第9話 余熱
美奈の家に上がるのは一週間ぶりくらいだろうか。
美奈の部屋へ案内される。
どうにも落ち着かずそわそわしている。
美奈は部屋に入ると袋からゲームセンターで手に入れた大きなぬいぐるみを取り出すとベッドに置いた。
「今日からこのぬいぐるみと一緒に寝るの」
嬉しそうにぬいぐるみを撫でながらそう言った。
その言葉になんだかむず痒さを感じる。
「ねぇ……こっち来てよ」
ベッドをトントンと叩きながらこちらへ来るように促される。
流されるがままに美奈の横に座り込む。
座ると同時に美奈が手に指を絡めてきた。
心臓が跳ね咄嗟に距離を置こうとすると腕を掴まれ引き寄せられる。
「離れないでよ」
少し不満気な声でそう言った。
「わたしとくっつくのは嫌?」
こちらを見上げながら上目遣いで見つめてくる。
その姿がとても可愛らしくて心臓の鼓動が早まっていく。
「……嫌じゃない。嬉しい」
考えて言葉を発する余裕なんてなくて勝手に零れ出ていく。
自然と手が伸びて美奈の頬に手が触れる。
「この前、綾香が言ってたこと覚えてる?」
それは夏休み最後の学校の日に凛の家で聞かれたことだ。
あのとき、私も美奈も綾香の質問には答えなかった。
だから今確かめたい。
「……覚えてるよ」
親指で唇を優しくなぞる。柔らかくて少し湿っている。
「美奈はしたいの?」
目を合わせたくないのか美奈は視線を逸らす。
耳から顔にかけて真っ赤に染まっており触れている手から熱を感じる。
逸らしていた目線をこちらに向けると腕を首の後ろに回してきて体ごと密着してきた。
体がくっついて美奈の肌の感触をはっきりと感じる。
柔らかくて温かい。
顔は今にも鼻先が触れ合いそうなくらい近い。
息が肌に触れて心臓が跳ねる。
今にも何かが爆発しそうだ。
赤く染まった顔は艶やかで自分の中のよくない欲望を引き出されそうになる。
「本当はもっと……二人きりじゃなくてもこうしていたいよ。もっと一緒にいたいし離れたくない」
顔を思いっきり逸らす。
多分私今すごく気持ち悪い顔だから。
その行動を見た美奈が眉を顰める。
顔を私の首筋に近づけると舌で首筋を舐められた。
「ひゃっ……」
自分でも出したこと声が飛び出た。
胸の奥で何かが爆ぜた。
美奈の方を見ると驚いたような顔をしてこっちを見ている。少し口角が上がってにやけているようにも見える。
動かない美奈へと手を胸に手を重ねる。
柔らかな感触が手に伝わってくる。
指を少し動かすと美奈に腕を掴まれて止められる。
「……えっち」
怒っているような表情でそういうが圧は全く感じられない。むしろ可愛いとすら思う。
「美奈だって私の胸揉んできたじゃん。しかも直接」
少し美奈の腕の力が弱まった。
「仕返しだから」
顔を美奈の耳へ近づけキスをする。
美奈の体が大きく跳ねた。
耳を舐めながら胸に触れた手を動かすとさらに体が反応する。
もっと見たい。美奈のいろんな姿を。欲望に身を任せ今度は首筋にキスをする。
「ユイ……ちゃん……」
甘い声で名前を呼ばれて体が大きく跳ねる。吐息が耳に当たってくすぐったい。
さっきお返しに美奈の首筋に舌で触れる。
美奈に顔を押されて引き離される。
「……ダメなの?」
「……ダメじゃない……けど……」
恥ずかしいから。ということだろうか。
それでもやめるつもりはない。
美奈の制止を押し切って首筋に噛みつく。
「いたッ……」
口を離すと綺麗な歯形が白い肌に付いている。
美奈は少し涙目になっている。
噛んだのはこれが初めてというわけではない。
でも今までにない高揚感が体を満たしている。
手を伸ばしてブラウスのボタンに触れる。
さっきよりも強めの力で腕を掴まれる。
「……脱がしちゃダメ?」
「……だってユイちゃんはTシャツなんだもん……」
あの時はお互いにブラウスを着ていたのに対して今日は美奈はブラウスで私はTシャツだ。
美奈は自分だけ脱がされるのは不公平と言いたいのだろうか。
私はTシャツに指をかけるとそのままベッドに脱ぎ捨てた。
「これでいい?」
「……そんなにわたしのこと脱がしたいの?」
「したい」
「……ユイちゃんって結構ヘンタイだよね」
「美奈だって人のこと言えないよね」
そう言いながら美奈の首筋にキスをし強く吸う。
何度か肩を押されるが無視してキスを続ける。
強めに体を押されて私は美奈から体を離した。
俯いたまま私がキスをした場所を手で撫でる。
「こうやって隠せない位置に痕つけてきたじゃん」
「あのときは……その……」
上手く言葉が出なくて言い淀んでいる美奈の耳元に顔を近づける。
「コーフンしてたんでしょ?」
「ちがっ……」
「ちがうの?」
「……ちがくない…………」
否定できず目を逸らしながらそう言った。
今の恥ずかしがっている美奈の姿も可愛くて良いけどあの時の様子が強く自分の記憶に残っている。
もう一度見たい。
ブラウスの一番上のボタンに手をかけ外す。
美奈は抵抗しなかった。
順番に一つ一つ丁寧に外していく。その間、美奈は顔を俯かせたまま動かなかった。
「顔、上げてよ」
「…………………………」
言葉に反応して体が少し動くが顔をこちらに見せてはくれない。
顎に手をかけて顔をこちらに向かせる。
美奈の恍惚とした表情と深紅に染まった瞳に目を奪われる。
親指で唇に触れる。柔らかな感触がして少し湿っている。
唇に触れてふと思った。体に痕を付けたり胸を揉んだりする前にやるべきことがあったんじゃないかと。順序がおかしいのはわかってるけど今したい。
そう思って私は自分の唇と美奈の唇を重ねる。
目を見開いて驚いた美奈が離れようとしたから頭を手で押さえて離れられないようにする。
ちゃんとキスをするのはこれが初めて。
手で触れたときはまた違った柔らかい感触が気持ちいい。
耳から入ってくる心臓の音だけで世界からそれ以外の全ての音が失われたんじゃないかとすら思う。
もっと欲しい。
爆発した欲望は今以上のものを求めている。
重なる唇を越えて自分の舌が美奈の舌に触れる。
美奈の体が大きく跳ねる。気にせず舌を絡ませていく。
舌が絡まる度に思考が曖昧になっていく。
力が入ってそのままベッドに倒れ込む。
さらに何度か舌を絡ませたところで美奈に強めに肩を叩かれ唇を離した。
「ハァ……ハァ……」
顔を赤くし、呼吸が荒くしながらベッドに倒れる美奈の姿に心臓の鼓動が早まる。
なんだか今までと違う気がする。何か違和感がある。
こうやって美奈のいつもと違う顔が見れるのは嬉しい。
それなのに何か物足りないように思う。
美奈の右手に指を絡めてこちらに引き寄せる。美奈の手に自分の胸が包まれた。
美奈が手を引き離そうとしてくるのを押さえる。
「……どうして何もしてこないの?」
「え?」
自分が何を求めているのか何となくわかったような気がした。
「もっとくっついていたいって言ったのは美奈の方じゃん」
右手を伸ばして美奈の左手に触れる。
「あの時みたいに美奈の方からしてよ」
こうやって私から触れていくのも気持ちよくてそのまま流れに身を任せてしまうのもいいと思う。
でも、私はもっと美奈の方から触れてきて欲しい。
あの時の美奈の表情や顔が鮮明に浮かんできて頭から離れない。
私は美奈から触れてきてくれることを期待している。それがわかって心がスッキリした。
美奈の手をこちらへ引き寄せる。
「ダメ……」
引き寄せた手が首に触れそうになったところで手をはじかれる。
思っていたよりも本気で拒否されて面食らう。
胸の奥に刺さるような痛みを感じた。
「……どうして?」
おそるおそる質問を投げかける。
「……怖いの。またユイちゃんに酷いことしちゃいそうで」
それが私の首を絞めてきたことを言ってるのだとすぐにわかった。
でも、美奈があの時のことをそこまで気にしているとは思わなかった。
「私は気にしてないから大丈夫だよ」
「あの時のわたし……本気で殺そうとしてた」
なんとなくそうだろうとは思っていた。
でも、改めて美奈の口からそう告げられてもショックや悲しいという負の感情は湧いてこない。
「わたしはユイちゃんのこと……殺したくない。だから、またあんなことになるのが怖いの……」
声を震わせながら言葉を紡ぐ。
美奈はこう言ってるがもし私が殺されそうになっても相手が美奈なら受け入れてしまうような気がする。
自分でもどうかしていると思う。
きっと私は彼女の沼に浸かってしまい抜け出せなくなってしまっているということだろう。
美奈の気持ちを尊重したい。
でも、それと同時にやっぱり触れてきて欲しいと思ってしまう。
「……じゃあ、キスしてよ」
考えた末、私は答えを出した。
「キスくらいならあの時と同じようなことにはならないと思うし……いいでしょ?」
しばらく動かなかった美奈が静かに頷いた。
腕を引っ張って美奈の体を起こす。座ってお互い向き合った状態になる。
改まるとなんだか体がむず痒くなってきて顔が熱くなる。
「ねぇ……早くしてよ……」
ずっと見つめあってると目を逸らしたくなってくる。なんだか妙にかしこまった感じになってるし早くして欲しい。
「目……瞑って」
見られたくないということだろうか。言われた通り目を瞑る。
「絶対に目……開けないで」
十秒くらい経っても一向にキスをしてこない。いつキスをされるのかわからなくてソワソワしてきた。
「ねぇ……」
声をかけようとしたタイミングで唇に柔らかな感触のするものでふさがれる。
構えていない時にきて思わず体が大きく跳ねる。心臓の鼓動以外の音が聞こえない。
舌を入れてはこないけどしばらくの間、唇を重ねていた。
美奈の方からこうしてキスをされるのは初めてで、色々と順序がおかしいと思うけど今は全ての思考を放棄してただ重なった唇を感触を感じることにする。
どれくらい時間が経ったのかわからないが、美奈が唇を離した。
「目開けていいよ」
目を開けると顔を赤くして目線が右往左往している美奈の姿があった。
「えっと……どうだった?」
「どうって?」
「その……キスするの初めてだったから……」
それはキスが気持ちよかったかということだろうか。普通そんなこと聞くのかな?という疑問は浮かんだがどう答えるべきか。素直に気持ちよかったとは恥ずかしくて言える気がしない。かといって他に伝え方なんて思いつかない。
「もしかして……ダメだった?」
中々答えられず美奈が不安そうな声をあげる。
これ以上悩んでも仕方ないと思い勢いに任せて顔を美奈の耳元に近づける。
「良かったからまた……して?」
飛び跳ねるように美奈が私から離れる。
「……うん」
小さな声でそう呟いた。美奈の反応に釣られてこっちまで恥ずかしくなってきた。
「……とりあえず服着よっか」
私はベッドに放っておかれていたシャツを手に取って着る。美奈は外されたブラウスのボタンを着けなおす。
ベッドから降りて、床に置いてある荷物を手に取る。
「……そろそろ帰るね」
「待って」
美奈に腕を掴まれる。
「もう少しだけ……一緒にいて」
やっぱり私は美奈には甘い。
二人で横並びになって壁を背にベッドへ座り込む。
美奈が手を伸ばしてこちらの手に触れる。
「私に酷いことしそうで怖いって言ってたのにそっちから触ってくるよね」
「怖いけど……触れていたいのは本当だから……。それにこれくらいなら大丈夫……だと思う」
「何が原因でああなっちゃうんだろうね」
美奈の方を見ると顔を腕で隠して俯いてしまってる。
あの時の記憶を思い返してみる。美奈に私のブラウスのボタンを外されて胸を揉まれて……。頬にキスされたし、耳や首を噛まれもした。思えばあの時の美奈はやけに積極的だったように思う。
私が美奈のことを誘って教室で色々しようとしたけど諦めて帰ることになったけど美奈に誘われて家で続きをすることになったんだっけ。ここで一つ可能性が思い浮かんだ。
「……美奈って私に興奮して殺そうとしたの?」
握っていた手が大きく震える。腕の隙間から見える肌は真っ赤に染まっている。どうやら当たりだったようだ。
「……あの時はユイちゃんに触れるのが楽しくて……気持ちよくて……それで段々と自分でも何をやってるのかわからなくなっちゃって……」
「前にも言ったけど私は殺されそうになったことは気にしてないよ」
殺されそうになったことを気にしてないっていうのは自分でもおかしいと思う。でも実際その通りで私は殺されかけたことによる恐怖よりも美奈のことが好きな気持ちの方が強くてこうして一緒にいるのだ。
「……夏休み、学校がないから会う頻度減っちゃうしさ……毎日会いに来てもいい?」
「いいの?」
「私も美奈に会いたいから」
「ありがとう……嬉しい」
そう言いながら笑顔を浮かべた美奈を見て胸の奥に温かさを感じる。
「それじゃあそろそろ帰るよ」
「わかった」
そう言ってベッドから立ち上がると二人で玄関へと向かう。
「あ、待って」
扉に手をかけたところで止められる。
振り返るとこちらに美奈が駆け寄ってくる。
目の前で立ち止まるとこちらをじっと見つめてくる。
「なに?」
急に顔を近づけてきたかと思うと唇にキスをされた。短めのキスですぐに唇は離れる。
「じゃあね」
少し顔を赤くしながら手を振る美奈に同じように手を振りながらドアを開け外に出る。
顔を手で覆う。手で触れると顔は熱を帯びていて熱い。
心臓の鼓動がうるさくて、美奈に聞こえてしまうんじゃないと思う。
「不意打ちはズルでしょ……」
胸の奥の熱を噛みしめながら私は家へと帰る。
この熱はしばらく忘れられそうになかった。




