表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/16

第8話 熱帯

 ただ待っているだけなのに心が全く落ち着かない。

 スマホを取り出してそれを鏡代わりにしながら髪の毛を整える。

 肩を軽く叩かれて勢いよく振り返る。


「ごめん。待った?」


 目の前には白のブラウスに黒いスカートを身にまとった美奈の姿があった。

 普段学校では制服姿で生活しているからこうして休みの日に会う約束をしないと私服を見る機会は中々ない。


「じっと見られると恥ずかしいんだけど」

「ごめん。私服姿が可愛いなって」


 自然と言葉が零れ出た。

 言葉が空気に溶けた瞬間、頬に熱が集まっていくのがわかった。こんなに素直に言うなんて、自分でも信じられない。


「……ユイちゃんも可愛いよ」

「……ありがとう」


 私の服装はグレーのTシャツにワイドデニムといった服装だ。

 こんなやり取りをしているがここは駅の前だ。こんな人の多い場所で何をしてるんだと我に返る。

 美奈に手を差し出す。今日は私の方から手を繋ぐことを促す。

 せっかくの二人きりのデートなのだからこういうことをしてもいいだろう。それに仮に知り合いと出会ったとしても私と美奈であれば特に何かを言われることもないだろう。


「じゃあ、行こうか」

「うん」


 差し出した手に美奈の手が重なる。そしてそのまま歩き出した。


 電車の中は平日ということもあって、そこまで混んではいなかった。静かな電車の中で隣り合って座る。

 電車に揺られながら目的地へと向かう。

 普段、あまり利用することがないからこうして2人で電車に乗るというのは新鮮だった。

 電車の揺れに合わせるように美奈がこちらに体を傾けてきた。

 腕が触れ合い美奈の熱と重さが腕から伝わってくる。

 自然と美奈の匂いもしてきた。

 香水とかは使ってないだろう。それでも彼女の匂いは私の心に心地良いものを感じさせてくれる。

 何か話をしても良かったかなと思う。

 でもこの静かな空間でただ体を触れ合わせているだけだった時間は私の胸の奥に心地良い熱をもたらしてくれた。


 電車に三十分ほど揺られ目的の駅に着いた。

 駅から出るとそこには私たちが普段暮らしている街とは随分と様相の違う世界が広がっていた。建物は一つ一つが大きく色んな店の看板や広告が大きく貼られている。

 人の数も多く電車の中とは打って変わって騒がしい雰囲気だ。


「ここ来るの何回目だっけ。三回目かな?」

「そうだっけ。来た記憶ないけど」

「小学校のとき来たことあるじゃん」

「あ、えっと……そうだったね。忘れてた」


 美奈は結構昔のことを覚えてる印象があったから忘れてるのは珍しい。

 いつまでもこんな暑い場所で立ち話はしていられないということで早々に移動することにした。

 駅から十五分ほど歩いて水族館にやってきた。


「美奈は何見たい?」


 入り口で受け取ったパンフレットを見ながら聞く。


「うーん……クラゲ見たい。あ、イルカのショーあるじゃん」

「見たい?」

「うん」

「じゃあ行こっか。結構濡れるらしいからポンチョ買った方いいらしい」

「へえー」


 とりあえずイルカのショーを見ることにした。

 結果として想像以上にずぶ濡れになって驚いた。イルカが飛ぶ姿を間近で見るのは初めてだがまさかここまでとは。


「イルカすごかったね」

「ポンチョ着てても服結構濡れたね」

「見て回る間に乾くと思うし次行こ」


 そう言って美奈に引っ張られ他の生き物も見ていった。

 天井がガラス張りの通路を歩いていると不思議な感覚になる。壁も床も一面真っ青で上を見上げれば自由に泳ぐ魚たちが目に入る。まるで自分が海の中を歩いているかのようだ。

 一際大きな水槽のエリアに着くと、そこには沢山の小さな魚と数匹の大きな魚が泳いでいる姿があった。

 美奈の方に視線を向けると目を輝かせながら魚たちを見ている。

 その横顔が可愛くて視線を外すことが中々できない。


「ユイちゃん?」


 視線に気づかれたのか声をかけられて体が少し跳ねる。


「なんでもないよ」


 適当な返しをして水槽に再び目を向ける。

 本当ならもっと美奈を見ていたい。

 普段は見ることのできない私服姿だからしっかり目に焼き付けておきたい。


 次は何を見ようかと一緒に歩きまわる。

 もう歩くときは自然と手を繋ぐようになってしまっている。

 私は繋げて嬉しいけど美奈はどう思っているのか少し気になる。


 次にやってきたのはアザラシがいるエリアだ。

 可愛いと人気のアザラシをこうして泳いでる姿を見て、確かに納得する。


「可愛いね」

「うん。可愛い」


 次はペンギンのいるエリアにやってきた。列を作って歩いてるペンギンの姿はとても可愛らしい。


「……ペンギンのぬいぐるみ買おうかな」

「ユイちゃんが買うならわたしも買おうかな」


 


 そして、美奈が最初に見たいと言っていたクラゲのいるエリアにやってきた。

 他のエリアと比べて暗い雰囲気になっており、水槽だけがライトアップされていてその中を泳ぐクラゲはとても幻想的な姿をしていて引き込まれる。


「きれい……」


 美奈が小さく呟きながらじっとクラゲの姿を見ている。

 もうすぐこの時間が終わってしまうと考えると心が深く沈んでいく。

 まだ終わってほしくない。

 もっと美奈といっしょにいたい。

 心の中でそう願ったがクラゲの前でやっても意味のないことだ。

 水槽の中、クラゲが光を透かしながら上へ上へと昇っていく。

 その柔らかな動きに引き寄せられていく。

 気づけば手を伸ばしていた。

 触れられないとわかっていても、離れていく何かを掴もうとするように。


 出口が近づいてきた。この楽しい時間が終わろうとしている。


「あ、出る前にぬいぐるみ買わないと」

「そうじゃん。すっかり忘れてた」


 先ほど一緒にペンギンのぬいぐるみを買おうという話をしていたのにそれを忘れて水族館を出てしまうところだった。


「大きいのだと持って帰るの大変だしこれくらいでどう?」


 大きさとしては下から二番目くらいのサイズのペンギンを選んだ。


「うん。これにしよ。あとこれも買おうよ」


 そう言って見せてきたのは二つで一組のストラップだった。2人で分けて一緒に付けようということだろう。


「いいよ。それにしても何の生き物なの?これ」

「ウミウシらしいよ」

「ウミウシ……」


 生き物のチョイスが謎ではあるがストラップ自体は可愛いからまあいいか。


 買い物を済ませて水族館を出る。水族館の中は比較的涼しかったが外に出れば再び灼熱の世界だ。


「ねぇ、まだ時間あるしどこかでご飯食べない?」


 美奈にそう言われて時計を確認すると大体三時くらいだ。少しお腹はすいているがガッツリ食べるには微妙な時間帯だ。地図をみるとそう遠くない位置にカフェがあるようだ。


「近くにカフェがあるっぽいからそこ行こ」

「わかった」


 カフェは木づくりでとても静かな雰囲気だった。人も比較的少なかったので座る場所は自由らしく壁際の席に座った。

 

「ユイちゃんは何にする?」

「うーん……時間的に軽食にしたいからホットサンドと……アイスカフェオレにしようかな」

「わたし違うホットサンド頼むから分け合お」

「わかった」


 私はピザチーズのホットサンドとアイスカフェオレ、美奈は明太マヨのホットサンドと抹茶ラテを頼んだ。

 注文した品がテーブルに運ばれてきた。

 それぞれ食べ始める。ホットサンドを口に含む。


「美味しい」

「こっちも美味しいよ。食べる?」


 そう言ってホットサンドをこちらに差し出す。


「はい、あーん」


 これは美奈の持ってるホットサンドにかぶりつけということだろうか。少し躊躇いつつ一口食べる。


「美味しい?」

「美味しい。じゃあ今度は美奈の番ね」

「え?」


 予想していなかったのか美奈の動きが一瞬固まる。


「はい口開けて」


 差し出したホットサンドに少し顔を赤くしながらかぶりつく。

 別にホットサンドは2個あるのだからこんな分け合い方をする必要はないはずだ。


「美味しい?」

「美味しい」


 さっきと同じやり取りをする。

 正直する必要のないことなのだが私は少し胸が躍った。まるでカップルみたいだ。

 恥ずかしそうに口に含んだものを咀嚼している美奈を見る。

 普通に食事をする彼女を見てふと疑問が湧いた。


「そういえば美奈って普通の食べ物も食べるんだね」

「うん。食べないと死んじゃうし」

「普通の食べ物も……人も食べる必要があるの?」

「……うん」

「そっか……」


 普通の食べ物だけ食べて生きることはできないのだろうかと思ったがそれができるなら既にやっているだろう。

 美味しそうにホットサンドを食べる姿はどう見ても人間だ。

 体温だって感じるし、感情豊かなところも人間にしか見えない。

 容姿だってそうだ。

 長い黒髪に綺麗な瞳。身にまとう服。その全てが彼女は人間であると私の心が肯定する。

 ただ、人を無感情に殺す姿だけがそれらを否定してくる。

 私は美奈が目の前で人を殺そうとしてもきっと止めないだろう。

 それは彼女が生きるのに必要なことだから。

 殺したとしても殺された人はよく似た偽物に置き換わるだけ。

 世間には一切の変化が生じない。

 このまま誰にも知られなければ一緒に居続けられると思う。


「どうしたの?」

 

 美奈の瞳がまっすぐ私を覗く。


 「……なんでもない」


 一緒にいられるはずなのにどうしてか胸の奥がざわつく。


 カフェでの食事を終えて次はどこに行こうかという話になる。


「うーん……あとはショッピングモールで時間を潰すくらいかな」

「じゃあ早く行こ」


 美奈に手を引かれショッピングモールへと向かう。

 この街でも特に大きなショッピングモールなだけあって中はとても広々としている。

 今は夏休みの時期なのもあってか子供が多く騒々しい雰囲気であった。

 周りを見ながら歩いているとふとしたタイミングで美奈の足が止まる。

 視線の方向を見るとそこは水着が売られているコーナーだった。


「来週だよね。みんなとプール行くの」

「そうだね。ユイちゃんは水着買ってあるの?」

「まだ買ってないや。美奈は?」

「わたしもまだ」

「じゃあ今買う?」

「……ううん。今はいいや」


 胸の奥で棘でも刺さったような痛みを感じる。


「プールで最初に見たとき、ユイちゃんがどんな反応するか見たいから……ね?」


 普段とは少し違う悪戯っぽい笑みに心臓の鼓動が早まる。

 心の奥の痛みはすっかり消え去り熱だけが残る。

 自然と口元が緩んでいた。


「……じゃあ楽しみにしてる」

「ちゃんと可愛いの選んでくるから」

 

 美奈と一緒に水着を選びたいという気持ちはあったがそれは心のうちにしまっておく。

 むしろ今はどんな水着なのか自分の中の期待が膨らんでいく。

 美奈が当日まで楽しみにしていてというのなら楽しみにしていてというのなら待つしかないだろう。

 水着コーナーを後にして再び周りを見ながら歩き回る。

 本屋、靴屋、アクセサリー店やゲームショップなど、大きなショッピングモールなだけあって多種多様な店が並んでいる。

 

「あ、クレーンゲームのコーナーがあるよ」


 そう言って美奈はクレーンゲームの台に駆け寄っていく。


「そんな急がなくてもいいのに」

 

 無邪気な姿に小言を挟む。なんだか小さな子供を見守る親みたい。

 別に私は美奈の保護者じゃないんだけど。


「なんかおっきいぬいぐるみ取って帰りたいな」

「私クレーンゲーム上手くないよ」

「わたしも」

「じゃあどうするの?」


 美奈が眉間にしわを寄せながらうなる。


「むぅ……どうにかがんばる」


 これは結構な金が飛ぶことになりそうだ。

 美奈が選んだのは有名なモンスター集めゲームに出てくるモンスターの一体だ。形状は丸っこくて引っ掛かりが少ないから取るのは中々骨が折れそうだ。

 既に十回くらい挑戦しているが取れる気配は一向にない。


「だめだ~。全然取れないよ」


 音を上げた美奈がその場にしゃがみ込む。


「ユイちゃん助けて~」

「え~。私もそんなに自信ないんだけど」


 一応美奈にお願いされたから挑戦はしてみるが正直取れる気がしない。


 結局私も十回近くやってようやく取ることができた。


「はい、結構お金かかっちゃった」


 取れたぬいぐるみを美奈に手渡す。


「でもユイちゃんのおかげで取れたから。ありがとう」


 笑顔を浮かべた美奈の言葉に胸が高鳴る。



 

 ぬいぐるみゲットできて満足した私たちはショッピングモールをあとにした。

 そのまま駅に向かい電車に乗って家の最寄り駅へと向かった。


 「今日は楽しかったね」


 そんなことを言いながら美奈がこちらに体を寄せてくる。

 何度こうして体を触れ合わせても慣れる気がない。


「うん」

「今度は映画館とか行ってみよ。他にもいろんな場所に行きたいな」

「映画かぁ。私と美奈って好み合うのかな」

「わかんないけど、違ったらそれはそれで感想とか話すのも楽しいと思うよ」


 それそうだなと思う。

 多分、私は美奈とならどんな場所でも楽しいし一緒にいられて嬉しいと思う。

 だからこそこの時間がまだ続いて欲しいと思う。

 

 駅について私たちは家へと歩を進める。

 行くときはあえて集合場所を駅にしたが帰りはなるべく長く一緒にいたくて手を繋ぎながら家へ向かうことにした。


 気が付けばもう美奈の家の前に着いてしまった。


「……それじゃあ次はプールで……かな」

「うん……」

「それじゃあまたね」


 別れを告げ握っていた手をほどこうとする。

 しかし、美奈は手を離そうとしなかった。


「美奈?」

「……まだ一緒にいたい」


 零れ落ちた言葉によって全ての時間が止まったような気がした。

 止まった思考が動き出すと胸の奥の熱がどんどん上がっていく。

 

「わたしの家……誰もいないから……来て」

「……いいよ」


 熱に浮かされて何も考えられなくなり自然と言葉が零れ出ていた。

 こんな状況で平静を保てる気がしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ