第4話 15時に爆破予告
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車の群れの中を歩いていた。どの車も中途半端な形で停められ、ドアが開けっ放しになっていたり、外灯や別の車などに衝突して無惨な状態になっていたりするものもあった。
そして焦げ臭い硝煙の匂いと……鉄錆に似たこびりつくような血の匂いが充満していた。この大通りにも、倒れている人たちが何人かいた。銃創のある者や、刃物が突き立てられた者。皆、自分の血だまりの中に突っ伏していてぴくりとも動かない。
そんな戦場のような惨状の中を、スカイは彷徨い歩いていた。大きな車たちに囲まれているのは、ひどく心細い気持ちになる。溢れてくる涙を拭って、お気に入りのヒーローのぬいぐるみを抱きしめながら、ひたすらに歩く。辺りは不気味なほどに静まり返っていた。
「お父さん……お母さん……。どこ……?」
絞り出すような声で呟く。逃げ惑う人の波にスカイは流されて両親とはぐれてしまった。必死にこちらに呼びかける二人の声と、それに被さるように銃声と悲鳴がつんざいたのがまだ耳の奥で響いている。休日で賑わっていた街の中は、あっという間に阿鼻叫喚の渦に呑まれていったのだ。今日のお出掛けを楽しみにしていたのに、どうしてこんなことに。
「ひっ……!」
再び、銃声と悲鳴がどこかから上がってスカイは身を竦ませた。そして訳のわからぬことを喚いている男の声。それは、少しずつこちらに近づいて来ているような気がした。体が強張って、その場から動けなくなる。逃げないと。そう思っても足が少しも動かなかった。
「ねえ。ねえ……! 君……!」
ふと声が聞こえた。目をやれば歩道側の裏路地、置かれているゴミ箱から少女が顔を覗かせていた。彼女は必死な形相で、こちらに向かって手招きしていた。
それを見て硬直が解けた。スカイはおそるおそる、彼女に向かって歩み寄っていく。男の獣のような声が、ばら撒かれる銃声が近づいてくる。震える足がつまずいてしまわないように何とか足を動かした。
「こっち……! そう、こっちだよ。うん、もう大丈夫。よく頑張ったね」
長い時間が過ぎた気がした。それでもようやく辿り着くと、彼女はスカイの腕を掴んでゴミ箱の裏に引き込んでくれた。裏路地の薄汚れた壁にもたれ掛かった彼女は足を投げ出したまま、ぎゅっとスカイを抱きしめてくれた。
「あ、あたし……っ。お父さんとお母さんと……はぐれちゃって……っ」
「うん。きっと二人とも無事だよ。君のことを待ってるはず。ねえ、君の名前は? 私はヴィオレット」
「ス、スカイラー……」
「スカイラーか。いい名前だね。ねえ、スカイラー。ちょっとだけ我慢できる? 大丈夫だからね」
少女が通りの方に目を向ける。その瞬間銃声が轟いた。
スカイは弾かれたように同じ方を見た。大きな銃を手にした男が、見境なくそれを撃ち放っていた。車、標識、既に動かない人たちに向かって何度も。何より生臭い息を吐くような叫び声が、スカイを震わせた。
「……大丈夫。きっと大丈夫だから。大丈夫、だよ……」
しがみついて震えるスカイに、ヴィオは耳元で優しくそう囁き続けてくれた。
怯えてばかりのスカイは気づかなかった。彼女自身も小刻みに震えていることを。そして背中から流れた血で濡れた両足が、もう二度と動くことがないことを。
男の声が反響している。銃の音が爆ぜて空気を震わす。スカイはヴィオに縋ったまま、ただそれらが遠ざかっていくのをひたすら祈るしかなかった。
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「っ……!」
体を飛び起こす瞬間に、スカイは目を覚ますことが出来た。自分が寄り添っていた横たわる小柄なシルエットが、同じベッドの上、薄闇の中にぼんやりと浮かんでいるのが見えた。
少し気が抜けて、更にすりすりと身を寄せると、柔らかな素肌の体温を額に額に感じた。彼女を起こさなくてよかった、とスカイは思う。カーテンの引かれた窓から、まだ夜明け前の気配が感じられる。
「ん……スカイ……? 起きたの?」
だが傍に寄りすぎて、結局起こしてしまったようだ。自分からも寄り添ってくれた彼女は、まだ寝ぼけ眼なのにすぐ手を差し出してこちらの頭を撫でてくれる。その優しい手つきに、今度こそ心から安心することが出来た。
「……ごめん、起こしちゃった。そのまま寝ていいからね?」
「ううん、大丈夫。……また、あの夢見たの?」
見上げれば、彼女の大きな目が心配そうにこちらを覗き込んでいた。……やっぱり彼女はお見通しで、ひたすらに優しくて。少し泣いてしまいそうになり、スカイは彼女の胸元に顔を埋めて堪えた。何も隔てるもののないしなやかな感触を感じてどきりとした。そういえば今、同じベッドの上でお互い一糸纏わぬ姿のまま眠っていたのだった。
まだ窓の開けていない寝室につい先程までの情交の気配が漂っていて、スカイは少し喉を鳴らす。彼女の指と舌で、何度達して許しを請うただろう。まざまざと感触が過って、それがスカイの冷えた身体に熱をもたらしてくれた。おかげでかなり気は紛れた。
「……ごめん。嫌なこと思い出させちゃって」
「平気だよ。スカイこそ落ち着いた? 一旦起きようか?」
「……このままで。ぎゅっとしてて……?」
「ふふっ、甘えん坊さんだ」
優しく囁く彼女の腕に包まれると、心臓が早鐘を打っていたことも忘れてスカイは眠気を思い出した。ふんわりとした彼女の身体の匂いと、その感触。触れ合った素肌から直に伝わる体温。安心する。このままずっとこうして繋がっていたいほど。
「……ヴィオ。ずっと一緒にいてね?」
甘えすぎたついでに、幼さを滲ませた声でスカイはそう尋ねている。離れることなんてもう考えられない。あたしたちはそれほどまでにずっと一緒だった。
「ずっと一緒だよ。……おやすみスカイ」
彼女が背中をさすってくれるのを感じながら、スカイはそのまま目を閉じた。
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「爆破予告ぅ? それも今月、もう五件目!?」
「まあ、いわゆるいたずらだろうな。どれもウォールズヘヴンの学校やら観光名所やらを指名して、爆弾を仕掛けたって内容だ。指定の時間に爆発するぞってわざわざ明記してな。そんなメールが四件ほど警察に直に送られてきていたんだが、警戒したところ結局爆発物の発見もなし、指定の時間を過ぎても爆発が起こることもなかった」
──それで、五件目がこれだ。言ったジョナサンが、自分のデスクの上にプリントアウトしたメールを滑らせてスカイとエイレーネに見せる。スカイは覗き込みつつ、エイレーネにも見えるように腕を持ち上げる。出勤してきてすぐ、署長室で話を持ち掛けられたのだ。
『二十四時間営業しているジューススタンドに爆弾を仕掛けた。ただしそこの店員は自分でジュースを飲むことはない。そこの売りは赤い実を使った真っ黒なエナドリらしいが、独特な風味は俺の趣味じゃないね。その店はこの街で一番緑色が多い野外にある。爆発するのは今日の十五時ジャストだ。急いだほうがいいぜ?』
「……何だこれ。謎かけ? えらく挑発的だね」
「明らかに今までの予告とは文体が異なりますね。場所と時間指定だけのシンプルなものが四件目までは続いていたのに」
「そうなんだよ。気になるだろ? でもまたいたずらかもしれないから、人員は割けないだろ? うちの部署は常に人手不足だし。でも警察としては見過ごすわけにはいかんしなぁ……」
そう言うジョナサンが、ややにやけ気味に自分たちを見ていることに気づいた。察するまでもなく彼が言いたいことがわかって、スカイはため息をつく。
「あたしらに対処しろってわけ? ほんとに爆弾見つかったらどうするつもりだよ……」
「しっかり爆弾処理班を呼んでやるよ。場所の指定も謎かけ形式だから具体的な避難勧告も出せないからさ、上手い具合にやってくれ。いたずらならいたずらで、それに越したことはないしな」
というわけでよろしく、と軽く言いながらメールのプリントアウトを押し付けてくるジョナサン。受け取りつつもスカイは睨みつけてやる。
「まったく誰もやりたがらないようなことばっかり押し付けやがって……。あたしら、一応この前の大型強盗犯全員逮捕した凄腕警官なんですけどぉ?」
「いいから、エヴァンス捜査官。仕事に優劣なんかないわ。市民の生活が最優先、でしょ?」
「まあそうだけど……。はいはい、わかったよ。任しとけって、爆弾くらいすぐ見つけてやるよ」
「なるべく爆弾はなかったくらいの着地で頼むぞー」
エイレーネに言われて、スカイは渋々承諾し署長室を後にした。能天気に手を振ってくるジョナサンのことは完全に無視した。
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「……まさか仕事でなぞなぞに挑戦することになるとはね。こんな文章用意しやがって、遊びのつもりなのかな」
「遊びのつもりじゃなきゃ、わざわざこんなもの警察に送りつけないでしょうね。まあ、エヴァンス捜査官には馴染み深くてよかったんじゃない? 最近までやってたんじゃないの、なぞなぞ」
「お前人をガキだと思って……っ。……随分昔だよ、なぞなぞに馴染み深かったのは」
煽られたとわかって、スカイは言い返そうとするが、少し昔のことを思い出してしまった。両親がそういう謎かけで遊んでくれたことがあるかもしれない。だがそんな記憶が薄らいでしまうほど、二人がいたのはずっと前のことだ。少なくともスカイにとっては。
反撃する気力をなくして、スカイは爆破予告のプリントアウトに歩きながら目を落とした。平日の表通りは、お昼前だがそれなりの人々が行き来しているいつも通りの日常だ。爆破の予告まではまだ大分余裕があった。もっともスカイは本当に爆弾があるとは思っていないので、そこまで緊迫した気持ちにはなっていない。十中八九、ただのいたずらだろう。……おそらくは。
「まあ何にせよ、付き合ってやる他ないわけだからね。ほんと癪に障る文章の爆破予告だな……。どこのこと言ってんだよ、これ……」
「あら、こんななぞなぞはかなり初歩的よ、エヴァンス捜査官。私にはもうこれがどこを示しているかわかっているけれど?」
「えっ、マジ? ちょっと早く答え教えてよ。さっすが最新鋭のAIじゃん」
「人間には思考力が必要よ。AI以上にね。まだ時間はあるんだから、自力で解いてみた方があなたのためになるんじゃない? エヴァンス捜査官」
「くっそ、この高飛車AIめぇ……」
そこまで煽られちゃ、自力で解かざるえない。エイレーネもどうやらただのいたずらとしてこれを認識しているようだ。まあ、本気にする奴の方が少数派か。
スカイは近くにあった自販機の側にあるベンチに腰を下ろして、改めてプリントアウトに目を通す。二十四時間営業しているジューススタンド。店員はジュースを飲まない。赤い実を使った真っ黒なエナドリ。店があるのは緑色が多い野外。……一体どこのことだろう。
「二十四時間営業のジューススタンドなんかこの街にあるか……? コンビニのこと? でもジュース以外の物も売ってるし、店員は人間の時間帯もあるしジュース飲むだろうしな……」
「ヒントはもう目の前にあるわよ? 刑事には洞察力も必要なんじゃない? ちゃんと鍛えておかなきゃ」
グローブの端末から投射した画面で必死に検索を掛けているスカイに、呆れ気味にエイレーネが言ってくる。
いい加減なこと言ってるんじゃないだろうなと思いつつ、スカイは周りに目を走らせる。晴れた空、行き交う仕事着の人々、絶え間なく行き来する車、街路樹、自動販売機。……自動販売機?
「二十四時間営業のジューススタンドって、自販機のことか……!」
「ようやく気づいた? 一応コンビニはアンドロイドが店員のところがあるけれど、まだ人でないと出来ない業務もあるからね。完全にジュースを飲まない店員がいるのは自販機だけっていうわけ」
せっかく閃いたのに、偉そうに講釈垂れるエイレーネは無視をする。褒めてくれたっていいだろうに。
続けて自販機のある場所。緑色が多い屋外。これはすぐ思い当たった。
「ビッグストリートパークにある自販機ね、了解。これでだいぶ絞れたぞ」
「まだまだ思考を研ぎ澄ますのには訓練がいりそうだけどね。でも、あそこは自販機なんて星の数ほど設置されてなかった?」
「とりあえず向かってみよう。何か閃くかも」
などと言いつつ、スカイの足取りは軽い。もう目星は付いていた。爆弾の在り処を突き止めたも同然だ。
電車に乗って、ビッグストリートパークの前の駅で降りる。心なしか、ここのところ電車や街角で、アンドロイドと行動を共にしている人たちをよく見かけるようになった気がする。見た目は無骨なロボットのようだが、それが逆に愛着があると評判だ。生活のあらゆることをサポートしてくれるが、個人所有するにはもちろん値が張る。
なので今アンドロイドのレンタル業がウォールズヘヴンでは盛んだった。スカイとヴィオも、アンドロイドのミラに色々と生活を助けてもらっている。
……そのうち、こいつみたいに流暢に喋るAI搭載のアンドロイドの個人所有が当たり前になるのかな、とエイレーネを見て、少し複雑な気持ちになる。「……何よ? じろじろ見ないでくれる?」と向こうはそっけなく言ってきた。愛想がよくなる機能は必須だな、これは。
ビッグストリートパークに入っていく。この街の中心をベルト状に横断するようにあるこの場所は、唯一自然を楽しめるスポットだ。天然の芝生が敷かれ、木々が立ち並んでいる。噴水などもあって、今の暑さを感じられるようになってきた時期には市民たちの憩いの場になっている。今も休憩中のスーツ姿の人達や親子連れ、観光で来ているらしきグループたちの往来で賑わっていた。中に入れる噴水で遊ぶ子供たちに、それをベンチの上で見守る母親たち。穏やかな日常の景色に、スカイは少しだけ頬を緩めた。
「んで? 現場に着いたけど、ここにある自販機のどれを探ればいいわけ? 赤い実を使った黒いドリンクが売りの奴でしょ?」
「……あのね、エヴァンス捜査官。あなたもわかっているだろうからもう言っちゃうけど、絶対コーラのことを示してるでしょ。まさか本当にわかってないわけじゃないわよね?」
「……じゃああんたは、どの自販機を名指ししてるかわかるわけ? コーラなんてどこの自販機でも売ってると思うけど?」
明らかにこちらのことをバカにしていた口調のエイレーネが、そう問いかけると唐突に押し黙った。お? とスカイはにやにやを隠し切れずに彼女を見つめる。
「んんんんー? もしかして最新鋭AI様ぁ? もしかして具体的な自販機がどれかわからないんじゃないんですかー?」
「……うるさいわね。この謎かけ自体が不完全なのよ。どうせいたずらだから適当に言ってるだけでしょ。というか、煽ってるってことはあなたはわかっているわけ?」
「んふふ? あれれ、これあたしAIに頭脳戦で買っちゃったかもしれないなぁー? もちろんわかってるよ?」
「うぜー……」
エイレーネが大げさにため息をスピーカーからこぼす。崩した言葉遣いはスカイの影響だろうか。また愉快になる。
「そこまで大見得を切るなら、ちゃんと正解を知ってるんでしょうね? 言ってみなさい?」
「オーケー。あんたは赤い実を使った黒いドリンクってことで、コカの実を連想したみたいだけど、正しくはコカの葉の方を使ってる。それに独特な風味がしてるって記述があるけど、コーラの味ってお菓子になるくらい一般的っしょ? だけど独特な風味の赤い実を原料にした黒いエナドリは実はもう一つあるんだよ」
――ガラナ。スカイは指を立てて得意げに言い放つ。
「ガラナの実は赤くてカフェインはコーヒーの三倍含まれるらしいし、黒い炭酸だけどコーラとは違う独特の味。まさにエナドリって感じっしょ? この街でいっとき流行ってたんだよ。味が味だからすぐ廃れちゃったけど」
「ガラナ? まあ知ってはいるけど、ここの自販機にそんなもの売ってるのかしら」
「ふっふっふ。あたしは今もハマってるから知ってるんだよ。実はこの公園のただ一つの自販機にだけ、ガラナが売ってるんだ」
今はヴィオに飲み過ぎはよくないと釘を差されているので控えているが、前までしょっちゅうこの場所にガラナのエナドリを買いに来ていた。それでスカイは覚えていたのだ。
エイレーネは納得がいかなそうな声色で言った。
「……ガラナね。まあよほど自信がありそうだし、その自販機とやらを調べてみようじゃない。外れてた時が見ものね、エヴァンス捜査官?」
「おうよ。もしほんとに爆弾が見つかったら、あんたに解体してもらうからね? 覚悟してよ」
「朝飯前よ」
鼻を鳴らして、明らかにムキになっているエイレーネが少し可笑しかった。まだ一緒に組まされて一月も経っていないが、早くも彼女の反応がより人間に近づいて来ているように感じる。この学習の早さが、彼女の最新鋭のAIである所以なのかもしれない。いけ好かない性格なのは相変わらずだけれど。
更に公園の中に入っていったスカイは、迷わぬ足取りで入り口から離れた場所のある自販機へと向かう。公園の中に湖があり、そこを見渡せる岸に並ぶベンチ群のすぐ傍だ。途中で何人か子供から大人の知り合いとすれ違って挨拶しつつ、目的の自販機に辿り着いた。
「ほら、ここだよ。ガラナのエナドリ、売ってるっしょ?」
スカイは自慢げに自販機のラインナップの一番下の端に指を突きつける。「ゴーアップガラナ」と複数の文字が印字された赤色のパッケージの缶だ。これはここでしか販売していない。散々探し回ったスカイだからこそ知っている情報だった。
「……確かにそれっぽいドリンクはあったわね。でも正解だとは限らないわよ? 他に売ってる場所もあるかもしれないし、そもそもあなたの推理が大外れの可能性も高いわ」
「はいはいわかったわかった。まあ見てなって。爆弾処理の準備、ちゃんとしときなよ?」
腕をぐるぐると回して張り切った姿勢を示しながら、スカイは自販機の周辺から調べていく。外観は特に何の変哲もなし。側面から横まで確認してみたが、問題はなさそうだ。一応傍にあったごみ箱も開けてみたが、不審物は見当たらなかった。
続けて、飲み物の見本の並び。これも特に異変はない。ガラナの他におしるこやら味噌汁などの缶もあるが、これはこの自販機のいつも通りのラインナップなので無視。
続いて飲み物の受け取り口を開けて覗き込む。特に何もなし。もちろん缶型の爆弾が横たわっているということもない。まあ、それはそうだ。目につくところにあれば誰かがとっくに見つけてしまっているだろう。いくらこの自販機がややマイナーな品揃えだとしても。
「随分念入りに調べているようだけれど、目的のものは見つかりそうかしら? 終わったら教えてくれる?」
「言ってろ言ってろ。ほら、この辺りとか絶対怪しい……んん!?」
受け取り口の上の方にも手を突っ込んで探ってみると、明らかに異物の手ごたえがあった。だが明らかに爆発物ではない、薄い紙のようなものに触れた。警戒心を緩めて、スカイはそれを勢いよく引っ張り出してみる。
『BOOM!!! よく見つけられたな! 褒めて遣わすぞ。じゃあ解散!』
紙には印刷された文字ででかでかとそう記してあった。特に次の謎かけが書いてあったり、別の場所に爆弾が隠してあることをほのめかす文章があったりするわけではなさそうだ。
「……何だこれ」
「……わかるでしょ? ただのいたずらだったってことよ。本当に教養もユーモアもない冗談ね」
スカイの肩を落としたため息と、エイレーネの大げさなため息の音が重なる。手にした紙をくしゃくしゃにしてやりたくなったが、一応証拠品だ。自販機に触る前に手袋を付けておいてよかった。丁寧に畳んで、ウエストポーチから取り出した保存袋に入れておく。
「正解おめでとう、エヴァンス捜査官。景品ももらえてよかったわね、お似合いよ」
「何であたしだけ間抜けみたいな扱いなんだよ。自分は謎かけも解けなかったくせしてさぁ……」
「バッテリーの節約よ。私の最新鋭の思考技術を使うまでもなかったからね。じゃあ、任務完了ってことで、一旦ライオス署の方に戻りましょう」
「待てって。一応、全部の自販機確認して、公園内に不審物がないかも調べていくから。今度はあんたも一緒にやってよ?」
「あなた結構ムキになってない? ……まあ職務だろうから、仕方なく手伝ってあげるけど……」
「手伝いじゃなくて共同作業! 同じ分だけ働け!」
結局広い公園内にある全ての自販機を見て回った。エイレーネにはスキャンして内部構造を透かして投影したホログラム映像でリアルタイムに確認できる機能があったらしく、自販機が数多くあれど最初ほどは時間が掛からずに確認できた。というか、それ出来るんなら最初からやれ。AIのくせに変なさぼり癖つけるんだからまったく。
結局他の自販機にもその周辺にも、爆弾らしきものも例のこちらをコケにしたような紙もなかった。どうやら本当にいたずらだったようだ。本当に迷惑な奴だ。普通に犯罪だから、おそらく今頃メールの出先でも特定されているのではないか。大いに反省してほしい。
大きく伸びをしながら時間を確認すれば、予告の十五時はとっくに過ぎていた。キャッチボール用のボールとグローブを手にした子供たちとすれ違う。もう学校が終わった子供たちがここに遊びに来る時間帯だ。公園内は平和そのものの時間が流れていた。
「さて……マジで帰るかぁ。いい天気だしこのまま直帰したいくらいの気持ちだなぁ。お昼も食べ損ねたし、あそこのサンドイッチでも買ってこうかな」
「まだ勤務時間中よ、エヴァンス捜査官。まあ、遅いお昼のサンドイッチを買うくらいは許してあげてもいいけど」
「別にあんたの許しなんて乞うてませーんだ。べー」
軽口を叩き合いながら、入り口の方へ向かう。お気に入りのお店のどのサンドイッチを手に取るかまで考え始めていたところだった。
轟音。空気どころか地面まで揺らいだ。反射的にその場に身を屈めてしまう。耳鳴りが鳴り響いている耳から手を剥がしながら、スカイは何とか振り向いた。少し離れた公園のエリア、空に煙が上がっているのが木々の隙間から見えた。
スカイはすぐさまその場へ駆け出している。
「爆弾か……? マジであったのかよ……!?」
「予告と時間も場所もぶれぶれだわ……! 私たちを謀ったつもりかしら」
「わかんねぇけどとりあえず人命優先!」
現場に着いた。黒煙が色濃く上がって周りを包み、爆発を受けたらしい街灯が倒れてガラスが散らばっていた。火が上がり、禍々しい音を立てて燃え盛っている。周りの歩道にいたらしい人たちが、近くで倒れていたり腰を抜かしたりしていた。何が起こったかわからず動けずにいるようだ。それを助け起こそうとする人や、遠巻きに炎を見てデバイスのカメラを起動させる人、反応は様々だ。
「火から離れてくださいッ! まだ爆発するかも! 動けますか!?」
呼びかけながら腰を抜かしていた人を助け起こしたり、倒れている人の容態を確認して大丈夫そうなら肩を貸してやったりして火元から離す。幸い、目立つ怪我をしている人はいないようだ。
「消防と警察に通報したわ。すぐ来てくれるみたい。これってやっぱり、例の爆破予告に関係ありよね……?」
「大ありだろうね。爆弾魔が二人もいてたまるかって感じだし」
初期消火には遅いかもしれないが、スカイは消火器を探し始めた。まだ誰かがカメラを起動しているシャッター音が、絶え間なく聞こえていた。




