第7話 距離
いつも通りの月曜日がやってきた。休日明けの学校ほどやる気出ないものはない。いつも目覚ましは二、三分刻みでセットしていて大体五、六回目辺りでようやくベッドから起き上がる。
顔を洗ってリビングに向かう。テーブルに置いてあったトーストを口にする。
朝食を食べ終えて支度を済ませて玄関へ向かう。
「いってきまーす」
「いってらっしゃーい」
リビングの方からお母さんの声が聞こえてからドアを開けて家を出る。七月もそろそろ終わろうという時期。朝の七時過ぎでも滝のように汗が流れるくらいには暑い。
これ以上暑くなったら熱で焼け死んでしまうのではないかとすら思う。
ただでさえ憂鬱な月曜日を暑さがさらに気力を削いでいく。
しかし、今日は学校に行く明確な理由がある。
しばらく歩いて美奈の家の前まで来た。玄関に立ち迷いなくインターホンを押す。少ししてドアが開き美奈が顔を出す。
「ユイちゃんおはよう」
「おはよう」
二人で並んで学校まで歩く。
いつも通り歩いている。
それなのにいつもより美奈を近く感じる。
吸い寄せられるように指先が美奈の手に触れる。
美奈の体が少し跳ねる。
お返しのように美奈が指を絡めるようにして手を握ってきた。
絡まる指から伝わる体温が私の鼓動を早めていく。
指は自然と美奈と繋がっていった。
なんか……カップルみたいだ。そんなことを考えながら学校へと向かった。
学校の近くまで来て他の学生たちの姿が見えてきた所で手を離した。普段から一緒にいる仲だから手を繋いでいるくらいだと知り合いに何か言われるとは思えない。いや、流石に恋人つなぎだと何か言われるかもしれない。どっちにしても他人に見られるのは恥ずかしい。
手を離したあと美奈に何度かブラウスを引っ張られてどうやら手を離されたことが不満だったらしい。
「流石に他の人の前だと恥ずかしいんだけど……」
「……じゃあ帰るときにして?」
「うん。わかった」
教室のドアを開ける。私と美奈に気づいた凛と鈴が駆け寄ってくる。
「美奈元気になったんだ」
「うん。心配かけてごめんね」
「遊びに行く日に体調は崩さないでよね」
「わかってるってば」
会話を眺めていると後ろから綾香に話しかけられた。
「告白したんだ?」
「……………………」
「何も言わないってことはイエスってことだよね?」
本当に告白してるから否定することができない。
「そういえばまだちゃんと話してなかったよね」
私が黙っていると一通り話し終えたのか美奈が綾香に声をかけた。
「綾香ちゃんとちゃんと話すのって初めてだよね?」
「そうだね。これからよろしく。それで結ちゃんとはどういう関係なのかな?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら美奈に質問する。
「いや……えっと……」
美奈が顔を赤くしてこっちに助ける求めるように視線を向けてくる。自分でもどう答えるべきかわからないので目を逸らす。
「ねぇねぇ教えてよ~。二人の関係」
「……ともだち。友達だよ……」
「ふーん……まあそういうことにしておいてあげようかな」
美奈の友達という答えに少し引っ掛かる。
なんだろうこの感じ。
それにしても綾香に揶揄われている美奈をどうするべきか。下手に首突っ込むと矛先が今度はこっちに向きそうで困る。
「ねぇ、プール行く前にもみんなで遊びに行きたいんだけどどう?」
ここで助け舟のように凛が会話に入ってきた。
「いいんじゃない?私ももうちょっと二人と色々話したいし」
そう言って私と美奈を順番に見る。ここでチャイムが鳴り朝のホームルームの時間であることを知らせる。
「また後で話そ」
凛はそう言って自分の席に戻っていった。私も席に着く。
今日は夏休み前最後の学校ということで昼頃に下校となった。全校生徒が一斉に下校するということで廊下は人で溢れかえっていた。時間に余裕はあるししばらく時間が経ってから教室を出ようと待っていると凛が話しかけてきた。
「この後どっかでご飯食べない?」
「いいよ」
「何の話?」
そう言いながら鈴が机の下から顔をひょっこり覗かせる。
「一緒にご飯食べに行こうって話。鈴も行くでしょ?」
「いくよーいきます」
「何で二回言ったし」
二人が話してる間に美奈と綾香にも伝えようと思い席を立つ。美奈と綾香の方向を見ると二人が何やら会話をしていた。
「それで君はいつからあの子のことが好きなのかな?」
「いつって……」
また揶揄われてる。その様子を見ていると綾香にはそういう気持ちが無いというのはわかっているが妙に近い距離感に心がざわつく。自然と体が動いて止めに入る。
「はいはいそれくらいにして」
少し強引に綾香を美奈から引き剥がす。
「あら残念」
「揶揄うのもほどほどにしてよね。話は変わるけど二人はこの後一緒にご飯食べに行く?」
「いいよ」
「私も」
「わかった。じゃああっちの二人にも伝えてくるね」
二人から離れて凛と鈴のもとへ向かう。
「そういえばわたし水着持ってない」
「じゃあ今度買いに行こっか?」
「いいね。凛が選んで」
「いいよ~。でも私が選んだらエッチなやつにするかも」
「変なの選んだらプール行かないからね」
「冗談だって~」
二人の様子を見るとどうやら水着の話をしているようだ。考えてみれば最後にプールに行ったのは小学生の時だ。流石に今着れるはずもないので買わないといけない。美奈も水着は持っていないのだろうか。美奈の水着姿を想像をしたがすぐにかき消す。そして二人に声をかける。
「あっちの二人も一緒に行くってさ」
「お、じゃあそろそろ行きますか」
そう言って凛と鈴が荷物を持って立ち上がる。私も荷物を持ち先に行く二人へ着いていく。私たちより廊下側の席に座ってた綾香と美奈も席を立ち、そのまま五人で下駄箱へと向かった。
学校を一歩出るとそこは灼熱の世界だった。昼の時間で暑さはピークを迎えており上から降り注ぐ日光が肌を刺す。
「あっつう~~~」
凛の気の抜けた声が響く。
「凛、日傘出して」
「自分の出しなよ」
「持ってないから入れて」
「仕方ないなぁ~」
そう言ってバックから日傘を取り出した。横に視線を動かすと既に綾香は日傘をさしていた。その姿を見て自分も日傘を出そうとバックの中を見る。そこで日傘を持ってきてないことに気づく。目的地のファミレスは歩いて十分かかる程度なので無くてもそこまで問題はないだろう。
背中を軽くつつかれて振り返る。
「日傘持っているけど……入る?」
「……入る」
結局は私は美奈の日傘に入れてもらうことにした。こんな暑い中くっついて歩くのもあれだが日光を直接浴びるよりはマシだろう。
先頭に凛と鈴、その後ろに綾香、そして私と美奈という順番で道を歩きファミレスへ向かう。
凛と鈴の様子を見ると鈴が凛の腕にぴったりくっついている。
「暑いからくっつかないで」
「え~」
「鈴だって暑いでしょ。くっつくなら涼しいとこでして」
「は~い」
あの二人はいつも一緒いるし鈴がああやって凛にくっつくいているのもよく見る光景だ。別にあの二人がくっついていてもいつものことだ。気にすることはないだろう。じゃあ私と美奈も同じなのではないか?いつも一緒にいるし別に手を繋いでる姿を見られても誰も気にしない。でも今は目の前に事情を知っている綾香がいる。
そんなことを考えていると手を握られる感覚がして美奈の方を向く。
『ダメ?』とでも言いたげな顔でこちらを見つめてくる。
上目遣いの視線が私の胸の奥を熱くさせる。
思わず口から今言ってはいけない言葉が出そうになるのをこらえる。
美奈の手を握り返す。
今回は恋人繋ぎじゃないし問題ない。美奈は嬉しそうに微笑んで前を向いた。一応綾香の方を見てみたが特に気づいてる様子はなくホッとする。
十分程度歩いてファミレスに着く。流石に昼の時間帯なだけあって混んでいて少し待つことになりそうだった。店内を少し覗くと同じ学校の生徒だと思われるグループが何組かいた。
「どれくらい混んでる?」
順番待ちの名簿に名前を書きに行った凛に質問する。
「私たちの前にいるの二組だからそんなに待たないと思うよ」
「そう」
十分くらい待っていると店員に呼ばれ席へ移動した。通路側の椅子に凛と鈴、壁側に私と美奈と綾香が座った。凛がタブレットを手に取りメニューに目を通す。
「鈴は何食べる?私はオムライス」
「じゃあ私もオムライス」
そう言って二人は注文を済ませるとこちらにタブレットを渡してきたので受け取る。
「先選んでいいよ」
「じゃあタブレット貸して」
綾香にタブレットを渡す。少ししてタブレットを返される。
「なに頼んだの?」
「ペペロンチーノ」
タブレットを開きメニューを見る。自分もパスタにしようかと思ったが何となく気分じゃないのでハンバーグの一覧を見る。その中の目玉焼きが乗ったハンバーグを選ぶ。選び終えて美奈にタブレットを渡す。美奈はもう何を頼むか決めていたようですぐに注文を終わらせてタブレットを渡してきたのでそれを受け取り最初に置いてあった場所に戻す。
「美奈はなに頼んだ?」
「チーズinハンバーグにしたよ。ユイちゃんは?」
「目玉焼きハンバーグにした」
しばらく雑談をしながら待っていると注文した物が運ばれてきた。そして、それぞれが運ばれてきたものを食していく。
「この後どうする?私は暇だけど」
凛がみんなに質問を投げかける。この後というのはご飯食べた後も遊ぶかどうか言う話だろう。この後解散したとして、家に帰ってやることがあるのか。正直特に予定はなくて暇である。
「私は暇だよ」
「私も」
私の言葉に綾香が同調する。
「じゃあ私の家来る?お菓子もあるよ」
「私凛の作ったお菓子食べたことないから楽しみ。美奈はどうする?」
「じゃあ行こうかな」
こうして私たちは凛の家に行くことが決まった。
「私には聞かないの?」
「必要ある?」
ファミレスを出て十五分程度歩くと凛の家に着いた。一軒家であり白を基調としたその家は周囲の家と比べても大きく目立っている。
「はい着いたよ」
凛がドアを開けて入るように手招きするので順番に中へ入っていく。そのまま部屋へと案内される。部屋に入るとそこには大量のぬいぐるみが並んでいた。凛はアニメやゲームのキャラクターのぬいぐるみを集めるのが好きなようでそのうち部屋がぬいぐるみで埋まってしまいそうだ。
「あ、この子知ってる」
美奈がぬいぐるみを手に取る。
「美奈ちゃんこのキャラ知ってるんだ。私アニメ見てるけどちょっとグロイよね」
「グロイけど話面白いから見ちゃうんだよね」
綾香が結構揶揄ってくるから仲良くなれるか少し心配だったが杞憂だったようだ。
「じゃあお菓子取ってくるね」
「私もついてこ。ついでにお菓子つまみ食いしたい」
「食い意地張りすぎじゃない?」
そんなことを話しながら凛と鈴が部屋を出て行った。3人だけになってしまった。
二人の方を見るとまだアニメの話をしているようだった。
二人が仲良くしていることは良いことのはず。
それなのに自分だけ話の輪に混ざれない。
その状況に胸の奥が少しざわついた。
さり気なく美奈の近くに移動する。楽しそうに話しているのだから邪魔をするのは良くないのはわかっている。私の手は自然と美奈へと伸びていきブラウスを軽く引っ張った。
「ユイちゃんどうかした?」
「え、いやなんでもないけど」
気づかれるのはわかっていたはずなのに思わず声が上擦ってしまった。これでは何かあると言っているのと同じではないか。
「……ねぇ2人ってさ……キスしたことあるの?」
「は?」
不意打ちで飛んできた質問に思考が固まる。美奈も同様の反応をしながら少し顔を赤くした。
「いやいや、したことないって」
「あら、まだしてないのか」
まだってなんだまだって。まるでこれからするかのような言い回しじゃないか。
「ごめんね。私がここにいるばっかりにイチャつくことができなくて」
「いやいなくても人ん家じゃしないから」
「じゃあ自分たちの家じゃするの?」
しない。とは言い切れない。ここ数日間を振り返ると何ならいつ誰に見られてもおかしい場所で行為におよんでいるのだ。むしろ絶対すると言ってもいいかもしれない。少なくとも私はそう考えている。では美奈はどうだろう。チラっと美奈の方を見てみると顔を赤くして視線を窓の方に向けている。
「おーいお菓子持ってきたよ……って何してるの?」
ここで凛と鈴が戻ってきて会話は一度打ち切られた。ひとまず危機は去ったと思い心がホッとする。二人を見ると相変わらず鈴は凛にくっついてる。
「君たちもこれくらい堂々とすればいいのに」
「なんの話?」
「なんでもないよ。それより早く凛が作ったお菓子食べたいな」
綾香の言葉にギョッとして慌てて話を逸らす。少し怪しまれたような気はしたが鈴は特に追及してこなかったので難を逃れることができた。
その後はお菓子を食べたりみんなでゲームをするなどして過ごした。家にはテレビゲームなどがないから遊ぶのは新鮮で楽しかった。
そうして夕方になり解散することになり私と美奈は2人で帰り道を歩いていた。
「今日は楽しかったね」
「うん。凛の作ったお菓子、美味しかったね。また食べたいな」
「そうだね。それにしてもユイちゃんゲーム上手くてびっくりした」
「私意外と才能あるかも」
他愛のない会話をしていると突然美奈の指が手に絡まる。思わず体が跳ねて隣を歩く美奈を見る。
「帰りはしてくれるんでしょ?」
「…………」
その言葉に一瞬息が止まる。
朝の会話が頭の中に思い浮かぶ。そっと美奈の手を握り返す。
この手の繋ぎ方をするとやっぱりいつもより距離が近い。
柔らかい手は触れていて心地よく体温がよく伝わってくる。
美奈の家の前に着く。ただ、何故か美奈は手を離そうとしない。
「美奈、家に着いたけど」
「あ、ごめんボーっとしてた」
美奈は手を離すと家の方へ駆けて行った。そして、こちらを振り返る。
「じゃあ、次は二人で出かけるときかな」
「うん。またね」
別れを告げて家へと向かう。多分一週間もしないうちにまた会うことになると思う。
それでも今日の帰り道は彼女と一緒にいた時間に思いを馳せてしまう。




