第10話 綾香
最初に話しかけた理由は単なる好奇心からだった。友達はいるが残念ながらクラスが別になってしまったため教室にはよく話す相手がいなかった。目撃者は私だけだし話すきっかけとしては都合が良いと思った。
誰もいない教室で二人だけ。
一人は上半身裸で肩から血を流していてもう一人と今にも唇が触れ合いそうな距離でいた。
色んな意味で事件性のありすぎる現場に遭遇してしまった。
次の日、血を流していた本人に聞いてみたところ別に事件性とかないらしい。
つまり血を流してたのは彼女……美奈が原因ということになる。
正直そんなことをするようには思えないから何か裏があるのではないかと思ってしまう。
しかもびっくりなのがそんなことをやったときは二人は付き合ってる関係とかでもなかったっぽいっていう。
あまりにも段階すっ飛ばしてるような気がするけど今の二人は付き合ってるっぽいからまあ、いいか。
好奇心から始まったわけだが結果的に凛や鈴ともよく遊ぶ間柄になれたし結果的に良い方向に行ったから良しとしよう。
「綾香?ボーっとしてどうしたの?」
顔を上げると超至近距離に凛の顔があった。
「ちっか。なんでもないよ」
手で凛の顔を押して歩き出す。視線の先にいる結、美奈、鈴のところへ駆け寄る。
今日は五人で遊園地に来ている。
ふと思ったけどこのグループ、私だけ浮いてる。
結と美奈は付き合ってるし凛と鈴は……どう言い表せばいいものか。付き合ってるわけではないがずっと一緒にいる関係だ。
傍から見れば仲良し五人グループだが状況的にはカップルのダブルデートに巻き込まれる共通の友人って感じだ。
文句があるわけではない。ただ若干浮いてる自分の現状に何とも言えない気分になっているだけだ。
「次どこ行く?」
「アレがいい」
凛の質問に対して鈴がコーヒーカップを指さしながら言った。
「おっけーじゃあ、そっち二人ね」
凛によってコーヒーカップは結と美奈、そして私たち三人に分かれて乗ることとなった。
列に並び少しして私たちの乗る番がきた。
「凛って二人の関係を知ってるの?」
コーヒーカップに乗りながら凛に質問を投げかける。結と美奈は少し離れたところに乗ってるから会話は聞こえていないだろう。
「付き合い長いから知ってるよ。いつも一緒にいて仲良いよね」
あ、別に察してるとかではないのか。まあ、あの二人の様子見るとわざわざ自分から報告するようには見えない。
「夏休み前に喧嘩してたっぽいけど仲直りしたみたいで安心したよ」
「あの二人ってカップルみたい」
「え」
急に鈴が核心を突くような言葉にドキッとする。鈴は結構鋭いな。
「よくくっついてるし」
「それあんたが言うのか」
思わず鈴の言葉にツッコミを入れてしまう。
「え?わたしそんなに凜にくっついてるかな?」
「付き合ってるって言われたら納得するくらいには」
「へぇ〜。凛はどう思う?」
「意識したことない」
つまり凛は鈴がくっついてくることをあたり前のことだと思っていてそもそも意識したことがないと。
「なにこれ惚気?」
自分で聞いといてなんだが。
この二人、あまりにも自然すぎて最早誰もツッコまないのだろう。
「あ、そろそろ始まるよ」
遊園地スタッフの声が聞こえるとともにコーヒーカップが動き出した。
「よし、回しまくろう」
「壊れるくらい回しちゃおう」
「え、私はそんなに――」
反対するには既に遅く二人は全力で回し始めた。
「綾香もしっかり回して」
鈴に言われて私も必死こいてハンドルを回す羽目になった。
「生きてるかい?」
ベンチに死んだように座り込んでいると両手にジュースを持った結が現れた。片方のジュースをこちらへ差し出してきたのでそれを受け取る。
さっきのコーヒーカップで体力を使いすぎて疲れたので私はベンチで休憩している。
一方あの二人はというと既に美奈と一緒にメリーゴーランドに乗るために並んでいる。元気いっぱいすぎる。
「美奈と一緒に乗らなくていいの?」
「写真撮りたいから」
「なるほど」
メリーゴーランドが動き出してしばらくすると美奈の姿が見えて結が手を振る。それに気づいた美奈は笑みを浮かべながらこちらを向く。それと同時にカメラのシャッター音が鳴る。
「かわいいでしょ」
「彼女自慢?」
「そうだけど」
少し前まで付き合ってるかどうか指摘したら恥ずかしがって黙ってたくせにすっかりバカップル状態だ。
「まぁ、確かに可愛いけど」
特に否定する要素はない。実際美奈は顔が整っていて可愛いと思う。
そんなことを話していると今度は凛と鈴が回ってきた。せっかくだし写真を撮るかと思いスマホを取り出す。
「こっち向いてー」
声に反応して凛と鈴がこちらを向いてそのタイミングでスマホのシャッターボタンを押す。
「そういえば二人には付き合ってること言わないの?」
「うーん……じゃあ今言う?」
「そんな軽いノリで決めていいの?」
「あの二人なら言っても特に問題ないと思うし」
しばらくして三人が戻ってきた。
「写真どんな感じ?」
「ちょっと待って」
凛から写真を見せてと言われたのでアプリを起動しさっき撮った写真を見せる。
「いい感じじゃん」
横を見ると結が美奈と鈴に撮った写真を見せているところだった。どうやら鈴は自分の写真にはあまり興味がないらしい。
「どう?かわいいでしょ?」
「おぉ。これは確かに良い感じに撮れてる」
「人に写真じっくり見られるのちょっと恥ずかしいんだけど……」
美奈は少しもじもじしながら二人の様子を横で見ていた。
「そういえば二人って夏休み前になんかあったっぽいけど――」
「え?ああ、付き合い始めたの」
「ふーん」
「え?」
本当にサラッと二人に事実を告げた。鈴はそこまで驚いて無さそうだが横にいる凛は口が半開きになっている。一方の美奈は顔を赤くして少し俯いている。本当にあの場で決めて元から言うつもりではなかったようだ。
凛が顔を赤くしている美奈に近づく。
「本当に付き合ってるの?」
凛の質問に対して目を逸らし、長い黒髪を指でいじりながら小さく頷いた。
「はえー。おめでとう」
「……どうも」
「聞いた本人はそんな驚いてなさそうだけど」
そう言いながら凛が鈴に視線を向ける。
「二人の様子見てればなんとなくわかると思うけど」
「私の察しが悪いみたいじゃん」
「そうだね」
「おい」
「あと、綾香は前から知ってたのかな?」
「え」
急に話を振られて言葉に詰まる。
「全然驚いてる様子ないからさ」
「う、うん。夏休み前には知ってたけど」
「そうなんだ。じゃあ次どこ行こうか」
「あ、この話終わり?」
「まだ続けるの?」
「じゃあちょっと二人に質問していい?」
そう言って凜が結と美奈の方を向く。
「どっちが告白したの?」
「私だけど」
結が手を挙げる。
「へぇ~。イメージ通り。話変わるけど綾香はなんで知ってたの?」
「え?」
どう答えるべきか。流石にあのことを言うわけにもいかないし。
「えっと……見た……」
「え?告白してるとこ見ちゃったんだ」
「まあ~うん、そう」
実際は違うけど。一応誤魔化せたしこれでいいか。
「次、お化け屋敷行こうよ。ペアはじゃんけんで」
「この流れでその決め方する?」
鈴の言葉に凛がツッコミを入れる。
「私はそれでもいいけど」
「わたしも」
「二人が言ってるからいいでしょ」
「まあそれなら」
そうしてじゃんけんでペアを決めることになった。
「それじゃあ行こうか」
「うん」
私は美奈と一緒にお化け屋敷の中へと足を踏み入れた。
じゃんけんの結果、私と美奈、結と鈴、そして一人になった凛という分け方になった。
「結と一緒じゃなくてよかったの?」
「え?うん」
「そう。てっきり二人ってもっと依存した関係だと思ってた」
美奈の顔を見ると少し怯えたような顔をしている。
「ホラー苦手?」
「あまり得意じゃないかな……」
「私も得意じゃないけど……まあ大丈夫でしょ。行こ」
そう言って美奈の手を引っ張って先に進む。
この遊園地のお化け屋敷は怖いと評判だっただけあって二人で怯えながら進むことになった。
「キャーーーーーー!!!!!!」
私たちの後ろから甲高い声が響いてきた。
「後ろにいるのって……」
「凛ちゃんだね……」
凛の悲鳴が一周回って私たちの気持ちを少し落ち着かせてくれた。そのおかげもあってかその後は比較的スムーズに先に進むことができ、出口までたどり着くことができた。
「凜ちゃん大丈夫かな……」
「結と鈴はホラー苦手じゃなさそうだしなんとかしてくれるでしょ」
お化け屋敷を出た私と美奈は近くにあったベンチに腰を掛ける。
しばらく無言の間が続いた。
「あのさ……なんで学校であんなことしてたの?」
個人間の関係に首を突っ込むべきではない。それは理解していても気になってしまう。二人の関係について。
「……綾香ちゃんはさ……あの状況を見て何をしていると思ったの?」
「何をって……」
言われてみると確かにあの一場面だけ見ると何をしていたかはっきりとはわからない。そこは自分の予想で補うしかない。
「美奈が結の服を脱がせて怪我をさせた……とか?」
正直自分で言っていてもおかしいことだとは思う。結と美奈はお互いのことが好きで今では付き合っている関係だ。それなのに好きな相手が血を流すほど傷つけるなんてことがあるのだろうか。
「……間違ってはない……よ」
「え?」
唖然とする。まさか本当に美奈が結に血が出るくらい怪我をさせていたとは。
「私がユイちゃんに言われてやったこと……だから」
ますます意味がわからない。つまり結は美奈に自分から傷を付けて欲しいとお願いしたということになる。
「えっと……結はドМとかそういうやつ……?」
「ち、違う違う!そういう理由でやったわけじゃないよ」
「じゃあどうしてやったの?」
美奈が目を逸らし俯く。
さっきの言い回し的に美奈も結の意図を理解したうえでその行為におよんでいる。つまりあんなことをするのにはそれなりの理由があるということだろう。
「……ごめんなさい、それは言えないの」
はっきりと拒否されてしまった。これ以上のことを聞き出すことは難しいだろう。それにこれ以上首を突っ込めば二人との関係が崩れるかもしれない。それは嫌なので避けたい。
「わかったよ。これ以上は聞かない。話してくれてありがとうね」
「うん」
二人の関係についてより謎が深まっただけなようにも思うがもう気にしないことにしよう。二人は今付き合っている。それだけで十分だろう。
視線を美奈から外し前方を見ると、見覚えのある三人がこちらに向かって歩いてきていた。
「最後に聞いてもいい?」
「いいけど」
「結のこと、好き?」
「うん、好きだよ」
少し照れくさそうに美奈が答えた。
「やっぱ中学卒業したあともずっと一緒にいたい?」
「……うん……そうだね」
美奈の表情に少しだけ陰りが見えたような気がした。でも、これ以上は踏み込むべきではないしもしかしたらこれからより仲を深めていけば向こうから話してくれるかもしれない。
今は現状を受け入れておこう。
「それじゃあそろそろ締めに入ろうか」
そう言いながら凛に連れられて着いた場所はこの遊園地で一番大きな観覧車だった。気づけば時間は既に五時を回っていた。
今の季節は日が落ちるのが遅いのもあってまだ明るいが五時の鐘の音が一日の終わりが近づいていることを告げている。
「観覧車って何人乗りなの?」
「確か六人だったはず」
私の質問に凜が軽く答える。
「じゃあじゃんけんは必要なさそうだね」
「観覧車一人で乗るとか絶対嫌だからね」
「じゃあ今からじゃんけんで組み合わせ決める?」
「私と綾香の話聞いてた?」
会話に入ってきた鈴に凜がツッコミを入れる。
「ホント二人とも仲良いね」
「付き合い長いからね。鈴の扱いには慣れてるよ」
自然と零れた言葉に凛が言葉を返す。
凛と鈴。結と美奈。二組を言い表す言葉は違うけど気を許して何でも話せるような関係が少し羨ましいと思った。仲の良い友達はいるけど違うクラスになったことで会う頻度や話す頻度は自然と減ってしまった。
でも、この人たちは違うクラスになっても学校が終わったら真っ先に会いに行って毎日一緒に帰ってると思う。
「そろそろ来るよ」
凛の言葉に思考が中断される。ゴンドラが目の前に来てスタッフが扉を開けると順番に乗り込んでいく。ゴンドラは私たちが乗ろうとしているときも止まることなくゆっくりと動き続けている。
全員が乗り込み扉が閉まるころ、ゴンドラが地面からどんどん離れていく。
「高いね」
「うん」
美奈の呟きに結が頷く。
「今日は楽しかったしまたみんなで来よ。まだ行けてない場所結構あるし」
凛の言葉にみんなが賛同する。
その後、観覧車からの眺めを楽しみながら他愛のない雑談を楽しんだ。
「じゃあ次はプールで」
「またね」
帰路に着き結と美奈と別れて三人で歩く。凛と鈴とは途中まで一緒に歩くことになる。
「じゃあ私はこっちだから」
「うんまたね」
「ばいばい」
凛と鈴に別れを告げて家まで歩く。
あの二組の関係は羨ましいと思う。それでも私はあの四人とこれからも一緒にいたいとそう思える一日だった。
爽やかな気分で歩く暗くなった道で、周囲から聞こえる虫のさざめきが心地良かった。




