第2話 消えた強盗犯を追え!
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「……スカイ? もう、お寝坊さん? そろそろ起きてみない? 朝ご飯、用意してくれたみたいだよ」
柔らかくて優しい声がして、スカイは覚醒した。そっと頬に触れる手の感触もふんわりと促してくれる。
正直夢見は最悪で、エイレーネにひたすら耳元で責められるような感じだった。内容は覚えていないが、想像がつくので尚更目覚めは悪かった。
だがそれも、彼女のおかげですぐ最高の目覚めになった。寝ぐせのついた前髪を撫でてくれていた小さな手を、スカイはそっと引き寄せて手の甲に口づける。
「……ヴィオ。おはよ。今日もめちゃくちゃ可愛いね……」
「それは何より。スカイも寝起きの眠り姫みたいに可愛い。ほら、起きよう。遅刻だけは絶対にしない主義なんだよね?」
「ん……キスしてくれないと起きれない……」
「ふふっ、ほんとに眠り姫になっちゃった。……これで我慢して? ちゃんとしたのは顔を洗ってからね」
額に柔らかなものがあてがわれて、それでキスされたのだとわかった。彼女が離れたのを見計らって、スカイは勢いよく身体を起こした。
「完っ全に起きた。おはよ、ヴィオ。顔洗ってきたら続き、忘れないでね?」
「はいはい。おはよう、スカイ。リビングで待ってるよ。起きれて偉いね」
「……むう。子供扱い……」
「私たち、子供だしね?」
調子のいいスカイを見て楽しそうに苦笑する少女は、既に朝の支度を整えていて完璧だった。ブラシを通した金色の長い髪は窓から入る朝日できらきらと光っている。
彼女はヴィオレット・グレイ。まだスカイと同じ十五歳で、まだあどけない風貌ながらも、切れ長の瞳と通った鼻筋は大人びた雰囲気も滲ませている。髪の後ろにはバレッタを着けて丁寧に編み込まれ、リボンタイのついたブラウスとロングスカートがより彼女の可憐さを際立たせていた。出掛ける準備はスカイと違って既に整っているようだ。
スカイがヴィオの座っている車椅子を押してあげようとすると、「大丈夫だよ。早く可愛い顔、洗って来て?」と電動機能を使ってスカイよりも軽快に寝室を出ていく。彼女は足が不自由だが、スカイ以上に活発だった。それを認識するたび、何度でも惚れ直してしまう。
洗面所で手早く身支度を済ませたスカイは、しっかり髪をポニーテールに纏め服も着こなした後にウキウキとリビングに向かう。
朝ご飯のトマトのサラダにバターが染み込んで目玉焼きの乗せられたトーストとスープが並んだ食卓には、既にヴィオと丸いフォルムをした雪だるまのような形状のアンドロイドが着いていた。アンドロイドはスカイの方にディスプレイになっている顔を向ける。ドットで表示された目が点滅してウインクする。
「おはようっす、スカイさん。今日もいい目覚めっぽくてなによりっす」
「おはよ、ミラ。そりゃ、あたしの可愛い奥さんに確約で会えるからね。ご飯、ありがとね。すっごくいい香り。お腹空いちゃった」
家事をしてくれるアンドロイドのミラに挨拶しつつ、スカイは真っ直ぐヴィオのところに行って額にキスを返す。唇にもしっかり触れると、「もぉ、朝から長いの禁止っ。ミラが見てるじゃん」と怒られた。ミラは「視覚機能オフにできるのでお構いなくっす」と気を利かせてくれる。いつもの朝。
三人で手を合わせて、朝食が穏やかに始まる。ミラは当然作ってくれた食事を取ることは出来ないが、一緒に食卓を囲んでくれる。「色んなお宅にお手伝いに行きますけど、一緒にご飯をさせてくれたり、逆に一緒にお手伝いしてくれたりするのはお二人だけっすね。人になったみたいで、嬉しい限りっす」と言ってくれたのでこっちも嬉しくなったものだ。彼女は家事代行が仕事で、うちにもこうして決まった日時にやってきてくれるのだった。
「いただきまーす。んー、やっぱミラのトースト最強だなぁ。目玉焼き、完熟で焼いてくれるのいいねぇ、うっまぁ」
「スカイさんは完熟派っすからねぇ。お褒めいただき光栄っす。ヴィオさんはいかがっすか?」
「スープもサラダも、優しくて美味しい味わいだね。私たちの好みの味付けにしてくれたんだ。ありがとう、ミラ」
「うふふ。光栄っすねぇ」
嬉しそうに取り出したアームで頭を掻く仕草をするミラに、二人で微笑ましくなった。……子供が出来たらこんな感じなのかな、と向かい側のヴィオをちらりと眺め、スカイは多少早い想像に一人頬を熱くさせた。
「そういえば、昨日人質の人たちを一人で助けたんだってねスカイ」
「ええっ、まじっすか。スカイさんパネェすね!」
「けどあまり無茶しないでね、スカイ。誰かの命も大切だけど、スカイの命だって大切なんだから」
「……うん、ありがと」
昨日の話をヴィオにされて、スカイはちょっと鼻が高い気持ちになる。心配までしてもらえて嬉しいことこの上ない。やっぱりヴィオは女神である。昨日は接した人たち全員に真逆な反応をされたのだ。
「それから新しい相棒の人と組むことになったんだってね。どんな人だった?」
「ぐほっ……そ、その話、誰から……?」
「ジョナサン。仲良くやれそうだって昨日、電話で嬉しそうだったよ。いい感じの人なんだ?」
「……まぁ、忠実そうな奴ではあったよ……」
すぐさまヴィオに振られて、スカイは呑んでいるポタージュスープを噴き出すところだった。……あのもじゃもじゃゴリラめ、ヴィオに余計なことを吹き込みやがって。やっぱり面白がってるな、あいつ。
更に相棒のことを聞きたがるヴィオとミラをはぐらかしながら食事を終える。三人で後片付けをして、スカイは玄関に向かう。いつも通り、ヴィオたちが見送りに来てくれた。
「行ってらっしゃい。私とミラもあと少ししたら出るね。あんまり張り切りすぎて無茶しないように」
「スカイさん、あんまりヴィオさんに心配かけちゃダメっすよぉ。気を付けてくださいっす」
「ありがと、行ってきます。あ、忘れもの忘れもの」
「あっ……。もぉ、本当に調子いいんだから。気を付けてね」
靴を履いた後に、少し屈んでヴィオの身体をぎゅっと優しく抱いた後、もう一度行ってきますのキスをする。ミラの前だから少し照れたように耳を触る彼女が愛おしい。忌々しい新しい相棒の元より、彼女と一緒にいたかったが仕方ない。
事務をしている会計事務所に出社するヴィオを残して、スカイは家を出た。ミラは付き添いで、その後自分の所属するレンタルアンドロイド本社に戻るらしい。夜ご飯の支度も既にしておいてくれている。ミラには二人でお世話になりっぱなしだ。
まだ朝は少し早く、目覚めかけた街の大通りは人がまばらだ。スカイたちの家からライオス署は徒歩圏内。ジョナサンが計らってくれたエレベーター付きのマンションだった。
スカイは靴に内蔵されているローラーを起動させて取り出し、ローラースケートにするとそのまま軽快に滑り出していく。普通に歩いていたら、署につくのが憂鬱で足が重くなりそうだった。今朝のヴィオのことを思い浮かべて何とか進む。
「やあ、スカイ。今日も早いねぇ」
「おはよう、おばちゃん。元気そうで何より」
「スカイ、ニュース見たぞ。人質を一人で助け出そうじゃないか。うちの息子も感激してたぞ」
「マイヤーズさん、へへ、ありがと。マイケルくんによろしくねー」
「あ、スカイ! 良かったらこのお菓子食べて! この前旅行に行ってきたのよぉ」
「ボーヒーズさんありがと! ありがたくいただくねぇ。旅行羨ましいなぁ」
すれ違う近所の人たちが挨拶を交わしてくれる。二人で暮らし始めたスカイとヴィオを、ずっと気にかけて支えてくれた人たちだった。少しでもこの街の治安を良くして彼らに恩返ししたい。スカイが警察を志した理由の一つでもある。
早めに学校に行く子供たちともハイタッチを交わして、スカイはライオス署に辿り着いた。受付を過ぎた頃から、やけに中がばたばたと賑わっているのを感じた。予想はついている。昨日の強盗の件だろう。誰かさんのせいで、スカイは結局関われなかった。
「おはよう、スカイ。署長が待ってるってよ」
「……はよ。どうも」
元相棒だったクリスティーンが通りかかって、ザマァ見ろと言わんばかりにそう伝えてくる。彼女の制止を振り切って色々やっていたので、スカイはぐぅの音も出せずに署長室に向かう。慌ただしさは強行犯係のオフィスが中心となっているようだ。先ほどから電話になる音とそれに応える大声がひっきりなしだった。
「スカイ、早かったな。おはよう、彼女が待ってるぞ」
署長室に入るなり、ジョナサンはニヤケ顔を隠さずに脇にある装置を指す。エイレーネがセットされた充電、兼、防犯用のケースだ。わざわざ研究所からここまで運び込んだらしい。試用期間で署長室に専用の席があるとは生意気なやつ。
「おはよう、エヴァンス捜査官。……朝から懐かない猫みたいな顔ね。安心して、私も顔があったら同じ表情をしているから」
「……おはよ。あんたに顔がなくて良かったよ」
さっそく噛みついてくるエイレーネの前に行って、両腕に彼女を装着する。相変わらず蒸れも重さも感じず、着け心地だけは快適だ。さすが最新鋭の技術。
「エイレーネはかなり優秀だな。昨日起こった強盗事件の見解を聞いてたよ。捜査資料との同期もすぐ出来るから、わかりやすく簡潔に概要を纏めてくれてて助かる。やっぱり今うちで扱ってるアンドロイドたちとは格が違うな」
「……その誰かさんのせいで、昨日は犯人捕まえ損ねたけどね。そんなに仲良くなったなら、署長がこいつの相棒枠に収まれば」
「俺はあんま現場に出ないからなぁ。デスクワークのデータだけ集まったって、エイレーネも困るだろう。お前と一緒なら退屈もしなさそうだしな」
……ほんと、調子のいいゴリラめ。あくまであたしの監視もエイレーネに兼用させたい感じか。向こうからしたら研究所とのツテと上からの借りも作れて一石三鳥だ。
「ではエヴァンス捜査官。私たちは昨日の強盗事件の犯人の捜索に加わるわ。詳細を伝えるわね。あなたの頭に収まればいいのだけれど」
「嫌味の機能ってオフに出来ないの? 前置きはいいから、さっさと説明してくれると助かる」
「だいぶ仲良くなってきてるじゃないか。その調子で頼むぞ二人とも」
「仲良くねぇし」
「仲良くはないです」
ジョナサンに対して答える声が被って、スカイはまた自分の両腕と睨み合う。
5
昨日、スカイが退勤間際に起きた強盗事件。犯人たちは四人組。帰宅ラッシュが始まり混み合い始めた飲食店に銃を持って押し入り、店の売り上げと客の財布や持ち物を強奪してそのまま乗ってきた車で逃走した。
「車は青色のスポーツカーだった。通報を受けた警察車両が、衛星カメラやAIの監視カメラを用いた逃走経路を確認して追跡開始。しかし、更に別の強盗が付近で時間差で三つ発生し、追跡網が混乱した」
「同じ日に別々の場所で強盗が三つ? どう考えても偶然じゃないよね?」
「これが偶然なら、強盗たちにとって昨日は吉日だったか強盗用のセールの広告でも打たれていたんでしょうね」
「最新鋭のAIっていうのはジョークも言えんの。あんまりうまくないけどね」
「うるさい。あなたのよりマシよ」
スカイの茶々を受け流しつつ、エイレーネは続ける。
「おそらく共犯の強盗犯たちは別々に逃走を開始。それぞれ四人組で、合計十六人だと思われていた。だけれど逃走車両を追跡していた警察車両を、それとは別の車両が妨害してきたの。そのせいで付近を封鎖する前に、主格の強盗犯たち四組には逃げられてしまった。おそらくは振り切った後に変装して車も乗り換えた模様」
「その妨害してきた奴らはどうなった?」
「全員逮捕した。だけれど彼らはSNSで集められただけで、何も知らされていなかった。全員借金で首が回らなくなっていて、ただ持ち場に待機して現れた警察車両に突っ込めと携帯端末から指示を受けていただけ」
「闇バイトってやつね、近頃多いよなぁ。それで、四つの逃走車両が最後にカメラに映った画像はある?」
「あるけどあまり参考にならないわ。追跡を振り切った後に使われていない建物の中にそれぞれ入って姿を消したの。車はまだ見つかっていない」
車を乗りかえた形跡もなく、忽然と被疑者たちの車は見えなくなったところで消えてしまったという。最後に入った廃墟などは徹底的に調べたが、痕跡すらもなかったという。十六人の犯人も、四台の車もマジックのように姿をくらましたというわけだ。
「……何か、変じゃね。強盗自体は銀行とかじゃなくて飲食店とかスーパーを狙ったあんま規模がでかくないやつだよね。にも関わらず妨害の特攻隊まで待機させて、替えの車の準備とカメラの位置をちゃんと把握してる。準備万端で大げさすぎ。実行犯の人数も多いし、全然見返りと噛み合ってなくない?」
「そこまで計算出来ないだけじゃないの? 後は映画の見過ぎて、警察をからかって自分たちの力でも見せつけようとしたとか。そういう色々と足りてない奴だっているのが人間だとは把握しているわ。あなたもそういうのの一人なんじゃないの?」
「黙れ、煽りポンコツアンドロイド。……まあそれはおいといて、一旦あたしたちは調査ってわけね」
靴に装着されたローラーで滑っていたスカイは、一度その場で停止する。エイレーネから事件の詳細を聞きながら外を移動していたのだ。
目の前にあるのは、最初に強盗の被害に遭った飲食店。カフェ『オリンポス』。今は規制線が張られていて制服姿の警官も店内に出入りしており、経営再開まで時間が掛かりそうだった。
「言っておくけど、あなたが今の捜査に加われるのはあくまで人手が足りないから。自分をヒーローだと思い込んで、現場を掻き回すのはやめておきなさい」
「はいはい、わかったよ先生。……昨日あたしが駆けつけてたら、主犯格の一人でも捕まえられてたかもしんねぇのにさ」
「舌の根はまだ乾いてないわよ? それに昨日、あなたに呼び出しがなかったのでいい加減察したら?」
「……ちっ」
いちいち釘を刺してくる声が鬱陶しくて、虫を払うように腕を振るってやった。
もちろんスカイだってわかっていた。昨日強盗犯たちが大胆な逃亡劇を繰り広げている時点で警察は猫の手だって借りたいくらいだっただろう。それにスカイは呼ばれず、加わることも許されなかった。……足手まといだと判断されたということだ。今の捜査に加われたのは、とりあえず危険な段階は過ぎたということだからなのだろう。
自分はまだまだ、ガキ扱いというわけか。このままじゃ、何のために刑事にまでなったのかわからない。少しでも誰かを救える状況に立ち会えなければ意味がないのだ。スカイはぐっと拳を密かに握りしめた。もっと認めてもらわなくては。自分が一人前であることを。
「……とりあえずスタート地点から逃走車の進路方向に沿って聞き込みしてく。カメラとかデータに残ってない何かがわかるかもしれないしね」
「あなたにしては頭を回した方だと言ってあげたいけど、無駄骨で終わる可能性が高いわね。他の捜査官が虱潰しに調べ尽くしていると思うけど」
「まあ、見てな。文句があるなら足生やして別行動してもらってもいいけど?」
「笑えないのはジョークじゃなくて悪趣味よ、エヴァンス捜査官。あなたの働きっぷりはしっかり記録させてもらいますからね」
「へいへい、言ってろ言ってろ」
スカイは最初の強盗現場のカフェを起点に、周辺の住人たち、野次馬などにも声を掛けて話を聞き始めた。バッジを見せてもスカイが警官であることに懐疑的な目は向けられたが、おかげで親しみのある態度で接してはくれた。近頃何でもデジタルで済む時代ではあるが、時にはこうして足と根気が必要なこともある。……たぶん。
「カフェから男たちが飛び出してきたんだよ。全員覆面つけてて……銃を持ってた。そのまま駆けつけた車に乗り込んで猛スピードでどっか行っちまったなぁ」
「すごい速度で車が走っていったよ。あたしゃ轢かれるかと思ったね。その角を曲がって、消火栓をぶっ飛ばしていったんだ。強盗なんだって? 物騒な世の中になったもんだよね、スカイ」
「やあ、スカイじゃないか。ニュースでやってる逃走車だろ、青いやつ。ドリフトしながらこっちの通りに来たかと思うと、また裏路地に曲がっていったよ。そこでゴミ箱をいくつか倒していった。相当運転に自信があったんだろうなぁ」
カメラの映像だけでなく、その周辺の人たちに話を聞いてスカイたちは最初の逃走車の足取りを辿る。今のところは、データの通り走行していたようだ。車が荒々しく通った後を、鑑識係の人たちが調べていた。
「あ、スカイ! 昨日の事件の犯人追っかけてるんだって!?」
ふと駆け寄ってきたのは、サッカーボールを携えた少年たちだった。この近辺に住んでる子たちだ。
「おう、マイケルにノーマン。フレディとトシオも一緒か。この辺り危ないよ。まだ犯人が潜んでるかも」
「こんだけ警察の人いるんだから大丈夫だよ。それにスカイが守ってくれるでしょ?」
屈託のない笑みで拳を突き出されて、スカイも「もちろん」とはにかんで自分の拳を突き合わせてやった。
「それよりさスカイ! 俺らも見たんだよその犯人の車! 青いスポーツカーだろ? アクセル全開で走ってたんだ!」
「そっちの裏路地曲がってったぞ! 何事かと思って、俺ら追いかけたんだよ!」
「その後は左に曲がってった! そんですぐ右の路地! ジグザグに走ってた!」
「ここら辺、普段人気ないからさ。車とかも普段あんまり来ないし、めちゃくちゃ目立ってたぜ!」
「この裏路地を通って、そのまま左……? 逃走車はここを通らずに大通りをまっすぐ南下したはずだけど?」
子供たちが一斉に話したことを、エイレーネが怪訝そうに反芻する。子供たちはスカイの腕を見て目を丸くした。
「うわっ、今その腕の奴喋った……!? スカイ、何それ何それ!」
「あー、これ? まあ、新しいオモチャっつうか……」
「誰がオモチャよ。私は警察機関用の最新鋭の人工知能のエイレーネ。それより君たち、ちゃんと正しい情報を伝えてくれなきゃ困るわ。今の証言は私のデータと矛盾している」
「何だこいつぅ? 俺ら嘘なんかついてねーよ! 確かに見たんだって!」
エイレーネに言われて少年たちは騒ぎ立ててぶーぶーと言っていた。スカイも監視カメラの映像で、逃走車が大通りの道を進んでいたのを見ていた。彼らの見たものとは矛盾している。……だが、少年たちが嘘をついているとはスカイには思えなかった。
「みんなありがと。とりあえず言われた通りの線で、車を追いかけてみるよ」
「おう、気にすんな。また一緒にサッカーしような、スカイ!」
「ちゃんとそのオモチャ躾けといた方がいいよ。じゃあね!」
「くくっ……うん、ちゃんと丁重に躾けておくよ」
駆けていく少年たちを見送り、スカイは改めて教えてもらった車が走っていったという裏通りに目を向ける。もともとあまり整備されていない道らしく荒れ果てている。しゃがんで調べてみたら、確かに真新しいタイヤの跡があった。
「ねえ。これ、現場で採取したタイヤのデータと比較できる?」
「さっそく躾ってわけ? まったく人をオモチャ扱いする方がよっぽど躾が必要みたいだけどね」
根に持つタイプの文句を言いながらも、エイレーネはスカイが指示したタイヤ痕の比較を始めたようだ。ほとんど一瞬。やはり今現行のデータ採取用のアンドロイドたちとは性能が遥かに違うようだ。
「……確かに、逃走車のタイヤ痕と一致するわ。どういうことかしら。カメラには確かに、別の道を行くのが映っていたのに」
「……とにかく、あの子たちに言われた通りの道を調べてみよう」
何となく、スカイは察し始めていた。おそらくエイレーネもそうだろう。だが確証がない以上はありえないと考える他ない。優秀な警察機関の目を欺くなどと、そんな高等技術が存在するのだろうか。そして、それを扱える者が。
「おお、スカイ。待ってたぞ。子供たちから話は聞いたな?」
教えてもらった逃走路を最後まで辿った時、陰の多い裏路地の真ん中で座り込んでいる男性が声を掛けてきた。バケットハットや着ている服はボロボロで汚れていたが、目は精悍な光を帯びたままだ。段ボールをシート代わりにして座っていた。
「ビリーさん。どうしてここに? 住まいは別の高架下じゃなかったっけ」
「お前さんならここに来るんじゃないかと思ってな。俺たちの仲間がここで缶を集めてたら、例の逃走車両を見かけたらしい。他の警察どもは見当外れのところを調べてるからどうにもおかしくてな」
「そっか、わざわざありがとう。車の通ったルートを教えてくれる?」
ビリーという名の彼はこの辺りのホームレスをまとめるリーダー格で、シャープな容姿とキレる頭のおかげで「頭取」と呼ばれていた。彼に伝えられた車のルートを、しっかりスカイはメモ帳に記した。やはり、監視カメラで見たルートとはまったく別の道を車は通っている。
「ありがとう、ビリーさん。今度村のみんなにも何か持っていくよ」
「気にすんな。お前にはいくつも先払いしてもらってるからな。気を付けろよ、スカイ。今回の強盗、何か妙な感じがする。無茶は厳禁だぞ」
「うん、大丈夫。助かったよ」
ビリーは座っていた段ボールを抱え込むと、そのまま歩いていこうとする。スカイとすれ違う時、彼の視線は腕のエイレーネを捉えていた。
「君も、相棒としてしっかりスカイを守ってやってくれよ。彼女は結構、無計画で突っ走ることがあるからな」
「……どうして私のことを知っているのかしら」
「あまり俺らの情報網を舐めなさんな、高性能AIさん。俺たちの目はこの街の隅々まで行き届いているぜ。監視カメラの死角にもな」
そう不敵に言い残したビリーは、手を振りながら去っていく。エイレーネが不服そうにため息の音を鳴らした。
「……エヴァンス捜査官。あなたって、交友関係が広いみたいね。子供やらホームレスやら……一体どこで知り合ったのやら」
「これでも一応警察でね。市民の力になるのがお仕事なわけ。その過程で色々と仲良くしてもらえるってこと」
スカイは得意げになってにやける。子供たちとは歳が近いというのもあってあっという間に馴染み、ビリーたちとは週に二度の炊き出しや彼らが犯罪に巻き込まれないように周辺のパトロールを強化したことで知り合えた。どちらもスカイが提案したことで、ジョナサンもすんなり受け入れてくれたのだ。頻繁に様子を見に行って彼らの悩みを解決しているうちに、ビリーたちはスカイに親しんでくれて先程のように情報をくれることもあった。意識していたわけではないが、人脈は意外と侮れないとスカイも実感していた。特に今のような場合は。
ビリーに教えてもらった通り車の所在を追う。今まで派手にぶっ飛ばした感じから、慎重な運転に切り替えているような雰囲気があった。タイヤ痕も車がぶつかった後もほとんどない。おそらくは特攻隊に追跡中のパトカーを撹乱させた後なのだろう。追うものがいないなら、慌てる必要もないというわけか。捜査の目も及ばぬわけだ。
車の行き先は完全に郊外へと向かっているようだ。その辺りは工場地帯で、逃走していた時は人気もほとんどなかったはずだ。出動していた警察たちも街中で対処に追われていただろう。完全にノーマークだったはずだ。
不思議なことに、四台も逃走車両がいたのに。逃走ルートを地図に表示してみると、この方角へ向かう車は一台もないように見える。基本ジグザグでランダムのように走行しているようだが、逆に不自然なほどこれからスカイが向かうルートを避けているような挙動をしているのだ。まるで、少しでもその場所を意識させまいとしているかのように。
「まさかね……」
半信半疑のまま、スカイは投影した端末の画面を指でなぞる。表示したのは、この先の工場地帯の使われていない建物だ。地図にそれらがピックアップされていく。この街の移り変わりは早い。郊外に増えていく持ち主不明の廃墟の増加は問題になっていた。……身を隠すには絶好の場所だろう。
逃げた十六人が最低人数だとすると、隠れ家としてはそれなりの広さがなければいけないだろう。更には人の手が及ばず老朽化したものを除けば、去年廃業したきりほったらかしになっている通販サイトの在庫置き場の倉庫が一番適しているようだ。広さも申し分ない。
その廃墟の前に直接赴いてみた。二階建てのずんぐりとした建物の周りを金網がぐるりと囲っている。ゲートの部分は鎖が巻かれていて、やけに厳重に封鎖されていた。よく見ると鎖と南京錠はやけに真新しい光沢を帯びている。見れば金網の上には、これまた真新しい有刺鉄線が張り巡らされていた。放棄されている廃墟には似つかわしくない封鎖の仕方だ。……きな臭くなってきた。
「……あたしの見解を述べてもいい?」
「言わなくてもわかるわ、エヴァンス捜査官。カメラの逃走車の映像はハッキングで差し替えられていて、実際の車は悠々とこの場所に隠れた。犯人たちはほとぼりが覚めるまで、まだこの廃墟の倉庫に潜伏中。そうでしょ?」
さすが最新鋭のAIだ。スカイは金網を掴んで、廃墟の建物を覗いてみる。経年劣化はほとんどなく、そのまま使えそうだ。大きなシャッターもあり、車四台なら簡単にしまいこめそうだった。人の気配はなく、辺りの工場の稼働音ばかりが響いている。
正直、考えていることが当たっている可能性は限りなくゼロであろう。だが、スカイはどこか胸騒ぎと高揚感を覚えていた。……おそらく当たっている、という刑事の勘だ。
「荒唐無稽を通り越して支離滅裂ね。カメラから車の存在を消して、挙句は偽の車を映させるなんて並大抵の技術じゃない。警察の解析班の目すら欺く、そんな凄腕ハッカーが小規模強盗に絡む理由なんてないわ」
「うるさいなぁ、わかってるよ無茶苦茶なことくらい。でもこの事件、最初から全部変だろ。ならとにかく色んな可能性を潰していかないと、でしょ?」
呆れたエイレーネの声を手で虫を払うようにしつつ、スカイは封鎖されたゲートから離れて周りの金網を探る。入り口は固く閉ざされているが、囲っている金網自体は雨や外気などでだいぶ劣化が進んでいるようだ。裏手側に回ってみると、破れて小さく穴が空いている個所があった。
スカイはしゃがみ込むと、装備しているウエストバッグからペン型のプラズマカッターを取り出して金網の穴を拡げていった。パワーはさほどないものの、脆くなった金属なら即座に断ち切って進入路を確保できる警察機関用の工具だ。
「ちょっとエヴァンス捜査官!? 何をしようとしているの。この建物を捜査する令状は?」
「そんなもん持ってるわけないっつの、知ってるでしょ。たまたま様子が変だったから、たまたま穴が空いている個所を見つけて、たまたま踏み込んだ。それ以上に理由いる?」
「……私が何のためにあなたにくっ付いているかわかってる? データは記録されるわよ」
「あ……。まあ、なるようになれーってことで」
「呆れた不良警官ね。あのね、警察って言うのは権限が与えられる代わりに、それを行使するにはその都度許可がいるのよ。その権限が無闇に振りかざされないようにね」
わかり切ったお説教が聴こえてないとばかりにスカイは耳を塞ぎながら、広げた穴から建物の敷地内に入る。




