第1話 相容れない相棒
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銃声が再び爆ぜる。アスファルトの地面が弾けて、周囲から悲鳴が上がった。
「おい! 誰も動くなと言っただろうがッ! ポリ公! 俺の車はまだ用意できねぇのかッ!」
拳銃を手にした男が吠える。目は血走り、額からはしきりに汗が流れて銃を握った手は震えている。興奮状態の彼の周りには、逃げそびれた市民たちがいる。杖を持った年配の女性、ワイヤレスイヤホンを外した男性に、小さな女の子と母親の親子連れ。男の危なっかしい手つきでは、地面に座り込んで怯える人たちにいつ銃弾が当たってもおかしくない。
「車は今手配させている! 落ち着け、銃は撃つな! ちゃんと話し合おうじゃないか」
「話すことなんかねぇ! とっとと俺をここから逃がせ! ガキからぶっ殺すぞッ!」
挙動不審な男の前には、パトカーが並び警官たちが立ちはだかっている。機動隊のトラックも駆けつけ、防弾シールドを携えた隊員たちが待機していた。男に呼びかけているのは機動隊の隊長だ。敵意はないと手を挙げながらある程度距離を縮めて説得しているが、男がまったく応じないので膠着状態が続いていた。
両者の間には、市民たちがいる。人質だ。銃を持った男の間合いで、刺激してしまえば即座に取り返しのつかない事態になると誰もが緊迫しているようだった。
「くそっ、くそっ! 何でこんな。俺は金さえ奪えれば良かったのに、くそっ。薬だ、薬がいるんだ、頭が割れそうだ、薬、薬ぃ……っ」
男は頭を掻きむしりながら支離滅裂に呻いている。腕には複数の注射痕、絶えない震えと血走った目。薬物依存者の典型的な傾向だった。
男は最初、路地裏で銃を手に通行人を脅して金を強奪しようとしていた。だが被害者に逃げられて騒ぎになり、男はそのまま大通りの真ん中で自暴自棄気味に人質をとったのだ。違法薬物を買う金欲しさの、白昼堂々の突発的な犯行。休日だったこともあって賑わっていた大通りは騒ぎになり、逃げ遅れてしまった人たちも出てしまった。
「おい! ケーサツはいつまで見てるだけなんだよ……! 早くこんなイカレ野郎、撃ち殺して助けてくれよ! 俺たちを見殺しにする気か!?」
ついに痺れを切らして、人質である若い男性が震えた声でまくしたてる。それが伝染し、限界が近かった人質全員がパニックを引き起こす。
「わ、わしはこれから孫の誕生日なんじゃ……! 見殺しになんかせんでくれ!」
「お母さん、もうやだ……! 早く帰りたい……!」
「リカ、大丈夫……! 大丈夫だから泣かないで……っ」
「皆さん落ち着いてください! 大丈夫ですから!」
機動隊の隊長が呼びかけるも、既に起こってしまったパニックは治まらない。銃を持った男が頭を押さえて、苛立ったように叫んだ。
「頭に響く……ッ。うるせぇんだよお前らァッ!!」
男が銃口を真っ先に少女に向けた。引き金に掛けた指が動く。みな突然のことに呆気に取られ動けずにいた。
銃声。だが少女にもかばった母親にも銃弾は当たらなかった。
弾は防弾シールドが防いだ。少女たちの前でそれを構えて守ったのは、小柄な別の少女だった。
「……子供に向かって銃撃つバカがあるかよ」
吐き捨てるように彼女は言う。突然の乱入者に、銃を手にした男は困惑していた。
「何だてめぇはこの……がッ!?」
再び撃とうとした男の顔に、少女が振りかぶって投げた防弾シールドが炸裂する。体勢を崩した男に、素早く彼女は駆け寄った。
まず銃を掴む腕を取る。発射できないよう素早く操作してスライドを引き抜き、膝蹴りで手の甲を弾いて銃を手放させる。
そのまま流れるように男を軽々と背負い投げして、地面に組み伏した。地面に落ちた銃を蹴り飛ばして、少女は唖然としている警官たちに叫ぶ。
「確保ぉッ!」
それを聞いて止まっていた時間が動き出したように、警官たちや機動隊たちがパトカーなどの陰から一斉に飛び出してきて、人質にされていた人たちも慌てて立ち上がり逃げ出していく。男を地面に押し付けている少女はそれを横目で確認しつつも腕の先から警戒を解かない。もがいていたが、男は完璧な拘束から抜け出せずにいるようだった。
「ガキぃ……っ! てめぇ、なにもんだぁ……!?」
「スカイラー・エヴァンス。警察だよボケ」
うつ伏せの男の鼻先に警察手帳を突きつけてやろうと思ったが、捕まえているので両手が塞がっていることに気づきスカイラーと名乗った少女は舌打ちをする。
「エヴァンス巡査長! また君か! 余計な茶々を、人質に何かあったらどうするつもりだ!?」
「その人質がやばそうだったんでね。こいつ引き取ってもらえます? そろそろ腕が疲れてきたんで」
不遜に受け答えるスカイラーに機動隊長は顔を顰め、部下に命じてスカイラーから男を受け取った。明らかに睨まれたが、スカイラーは涼しい顔で「ご苦労様」と返して立ち上がる。
「どこから聞きつけたか知らんが、この件はしっかり君の署に報告させてもらうからな……! 二度と首を突っ込むな!」
「はいはい、よろしくお願いしまーす。……ったく、ちんたらやって人質を危険に晒してたのはどっちだっつーの……」
ぼやいて、スカイラーはその小柄な身で警官や機動隊たちの厳しい眼差しを受けながらその場を後にしようとする。肩を回すと防弾シールドで銃弾を防いだせいか、微かに痛んだ。だが特に問題はなさそうだ。
「……お姉ちゃん!」
ふと規制線をくぐって外側に出た時、後ろから声を掛けられた。スカイラーが振り向くと、先ほど人質にされていた少女がこちらを見つめて向こう側に立っていた。
「助けてくれて、ありがとう!」
まだ震えが止まらない手でスカートを握りしめたまま、彼女は言ってくれる。その強張ったままの表情に、スカイラーは微笑みかけて親指を立てた。
「君もナイスファイト。おかげで何とかなったよ。もう大丈夫だからね」
少女はその言葉で力が抜けたように、傍にやってきた母親に縋って泣きじゃくり始めた。……本当に、よく頑張った。スカイラーは今日一番の報酬を胸に、警察のジャケットをしっかり着直しながらその場を後にする。
2
「……またやったな、スカイ。さっそく別の所轄と機動隊から苦情が届いてるぞ。ちなみに機動隊からは初めてできつく念押しされた。何をやらかしたんだ」
「やらかしてませーん。向こうのミスを未然に防いでやっただけでーす。むしろ感謝状をいただきたいくらいでーす」
「あのなぁ。お前の言い分はわかるが、そもそもうちの管轄外の案件だったんだろ。うちの組織の縄張り意識が強いのは知ってるよな? むやみやたらに首を突っ込むのは心象がよくないんだよ。わかってるだろ?」
「ちっ、反省シテマース……」
「お前なぁ……」
デスク越しに、埒が明かない問答が展開されている。不貞腐れた表情で目を逸らして立つスカイに、対面したジョナサン・マクレガーはもじゃもじゃの髪をくしゃくしゃにしながらため息をついた。
ジョナサンはスカイが所属する警察署の署長である。この街、ウォールズヘブンの区画であるライオス区のライオス署。それなりに大きな場所の長だ。
スカイが相棒を差し置いて帰ってくると、さっそく呼び出しを喰らい署長室にて今この有様なのだった。
窘められても、態度通りまったく反省などしていなかった。偶然あの場に通りかかったのは確かだけど、あの状況で飛び出さない選択肢はなかった。おかげで怪我人も出なかったのだから、本当に感謝状をもらいたいくらいだ。ジョナサンの指摘ももっともだが、縄張りよりも守るべきは市民じゃないのか。
「……わかったよ。スカイ、お前怪我はないか?」
「平気。元気ぴんぴんだけど」
「ならいい。人質を無傷で守ったのは確かだからな。よくやった」
ジョナサンは困り顔のまま、無精ひげの目立つ口元だけ歪めてそう言ってくれる。問題行動を起こしたのは確かだが、それでも彼はもたらした結果を評価してはくれる。悪く言えば甘いのかもしれないけれど、スカイは彼のそういう柔軟なところを尊敬してはいた。
「ういっす。あたし、もう行くね。あの薬中の男、何で銃なんか持ってたのか気になるしちょっと調べないと」
「おい待て。何まだしれっと首を突っ込む宣言してんだ。あと、話がまだ終わりだとは言ってないぞ」
緩く敬礼っぽいポーズをして踵を返すスカイを、ジョナサンがまた呼び止める。うんざりしながら振り返ると、彼はにこにこしながら明らかにこちらを威圧していた。この表情の時は、のっぴきならない状況を言い渡す時だ。スカイはますますうんざりする。
「えぇー……。反省の意はたった今述べたけど……」
「どのあたりだよ。お前、また相棒のクリスティーンをほったらかして単独行動してたそうじゃないか。さすがのあいつもおかんむりで、もうお前の面倒は見切れないってよ」
「面倒みられるほどガキじゃないっつの」
「ガキだっつの、勝手に一人でフラフラしているうちはな。刑事ってのはツーマンセルが基本だ。巡査時代はしっかり守ってたお前ならよく知ってるな。というわけでお前には、新しい相棒を紹介させてもらう」
「うわぁ……。今更あたしと仲良しこよしで組める奴なんていないよ。諦めた方がいいんじゃない、ジョナサン?」
「ここでは署長と呼びなさい。いいからちょっと付き合え。ちょうどお前にお誂え向きな打診があってな。他のお偉方もお前にはほとほと手を焼いてたらしいからな、これで解決とばかりに提案してきた。つまり俺のアイディアじゃないから、断れないぞ」
「ちぇっ……」
立ち上がったジョナサンに引率の如く連れ出され、仕方なくスカイは彼の運転するパトカーの助手席に収まることになった。流れで付いてきてしまったが、ライオス署内の奴が相棒にあてがわれたわけではないのだろうか。車はどんどん郊外の方へ向かっていく。別の署がありそうな雰囲気でもない。スカイは今更不安になってきたが、ジョナサンに聞いても「任せておけ。今度こそお前にぴったりのパートナーだからよ」とにやけ顔で曖昧な返事しかしない。こういう時のいたずらっぽい顔の彼は、あまり良くないことを企んでいる。スカイの不安はますます増していくばかりだった。
「着いたぞ。思ったより近かったな」
「デウスエクスマキナ研究所……? ここってAIとか街にいるアンドロイドとかの開発とかしてるところじゃ……? 何でこんなとこ……?」
パトカーから降りたスカイは目の前にそびえ立つ無機質な工場のような建物を見上げる。正方形の箱をいくつかくっつけたような、規則的な造りだ。ジョナサンはニヤけるばかりで、スカイも彼に心細くなりながら付いていくしかなかった。
「ライオス署のジョナサン・マクレガー署長ですね。ではこちらが……スカイラー・エヴァンス捜査官?」
天井が吹き抜けになっていて高いエントランスに入ると、受付のところにスーツの背の高い女性が立っていた。あらかじめ連絡を取っていたのかもしれない。出迎えた彼女はスカイを見てやや不可思議そうに目を細めたものの、特に何も言及しなかった。
十五歳の警官は珍しい。私服刑事で捜査一課ならなおさらだ。そういう視線や言動にはスカイはうんざりするほど慣れていた。
「私はメイベル・リンス。エイレーネ・システム開発の主任です。この度はご協力感謝いたしますわ」
「いえいえ。ウォールズヘヴンは今やこの研究所のテクノロジーなくしては生活も成り立ちませんからね。警察にも、そういった新たな技術は必要です。市民を守るためにはね」
メイベルと名乗った研究者らしい女性とジョナサンが握手を交わす様子を、釈然としないままスカイは見つめている。まるで蚊帳の外だ。これが自分の新しい相棒とどう関係しているのだろう。
「ではこちらへ。エイレーネをご覧にいれますわ」
メイベルに連れられて、研究所の中、清潔な病院のような廊下を進む。……病院は嫌なことを思い出させるから嫌いだ。消毒液の匂いがしないだけましだが。
並ぶジョナサンを睨んでも彼はどこ吹く風で、それでもスカイはだんだん想像がついてきた。新しい相棒ってまさか……。バカバカしいが答えが近づいてきている。
「こちらが、エイレーネ・システム。わが研究所が誇る最新鋭の、警察機関専用人工知能です」
「け、警察機関専用じんこうちのお……?」
メイベルがPCのようなものを操作すると、近くの機械の箱のようなものが反応して口を開く。そこには二つで対になっているらせん状になった金属製の何かが鎮座していた。形状からすると、腕につけるアームガードだろうか。人工知能とは言うが、機械というよりはそういう大げさなアクセサリーのようなスタイリッシュな見た目だ。
「ではエヴァンス捜査官。こちらを両腕に装着してみてください」
「……ジョナサン? 何か話が見えないんだけど……」
「いいから、やってみろ。きっとお前も気に入るぞ」
にやけ顔を崩さないジョナサンの様子が気に喰わないが、話が進まなそうなので渋々スカイはそのアームガードの前に歩む。腕を差し込む口が丁度正面にあるので、そのまま恐る恐る腕を差し込んだ。まるで遥か昔の映画で観た、運命の口というモニュメントに手を差し込むような気持ちだ。
「うわっ……!?」
エイレーネとかいうそのアームガードは、スカイの腕を検知したかのように急に縮こまってぴったりと装着された。やや大振りだったが、スカイに適した大きさに変形して肘までの長さに収まっている。左手も同じような感じで着けた。重さはまったく感じられず、らせん状になっているおかげか蒸れる感じもない。思ったより快適な装着具合だ。むしろ着けているのを忘れそうなくらいで、これが最新鋭の技術ということなのだろうか。
「エヴァンス捜査官。装着して何かおかしな感じはありますか」
「……別に。これは武器、なんですか」
「主要なのは人工知能です。これは彼女の形の一つに過ぎない。――エイレーネ。起きて」
メイベルが呼びかけると、スカイの腕に装着されたエイレーネが呼応するように微かに蠢き、振動した。そして手首のところに青いランプが点る。
そして、寝起きで機嫌が悪そうな女性の声がエイレーネから聴こえてきた。
「……ちょっと冗談でしょ。メイベル、私をモニターするのは優秀な警察官のはず。このガキは何なの」
「あ?」
どうやらアームガード如きに小馬鹿にされたのがわかって、一瞬でスカイの頭に血が昇った。
「いきなり何だよ、この不格好な腕輪女っ。誰がガキだ。あたしは立派な刑事だっつんだよ!」
「……立派な刑事っていうのは、ここ数ヶ月で始末書を三枚も書かないような人のことじゃないの? 信じがたいけど警察なのは確かね。でもやっぱりまともに勤務も出来ないガキじゃない」
「ガキって言うなこのポンコツ! さっさと離れろや気色悪いッ!」
スカイが腕をブンブン振るうと、不意に緩んでエイレーネが二つとも外れて吹っ飛ぶ。ジョナサンが悲鳴を上げたが、エイレーネは音もなく地面にそのまま着地した。一瞬空間が歪んで見えたのは反重力の作用だろうか。とんでもない機能だ。
「バカ、スカイ! お前めちゃくちゃ高そうな試作品を放るな! ……まあ、とりあえず仲良くやれそうだな」
「ちょっとジョナサン! あたしの新しい相棒ってまさかこの性悪AIのことじゃないよね!?」
「性悪は控えた方がいいんじゃないか、末永い付き合いになるかもしれないんだからな。ちょうど上から最新鋭のAIのモニターについて打診があってな。お前にはお誂え向きじゃないかと太鼓判を押してもらってたぞ」
「はぁあーっ!? 冗談じゃない! 絶対却下! しかも人間じゃないとか絶対ありえないんだけど!」
「その言葉そっくりそのままお返しするわ。マクレガー署長。もっと優秀な捜査官があなたの署にはいっぱい控えてますよね? この礼儀知らずのガキ以外なら誰でもそうでしょうけど」
「今の聞いた!? たかが機械のくせに生意気すぎでしょ! こんな横柄な不具合起こしてるようじゃ、横断歩道の旗も使えないんじゃねーの?」
「あなたは誘導してもらわないと横断歩道も渡れなさそうだけどね、おチビちゃん」
「はいストップ! 仲良しこよしなのはよくわかったから、一旦落ち着けスカイ」
「エイレーネも、不遜な態度はそこまで。でもあなた、そんなにお喋りだったんだ。会話の応酬も研究員とのデータより自然だったし……これは確かにエヴァンス捜査官と相性がいいかもしれない……」
ジョナサンとメイベルが間に入って止めてくる。その後の独り言ちるようなメイベルの言葉で、スカイはますます嫌な予感が募っていく。
どうやら警察機関にもこのエイレーネというシステムの導入を検討していて、それをひとまずスカイの相棒にあてがって試用データを手に入れようという算段なのだろう。一応今のウォールズヘヴン内の警察でもAIや最新テクノロジーが用いられることがあるが、携帯する銃の指紋認証や、監視カメラでの対象の人相サーチなど、あくまで細かな補助的な役割に過ぎない。
今や街に生活の手助けをするアンドロイドがいる時代なのだ。警察も業務の負担軽減で本格的にAIを導入したいということなのだろうが、当然そんなお試しに積極的に関わりたい捜査官なんているわけがないだろう。
それで、スカイにお鉢が回ってきたというわけか。……ジョナサンめ、断り切れない案件をあたしに押し付けやがって。まああたしの日頃の行いと言えばそうかもしれないが、反省する気は毛頭ない。
「……では、とりあえずメイベルさん。おたくのエイレーネはうちのスカイラー捜査官がモニターを担当するということで、よろしいですか?」
「はい、ここまで人間的な言動をするエイレーネも珍しいので。エヴァンス捜査官と一緒だと更に参考になる試用データがとれそうですわ。うちのエイレーネをよろしくお願いしますね、エヴァンス捜査官」
「はぁ? ちょっと勝手に話進めないでよ。無理だって、こんな高飛車AIと組まされるなんて! ムカッときてぶっ壊しちゃうかもよ?」
「あなたみたいなガキに壊されるほどヤワじゃないからご心配なく。ねえ、メイベル? 私の運用先が託児所じゃないなら、こいつと組むのは時間の無駄だと思うわよ?」
向こうには目も顔もないが、アームガードのエイレーネと睨み合う。そんなスカイたちを尻目に、大人たちは既に話をつけたようで、握手なんか交わしていた。デカいため息が自分のと重なり、スカイはまたアームガードとメンチを切る。
3
「………………」
「………………」
スカイは大通りの歩道をやや早足で歩いている。先ほどからずっとむっとして口を開かなかった。
日課の街中パトロールも、街の景色や住民たちの様子を観察しているとその日の疲れも中和されていく気分になるが、今は余計な道連れのせいで気分も上がらない。しかもさっきからやけに押し黙っているのも、静かだが余計に存在が強調されていて不快だった。
「……いい加減、そのガキみたいに不機嫌を押し出すのはやめたら。スカイラー捜査官。私のご機嫌取りは期待しない方がいいと思うけど」
「そんなの最初から期待してねーよ。てかお前だってずっとだんまり決め込んで不貞腐れてただろ」
「私はセーフモードに切り替えていただけ。あなたと一緒にいると余計にバッテリーを消費してしまいそうだからね」
「このパンコツ……っ」
つらつらと嫌味を並べるアームガードに、スカイは睨みを利かせる。自分の両腕にぴったりと嵌められたそれは無機質な光沢を帯びているだけで、何だか馬鹿馬鹿しくなってきて目を逸らした。
可能なら今すぐ取り外してその辺りの蓋付きのゴミ箱にでも葬り去っておきたいところではあるが、ジョナサンの許可なしではそれすら出来ない。喋る手錠ほど厄介な代物もないだろう。
『エイレーネ・システムの試用期間は半年! いいデータが集まるのをメイベルさんも期待してたぞ。ちなみにGPSも付いてるから、お前がどこにいるかもよくわかる。いつもみたいに電源を切って逃げられると思うなよ』
研究所から署に戻ったあと、ジョナサンが面白がるように釘を差してきたのがよぎる。……まったく、人をオモチャにしやがって。
こんな癇に障るガラクタとは一日でも無理なのに半年、共に過ごさなければならない。気が遠くなりそうでまたスカイは深くため息をついた。
「……もう業務時間、過ぎてるわよ。さっさとライオス署に帰って退勤しなさい。無駄な残業手当も市民の血税でしょ」
「うるさいな。わざわざスヌーズどうも、アレクサ」
「誰がアレクサよ、給料泥棒」
また話しかけてくるエイレーネに苛立ちながらも、スカイは踵を返す。特に今日の街の様子も変わっていない。学校や仕事帰りの人々が、くすんだ夕焼けに染まり始めた大通りに増え始めていた。そろそろ帰宅ラッシュのピークがやってくるだろう。その人たちが今日と変わらない明日を迎えられるならそれでいい。
『強盗事件発生! 犯人は複数、全員銃を所持し車でアテナ通りを南下中! 応援を求む!』
耳に差し込んでいたイヤホンに通信部からの入電。スカイは手に着けているグローブに内蔵された映像端末から、ホログラムの地図画像を映し出す。対象の車らしいGPS反応が、すごい勢いで南下していた。
帰宅ラッシュが始まる時間帯。このままでは犯人たちの車が事故を起こしかねない。銃を持って自棄な行動を起こさないとも言えない。アテナ通りなら、急げば駆けつけられそうだ。上手く言えば車の進路方向に先回りできるかもしれない。
「……ったく、最悪なタイミングで強盗なんて起こしやがって!」
スカイはすぐさま走り出そうとした。
「待ちなさい」
「がッ……!?」
だが足を踏み出した途端、腕の辺りから電撃を受けたような衝撃を受けて、そのまま地面に倒れ込んでしまう。とっさに受け身を取ったので怪我はないが、全身が痺れてすぐには立ち上がれなそうだった。
「てめぇ、ぽんこつ……ッ。何しやがった……!」
「鎮圧用のスタンガンを、出力を絞って内側から起動したの。便利でしょ? 少し経ったら動けるようになるから安心しなさい、エヴァンス捜査官」
「ふざけんな……ッ。死傷者が出たらどうするんだ……ッ」
「……ふざけてるのはあなたよ。マーティン・リッグスにでもなったつもり? 警察組織のお荷物になっているのがまだ理解できないのかしら?」
「なんだって……?」
スカイをその場に留めさせた本人のエイレーネは、口もないのに大げさなため息を音をスピーカーから流してみせた。
「私にあなたがあてがわれたのも、お目付け役として余計な茶々を入れないようにするためでしょう。今だって人手は充分に現場に揃っているわ。あなたは最初からお呼ばれされていないのよ、エヴァンス捜査官」
「お前……ッ」
腹の内側が煮えくり返るような感覚に、スカイは突っ伏したまま両手を握りしめる。苛立ちはある。だが同時に、どこかエイレーネの無機質な言葉はボディーブローのようにじわじわとスカイの心に響いてきた。
「自分がヒーローなんかじゃないこと、たっぷりこの半年で思い知らせてあげる。さ、自分のホームに帰りなさい。それともわかるまでこのまま倒れているつもり?」
まるで全てお見通しだと言わんばかりに鼻にかけた彼女の言葉に、スカイは唇を噛み締めることしか出来なかった。




