第4話 衝動
ブラウスのボタンを順番に外していく。前は何とも思っていなかったのに今は心臓の鼓動がうるさくて仕方ない。少し視線を動かすと美奈がこちらをじっと見ていた。
「……あんま見られると恥ずかしいんだけど…………」
「あっ……ごめん……」
そう言って美奈は目を逸らす。最後のボタンに手をかけようとしたとき、腕を掴まれた。
「……やっぱり……ダメだよ……」
「どうして?美奈も楽しんでたじゃん」
「……でも、誰かに見つかったら大変だし……」
「でも、楽しかったんだよね?」
「……ユイちゃんの裸……誰にも見せたくないから……」
顔が熱くなる。
そこまで言われたらもう何も言えなくなるじゃん。
「……じゃあ帰ろうか」
荷物を持って教室を後にする。いつも通りの道を歩いているが頭の中では美奈が言いかけたことが気になる。でもそれを今聞く勇気はなかった。
お互い一言も喋らず気づけば美奈の家の前まで来ていた。
「じゃあね……」
「うん……」
美奈に別れを告げその場を離れる。数歩歩いたところで腕を掴まれた。
「えと……家……寄って行かない……?」
「…………」
美奈の家に入ると誰もいないようで静かだった。階段を上がり美奈の部屋へと入る。前回来た時と同じようにベッドにお互い向かい合うようにして座る。美奈が教室の続きをするためなんだろうけど、さっきは勢いで動いていたけど一度中断されて冷静になって考えると恥ずかしくなって動けない。
動かずにいると美奈が手を伸ばしブラウスのボタンに手をかけた。思わず体が跳ねる。
「ユイちゃん……顔……赤くなってる……」
「美奈だって……」
美奈がボタンを一つ二つと順番に外していく。恥ずかしくて仕方ないのに私はただされるがままだった。自分で服を脱ごうとした時よりもずっと心臓の鼓動が早い。布団をぎゅっと握りしめる。
ボタンが全て外され、下着が露わになる。美奈がブラウスをずらし袖に腕を通しただけで脱いでるのと変わらない状態にされた。美奈の顔に視線を向けてみると頬は紅潮し、瞳があの時と同じように深紅に染まっていた。
「美奈……?」
「かわいい……」
左手で私の頬を撫でながら見せる恍惚としたその表情は瞳の色も相まってとても艶やかであり普段の子供っぽい印象は鳴りを潜めている。
そして、美奈は右手を私の下着の中へと潜り込ませ胸に触れた。
「んっ……」
小さな声が漏れ出た。その声を聞いた美奈の少し口角が上がり笑みを見せると今度は指を動かす。今まで誰かに直接胸を揉まれたことなんてなかった。揉まれる度に今まで感じたことない感覚が全身を駆け巡る。
「み、なっ……あっ」
今まで出したことのない声が漏れ出た。一瞬自分が出した声なのか疑問に感じるが、そんな思考も別の感覚であっさり上書きされていく。顔が近づいて頬にキスをされる。頬から唇が今度は耳に触れる。そして、耳を噛まれた。
「ひゃっ」
思わず体が大きく跳ねる。口の中に含まれた部分が何度も舌が這ってくる。初めての感覚にどんどん溺れていき思考が曖昧になっていく。
「気持ちいい……?」
耳元で甘い声で囁かれる。
普段の彼女からは想像もつかない甘く、蠱惑的な声と鳴りやむことのない心臓の鼓動がうるさくて仕方ない。囁かれた言葉に対して何か言葉を返す余裕なんてない。
ベッドのシーツを握りしめながら快楽に溺れ続けている。
少しだけ首を上下に動かす。その動きが肯定の意であると理解した美奈は蠱惑的な笑みを浮かべる。
今度は首筋に歯を立ててきた。あの日のことが脳裏に浮かぶ。噛まれたとき、血が出て涙が出るほど痛かった。それと同時に今まで経験したことないほど心が高揚した。しかし、首筋に触れた歯は肌に強く食い込むことはなく、痛みもない。
しばらくして歯が離れると首筋に舌が触れる。何度も首を舐められた。
「いぬみたい……」
そう小さく呟きながら美奈の頬に触れる。触れた途端、美奈の体が跳ねる。嫌だったのか、肩を押されそのまま押し倒された。ベッドに倒れこむ私を美奈がじっと見つめてくる。恥ずかしくなって思わず目を逸らす。
舐めていた場所に唇を当てると強く吸われた。これは痕になるだろうなと思った。
唇が離れると美奈の左手が伸びて私の首を包み込む。
「みな……?」
首を包む手に力が入る。首を絞めつけられて息が少し苦しい。
「みな……くるしいよ……」
その言葉を意に介さず首を絞めつける手にどんどん力が入る。
同時に右手が頬に触れ親指が口の中に入り込んできた。口の中が指でかき回されながら首を絞めつけられて声が出ない。
どんどん苦しくなる。引き剝がそうにも体に力が入らない。
意識が朦朧としてくる。
意識が途切れそうになった時、首にかかる力が緩んだ。そして、口の中から親指が出ていく。
「げほっ……っ、げほっ……!」
何度か嗚咽を吐き、朦朧とした意識のなか美奈の方に視線を向けるとそこには青ざめ涙を流しながらこちらを見つめる美奈の姿があった。
「ごめん……ごめんなさい……」
美奈は弱弱しい声で何度も謝罪の言葉を口にする。その言葉には必死に許しを請うような、縋るような感情が込められていた。
どうしたらいいのか分からずただ何度も謝る美奈を見ていることしかできなかった。
少し考え、とりあえず落ち着いてもらうために美奈の手を優しく握る。反応した美奈の体が少し跳ねる。少しして美奈が手を握り返してきた。
しばらくの間、お互い手を握っているだけで一言も喋らずにいた。ふと、時計を見ればあと数分で6時になるくらいだった。だが、今の季節だとまだ外は明るいので家に帰るのには特に支障はないだろう。声をかけようにも何を言うべきか思いつかず時間だけが過ぎていく。
美奈は多分、私のことを殺そうとしていた。衝動的に人を殺したくなるそうだがどうしてなのかは全くわからない。ただ、美奈の様子を見ると本心から私のことを殺したいと言うわけではなさそうだ。色々聞きたいことあるけどあんまり自分から踏み込むのも良くない気がする。
「えっと……美奈?」
勇気を出して声をかける。でも、何を言えば考えてなくて言葉が詰まってしまう。
「その……私は怒ってないし気にしてないよ……」
「…………ほんとう?」
「本当だよ」
そう言いながら美奈の頭を撫でる。少し安心したのか表情が和らいだ。
「あ、でも……服で隠せないところに痕を付けるのはやめて欲しいかも……」
自分がやったことを思い出した結果なのかその言葉を聞いた途端、美奈の顔が真っ赤に染まった。目を逸らして下を向いてしまう。
「……えっと……ごめん……」
「……まあ次からはちゃんと見えない位置にしてよね……」
「…………え、それって」
「もう時間だから帰るね」
自分で言ったくせに恥ずかしくなって美奈の言葉を遮って部屋から飛び出した。
家に着き夕食を済ませて風呂に入る。鏡に写った自分を見ると彼女によって刻まれた痕が薄く残っていた。首を絞められたせいか少し赤くなっている。
赤くなっている部分を指先でゆっくりとなぞる。触れたところで何も感じない。
当然と言えば当然だ。きっとあの時の感情は美奈が私に触れていたから。
首を絞められている間も私は美奈と触れ合っていることが嬉しくて楽しかった。
噛まれた痕も首を絞められた痕も明日には消えてしまう。それが少し名残惜しいと思う。
ただキスされた場所はかなりはっきりと痕が付いていて明日も残ってそう。しかもこの前より痕が大きい。流石にこれはみんなすぐに気づいてしまうだろう。
今日はもう寝ようと思いベッドに寝転がる。今は夏で暑いからタオルケット一枚で十分だ。ベッドに寝転がって仰向けになると今日の出来事が浮かび上がってくる。首を絞められた私は明確に彼女に殺意を向けられたと言ってもいいだろう。それが本人の意思でなくとも。でも、不思議と恐怖や嫌悪といった負の感情が湧いてくることはなかった。考えていたのは痕が残ったらどうしようみたいな殺人と比べれば些末な問題だった。
むしろ、首を絞められたことよりもキスされて目立つ場所に痕を付けられたことの方が不満かもしれない。
私たちは別に付き合っていないのだ。変な噂でも広まったら堪ったものじゃない。こんなこと考えてるのに前に痕をつけられた時は特に隠すことはせずに学校に行ってた。自分の中で何かが変化しているのだろうか。
あの時、私の目に写っていたのは深い赤色に染まった目と紅潮し、笑みを浮かべていた美奈の姿だった。
急に恥ずかしくなって布団に顔を埋める。付き合ってる訳でもないのに明らかに親友という関係性では収まらないようなことをしている今の歪な関係に不満が無い訳ではない。
相手が長い付き合いの幼なじみというのも踏み出すことを躊躇う理由になり得るがそれだけではない。彼女は人間ではない。そして人を殺すことに躊躇いがない。だが、殺された人たちは今も何事もなかったかのように生活をしているし、実は一度死んでるなんて周囲の人たちが気づく余地もないだろう。
けれども殺している現場を誰かに見られたらどうなるだろう。もしそんなことが起きれば簡単に今の関係は崩れるだろうし、もしかしたら突然いなくなってしまうかもしれない。
何かしらキッカケで関係が崩れた時、今の曖昧な関係ならいくらでも自分に言い聞かせて言い訳を並べることができる。仕方がなかったで納得させることができると思う。
そうは言ってもこの曖昧な関係にどこか引っ掛かりがあるのも事実だ。
「……どうしよう」
自然と口から零れ落ちた言葉だった。
色々と思考を巡らせて気が付けばカーテンの隙間から一筋の光が差し込んできており選択の時が迫ってきていることを告げた。一応セットされた目覚ましが鳴るまでは目を瞑っていることにした。
目覚ましのアラームが鳴り響きスマホの画面に触れその音を止める。
「うわ、顔ひど」
私の顔を見た姉が直球すぎる言葉を浴びせてくる。
「うーん……なんか寝付けなくて……」
「ふーん……そういえば最近帰ってくるの遅いらしいじゃん。もしかして寝付けないのはそのせいかな?」
明らかに揶揄っている声色で痛いところを姉は突いてくる。
「……美奈の家に寄っているだけだから……」
「じゃあその首の痕はその時に付けられたのかな?」
その言葉にビクッと反応して咄嗟に首に触れる。触れると確かに絆創膏が貼ってあって痕は隠されていた。
「あはははは。ホントわかりやすいなぁ」
「…………」
やられっぱなしは悔しいから何か言い返したいが何も思いつかずただ姉を睨みつけることしかできなかった。
さっさと朝ごはんを食べて支度を済ませて家を出る。
今日は迷うことなく美奈の家を素通りした。昨日の今日でいつも通りに接して学校まで歩いて行けるほど私の精神が図太くない。正直、学校でもなるべく顔を合わせたくない。
こういう気まずさは今の曖昧な関係が原因であることはわかっている。ただ、今の関係を投げ捨てて踏み出す勇気がなかった。
そんなことを考えていると普段よりも早く家を出たからなのか、はたまた勝手に歩くペースが速くなっていたのか、いやその両方だろう。結果的にいつもより早い時間に学校に着いてしまった。
教室に入ってみればいつもよりも大分人数が少なく静かだった。
誰が来ているのか見回してみればそのうちの一人と目が合う。綾香はこのクラスで唯一私と美奈の関係を知っている。数日経っても何も起きていないあたり彼女は約束を守ってくれているようだ。
「えっと……おはよう」
一応挨拶をしてみる。綾香とはそこまで話す仲ではないから普段は挨拶する機会はないが今日は早く来てしまっていつも話す相手がいないので。それに、夏休みに一緒にプールへ行く予定なのだから少しくらい話して仲良くなっておくべきだろう。
「おはよう」
素っ気ない挨拶だけ返して綾香はじっとこちらの姿を見てくる。
「……えっと何か用?」
「……私が言わなくてもバレそうだなって」
その言葉の意味をすぐ理解して顔が熱くなる。
「な、なんでこんなにすぐバレるの……」
「事情を知ってる側からすればわかりやすすぎるからね。今日も1人で来てるし」
「…………別に付き合ってるわけじゃないから」
「じゃあどういう関係なの?」
どういう関係?投げかけられた質問に対してはっきりとした答えがすぐには出せなかった。今までだったら友達とか、親友とかそういった言葉を即答できただろう。
「…………友達……だよ……」
どうにかして言葉を絞りだした。間違っていないし嘘もついてない。実際、私と美奈の関係は仲のいい友達だと思う。じゃあどうして引っ掛かるのか。自分の感情について理解はしているがはっきりと名前を付けたくなくて必死に目を逸らしている。
「友達……ね……」
「あれ?結いるじゃん」
「ホントだ。珍しいね」
綾香が何か言いかけたところで声が聞こえそちらを向くと凛と凛の腕にくっついてる鈴の姿があった。
「二人ともおはよう」
改めて凛が挨拶をしてくる。
「おはよう」
「おはよう。昨日のお菓子美味しかったよ。また食べたいな」
「いいよ。また作ってあげる」
「えーわたしの食べる分が少なくなっちゃう」
我儘な子供みたいなことを鈴が口にする。凛と鈴は帰る方向が同じであり、鈴はよく凛の家に行ってはお菓子を食べている。
「鈴の分が少なくならないように多めに用意するよ」
「流石お母さん」
「お母さんじゃありません」
そして、二人は席に荷物を置きに行った。
「いつの間に仲良くなったんだ」
「たまたま帰る方向が同じだったからね」
荷物を置きに行った二人が戻ってくるとホームルームが始まるまで四人で雑談をした。
話している間に来るかと思っていたが結局、美奈は学校に来なかった。




