


自分の存在が妙に薄く感じられた。


「…………。」


彼女はそっと手元のノートへ視線を落とす。


(私だって、この機体のクルーなのに……。)


(今日はなんだか、出番が全然ないな……。)


数時間に及んだ説明会は、


ようやく終了した。


会議室では、


将官や将校たちが次々と席を立ち、


今聞いたばかりの内容について小声で議論を始める。


スクリーンのデータを見返す者。


びっしりと書き込まれたノートを読み返す者。


彼らにとって今日学んだ知識は、


航空技術への常識そのものを書き換える内容だった。


その時――


一人の海軍少佐が、


濃紺の革製ケースを二冊抱えて会議室へ入ってきた。


「マイスター大尉。」


「ウィルソン少尉。」


二人は同時に立ち上がる。


少佐は革製ケースを二人へ手渡した。


「大統領命令により、本日付でお二人は正式に『大統領特別認可計画』へ編入されました。」


「こちらが身分証明書になります。」


カイルはケースを開く。


内側には証明写真。


氏名。


階級。


所属。


そして、


ひときわ目立つ赤文字が記されていた。


大統領特別認可

(Presidential Special Authorization)


本証所持者は指定軍事基地、港湾施設、航空施設および機密区域への立ち入りを許可する。


各軍は必要な協力を行うものとする。


コートも自分の証明書を開き、


思わず小声でつぶやく。


「普通の軍人手帳より、すごそうですね。」


少佐は笑みを浮かべた。


「実際、その権限は通常の軍人身分証より上です。」


「ただし、大統領が認可した任務に限られます。」


「それ以外では、お二人はこれまでどおりアメリカ海軍現役士官です。」


そして続けた。


「なお、海軍省での手続きも完了しています。」


「本日より、マイスター大尉およびウィルソン少尉は、一時的に真珠湾海軍基地へ配置されます。」


「今後の作戦行動における拠点となります。」


「宿舎、生活環境、航空機整備施設についても、すべて手配済みです。」


カイルは静かに証明書を閉じた。


「了解しました。」


コートも革製ケースへ証明書を戻す。


二人は同時に姿勢を正した。


「ありがとうございます。」


そう言って、


会議室にいる将官・将校たちへ深々と敬礼する。


海軍長官。


ニミッツ大将。


そして、


その場にいた全員が、


ほぼ同時に敬礼を返した。


誰一人、


言葉を発しない。


彼らが敬意を示していたのは、


若い二人の士官ではない。


時を越えて現れ、


この時代のために共に戦うことを選んだ、


二人のアメリカ海軍軍人だった。


────────────────────


ワシントンを発ってから、


数日――。


輸送機は、


ようやく真珠湾海軍基地へ降り立った。


タイヤが滑走路へ接地した瞬間、


二人は思わず安堵の息を漏らす。


ワシントンへの往復は、


ほとんど休む暇もなかった。


ルーズベルト大統領への報告。


海軍省での技術説明会。


その後も続いた数え切れないほどの会議と質疑応答。


緊張が途切れる瞬間は、


一度もなかった。


輸送機から降りると、


懐かしい潮風が二人を迎える。


コートは大きく伸びをした。


「やっと帰ってきました……。」


「今はもう、宿舎へ戻って一日中寝ていたいです。」


カイルも遠くのエプロンを眺めながら苦笑する。


「俺も同感だ。」


少し間を置いて続ける。


「……でも、その前に。」


「ホーネットの様子を見に行こう。」


コートもうなずいた。


「はい。」


「私もちょっと気になってました。」


二人は宿舎へ戻らず、


F/A-18Fが保管されている大型格納庫へ向かう。


格納庫周辺は、


依然として最高レベルの警戒態勢が敷かれていた。


入口にはバリケードと有刺鉄線。


周囲には実弾を携行した憲兵と海軍警備兵が配置され、


許可のない者は一歩たりとも近づけない。


カイルたちが近づくと、


二人の警備兵が即座に手を上げた。


「止まれ!」


「身分証を提示してください!」


カイルは何も言わず、


新たに支給された特別身分証を取り出して差し出した。


警備兵は証明書を受け取り、


内容を確認する。


そして、


『大統領特別認可』


の赤い文字を目にした瞬間、


表情が一変した。


直立不動の姿勢を取り、


両手で丁重に証明書を返却する。


「失礼いたしました、大尉。」


カイルは証明書を受け取り、


静かに告げた。


「この格納庫に保管されているF/A-18Fの操縦士です。」


「こちらは私のWSO(兵装システム士官)、ウィルソン少尉です。」


警備兵は思わず目を見開き、


格納庫の奥へ視線を向けた。


目の前にいる二人こそ――


あの「未来の戦闘機」を操る搭乗員だったのだ。


彼はすぐさま姿勢を正し、敬礼した。


「失礼いたしました、長官!」


「どうぞお入りください!」


重厚な鋼鉄製の格納庫扉が、


ゆっくりと開いていく。


その先には――


灰色のF/A-18Fスーパーホーネットが、


スポットライトに照らされながら静かに佇んでいた。


機体の周囲には整備用足場と立入禁止線が設けられ、


その傍らでは数名の整備員と警備兵が厳重な警戒に当たっている。


再び愛機を目にした瞬間、


カイルとコートは思わず安堵の表情を浮かべた。


「……ただいま、ホーネット。」


コートが小さくつぶやく。


格納庫の中は静まり返っていた。


数十名の整備員、研究員、警備兵たちの視線は、


すべて灰色のスーパーホーネットへ向けられている。


カイルは周囲の視線など気にも留めず、


真っすぐ機体へ歩いていく。


慣れた動きで搭乗ラダーを上り、


コックピットの縁へ手を掛けると、


軽やかに操縦席へ乗り込んだ。


その様子を見ていた研究員たちは思わず顔を見合わせる。


「いきなり乗ったぞ……。」


「あれは大統領命令で保存・調査中の機体じゃないのか?」


だが傍らの士官が静かに手を上げた。


「止める必要はない。」


「あの機体の本当の持ち主は、彼なんだ。」


カイルは慣れ親しんだ操縦席へ腰を下ろす。


操縦桿。


スロットルレバー。


そして無数のスイッチが並ぶ計器盤。


指先で一つひとつを優しくなぞる。


どれも、


ワシントンへ向かう前と何一つ変わっていなかった。


まるで、


この数日間ずっと主人の帰りを待っていたかのように。


カイルは小さく微笑む。


「待たせたな。」


下から見上げていたコートが、


思わず笑みをこぼした。


「やっぱり。」


「最初にやることは、コックピットへ飛び乗ることだと思ってました。」


カイルは彼女を見下ろして笑う。


「当然だ。」


「こいつは俺たちが元の時代へ帰る、唯一の希望だからな。」


コートはすぐには後席へ乗り込まず、


機体の周囲をゆっくり一周し始めた。


いつもの点検だ。


まず視線を向けたのは、


主翼下の兵装パイロン。


「一発……。」


「二発……。」


静かに数えながら、


手帳へ記録していく。


AIM-120 AMRAAM――残り二発。


AIM-9Xサイドワインダー――残り三発。


増槽。


そして、


胴体下には精密誘導兵器がそのまま装着されていた。


兵装に異常がないことを確認すると、


コートも搭乗ラダーを上り、


後席のWSO席へ腰を下ろす。


機内電源を投入。


次々とディスプレイが点灯し、


見慣れたセルフチェック画面が表示される。


彼女は素早くコンソールを操作し、


各システムの状態を確認していく。


「兵装システム、正常……。」


「レーダー、スタンバイ正常……。」


「油圧系統、正常……。」


画面を燃料管理ページへ切り替える。


数秒後、


残燃料が表示された。


コートは数値を確認すると、


前席のカイルへ声を掛ける。


「燃料は約六十五パーセント残っています。」


「短距離任務なら十分に遂行可能です。」


カイルはうなずいた。


「思ったより残ってるな。」


コートは続いて兵装管理画面を開き、


装備状況をもう一度確認する。


「兵装構成はワシントン出発前と同じです。」


「取り外された形跡はありません。」


「ミサイルも、機関砲弾も、そのままです。」


彼女はほっと息をついた。


「どうやら、この数日間、海軍は本当に機体へ手を付けなかったみたいですね。」


カイルは計器盤を軽く撫でながら笑う。


「約束を守ってくれたようだな。」


────────────────────


深夜――。


格納庫の照明は大半が落とされ、


昼間賑わっていた整備員や警備兵も、


外周警備を残して姿を消していた。


広い格納庫には、


カイルとコートの二人だけ。


中央には、


F/A-18Fが静かに眠っている。


カイルは搭乗ラダーへ腰掛け、


ホーネットを見つめたまま、


長い間言葉を発さなかった。


コートは主翼にもたれ掛かり、


その背中を見つめる。


「ワシントンを出てからずっと……。」


「何か考え込んでいましたよね。」


「何を考えているんですか?」


カイルはしばらく沈黙した。


やがて静かに口を開く。


「ずっと考えていたことがある。」


彼は眠るホーネットを見つめ続ける。


「覚えているか?」


「アカシが言っていたことを。」


コートは振り向いた。


「『何かを依り代にすれば、その中へ宿り、この世界で活動するための端末になれる』……ですよね。」


「そうだ。」


カイルは小さくうなずく。


「でも、あの時は適した依り代がなかった。」


彼はゆっくりと右手を伸ばし、


冷たい機体へそっと触れた。


「だけど、今は違う。」


「目の前に、これ以上ない依り代がある。」


彼の視線は、


機体全体へ向けられる。


「未来から来た機体。」


「膨大な電子機器。」


「センサー。」


「通信装置。」


「演算能力。」


「もしアカシがこの機体へ宿ることができれば……。」


「それらすべてを通して俺たちと会話し、戦場の情報解析まで直接支援できるはずだ。」


コートは数秒間黙っていた。


「でも……。」


「もし本当に宿ったとしたら。」


「それって、もう『ただの飛行機』じゃなくなるんじゃ……。」


カイルはすぐには答えなかった。


視線はコックピットから離れない。


「分からない。」


「アカシの、この世界における化身になるのかもしれない。」


少し笑って続ける。


「あるいは――」


「俺たちの三人目の仲間になるのかもしれない。」


カイルは右手を静かに機体へ置く。


「アカシ。」


「もし君が望むなら……。」


「このF/A-18Fを、この世界での君の端末にしてくれ。」


その言葉が終わった瞬間だった。


機体全体が、


淡い蒼白い光を帯び始める。


眩しい光ではない。


まるで水が流れるように、


機体の継ぎ目を伝って静かに光が流れていく。


機首から。


主翼へ。


垂直尾翼へ。


そして最後には、


コックピットへ集束していった。


格納庫には、


二人の呼吸だけが響いている。


コートは目を見開いた。


「これが……アカシ?」


カイルも答えられない。


彼自身、


初めて目にする光景だった。


数十秒後――


蒼白い光は少しずつ薄れ、


やがて完全に消えた。


ホーネットは再び、


静かな灰色の戦闘機へ戻る。


静寂。


何も起こらない。


計器盤は暗いまま。


HUDも点灯しない。


格納庫は再び沈黙に包まれた。


コートが首をかしげる。


「……これで終わりですか?」


カイルも眉をひそめる。


「分からない。」


彼は機体へ触れてみる。


いつもと同じ、


冷たい金属の感触。


何一つ変化は感じられない。


「どうやら……。」


「しばらく様子を見るしかないようだ。」


二人は顔を見合わせる。


成功したのか。


失敗したのか。


誰にも分からなかった。


コートは無反応のホーネットを見つめ、


小さくつぶやく。


「……失敗だったんでしょうか。」


カイルは静かに首を横へ振る。


「分からない。」


「俺にも何も感じられない。」


その言葉が終わった――


まさに、その瞬間。


ピッ――。


コックピットの奥から、


かすかな電子音が響いた。


二人は同時に顔を上げる。


消灯していた多機能ディスプレイが、


一枚、


また一枚と、


ひとりでに点灯していく。


淡い青い光が、


コックピット全体を静かに照らした。


そして次の瞬間――


これまでカイルの脳内でのみ聞こえていた、


あの落ち着いた女性の声が、


今度は機体そのものから静かに響いた。


【同期成功。】


その瞬間――


二人は同時に息を呑んだ。


静かな女性の声が、再び機内から響く。


【アカシ端末の構築を完了しました。】


【端末媒体:F/A-18F スーパーホーネット。】


【同期率:100%。】


【本端末は情報検索、戦場解析、歴史演算、およびシステム支援を担当します。】


コートは目を大きく見開き、


思わず半歩後ずさる。


「しゃ……しゃべった……。」


カイルも驚きを隠せなかった。


今度は間違いない。


声は自分の意識の中ではない。


目の前にあるF/A-18そのものから聞こえている。


アカシは淡々と続けた。


【今後、宿主の意識を介した通信は不要です。】


【本端末を通じて、利用者と直接対話を行います。】


再び格納庫は静寂に包まれる。


カイルは愛機を見つめ、


ゆっくりと口元を緩めた。


「ようこそ。」


「仲間入りだ。」


アカシは感情を交えず答える。


【了解。】


【お二人と任務を遂行できることを光栄に思います。】


その瞬間から――


格納庫には、


もうカイルとコートだけではなかった。


F/A-18に宿った、


三人目の頼れる仲間が加わったのだ。


コートは青く輝くディスプレイを見つめる。


「でも……。」


「これから誰かに『これは何だ』って聞かれたら、どう説明するんですか?」


カイルは少し考えて答えた。


「アカシの存在は話さない。」


「知る人間は少ないほどいい。」


コートは小さくうなずく。


「じゃあ、何て説明するんです?」


カイルはコックピットへ視線を向けた。


「俺たちの時代で開発された人工知能。」


「戦場解析、航法支援、兵装管理、故障診断を補助する航空機用AI。」


「そう説明するのが一番分かりやすい。」


アカシは即座に応答した。


【妥当と判断。】


【擬装身分:人工知能。】


【対外名称は任意に設定可能です。】


コートは思わず笑ってしまう。


「そんなことまで協力してくれるんですね。」


アカシは相変わらず平坦な声で答えた。


【本端末の第一任務は利用者の支援です。】


【任務に支障がない限り、『人工知能』と呼称されることに異議はありません。】


カイルは満足そうにうなずいた。


「よし。」


「今日から君は、俺たちのAIということにしておこう。」


少し微笑みながら続ける。


「本当の正体は――」


「俺たち三人だけの秘密だ。」


【確認しました。】


【機密保持規定に従って行動します。】


少し間を置き、


ディスプレイに青い文字列が高速で流れ始めた。


【宿主能力データの統合を開始。】


【宿主確認:カイル・マイスター。】


【宿主確認:コート・ウィルソン。】


一秒ほど静止した後、


アカシの声がコートへ向けられる。


【コート・ウィルソン。】


【付与能力『全周波感知』を確認しました。】


【使用許可を要請します。】


コートは目を瞬かせた。


「使用許可?」


【能力『全周波感知』を本端末へ統合する許可を要請します。】


【統合後、本端末は感知情報を直接受信・解析・共有可能となります。】


【許可しますか?】


コートはカイルを見る。


「……危険はないんですか?」


カイルはアカシへ問いかけた。


「統合した場合、コートの能力や身体へ影響はあるか?」


アカシは即答する。


【否定。】


【今回の統合は情報インターフェースの構築のみです。】


【能力の所有権は引き続きコート・ウィルソンに帰属します。】


【本端末はリアルタイム情報へのアクセス権のみ取得します。】


【能力の複製・奪取・弱体化は行いません。】


【許可はいつでも解除可能です。】


その説明を聞き、


コートはようやく安心したように息をつく。


そして静かにうなずいた。


「許可します。」


【承認を確認。】


【能力『全周波感知』を統合します。】


コックピットが再び青白く輝いた。


数秒後。


【統合完了。】


【本端末は『全周波感知』情報の同期解析を開始しました。】


【今後、探知結果はコックピット表示へ同期され、戦術解析および予測情報を提供します。】


カイルは満足そうに笑った。


「これで毎回口頭報告しなくても済むな。」


コートもうれしそうにうなずく。


「アカシが戦場情報として全部整理してくれるんですね。」


【確認。】


【『全周波感知』のシステム統合を完了。】


少しの沈黙。


そして、


新たな表示が現れた。


【生命感知リンクを構築します。】


【対象:カイル・マイスター。】


【対象:コート・ウィルソン。】


数秒後――


【生命感知リンク接続成功。】


【双方向生命同期を完了しました。】


コートが首をかしげる。


「生命感知?」


アカシが説明する。


【『全周波感知』を利用し、生命情報を同期します。】


【今後、カイル・マイスターとコート・ウィルソンは離れた場所にいても、本端末を通じて互いの生命状態を同期確認できます。】


カイルはディスプレイを見る。


「つまり……。」


「互いが生きているかどうかを確認できるということか?」


【肯定。】


【生命反応をリアルタイム表示します。】


【対象の方位および相対位置を表示可能です。】


【生命兆候に異常が発生した場合、本端末は直ちに警報を発します。】


コートは驚いたように目を見開く。


「じゃあ、もし私がどこかに閉じ込められたり、気を失ったりしたら?」


【継続して位置を追跡します。】


【通信可能距離内であれば最短救助経路を算出し、もう一名のリンク対象を救助地点まで誘導します。】


カイルは安心したように息を吐いた。


「これなら離れても安心だ。」


アカシは続ける。


【生命感知は認証済みリンク対象のみに適用されます。】


【現在のリンク対象:二名。】


【カイル・マイスター。】


【コート・ウィルソン。】


続いて、


新たな項目が表示される。


【新機能追加。】


【生命保護プロトコル。】


コートが目を丸くする。


「生命保護……?」


アカシは説明を続けた。


【リンク対象の生命兆候が危険水準へ達した場合、本端末は自律判断により緊急支援手順を実行します。】


コートは驚く。


「自分で判断するんですか?」


【肯定。】


【リンク対象が意識を喪失した場合、指示不能となった場合、または生命兆候が継続的に悪化した場合、本端末は緊急対応権限を取得します。】


カイルは眉をひそめた。


「具体的には、何をする?」


アカシは即答する。


【状況に応じ、以下を実行します。】


【一、生命兆候の継続監視。】


【二、もう一名のリンク対象へ最優先警報を送信。】


【三、最短救助経路を算出。】


【四、必要に応じ、本端末の一部機能を自律制御し、生存率の向上を図ります。】


【五、両名とも行動不能となった場合、生命保護プロトコルに従い、最善の実行可能手段を選択します。】


コートは感心したように呟く。


「つまり……。」


「私たち二人とも気を失っても……。」


「あなたは何もしないわけじゃないんですね。」


【その認識で正しいです。】


【生命保護プロトコルは通常待機状態より優先されます。】


【本端末の存在目的の一つは、両リンク対象の生存を保証することです。】


カイルは静かにうなずいた。


「頼りにしてる。」


アカシはいつもの落ち着いた声で答えた。


【了解。】


【生命保護プロトコル――起動しました。】

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