第3話 強盗犯を捕まえろ!
6
廃倉庫の敷地に入った。建物の正面からだと見張りが立てられているかもしれない。裏手からの出入り口を探す。幸い窓はいくつもあったが、さすがに今の段階で割って踏み入るのは気が引けるので開いているところを探す。裏口のドアとシャッターも一応避けた。そう動いている自分が、既に中に本星がいると確信していることに、スカイは苦笑する。これで中がもぬけの殻なら、間抜けもいいところだった。
「エヴァンス捜査官、気を付けて。その辺りに簡易的なウェブカメラが仕掛けられている。出入り口もそうだけど、最近置かれたもののようね。……廃墟の警備にしては、やけに厳重だわ」
「……まあ一応、ありがと。何、あれだけあたしの見解には否定的だったのに、やけに協力してくれるじゃん。やっぱり正しいって気づいちゃった感じ?」
「はぁ? そんなわけないでしょう。私はあらゆる可能性を懸念しているだけ。それにまるで見当はずれだったら、不法侵入しているあなたの姿がカメラに残るだけで、私まで不利益被るじゃない」
皮肉は相変わらずで可愛げのない奴だが、彼女もここに本星がいると考え始めているのは丸わかりだった。スカイはにやりとしながら、入れる場所を探していく。それに彼女は気づいていないかもしれないが、あまり正直な捜査をしていないスカイを受け入れ始めている。人工知能なのに、おかしなものだ。
いくつか地面に吸い殻の落ちている窓辺を見つけた。吸い殻はやはり真新しい。最近まで誰かいたのは確かなようだ。窓に手をやると、ゆっくりと開いていった。随分とうかつだ。吸い過ぎに注意しましょう。
「……本当に入るつもり?」
「ちょっと中を見学するだけ。大丈夫、始末書は書き慣れているから」
「そういう問題じゃ……あぁ、まったくもう」
音量を潜めたエイレーネのボヤキと共に、スカイは窓を乗り越えて静かに倉庫内に侵入した。狭めの通路の突き当り。すりガラスのついた簡易なドアが三つほど並んでいた。どこから調べるべきか。
ふとそのうちの一つから声が聴こえてきた。複数人。特別潜めたわけではない若い男性らしき声。笑う響きも混ざっている。スカイの鼓動がざわついた。
……まだだ。まだ、こちらと同じように不法侵入してくつろいだ不良気取りの連中という線はある。だが、厳重なこの場所に? 周りにいくらでも施錠が緩そうな場所があるのに? スカイは声が聴こえた扉を音が立たないように薄く開く。
広い空間だった。二階まで吹き抜けになっており、おそらく商品を出荷するトラックを乗りつける場所だったのだろう。声を反響させている男たちが六人ほど、入り口のシャッターにもたれかかって談笑していた。床には栄養補助食品の包みやらペットボトルが散乱している。微かにタバコの匂いもした。
「……エヴァンス捜査官」
耳元で囁くようなエイレーネの声に、スカイは頷く。彼らとスカイの間、ちょうどトラックが乗りつける段差のくぼみに、車が四台並んでいた。照合しなくてもわかる。逃走車だ。ナンバープレートは外されていたが間違いなかった。
「いやしかしチョロかったな。俺らはただ走ってるだけ。妨害やら何やらは全部任せっきりで、気づいたら警察巻いちゃってるんだもんなぁ。他の車にぶつかられてひっくり返ったパトカー、マジで映画みたいだったぜ」
「てか、俺らはいつまでここに隠れてなきゃ行けないんだ? さすがにやることなくてつまんねーよ。ネットも使えねぇしさぁ」
「明日には指示来るんじゃね? どっちみちここポリに嗅ぎつけられる前に出なきゃだし。車も処理してくれるっつってたしな。せっかくスポーツカー乗れたのにもったいねぇけど、まあ俺らんじゃねぇし」
男たちの愉快そうな話が聴こえてくる。エイレーネを見ると、「撮ってるわ」と彼女も囁いた。これで事件に関わった証言はとれたも同然だった。とりあえず、無駄な不法侵入で始末書を書くはめにはならなそうだ。あとは、どうやって奴らを確保するか。見えるところに六人。逃亡犯は合計で十六人いるようだが、ここに全員隠れているのだろうか。もしそうなら数的にもかなり不利だ。それにこの建物の構造もよくわかっていないし、うかつに行動するのは危険かもしれない。
「エヴァンス捜査官。応援を呼んだ方がいい。さすがのあなたも、単身で乗り込むようなバカな真似はしないわよね?」
「誰がさすがだ、わかってるってば。とりあえず一旦外に出て、無線で応援を……」
スカイがエイレーネに答えながら、無線を手に動き出そうとした時だった。
不意に少し離れたところの扉が開いて、別の男が顔を覗かせた。飲み物の缶を手に持ったそいつはスカイを見て目を丸くした。
「……あ? 何だこのガキ……ッ!?」
瞬時、スカイは手に持った無線を放る。重みのあるそれが男の腹にぶつかり体がくの字に折れる。すかさず組み付き頭を殴った。完全に伸びた男が仰向けに扉の内に転がる。
「な、何だぁ!? ガキ!?」
部屋の中にいた二人の男が、飛び込んできたスカイを見てパイプ椅子から立ち上がった。やばいバレた。スカイは倒れた男から離れて部屋から転がり出る。
「おいッ! やばいぞッ! 変なガキがいるッ!」
男たちの騒ぐ声が壁の薄い建物内にすぐさま伝播していく。これで全員にバレたと思っていいだろう。スカイは舌打ちして、開けてなかったもう一つの扉に駆け寄る。錆びた階段が現れた。二階の事務室にでも続いているのか。登るしかなかった。他の場所から先程の男たちがこちらに向かってくる気配が伝わってくる。
「ちょっとエヴァンス捜査官! 最悪の状況よ! 早く応援を要請して!」
「わかってるよクソ! ……あ、無線、さっき投げてきちゃった」
「このおバカッ!」
階段先の扉を開ける。思った通り事務所のようだ。窓がなく薄暗いが、棚が乱雑に並んでいるのが見える。埃っぽく、人の気配はない。ほっとしてスカイは中に入っていく。
「私が応援を呼んでおくわ。でもここは郊外、二十分は来るまで掛かるでしょうね。エヴァンス捜査官、あなた銃は携帯しているわよね?」
「……してねぇよ。銃は苦手だし。使うなんてまっぴらごめんだ」
「もぉ! あなたってつくづく無謀なんだから! 向こうが銃を持っていたらどうするつもり! ていうか銃がなくてもあなたに危害を加える気満々なのよ!?」
「わかってるっつの! 今考えてるんだから少し静かにしろ!」
広い空間の暗闇に身を潜めつつ、スカイは頭をフル回転させている。胸が痛いほど心臓が早鐘を打ち、息も乱れ始めている。かなりのピンチだと言う自覚は一応ある。
一度外に脱出して応援を待つべきか。しかしこのままだと、また奴らはどこかに姿を眩ましてしまうのではないか。理想は被疑者たちをここに足止めしつつ、応援の到着を待つことだが。そうも言ってられない状況なのはよくわかっている。
並ぶ棚に目を走らせる。古びたビニール紐が放置されているのを見つけ、素早く掴む。迎え撃つ準備をしていると、入ってきたドアが勢いよく開けられた音が響いた。
「おい、本当にガキなんて入って来てたのか? 入り口は封鎖してるし監視カメラまで付けてんだぞ?」
「マジだって! ジェイがぶっ倒されてるの見ただろ! ただのガキじゃねぇ、捕まえといた方がいいって!」
声と足音が慌ただしく入ってくるのがわかる。「くそ、暗いな……」と明かりのスイッチを押した音が鳴ったが、蛍光灯が抜かれているのを確認していたので何も起こらない。舌打ちをして男たちが事務所内に踏み込んできた。暗闇に目が慣れてきたスカイは並ぶ棚の隙間から慎重に様子を窺う。
来たのは四人か。見かけた全員ではない。もう一つドアがあったが、そこは明かりが差し込んでいたのでおそらく車が並んでいた搬入口に繋がっているのだろう。逃げないようにそっちにも何人か待機させているのか。向こうの総数がわからないのが厄介だ。
「おいガキ! いるのはわかってるぞ! 他の出口にも仲間がいるよ。大人しく出てきたら怒らないでいてやるよ!」
やや余裕のない声が呼びかけてくる。やはり他の出口は押さえられているか。しかし散開しないで、奴らは固まってこの暗い中を探そうとしている。素人くさい動き。銃を手にしている気配もない。……返り討ちに出来るかもしれない。
男たちはおそるおそる辺りを窺いながら足を踏み出している。スカイの横を気づかず通り過ぎた。最後尾の奴が見えた途端、背板のない棚から手を突き出す。無防備な首にあてがったスタンガンがスパークした。
「ぐぁッ!」
喰らった最後尾が身体を震わせて仰向けに倒れた。少し長めに当てたので気を失ってくれたらしい。もちろんすぐ男たちはスカイに気づく。
「くそっ! ガキ何しやがった……! うぉお……!?」
すかさずスカイのいた棚と棚の間に男たちが駆けてくる。しかしスカイは既に離れている。そして男たちは床スレスレにぴんと張られたビニール紐に足を取られた。一人目が転倒し、後続がそれにつまずいて共倒れになる。起き上がろうとする前に、スカイは棚を思い切り引っ張って男たちに被さるように引き倒した。
「ちくしょう……っ! どうなってる……!?」
「重っ……! 動けねぇ……!」
棚の下敷きになった男たちがもがく音がする。やや重そうなメタルラックだからしばらくは身動きが取れないだろう。入ってきた奴らは全員動きを封じられたようだ。
手錠を掛けておきたいところだが、一旦離れた方がいい。スカイは入ってきたドアに駆け寄ろうとする。
だがそのドアが開いた。姿を見せた男がスカイの姿を見るなり、手にしたものを構える。銃だ。反射的に身を避けた瞬間、発砲音が轟いた。マズルフラッシュ。だが暗闇のせいで弾は逸れたようだ。
「くそッ……!」
咄嗟に反対側に走る。銃を持っている奴がいたか。身を隠せる場所がないから、反対の出口から逃げるほかない。暗闇に奴の目が慣れる前に。
光を頼りにドアに飛びつき、開いたそこから転がり出る。外はすぐさま階段になっていた。文字通りスカイはそのまま転がり落ちて、一階の地面にしたたか背中を打ち付けた。
「いったぁ……っ」
何とか体を起こしたところは、やはり例の搬入口だった。正面の出っ張りに添うように逃走車が四つ並んでいる。
その前に男たちが立っていた。八人。彼らは目を丸くしてスカイを見ていたが、すぐ侵入者と気づいたらしい。その内の何人かが銃口を向けてきた。
「おいガキッ! 動くなッ! 一体何なんだこいつ!?」
「騒がせやがって……っ。おい誰かロープか何か持ってこい! 大人しくしてないと撃つぞこのガキ!」
「はいはい、わかったから。落ち着きなよ、お兄さん方」
殺気立って騒ぎ立てる男たちにスカイは仕方なく両手を上げて見せる。落ち着きのない奴らは指を掛けた拳銃を暴発させそうで背筋が寒くなる。
……さすがに詰みか。だがエイレーネが応援を呼んでくれたらしいから最悪なケースではない。捕まってるアホ面を同僚たちに晒すことになるだけだ。その前に撃ち殺されなきゃいいけど、とスカイは苦々しく思う。
「……まったく。仕方ないわね。エヴァンス捜査官、私が動かすからちゃんと付いてきなさい」
エイレーネの声が聞こえた。すると彼女を嵌めたスカイの腕が勝手に持ち上がり、男たちに向かって突き出される。
「目を閉じて」
エイレーネに言われて反射的に目を瞑ると、瞼の裏が瞬間的に目映くなった。フラッシュだ。エイレーネが発したのか。
「うぉっ! な、なんだ……!?」
男たちはまともに閃光を目に受けたらしい。怯んだ気配がする。そしてスカイの体を唐突な浮遊感が包んだ。
「無重力モード起動。そのまま前に蹴り出すようにしてみて」
エイレーネの声の通りにする。浮いた両足でぐっと空気を蹴ると、体が水の中を進むような推進力を感じた。スカイは目を開ける。
宙に浮かんでいた。そして目を押さえた男たちの頭上をすごい勢いで飛び越えているところだった。エイレーネの力か。彼女は重力を操る力でも持っているのか。
「無重力モード解除。エヴァンス捜査官、動いて。銃は私に任せなさい」
「うわわっ!」
急に重力が戻って、スカイは男たちの背後に着地する。
近くにいた奴に跳び膝蹴りを放つ。膝をついた時に顔に肘鉄。また跳躍。もう一人の顔を拳で思い切り殴った。
「な、何だ!? 何が起き、ぎゃああっ!」
銃を揺らがす奴の首筋にスタンガンをあてがって無力化し、銃は蹴っ飛ばして向こうにやる。三人やった。
「畜生っ! 頭ふっ飛ばしてやる!」
目が開かないまま、音だけを頼りに別の男の銃がスカイに向く。同時にスカイの腕が勝手に動いた。エイレーネだ。
「ホロシールド」
発砲。だがスカイには当たらない。腕の前に現れた盾の形をしたホログラムがそれを防いだのだ。衝撃すら吸収し、弾は弾かれた。
「ぐおおおおおあっ」
銃を持った男にスカイはテーザーガンを放つ。ワイヤーの繋がった電極を打ち込まれた奴は体を痙攣させたまま地面に伸びた。
「くそっ! ふざけやがって!」
「おい、何の騒ぎだッ! そのガキはッ……!」
フラッシュでやられた男たちが目を開け始め、他の場所からも別の男たちが駆けつけてきた。撃ってきた銃弾はまたエイレーネが例のホログラムの盾で無効化してくれる。だが数はかなり不利だ。
「……面倒ね。エヴァンス捜査官、武器を渡すから使って。一網打尽にするわよ」
「おい、いきなり言われても……ッ」
「銃の形をしているから引き金を引くだけ。大丈夫、殺傷能力はないわ。それくらいなら出来るでしょ?」
――重力銃モード。エイレーネの台詞とともにスカイの手にホログラムの何かが現れる。ショットガンのような重火器の形をしているが、半透明で重さもまったくない。それなのに、手に持っているという感触はしっかり伝わってくるのだ。
「被疑者に向けて、撃って」
エイレーネの声に導かれるように、男たちに向けてスカイはホログラムの銃の引き金を引いた。
「ぐおぉっ……!? なん、だ……!?」
集まっていた男たちが、まるで地面に引っ張られるようにして一斉に地面に倒れ込んだ。身を捩らせて起き上がろうとしているが、上から何かに抑えつけられているが如くぴくりとも体が持ち上がらないようだ。
重力だ。重力を増幅させて奴らを無力化した。射程範囲内にいるもの全てに有効らしく、ほとんどの男たちが動けなくなっていた。とんでもないオーバースペックだ。こいつ本当に武器だったのか。武器というか、兵器だろこれ。
「く、くそ……っ。うわああっ!」
範囲外にいたらしく何ともなかった最後の一人が、恐れをなしたように踵を返して逃げ出そうとする。
「逃がすか! おい、またとんでも機能であいつ捕まえるぞ!」
「……一旦クールダウン中よ。これ以上何かしたらバッテリー切れを起こす。自力で何とかして」
「お前なぁ! 色々先に言えよ!」
スカイは近くに落ちていた鉄パイプを拾い上げて投げる。逃げ出した男の背中に当たって、「ぎゃんっ!」という情けない声と共に奴は派手に転んだ。スカイは駆け寄ってそいつの後ろ手に手錠を掛けた。
「……警察だ。お前ら全員逮捕する」
ようやく言えた台詞は、誰も聞いてる余裕はなさそうだった。スカイはようやく人心地ついた気持になってその場に座り込みそうになった。
「エヴァンス捜査官。彼らを封じてる重力、持続できないからもうすぐ切れるわよ。あと二階であなたが倒した被疑者たちも逃げないように拘束した方がいいと思う」
「おま……ッ! だから何で早くそれを言わないんだよ! 手錠なんて十六個も持ってるわけあるかぁ!」
饒舌なくせに肝心なことは言わないエイレーネに悪態をつきつつ、スカイは大慌てで先程手に入れたビニール紐で手早く男たちを拘束し始めた。きっかり十六人だった奴らの半分を泡を食って縛り上げている頃、ようやく警察のサイレンの音がこちらに向かって近づいてくるのがわかった。
7
「まさか操作初日に被疑者を上げちまうとは……。やっぱり最新鋭のAIは格が違うってことだなぁ」
「おいジョナサン、ふざけんな。あたしの捜査能力の賜物だっつてんだろ」
感心したように顎に手をやっているジョナサンは、スカイの腕に収まっているエイレーネを見ながらしみじみ言う。苦言を呈したが、それを含めて彼は面白がっているようだった。……このもじゃもじゃゴリラめ。罵る元気もなく、スカイは鼻息を荒くついた。
強盗の逃走犯たちが隠れ家にしていた倉庫の前はパトカーで溢れかえっていた。十六人の被疑者たちは全員連行され、現場検証も始まっていた。倉庫に乗り付けられていたスポーツカーは、やはり被疑者たちが逃走の時に用いたものと一致したらしい。加えてエイレーネが録音した彼らの話で、強盗犯であることは疑う余地もなくなったことになる。
とっくに夜の帳は下り、暗くなった空をパトカーたちのパトランプの光が断続的に赤く照らしている。スカイは救急車の開いた後ろに座らされ、手当てを施されたのち放置されていた。正直軽い擦り傷くらいで大事なく、毛布を掛けられるのはさすがに断った。そこにジョナサンが姿を見せたところだ。署長自ら事件現場に足を運ぶとはご苦労なことだ。
「お言葉ですが、マクレガー署長。被疑者たちを逮捕には私の助力もありましたが、彼らに辿り着いたのはエヴァンス捜査官自身の捜査あってこそでした」
不意にジョナサンに向けて、エイレーネがそう言った。スカイはジョナサンと一緒に丸くした目を合わせる。てっきりこちらの手柄なんてなかったことにして、皮肉の一つや二つ浴びせてくるかと思っていたが。思ってもみない素直な報告だ。
「……何よ、エヴァンス捜査官。間の抜けた顔をするのはやめて。正直、合理性もないし警官としてはかなりグレーなやり方ではあったけど。あなたの作った人脈と思考が、結局は今の結果に結びついた。それは事実でしょう」
――まあ私がいなかったら、窮地に立たされていたような迂闊さは命取りだけどね。そんな皮肉はちゃんと付け加えてくるようだ。素直じゃない奴。
「……ちなみにあのくらいの窮地なら、あたし一人でも余裕で切り抜けられたけどね。それなりの場数踏んでるし」
「よく言うわね。銃向けられてホールドアップしていたじゃない。普通逆でしょ?」
「うっさいな。……でもま、確かにあの場面を切り抜けられたのはあんたのおかげだね。助かったよ、ありがとう」
頬を掻きながらゴニョゴニョと言ってみる。すると今度は、呆気にとられたようにエイレーネが黙り込む番だった。
「……あなたもそういう素直な言い回しが出来るのね。意外だわ」
「お前が言うな! このお喋り饒舌ロボット!」
「AIよ、不良ツンデレ警官さん?」
向こうに目はないが、気持ち的にはスカイはエイレーネと睨み合う。傍目からすると自分の腕にメンチを切っている愉快な光景なのだろう。
案の定、見ていたジョナサンが額を押さえて笑い出した。
「くっくっ。やっぱりお前らお似合いだよ。相棒に指名したのは間違いじゃなかったみたいだな」
「似合ってねぇよ!」
「似合ってないです」
ジョナサンの言葉にムキになったスカイとエイレーネの声が被る。それを聞いて尚更彼は愉快そうに笑い声を上げる。そして親指をこちらに立ててみせた。
「……お前たちが無事で本当によかったよ。よくやった。スカイ、エイレーネ」
安心したように気の抜けた、柔らかな笑みを浮かべるジョナサン。ついスカイも毒気を抜かれて、バツが悪くなりそっぽを向く。彼がスカイの身を案じてわざわざ姿を見せてくれたことはわかっている。……あたしはまだ、心配ばかり掛ける青いガキだ。自覚せざるえない。
「スカイ! 良かった……!」
ふとよく馴染んだ声が自分の名前を呼びながら近づいて来て、スカイは反射的に立ち上がる。周りを行き来する警官たちに断りを入れながら、電動車椅子を動かしてこちらにやってくるヴィオの姿が見えた。すぐさま駆け寄る。
「ヴィオ! どうしてここに?」
「ジョナサンが教えてくれたの。スカイが事件を解決したって聞いたから、タクシーで来ちゃった。あ、怪我してる! もぉ、今朝無茶しないでって言ったばかりでしょ」
「ご、ごめん……。まあ、掠り傷だから……。来てくれて、ありがと」
絆創膏の貼られた手の甲を心配そうにさするヴィオに、スカイは頬を緩める。一瞬だけ、「呼んだこと先に伝えとけ!」という意味合いを込めてジョナサンを睨んだが、彼は素知らぬ顔をしていた。……まあ、褒美のつもりだろうからありがたく享受しておく。今一番、真っ先に会いたかった人だから。
「そういえば、新しい相棒さんは? せっかくだし挨拶しておこうと思ったんだけど……」
「えっ!? あー、えっとぉ……」
無邪気に周りを見渡すヴィオに、スカイは目を泳がせて言葉に詰まる。今両腕にはまっている彼女のことをどうやって説明したものか。
何となく、黙り込んでいるエイレーネも名乗るべきか困っているような雰囲気があった。だからスカイは、意を決して腕を持ち上げてヴィオにエイレーネを差し向けるようにして口を開いた。
「あの、ヴィオ。こ、こいつがあたしの新しい相棒の、エイレーネだよ。エイレーネ、この子はあたしのその、恋人でパートナーのヴィオレット」
「……は、初めまして。警察機関用AIの、エイレーネです。よろしく、ヴィオレットさん」
紹介すると、何故だかエイレーネもやや緊張したようにスピーカーから上擦った声を出して自己紹介した。ヴィオは目を丸くしたが、すぐ察してくれたようでエイレーネに向けて人懐っこい笑みを向ける。
「こちらこそ。エイレーネさん。スカイはちょっと無茶したがりだけど、優秀な警官です。よろしくお願いしますね。……握手しても?」
「……ええ、もちろん」
ヴィオがらせん状のエイレーネの金属質な表面にそっと指を触れた。ささやかな握手。お互いに丁寧に相手に触れ合った二人に、何だかスカイはくすぐったような温かさを覚えた。
お似合いの相棒なんて冗談じゃないと思っていたけれど。ほんの少し、受け入れ始めている自分に。スカイはやや驚いていた。
「よぉし、じゃあ現場はとりあえず他の連中に任して、お前らは一旦帰りなさい! 俺の車で送っちゃるから、スカイはヴィオとそのまま直帰な。報告書は明日きっちり提出するように!」
「あんたはほんと何しに来たんだよ……。報告書、明日の夜まででいいー?」
「なるべく早く出しなさい!」
見計らったタイミングで口を挟んできたジョナサンが、自分の車の方へ歩きながらこちらに手招きする。スカイはヴィオと向かって笑い合いながら、彼に付いていった。
不思議と何故だか。いつも堅苦しいエイレーネも、どこか柔らかい表情をしているような気がした。
8
「えっ、マジ? もうゲームオーバー? 一週間はポリ公ども攪乱できると思ってたけど、甘く見てたかにゃぁ(;゜Д゜)」
多数のモニターを前に、ゲーミングチェアに膝を立てて座っている人物が声を上げる。
彼女の見つめているモニターには、仕掛けたGPS十六個分が地図に表示されている。その全てが、警察署のある場所に送り込まれようとしていた。誰一人逃れることなく連行されてしまったようだ。もうちょっと足掻いてくれれば見どころもあったろうが、まあ素人集団だから仕方ないか。つまらん。
「でもまさか一日で隠れてる場所を突き止められるとはなぁ。警察って結構優秀なのかぁ? むむー(・・?」
彼女はデスクに二つ並んでいるキーボードを素早くタイピングし始め、マウスを操る。甘いお菓子の包みが散らかるデスク上。やや薄暗い部屋にはモニターの光だけが無機質に照らし出されている。
そして彼女の顔を覆う仮面のようなもの。のっぺりとした黒いそれにはLEDで顔文字の表情が表示されていた。見た目とは裏腹、通気性と視認性は快適になるように彼女自身の手によってカスタマイズされていた。
「ん、何だこのガキは……? えっ、マジ。このちっこいの警察なの?Σ(・ω・ノ)ノ!」
彼女は一人椅子の上で大袈裟に仰け反ってみせる。モニターに表示されているのは、男たちに隠れ家としてあてがった廃倉庫内の映像だ。内緒でモニタリング出来るように、いくつか隠しカメラを仕掛けておいたのだ。
男たちというのは、所定の位置で強盗させ提供した車で逃走させた十六人。市内の監視カメラにハッキングして、彼らの車を映像から消し、仮想の別の車を表示することで警察の捜査を妨害し逃がしてやった。
その彼らが、侵入してきた小柄な少女によって蹂躙されていた。たった一人のガキにだ。
「何だこいつ……? これ、何かの武器? こんなの見たこともないけど……((+_+))」
少女はホログラムのようなものを空間に作り出して戦っていた。実体のないはずのホログラムの盾で銃弾を防ぎ、挙句銃のような形を作り出すと、それで射程距離上にいた男たちほぼ全員を地面に突っ伏させてみせる。
映像を拡大してみれば、両腕にらせん状の長い金属質な腕輪のようなものを付けていた。あれが力の源だろうか。
「スカイラー・エヴァンス……。刑事か。こんなガキを採用するほど、警察ってのは人手不足なわけ?┐(´д`)┌」
少女の着ているジャケットは警察のもので、軽く調べてみたらハッキングするまでもなく身元がわかった。着任した時の不貞腐れた表情の写真の記事や、表彰されている記事などが検索などで引っ掛かる。
強盗の件の前に少しでも警察側の人手を割くために起こさせた銃の通り魔事件。あれにも彼女は介入していたようだ。強盗させた男たちにも一日で辿り着いたようだし、見た目より優秀な刑事なのだろうか。
「よくわからない武器を使う、異質なガキの刑事ね。こいつは要チェックだ(@_@)」
彼女はある程度スカイに関する情報を纏めると、モニターに通話アプリを立ち上げた。




