第3話 ホワイトハウスの会談
**一九四一年十二月七日 ワシントンD.C.・ホワイトハウス**
真珠湾攻撃の報は、一筋の雷鳴のごとくワシントン中を震撼させた。
電話は鳴り止まず、
緊急電報が次々とホワイトハウスの戦時執務室へ運び込まれていく。
各部署が被害状況や艦隊の損害集計に追われる中、
一通の海軍電報が海軍作戦部へ届けられた。
その封筒には、**「最高機密」**の印。
さらに、**「極秘」**と記された特別報告書が添付されていた。
報告書には、次のような内容が記されていた。
――真珠湾攻撃開始直後、
八十五年後の未来から来たと名乗る二名のアメリカ海軍航空士官が出現。
彼らは、これまで誰も見たことのない**「ロケット推進式戦闘機」**を操縦し、
真珠湾上空で極めて短時間のうちに数十機の日本軍機を撃墜。
さらに、未来の戦争の推移を知っていると証言している――。
電報を閲覧していた海軍士官は、
長い間、一言も発しなかった。
何度も電文を読み返し、
添付されていた目撃報告にも目を通す。
やがて彼は静かにペンを手に取ると、
書類の最上部へ、力強く四文字を書き記した。
**「至急、大統領へ。」**
――――――――――――――――――
**一九四一年十二月七日 午後八時
真珠湾海軍基地・隔離宿舎**
コートはカイルのベッドへうつ伏せになり、
魂が抜けたような表情でぼやいていた。
「暇です、大尉……。」
「テレビもない……漫画もない……PS5もない……。」
「インターネットもスマホもありません。」
「寝る以外、やることがないです……。」
カイルは椅子に腰掛けたまま、
顔も上げずに一九四一年版の海軍便覧をめくっていた。
「忘れたのか?」
「今は一九四一年だぞ。」
コートは一瞬きょとんとした後、
そのまま顔を枕へ埋める。
「ああーーっ!」
「分かってますよ!」
「でも暇なんです!」
彼女は勢いよく顔を上げた。
「飛行機で、あの時の空域まで飛んでみるのはどうですか?」
「もしかしたら現代へ戻れるかもしれません!」
カイルは苦笑した。
「機体は今、軍に押収されてる。」
「燃料だって半分も残ってない。」
「仮に飛べたとしても、あそこまでは持たないだろう。」
彼は少し間を置いて続ける。
「それに、あの嵐を抜けた瞬間、後ろにあった雷雲は消えていた。」
「今戻ったところで、見つかる保証はない。」
そう言うと、便覧を閉じてコートを見る。
「暇なら、自分の『賜福』でも研究してみたらどうだ?」
「時間つぶしにはなるだろ。」
コートは仰向けになり、
天井を見つめながら小さくつぶやく。
「大尉は……。」
「自分の能力は確認しないんですか?」
その言葉を聞いたカイルは、
雷雲を突き抜けたあの瞬間を思い出した。
あの時。
彼もまた、
あの謎めいた声を確かに聞いていたのだった。
「『賜福』の能力……。」
カイルは小さくつぶやき、思考に沈む。
「俺の能力は……何だった?」
「『幻想……具現化』……?」
その言葉を口にした瞬間だった。
あの聞き覚えのある女性の電子音声が、再び脳内へ響く。
**アカシ:**
『能力者による能動的呼び出しを確認。』
『アカシレコード管理者、再接続を完了しました。』
カイルは勢いよく顔を上げた。
「これがコートの聞いていた声か!?」
「君は何者だ?」
短い沈黙の後、電子音が答える。
**アカシ:**
『私はアカシレコードの管理者です。』
「管理者……?」
**アカシ:**
『アカシレコードを管理し、「賜福」を授かった者を導くことが私の役目です。』
「俺たちは、なぜ八十五年前へ飛ばされた?」
**アカシ:**
『権限不足により回答できません。』
「未来では何が起きる?」
**アカシ:**
『歴史への干渉が確認されたため、回答できません。』
カイルは眉をひそめる。
「じゃあ、一体何なら教えてくれるんだ?」
**アカシ:**
『質問してみてください。』
カイルの額に青筋が浮かぶ。
「おい、お前……!」
思わず悪態をつきかけたが、
深く息を吐いて気持ちを落ち着かせた。
「……まあいい。」
「とりあえず、アカシって呼ばせてもらう。」
「アカシ。」
「『幻想具現化』って、どんな能力なんだ?」
「名前からすると、想像した物を実体化する能力なのか?」
**アカシ:**
『その認識で正しいです。』
『ただし、「幻想具現化」は完全な無から有を生み出す能力ではありません。』
『精神世界に存在するアカシレコードへアクセスし、能力者が理解・認識している対象を、一時的に現実世界へ具現化する能力です。』
『処理手順は以下の通りです。』
**「想像」→「アカシレコード検索」→「エネルギー消費」→「具現化完了」**
『また、私は代理実行者として具現化を補助することも可能です。』
『寄宿可能な媒体が存在する場合、その媒体へ一時的に宿り、能力者に代わって具現化処理を実行できます。』
続けてアカシが説明を始めた。
『これより、「幻想具現化」の発動条件を説明します。』
**第一条件 対象を理解していること**
『例として、ARライフル、テレビ、5.56ミリ弾、ハンヴィーなど。』
『能力者が存在・用途・基本構造を理解している物のみ具現化可能です。』
『認識できない物体、あるいは現実世界に存在しない物体は具現化できません。』
**第二条件 エネルギーの消費**
『すべての具現物はエネルギーを消費します。』
『質量が大きく、構造が複雑になるほど消費量も増加します。』
『例。』
**拳銃 < 自動車 < 航空機 < 軍艦**
**第三条件 熟練度**
『熟練度の向上に伴い、以下の効果を得られます。』
・エネルギー上限の増加
・エネルギー回復速度の向上
・より大型の物体を具現化可能
・具現化維持時間の延長
**第四条件 世界法則への非干渉**
『幻想具現化では、一定量の物質を具現化できます。』
『しかし、永久機関、有機生命体、およびエネルギー保存則や物理法則に反する存在は創造できません。』
『アカシ権限により禁止されています。』
『以上です。』
────────────────────
カイルは腕を組み、再び考え込む。
「つまり……。」
「エネルギーさえ十分あれば、弾薬や航空燃料も作れるってことか?」
**アカシ:**
『正解です。』
「じゃあアカシ。」
「テレビを作りたい場合は?」
**アカシ:**
『頭の中で対象をイメージしてください。』
『情報が詳細であるほど、具現化の完成度は向上します。』
「なるほど。」
「分かった。」
カイルは目を閉じる。
頭の中に、
五十インチの大型液晶テレビを鮮明に思い描いた。
**アカシ:**
『指令を受信。』
『アカシレコードへアクセス開始。』
『対象確認──五十インチ液晶テレビ。』
『情報完全度九十八パーセント。』
『エネルギー変換開始。』
『具現化を実行します。』
次の瞬間。
カイルの目の前へ無数の青白い粒子が現れた。
粒子は高速で集まり、
複雑な構造を組み上げていく。
三秒も経たないうちに、
部屋の中央には一台の五十インチ液晶テレビが静かに姿を現した。
コートは目を輝かせ、
突然現れたテレビを呆然と見つめる。
「おおおっ!」
「大尉、すごいです!」
「これが大尉の能力なんですか!?」
次の瞬間、
彼女はベッドから飛び降り、
テレビの前まで一直線に駆け寄った。
「これでテレビが見られるんですね!?」
カイルの頬がぴくりと引きつる。
「……驚くところ、そこなのか?」
コートはきょとんとした表情で答えた。
「今日だけで常識外れのことを見すぎましたから。」
「もう何が起きても驚きません。」
そう言うと、
嬉しそうに電源コードをコンセントへ差し込み、
リモコンの電源ボタンを押した。
「やった!」
「これでやっとNetflixが──」
画面に表示されたのは、たった一行。
> **インターネットに接続できません。**
コートの表情から、一瞬で生気が消えた。
カイルは肩をすくめ、苦笑する。
「……一九四一年にインターネットなんてあるわけないだろ。」
コートは見る見るうちに肩を落とした。
「あっ……。」
「そうでした……。」
そしてゆっくりとカイルの方を向く。
その瞳は期待に満ちていた。
「大尉!」
「じゃあ、Switchは出せますか?」
カイルの額に青筋が浮かぶ。
「お前なぁ!」
「俺をドラえもんか何かだと思ってるのか!?」
コートは悪びれもせず、小首をかしげる。
「いいじゃないですか。」
「能力のテストってことで。」
カイルは言葉に詰まった。
「…………。」
「だからって、何でゲーム機なんだよ!」
しかしコートは聞いていない。
「あと、コーラも一本お願いします。」
「注文までし始めたぞ、お前!?」
結局、
コートのしつこいおねだりには勝てなかった。
カイルは深いため息をつく。
「……で。」
「何がやりたい?」
コートはほとんど考えることなく答えた。
「えっと……。」
「『マリオカート8 デラックス』!」
カイルは目を閉じる。
頭の中へ、
Nintendo Switch本体、
ゲームカード、
そしてコーラ二本を思い浮かべた。
**アカシ:**
『指令を受信。』
『具現化を開始します。』
青白い粒子が一斉に集まり始める。
数秒も経たないうちに、
テーブルの上にはNintendo Switch本体、
『マリオカート8 デラックス』のゲームカード、
そしてコーラ二本がきれいに並んでいた。
**アカシ:**
『具現化完了。』
『残存エネルギー:九十五パーセント。』
カイルもコートも、
目の前の光景に思わず息をのむ。
「本当に出せた……。」
二人は顔を見合わせる。
カイルがニヤリと笑った。
「勝負するか?」
コートも負けじと笑みを返す。
「望むところです!」
────────────────────
その夜。
宿舎の外では、
警備を担当する二人のアメリカ兵が部屋の前に立っていた。
すると室内から、
何やら騒がしい声が聞こえてくる。
「うわぁぁぁぁっ!」
「おい、お前!」
「赤こうらをずっと後ろから投げてくるなぁ!」
すると、
すぐに女性の笑い声が響いた。
「ふふふっ!」
「大尉、まだまだですね!」
「卑怯だぞ!」
「これが基本戦術です!」
宿舎の外。
二人の衛兵は顔を見合わせた。
「…………。」
一人の衛兵が眉をひそめた。
「……あの二人、一体何をやってるんだ?」
もう一人の衛兵は肩をすくめる。
「さあな。」
「でも、喧嘩をしてるようには聞こえないな。」
────────────────────
**一九四一年十二月八日 午前八時
真珠湾海軍基地・隔離宿舎**
カイルとコートは朝食を済ませたばかりだった。
その時、
部屋の外からノックの音が響く。
コン、コン。
「マイスター大尉。」
「ウィルソン少尉。」
「ブロック将軍のご命令です。」
「至急、司令部までお越しください。」
「了解しました。」
二人はドアを開けた。
迎えに来ていた士官は、
二人の顔を見た瞬間、思わず目を丸くする。
二人とも目の下にはうっすらと隈ができ、
顔には疲労の色が浮かんでいた。
その上、
揃って大きなあくびまでしている。
士官は心配そうに尋ねた。
「昨夜はよくお休みになれませんでしたか?」
「宿舎に何かご不便でもございましたでしょうか。」
「お気付きの点があれば、すぐ改善いたします。」
カイルの頬がぴくりと引きつる。
「…………。」
言えない。
とても言えない。
まさか――
昨夜、コートと二人で『マリオカート8 デラックス』を朝までぶっ通しで遊び続け、
しかも**三十戦全敗**だったなどとは、
口が裂けても言えなかった。
コートはうつむいたまま、
肩を小刻みに震わせていた。
士官はふと、
何かを悟ったような表情を浮かべる。
「そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ。」
「昨夜のことは、入口の衛兵から聞いています。」
カイルの心臓が一瞬止まりかけた。
(……終わった。)
士官は真面目な顔で続ける。
「昨夜、お二人は部屋の中で……。」
「ずいぶん盛り上がっていたそうですね。」
「それに、かなり大きな声も出されていたとか。」
カイル「…………。」
コート「…………。」
士官は軽く咳払いをする。
「若いお二人ですから、気持ちは分かります。」
「ですが、ここは軍の施設です。」
「その……もう少し、お静かにお願いできればと。」
カイルは完全に固まった。
(……絶対に変な誤解をしてるだろ、この人。)
一方のコートは何も言わず、
そっと顔を横へ向ける。
まるで聞こえなかったふりをするかのように。
カイルは横目で彼女を見た。
(そういう反応をするな!)
(余計に誤解されるだろ!)
しばらくして、
宿舎の前にはすでに一台のジープが待機していた。
カイルとコートは互いに顔を見合わせると、
何も言わず車へ乗り込む。
ジープはゆっくりと発進し、
太平洋艦隊司令部へ向かって走り出した。
────────────────────
**ブロック少将執務室**
ブロックは二人を見つめながら切り出した。
「昨夜、君たちの件はワシントンへ正式に報告した。」
「ルーズベルト大統領も、すでに報告書に目を通している。」
「そして――」
「大統領自ら、君たちに会うことを決定された。」
カイルとコートは顔を見合わせる。
これから会う相手は、
アメリカ合衆国最高司令官。
フランクリン・D・ルーズベルト大統領、その人だった。
ブロックは続ける。
「本日、大統領は全国民に向けて対日宣戦演説を行った。」
「議会も正式に対日宣戦を承認している。」
「すべて、君が話した通りになった。」
彼は静かに息をつく。
「だからこそ、ワシントンは君たちから直接話を聞くことを望んでいる。」
「輸送機はすでに待機中だ。」
「一時間後に出発する。」
ブロックは二人へ小さくうなずいた。
「――健闘を祈る。」
**同日 午前十時**
カイルとコートは憲兵の護衛を受け、
真珠湾基地を後にした。
軍用ジープはそのまま飛行場へ向かう。
エプロンには、
アメリカ陸軍航空軍所属のC-47輸送機が、すでに出発準備を終えて待機していた。
「お二人のご無事をお祈りしております。」
見送りの士官が敬礼する。
やがてプロペラの回転数が上がり、
エンジンの轟音とともに機体はゆっくり滑走を開始した。
しばらくして、
C-47は力強く滑走路を駆け抜け、
大空へと舞い上がる。
────────────────────
その後の数日間、
二人は軍用輸送機を乗り継ぎながらアメリカ本土を目指した。
燃料補給のため、
機体は何度も各地の軍用飛行場へ降り立つ。
立ち寄るたびに現地部隊が厳重な警備と接遇を担当し、
輸送機の周囲は常に立入禁止区域となった。
搭乗者の正体を知りたがる将兵は少なくなかったが、
誰一人として近づくことは許されなかった。
しかし、
本当に過酷だったのは長旅そのものではない。
カイルが、
具現化を維持し続けなければならなかったことだった。
数日間もの間、
絶えずエネルギーを消費し続けた結果、
彼の顔色は見る見る青白くなり、
目には生気がなく、
今にも倒れそうな有様だった。
その一方で、
コートはというと――
Switchを抱え、
画面から一度も目を離さず夢中で遊んでいた。
「大尉、顔色ひどいですよ。」
「まるでTウイルスに感染したみたいです。」
「ベテラン戦闘機パイロットなんですから、もう少し格好つけてください。」
カイルは力なく彼女をにらむ。
「……よく言う。」
「誰のせいで、ずっと具現化を維持してると思ってるんだ。」
「Switchで遊びたいって泣きついたのは誰だ?」
コートは舌をぺろっと出す。
「えへへ。」
「それは、ごめんなさい。」
そう言いながらも、
手元のゲームは一瞬たりとも止まらない。
カイルは器用にコントローラーを操る彼女を眺め、
深いため息をついた。
「せめて次の補給地では二時間寝かせてくれ。」
「もちろんです。」
コートは画面の隅へ目をやる。
「……あ。」
「大尉。」
「バッテリー減ってきました。」
「エネルギーで充電してください。」
カイルはぐったりしたまま答える。
「……お前、悪魔か?」
向かいの席に座る護衛士官は、
無言で二人のやり取りを眺めていた。
この数日間、
似たような光景を何度見ただろう。
コートは青と赤の小さな不思議な装置を抱え、
光る画面を食い入るように見つめながら、
両手で忙しくボタンを操作している。
搭乗時、
二人が持っていた荷物は軍装と最低限の手荷物だけだった。
そのはずなのに、
今ではコートの腕の中には、
見たこともない精密機器がある。
(……一体、どこから出てきたんだ?)
理解できない。
一方のカイルは、
今にも倒れそうなほど顔色が悪く、
ひどい乗り物酔いにでもなったように見える。
護衛士官はとうとう我慢できず、
遠慮がちに口を開いた。
「あの……失礼ですが、一つお聞きしてもよろしいでしょうか。」
カイルは顔を上げる。
「何でしょう?」
士官は少し迷ってから尋ねた。
「お二人は……相棒なのですか?」
「はい。」
「では……恋人同士で?」
二人はほぼ同時に答えた。
「違います!」
士官は一瞬きょとんとした。
「あ……失礼しました。」
「私の勘違いでした。」
苦笑いしながら、
それ以上は何も聞かなかった。
――しかし。
数分後。
「大尉。」
「もう一回だけ遊びたいです。」
カイルは額を押さえ、
長いため息をつく。
「……昨日もその『最後の一回』を十回は聞いたぞ。」
「お願いです!」
「本当に最後です!」
結局、
カイルは観念したように片手を差し出し、
再び具現化を維持する。
その光景を見た護衛士官は、
心の中で静かにつぶやいた。
(……本当に恋人じゃないのか?)
────────────────────
四日間に及ぶ飛行と、
幾度もの中継地での燃料補給を経て――
ついに、
ワシントンD.C.
C-47はゆっくりと滑走路へ降り立った。
やがて機体が停止し、
貨物扉が静かに開く。
カイルとコートは、
初めて一九四〇年代のアメリカ合衆国首都へ足を踏み入れた。
滑走路脇では、
数台の黒塗りの公用車がすでに待機している。
数名のシークレットサービスが直ちに二人を囲み、
車へと案内した。
飛行場全体は厳重に封鎖され、
迎えの関係者以外は誰一人近づくことを許されていない。
未来から来た二人の存在を、
大統領との面会前に世間へ知られるわけにはいかなかったからだ。
車列はゆっくりとワシントン市内を進み、
やがて厳重な警備に包まれた一軒のホテルの前で静かに停車した。
ホテル全体はすでに軍によって接収されていた。
正面玄関には武装した憲兵が幾重にも配置され、
許可のない者は一歩たりとも近づくことができない。
そこへ一人の海軍大佐が歩み寄ってきた。
「長旅、お疲れさまでした。」
「こちらが今夜のお二人の宿泊先となります。」
「どうぞゆっくりお休みください。」
「明日の午前、ホワイトハウスへご案内いたします。」
カイルは軽くうなずく。
「了解しました。」
大佐は後ろを振り返り、
部下へ合図を送った。
すると二人の兵士が衣装ラックを押しながら入室する。
そこには、
丁寧にアイロンがけされたアメリカ海軍士官用の礼装制服が二着掛けられていた。
「こちらは、お二人のためにご用意した正式な制服です。」
「明日、大統領閣下とのご面会の際はこちらをご着用ください。」
コートは制服を受け取り、
興味深そうに眺める。
「サイズがぴったりですね。」
大佐は穏やかに微笑んだ。
「事前にお二人の体格を確認し、仕立てさせました。」
続いて、
別の士官が口を開く。
「それから、お二人がお持ちの飛行装備につきましては、技術調査のため一時的にお預かりいたします。」
「調査終了後、すべて原状のまま返却いたしますので、ご安心ください。」
カイルは何も言わず、
静かにうなずいた。
二人はそれぞれ自室へ戻り、
着替えを済ませる。
しばらくすると、
八十五年後から持ち込まれた飛行服、
耐Gスーツ、
飛行靴、
グローブ、
そしてヘルメットが、
一つずつ証拠保管箱へ丁寧に収められていった。
すべての装備には管理番号が貼られ、
厳重に封印された後、
待機していた技術調査班へ引き渡される。
彼らにとって、
それは単なる軍装ではない。
未来の技術を秘めた、
極めて貴重な研究資料だった。
士官は最後に敬礼しながら言った。
「ご協力ありがとうございます。」
「今夜はどうぞごゆっくりお休みください。」
「明朝、ホワイトハウスより専用車がお迎えに参ります。」
「大統領閣下も、お二人との面会を楽しみにされています。」
そう言い残し、
軍関係者たちは静かにホテルの廊下を去っていった。
その姿が見えなくなると、
コートはくるりとカイルの方を向く。
期待に満ちた視線を送りながら、
にこりと笑った。
「大尉~。」
「ん?」
「ゲーム!」
カイルは考える間もなく即答する。
「却下。」
コートは諦めず、
彼の袖をちょんちょんと引っ張った。
「大尉~。」
「ゲームしましょう。」
「ダメだ。」
「少しだけ。」
「ダメ。」
「明日は朝早い。」
「今日はもう休むぞ。」
コートはぷくっと頬を膨らませ、
両手を腰に当てて不満そうに鼻を鳴らした。
「ふーん。」
「ケチ。」
カイルは苦笑しながら肩をすくめる。
「昨日『最後の一回』で何時間遊んだか、もう忘れたのか?」
コートは視線をそらし、
小さな声でつぶやく。
「……覚えてません。」
「だからダメなんだ。」
そう言うとカイルは自室のドアを開けた。
「おやすみ、コート。」
「……おやすみなさい。」
コートも渋々自分の部屋へ戻っていく。
明日はいよいよ、
アメリカ合衆国大統領との会談。
二人にとって、
未来を左右する一日が静かに近づいていた。
そう言い残すと、
コートは自分の部屋へ向かって歩き出した。
パタン。
静かにドアが閉まる。
その場に残されたカイルは、
額を押さえながら大きくため息をついた。
「……困ったな。」
「ゲーム中毒も、ここまで来ると重症だ。」
────────────────────
**一九四一年十二月十二日 午前八時**
**ワシントンD.C.**
冬の朝霧が、
まだ街を薄く包み込んでいた。
一台の黒塗りの政府公用車が、
ゆっくりとホテルの正面へ滑り込む。
数名の憲兵が素早く降車し、
周囲の警戒を開始した。
やがて、
一人の海軍大佐がロビーへ姿を現す。
「マイスター大尉。」
「ウィルソン少尉。」
「ホワイトハウスからのお迎えが到着しております。」
「どうぞこちらへ。」
「了解しました。」
二人は立ち上がり、
それぞれ軍帽を整える。
昨日支給された海軍士官制服は皺一つなく、
胸元のネームプレートが朝日に照らされて静かに輝いていた。
カイルは袖口を軽く整え、
コートは帽子の角度をそっと直す。
二人は視線を交わした。
「行こう。」
「はい、大尉。」
黒塗りの公用車はホテルを後にした。
沿道では、
軍警察が交通規制を行い、
厳重な警備態勢が敷かれている。
約二十分後――
一面の白い外壁を朝日に輝かせる、
荘厳な建物が二人の前に姿を現した。
ホワイトハウス。
正門には、
武装した海兵隊員とシークレットサービスが幾重にも配置されている。
黒い鉄門がゆっくりと開き、
公用車は幾重もの検問を通過して、
正面玄関前で静かに停車した。
ドアが開く。
海軍大佐が先に降車し、
二人へ向き直る。
「ここから先は、ホワイトハウスの保安手順に従っていただきます。」
「本人確認ならびに保安検査を実施しますので、係員の指示に従ってください。」
カイルは静かにうなずいた。
「了解しました。」
コートもいつもの柔らかな表情を引き締め、
軍帽を整えながら真剣な面持ちになる。
すると、
ホワイトハウス警備員が隣の部屋の扉を開いた。
そこへ、
ダークスーツ姿の女性職員が歩み寄ってくる。
胸元にはホワイトハウス職員証が下げられていた。
彼女はコートへ軽く会釈した。
「ウィルソン少尉。」
「これより私が保安検査を担当いたします。」
コートもうなずく。
「よろしくお願いします。」
女性職員は手で奥を示した。
「こちらへどうぞ。」
コートは一度だけ振り返る。
カイルは小さくうなずいた。
「ここで待っている。」
「はい。」
そう答えると、
コートは女性職員に続いて隣の検査室へ入っていく。
静かに扉が閉まった。
一方、
カイルは男性警備員二名による通常の保安検査を受ける。
数分後――
検査室の扉が再び開いた。
女性職員が先に姿を現す。
「検査は終了しました。」
コートは制服の袖口を軽く整えながら歩み寄る。
「お待たせしました。」
カイルは微笑む。
「俺より早かったな。」
コートは小さく笑った。
「ちゃんと協力しましたから。」
すべての保安検査が終了すると、
一人のホワイトハウス職員が二人の前へ進み出た。
「それでは、お二人ともこちらへ。」
重厚な木製の扉が静かに開かれる。
二人は職員の後に続き、
長い廊下を歩き始めた。
廊下の両側には、
武装した警備員が一糸乱れぬ姿勢で立ち並んでいる。
広いホワイトハウスの中は、
足音だけが静かに響いていた。
そして――
案内役の職員が、
ひときわ重厚な両開きの扉の前で足を止める。
「大統領がお待ちです。」
そう告げると、
二人の警備員がゆっくりと扉へ手を掛けた。
案内役の職員は、一枚板で作られた重厚な木製の扉の前で足を止めた。
制服の襟元を軽く整え、
静かに二度ノックする。
コン、コン。
「大統領閣下。」
「マイスター大尉とウィルソン少尉をお連れしました。」
部屋の中から、
落ち着いた低い声が返ってきた。
「入りたまえ。」
ゆっくりと木製の扉が開く。
二人の目に飛び込んできたのは、
広々とした、威厳に満ちた会議室だった。
長い会議卓の両側には、
陸軍・海軍の高級将官たちがすでに着席している。
肩章に輝く星章の一つひとつが、
アメリカ軍最高指導部の権威を物語っていた。
カイルとコートが足を踏み入れた瞬間、
数十人分の視線が一斉に二人へ集まる。
左側最上席には、
陸軍参謀総長ジョージ・C・マーシャル大将。
その隣には、
「アメリカ空軍の父」と称されるヘンリー・H・アーノルド大将。
右側には、
海軍作戦部長ハロルド・R・スターク大将。
さらに、
大西洋艦隊から急遽ワシントンへ呼び戻されたアーネスト・J・キング大将が厳しい表情で座っていた。
その下座には、
新たに太平洋艦隊司令長官への就任を命じられたチェスター・W・ニミッツ中将。
会議室後方には、
将官ではない数名の士官も席についている。
その一人、
丸眼鏡をかけた海軍士官の机には暗号資料が山積みになっていた。
真珠湾通信情報部の責任者、
ジョセフ・J・ロシュフォート中佐。
その隣には、
太平洋艦隊情報参謀エドウィン・T・レイトン中佐。
階級こそ高くないが、
日本海軍を最も深く知る二人だった。
そして、
会議卓の最奥。
車椅子に腰掛けた一人の男が、
静かに二人を見つめている。
穏やかな表情。
しかし、
その青い瞳は人の心を見透かすような鋭さを宿していた。
アメリカ合衆国第三十二代大統領――
**フランクリン・デラノ・ルーズベルト。**
会議室は水を打ったように静まり返る。
誰も口を開かない。
全員が待っていた。
八十五年後の未来から来たと名乗る二人の海軍士官が、
最初に何を語るのかを。
────────────────────
カイルとコートは会議卓の前まで進む。
二人は同時に姿勢を正した。
ピシッ。
右手を帽子のつばへ添え、
力強く敬礼する。
「アメリカ海軍大尉、カイル・マイスター。」
「アメリカ海軍少尉、コート・ウィルソン。」
「ただ今、参上いたしました。」
敬礼は数秒間続いた。
ルーズベルトは穏やかに微笑み、
右手を軽く上げる。
「楽に。」
「ありがとうございます。」
二人は同時に敬礼を解き、
再び気をつけの姿勢へ戻る。
ルーズベルトは、
祖父が孫へ語りかけるような優しい笑みを浮かべた。
「大尉、少尉。」
「遠路はるばる、ご苦労でした。」
「ホワイトハウスへようこそ。」
その視線が二人を順に見つめる。
「長旅で疲れたでしょう。」
カイルもコートも何も答えず、
静かに立ったままだった。
その様子にルーズベルトは小さく笑う。
「そんなに緊張しなくても結構です。」
「真珠湾で起きた出来事については、軍から提出された報告書にすべて目を通しています。」
「君たちの素性も。」
「未来から来たという話も。」
「あの戦闘機も。」
「そして、ハワイ上空で日本軍航空隊を撃退した経緯も。」
一拍置き、
柔らかな口調のまま続ける。
「安心してください。」
「今日は尋問をするためでも、責任を追及するためでもありません。」
「ただ、私自身の口で確認したいことがあるだけです。」
その一言で、
張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。
しかし、
将官たちの表情は依然として真剣だった。
マーシャルは両手を組み、
無言で二人を見つめる。
アーノルドの視線は、
何度もカイルへ向けられていた。
彼の頭の中には、
時代を八十五年先取りした戦闘機の姿が焼き付いているのだろう。
キングは腕を組み、
鋭い眼光を崩さない。
ニミッツは一言も発せず、
静かに二人を観察していた。
ロシュフォートだけが、
静かに万年筆を取り、
手帳へ短いメモを書き残している。
再び会議室は静寂に包まれた。
ルーズベルトは両手を重ね、
表情を引き締める。
「では――」
「大尉。」
「一つ、答えてください。」
「君たちの歴史では。」
「アメリカは……。」
「この戦争に勝ったのですか?」
その瞬間、
会議室から音が消えた。
全員がカイルの返答を待つ。
カイルは一瞬たりとも迷わず答えた。
「はい、大統領閣下。」
「アメリカ、そして連合国は、最終的な勝利を収めました。」
ルーズベルトは静かにうなずく。
「では……。」
「その勝利のために、アメリカはどれほどの代償を払ったのでしょう。」
カイルは数秒間沈黙した。
静かに息を吸い込む。
「……非常に大きな犠牲です。」
「大統領閣下。」
「想像を超えるほどに。」
ルーズベルトは何も言わない。
ただ静かに続きを促す。
「私たちの時代に残る記録では――」
「第二次世界大戦において、アメリカは約四十一万六千人の軍人および民間人を失いました。」
「さらに六十七万人以上が負傷しています。」
会議室の空気が凍り付く。
数名の将官が思わず表情を変えた。
無表情だったキングでさえ、
眉間へ深い皺を刻む。
ニミッツは静かに目を閉じ、
マーシャルは何も言わず数字を書き留めた。
カイルは続ける。
「ですが……。」
「他の主要参戦国と比べれば、アメリカ本土は大規模な戦火に巻き込まれることはありませんでした。」
「犠牲の大半は、太平洋戦線とヨーロッパ戦線で生じたものです。」
ルーズベルトは静かにうなずく。
「四十一万人……ですか。」
彼は会議室をゆっくり見渡した。
「その数字の一つひとつが、一つの家庭を意味します。」
「一人の父親であり、一人の息子であり、一人の夫が、二度と家族のもとへ帰れなかったということです。」
誰一人として口を開かなかった。
戦争とは、
「勝利」の二文字だけで語れるものではない。
全員が、その重みを理解していた。
ルーズベルトは卓上の太平洋地図へ視線を落とす。
「我々の太平洋艦隊は甚大な損害を受けました。」
「当面、日本海軍と正面から渡り合うことは難しいでしょう。」
穏やかな声だった。
しかし、
その言葉には国家元首としての重責がにじんでいた。
「幸いにも空母部隊は無事でした。」
「ですが、主力戦艦の多くは戦闘能力を失っています。」
「少なくとも当面の間、太平洋の主導権は日本海軍にある。」
カイルはルーズベルトの視線を真っすぐ受け止め、
胸を張って答えた。
「日本は、この一撃でアメリカの戦意を砕けると考えました。」
「ですが、それは大きな誤算です。」
「真珠湾攻撃が生み出したのは恐怖ではありません。」
「怒りです。」
「そして――」
「かつてないほどの団結です。」
会議室の全員へ視線を向ける。
「工場は昼夜を問わず兵器を生産し続けます。」
「若者たちは自ら軍へ志願します。」
「国家全体が戦争遂行のために動き始めるでしょう。」
「それこそが、アメリカ最大の力です。」
カイルの声には確信があった。
「やがてアメリカは太平洋の制海権と制空権を奪い返します。」
「日本連合艦隊は、最終的にアメリカ海軍によって壊滅します。」
「そして。」
「アメリカは太平洋戦争に勝利します。」
話し終えても、
誰一人として反論しなかった。
疑う者もいない。
この若き海軍士官は、
士気を鼓舞しているのではない。
未来に刻まれた歴史を、
淡々と語っているだけなのだから。
ルーズベルトは静かにうなずき、
ゆっくりと口を開いた――。
「ありがとう、大尉。」
ルーズベルトは静かに微笑んだ。
「君の言葉で、私はさらに確信を持つことができました。」
その言葉を聞いたカイルは、
しばらく考え込んだ末、
一つの決断を下す。
「それでは……。」
「ここにお集まりの皆様へ、一つ秘密をお話しします。」
会議室の空気が再び張り詰めた。
「私がこの時代へ来たあと、ある特殊な能力を授かりました。」
「私が理解している物体を、一時的に現実世界へ具現化できる能力です。」
「なぜそのような力を得たのか。」
「その原理も理由も、私には分かりません。」
「ただ一つ分かっているのは、多くの制限があり、物理法則を超えることはできないということです。」
そう言うと、
カイルは右手を軽く前へ差し出した。
次の瞬間。
無数の青白い粒子が空中へ現れる。
ざわっ――。
粒子は高速で集まり、
一台の映写機へと姿を変えた。
さらに、
その隣にはDVDプレーヤー。
そして一枚のDVDディスクまで、
まるで最初からそこに存在していたかのように具現化される。
会議室中からどよめきが起こった。
「ば、馬鹿な……。」
「何もない空間から……。」
「そんなことが……。」
マーシャルも、
キングも、
ニミッツも、
誰一人として言葉を失っていた。
ロシュフォートは思わず立ち上がりそうになるほど目を見開く。
カイルは静かにDVDをプレーヤーへ入れた。
「皆様。」
「私が言葉で説明するよりも――」
「歴史そのものをご覧いただいた方が早いでしょう。」
プロジェクターの光が灯る。
白いスクリーンへ、
鮮やかなカラー映像が映し出された。
その瞬間、
会議室全体が息を呑む。
「カラー映像……だと?」
誰かが思わずつぶやいた。
やがて画面中央へ英字が浮かび上がる。
> **World War II Documentary**
そして、
映像が流れ始めた。
――ドイツ軍による電撃戦。
――真珠湾攻撃。
――珊瑚海海戦。
――ミッドウェー海戦。
――ガダルカナル島上陸。
――ノルマンディー上陸作戦。
――硫黄島の戦い。
――沖縄戦。
――ベルリン陥落。
――広島・長崎への原子爆弾投下。
――そして、日本の降伏。
長い映像が終わると、
スクリーンは再び真っ白になった。
カイルは静かにリモコンの停止ボタンを押す。
カチッ。
静寂。
誰も口を開かなかった。
誰も視線を外さなかった。
数十分間の映像は、
この場にいる全員の常識を根底から覆してしまった。
彼らは今、
第二次世界大戦の始まりから終結までを、
まるで未来を覗き見るように目撃したのである。
ルーズベルトはゆっくり眼鏡を外した。
しばらく黙ったまま考え込み、
静かにカイルを見つめる。
「大尉。」
その声には、
先ほどまでとは違う厳かな響きがあった。
「君は、このような奇跡とも言える力を持っている。」
「見たこともない機械を何もない場所から生み出し。」
「さらに未来の歴史まで私たちへ見せてくれた。」
一拍置き、
静かに問いかける。
「教えてください。」
「これは……神が君へ授けた力なのですか?」
カイルは数秒間沈黙した。
アカシの存在を思い浮かべながら、
ルーズベルトをまっすぐ見つめ返す。
そして、
ゆっくりとうなずく。
「……ある意味では。」
「そう言えるかもしれません。」
「私は、この時代へ導かれました。」
「だからこそ、今こうして皆様の前に立っています。」
会議室は再び静まり返る。
やがて、
一人の将官が堪えきれず口を開いた。
「大尉。」
「つまり、その能力があれば……。」
「どんな物でも作り出せるということですか?」
カイルは首を横に振る。
「いいえ。」
「そこまで万能ではありません。」
「具現化できるかどうかは、対象次第です。」
「文房具や工具、家電製品のような比較的単純な物なら問題ありません。」
「ですが――」
「航空機。」
「大砲。」
「軍艦。」
「そういった巨大で複雑な構造物については、まだ試したことがありません。」
彼は正直に続ける。
「仮に具現化できたとしても。」
「大量生産できるような能力ではありません。」
その説明を聞き、
会議室のあちこちから小さなざわめきが起こる。
将官たちは互いに視線を交わし、
この常識を超えた能力が、
戦争そのものを変え得る可能性について静かに考え始めていた。
カイルは周囲を見渡し、さらに続けた。
「それから、もう一つあります。」
会議室の視線が再び彼へ集まる。
「私が具現化した物品には、一つ制約があります。」
「それらは、私の許可を受けた者しか使用できません。」
「私が認証しない限り、誰が手にしても正常には作動しません。」
一人の将官が眉をひそめた。
「つまり……。」
「君以外には誰も使えない、ということか?」
カイルは静かにうなずく。
「その通りです。」
「一種の安全機構だと考えてください。」
スターク提督が腕を組みながら口を開く。
「ということは――」
「たとえ敵軍がお前の装備を鹵獲したとしても、使用することはできないのだな?」
「はい。」
カイルは迷わず答えた。
「仮に敵へ渡ったとしても、それは動かない機械の塊でしかありません。」
「ですから、技術そのものが敵へ流出する心配はありません。」
その説明に、
スタークはゆっくりとうなずいた。
そして視線をカイルの隣へ移す。
「では……。」
「ウィルソン少尉。」
「あなたも、マイスター大尉と同じ能力を授かったのですか?」
突然話を振られたコートは一瞬言葉を失う。
「私……。」
答えようとした、その時。
「いいえ。」
カイルが静かに口を開いた。
その声は落ち着いていたが、
一切の迷いがなかった。
「ウィルソン少尉には、特別な能力はありません。」
「力を授かったのは、私だけです。」
スタークはわずかに眉を上げる。
「そうなのか?」
「はい。」
カイルは即座に答えた。
「彼女は、私と共に事故へ巻き込まれただけです。」
「それ以上でも、それ以下でもありません。」
「ただの一人の海軍士官です。」
コートは思わずカイルを見つめた。
口を開きかける。
だが、
すぐに彼の真意を理解した。
(……私を守ろうとしてくれている。)
彼女は静かに視線を戻し、
小さくうなずいた。
「……はい。」
「私には特別な能力はありません。」
スタークはそれ以上追及せず、
静かにうなずいた。
一方、
反対側に座るマーシャルは、
ルーズベルトと一瞬だけ視線を交わす。
二人は何も口にしなかった。
しかし、その短い視線のやり取りだけで十分だった。
二人とも、
カイルが意図的に何かを隠している可能性を完全には否定していなかった。
それでも誰も追及しない。
もし本当に未来から来た二人であるなら、
互いを守るために秘密を抱えていたとしても、不思議ではない。
今この場で重要なのは、
能力者が一人か二人かではない。
未来を知る彼らが、
アメリカをどのような未来へ導こうとしているのか――。
それこそが、この会議で最も重要な問いだった。
その場で疑問を口にする者はいなかった。
だが――
この場にいる将官たちは皆、同じことに気付いていた。
カイルは、
コートが答えるより一瞬早く口を開いた。
偶然ではない。
彼は意図的に、
彼女を守ろうとしたのだ。
その意図は誰の目にも明らかだった。
ルーズベルトの口元に、
ほんのわずかな笑みが浮かぶ。
しかし、
彼は何も指摘しなかった。
仲間を守るために秘密を抱える士官。
そのような人物の方が、
何もかも包み隠さず話す人間よりも、
はるかに信頼に値すると考えたからだ。
ルーズベルトは穏やかな声で言った。
「分かりました。」
「君たちの答えを尊重しましょう。」
それ以上、その話題が掘り下げられることはなかった。
会議は自然と次の議題へ移る。
ルーズベルトは両手を組み、
しばらく考え込んでから静かに口を開いた。
「マイスター大尉。」
「ウィルソン少尉。」
「最後に、もう一つだけ質問があります。」
二人は同時にルーズベルトへ視線を向けた。
彼は静かな口調で続ける。
「君たちは二〇二六年から来た人間です。」
「厳密に言えば、この時代の人間ではありません。」
「だから私は、大統領として命令するつもりはありません。」
「聞きたいのは、君たち自身の意思です。」
一瞬の沈黙。
そして、
ルーズベルトはまっすぐ二人を見据えた。
「君たちは――」
「我々と共に、この戦争を戦ってくれますか。」
会議室は静まり返った。
すべての視線が、
二人へ注がれる。
カイルは一切ためらわなかった。
静かに立ち上がり、
制服の裾を整える。
そして、
ルーズベルトを正面から見据えた。
「大統領閣下。」
「私とウィルソン少尉は、アメリカ海軍士官です。」
「生まれた時代は違います。」
「ですが――」
彼は胸に手を添える。
「この制服は変わりません。」
「肩に刻まれた階級も変わりません。」
「胸に掲げる星条旗も変わりません。」
「そして。」
「私たちが忠誠を誓った祖国も、変わりません。」
会議室中へ響く力強い声。
「祖国が私たちを必要とする限り。」
「私は、これからもアメリカ海軍士官として戦います。」
その隣で、
コートも静かに立ち上がった。
ルーズベルトへ向かって敬礼する。
「大統領閣下。」
「私はアメリカ海軍少尉です。」
「軍人の使命は、祖国を守ることです。」
「それが未来であっても。」
「この時代であっても。」
「私の答えは、マイスター大尉と同じです。」
「私も、この国のために戦います。」
ルーズベルトは、
二人を静かに見つめ続けた。
数秒後――
深くうなずく。
「……結構。」
その表情には、
心からの安堵と喜びが浮かんでいた。
「それでは。」
「本日この時をもって。」
「私はアメリカ合衆国大統領として。」
「君たち二人を、一九四一年のアメリカ海軍へ正式に迎え入れます。」
その言葉と同時に、
カイルとコートは同時に姿勢を正え、
力強く敬礼した。
「イエス・サー!」
「ミスター・プレジデント!」
二人の声が、
静まり返った会議室へ力強く響き渡った。
会議室では、
マーシャル、スターク、アーノルドをはじめとする将官たちの表情にも、自然と笑みが浮かんでいた。
この瞬間、
彼らは確信した。
アメリカが手に入れたのは、
未来の情報だけではない。
この時代と共に戦うことを自ら選んだ、
二人の海軍士官だった。
ルーズベルトは車椅子に腰掛けたまま、
ゆっくりと会議室を見渡す。
全員の視線が再び彼へ集まった。
彼は両手を組み、
静かでありながら力強い声で宣言する。
「これより。」
「私は、アメリカ合衆国大統領、ならびに合衆国軍最高司令官として。」
「マイスター大尉、およびウィルソン少尉に対し。」
「最高機密特別任務遂行権限を正式に付与します。」
続いて、
マーシャルとスタークへ視線を向けた。
「直ちに必要な行政手続きを進めてください。」
マーシャルは静かにうなずく。
「承知しました、大統領閣下。」
ルーズベルトは続ける。
「本命令の発効と同時に。」
「両名は特別任務遂行中において、最高レベルの通行権限、機密情報閲覧権限、作戦指揮権、部隊支援要請権、兵力運用権、輸送優先権、基地使用権、および補給優先権を有するものとします。」
「本権限は、大統領直属とします。」
会議室にいた全員が真剣な表情で聞き入る。
「アメリカ陸軍。」
「アメリカ海軍。」
「海兵隊。」
「陸軍航空軍。」
「その他すべての政府機関は。」
「両名から必要な人員、装備、車両、補給、行政支援を要請された場合、正当な理由なく拒否または遅延してはならない。」
命令が読み上げられるたび、
将官たちは静かにうなずいていく。
ルーズベルトは再び二人へ目を向けた。
そこには、
国家元首としてではなく、
一人の年長者としての優しい眼差しがあった。
「今日はここまでにしましょう。」
「マイスター大尉。」
「ウィルソン少尉。」
「本当にご苦労でした。」
「今後数日はワシントンに滞在してください。」
「各種権限の正式な手続きと、関係各部署との調整を進めます。」
「その後、改めて君たちの配属先を決定しましょう。」
二人は同時に立ち上がる。
「イエス・サー。」
「ミスター・プレジデント。」
カイルとコートは順に、
ルーズベルト、
マーシャル、
スターク、
アーノルド、
そして会議室にいる全員へ敬礼した。
将官たちも静かに敬礼を返す。
その視線に見送られながら、
二人は会議室を後にした。
重厚な木製の扉が、
ゆっくりと閉じられる。
ガチャ――。
再び会議室は静寂に包まれた。
数秒後。
ようやく将官たちが小声で意見を交わし始める。
「まさか、あれほど迷いなく承諾するとは。」
「もし彼らの話がすべて事実なら……。」
「この戦争そのものが変わる。」
「彼らがもたらしたのは未来の情報だけではない。」
「未来そのものだ。」
────────────────────
**その夜――ワシントンD.C.**
軍が手配したホテル。
部屋のドアが閉まると、
ようやく静寂が戻ってきた。
コートは軍帽をテーブルへ置くなり、
そのままソファへ倒れ込む。
「やっと終わったぁ……。」
カイルは苦笑しながらネクタイを少し緩めた。
「さすがに疲れたな。」
コートは天井をぼんやり見つめる。
しばらく沈黙が流れた後、
ぽつりと口を開いた。
「大尉。」
「ん?」
「今日……ホワイトハウスで。」
「わざと私のことを話さなかったよね?」
カイルは否定しなかった。
グラスへ水を注ぎながら、
静かに答える。
「そうだ。」
コートは身体を起こした。
「どうして?」
カイルは少し考え、
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「知らない方が安全なこともある。」
「たとえ相手が大統領でも。」
コートは少し目を丸くした。
「……つまり。」
カイルは小さくうなずく。
「俺の能力だけでも十分危険だ。」
「それに加えて君の能力まで知られたら。」
コートは声を潜める。
「『全周波感知』……?」
「そうだ。」
カイルは真剣な表情で続ける。
「君の能力は、この時代のどんなレーダーや探知装置よりも優れている。」
「そんな存在だと知られれば。」
「利用しようと考える人間も、守ろうとする人間も現れる。」
「どちらにしても、君は普通の生活ができなくなる。」
コートは少しだけ口元を緩めた。
「へぇ。」
「それって……。」
「私のことを心配してくれてるの?」
カイルは何も答えない。
ただ、
グラスの水を一口飲んだ。
その沈黙だけで十分だった。
コートは思わず笑ってしまう。
「だから今日ずっと意味深な言い方をしてたんだ。」
カイルも苦笑する。
「まあ、少しはな。」
「少なくとも今、軍が知っている特別な能力者は俺だけだ。」
そして彼はコートの方を見て、
静かに言った。
「約束しただろう。」
「俺が君を守るって。」
その一言に、
コートの頬がほんのり赤く染まる。
照れ隠しのように首を横へ振った。
「でも、それじゃ一番危ないのは大尉じゃない。」
カイルは肩をすくめ、
いつものように笑う。
「構わないさ。」
「秘密は、知っている人間が少ないほど安全だからな。」
カイルはゆっくりと窓辺へ歩み寄った。
窓の外には、
夜のワシントンD.C.が広がっている。
街は静かだった。
それでも、
通りには街灯が灯り続け、
首都は眠ることなく今日という一日を終えようとしていた。
カイルはガラス越しにその景色を見つめながら、
小さく息を吐く。
「……これからが、本当の始まりだ。」
────────────────────
**深夜 ホワイトハウス**
コン、コン。
「失礼します!」
一人の伝令将校が大統領執務室へ駆け込んできた。
彼は一冊の書類をルーズベルトの机へ静かに置く。
表紙には大きく赤字で、
**TOP SECRET**
と記されていた。
「大統領閣下。」
「技術調査班より、第一回目の初期解析報告書が提出されました。」
ルーズベルトは静かにうなずく。
「ご苦労。」
彼は書類を開いた。
表紙には次の文字が印字されている。
> **アメリカ海軍航空局**
>
> **所属不明航空機**
>
> **識別コード:XN-1**
>
> **第一次技術解析報告書**
>
> **機密区分:TOP SECRET**
ルーズベルトは一ページずつ丁寧に目を通していく。
ページをめくるたび、
その表情は次第に険しくなっていった。
途中、
同じページを二度、
三度と読み返す。
やがて彼は書類を閉じ、
低くつぶやいた。
「……想像をはるかに超えている。」
執務室には、
紙を閉じる音だけが静かに響いた。
ルーズベルトは報告書の表紙へ視線を落とす。
指先で、
『XN-1』という文字を静かになぞる。
「この航空機は……。」
「間違いなく。」
「我々の時代の技術で造れるものではない。」
その言葉には、
確信が込められていた。
報告書には、
未知の合金。
高耐熱複合材料。
電子機器。
操縦系統。
エンジン構造。
そのどれ一つとして、
一九四一年の科学技術では再現不可能であると記されていた。
ルーズベルトはゆっくり椅子にもたれかかる。
そして静かに目を閉じた。
「未来は……。」
「本当に存在していたのだな。」
執務室の窓の外では、
ホワイトハウスの庭園が月明かりに照らされていた。
新しい歴史は、
すでに静かに動き始めていた。




