第2話 証明
ひとまず家に帰ることとなり二人で薄暗くなった道を歩いている。
未だに現実を飲み込めずにいる。
「……美奈は今までああやって人を殺してたの?」
質問に対して無言で小さく頷いた。
今、隣を歩いている親友は人間ではない何かで今までずっと人を殺し続けていた。
でも、美奈が殺した人は元通りになっていつも通りの生活を送るからバレることはない。
「じゃあ、また明日」
色々考えていたら気が付けば美奈の家の前にいた。いつの間にか美奈の雰囲気が普段と変わらない状態に戻っていた。
「待って」
咄嗟に声が出た。反射的に言っただけで何かを聞きたいわけじゃない。考えた末に一つの疑問が思い浮かんだ。
「美奈はどうして私のこと、殺さないの?」
「…………」
体がピクリと跳ねた。美奈は背を向けたまま何も言わず立っていた。
数秒経って何も言わずにドアを開けて家の中へ行ってしまった。
無言で家の扉を開ける。
「電池買ってきた?」
何も言わずお母さんに電池だけ渡してその場を離れようとする。
「どうしたの?」
「なんでもないよー」
適当な返しをしてリビングから出て行った。
自分の部屋に戻るとそのままベッドに寝転がる。
美奈は私の質問に対して何も答えなかった。
どうしてなのか。
言いたくない理由があるのか。
わからない。
美奈に殺された人は殺されたことを覚えていなくてそのままいつも通りの生活に戻る。それなら私を殺せば目撃者はいなくなって全て解決する。
それなのにどうしてなのか。
ここで一つの可能性が思い浮かぶ。
もし、既に私が殺されているとしたら?
殺さないんじゃなくて私はもう美奈に一度殺されているんじゃないだろうか。
ああやってずっと人を殺し続けているのなら身近にいる人間は既に殺していても何もおかしくない。
じゃあ、一度死んだ私は何なのだろう。死んだ人間が生き返る。漫画やアニメではそういうことが起きる作品はある。
でも、あれは単純に死んだ人が生き返ったようには見えない。
ドロドロの肉塊になってそれが再び人の形を成していく。瞼を閉じるとその光景が浮かんでくる。
知りたい。確かめたい。自分がちゃんと生きているのか。生きているとしてどうして私を殺さないのか。
「結ー夕飯できたよー」
お母さんの呼ぶ声が聞こえて私はベッドから立ち上がりリビングへと向かった。
次の日の朝。重い瞼を開けてベッドから起き上がる。
昨日はあまり眠れなかった。
「どした?随分と眠そうだけど」
リビングに行くと既に起きていたお姉ちゃんに質問を投げかけられる。
「ちょっと寝不足」
適当な返答をしながら朝ごはんを食べ終え、学校へ行く支度を済ませる。
「いってきまーす」
ドアを開け家を出る。
この時間帯でも既に暑くて歩いてるだけでも体から汗が流れ出てきそうだ。
しばらく歩いて美奈の家の前で足を止める。
ドアの前まで行ってインターホンに手を伸ばそうとして止まる。
一体どんな顔して会えば良いのだろうか。
そんなことを考えているとドアの開く音が聞こえ、開けた本人と目が合う。
「え?」
「あ」
美奈はポカンとした顔でドアを開けたまま固まっている。
「あー……一緒に学校行こ?」
「う、うん……」
美奈の表情が少しだけ緩んだ。
二人で道を歩く。いつも通りのことをしているが今日はいつもより距離を感じる。昨日のことを考えれば当たり前だろう。
「そういえば夏休みの宿題進めてる?」
ずっと喋らないのもどうかと思い適当な話題を切り出す。
「え……あー進めてるよ……夏休み遊びたいし……」
「私、全然やってないんだよね」
「あ……そうなんだね……」
少し残念そうな声で美奈が答える。
「いや、ちゃんと夏休みは一緒に遊びに行くから……」
「ホント?」
「本当だよ」
その言葉を聞いて暗くなった表情が少し和らいでくれた。
正体がバレたから避けられると思っていたが意外とそうでもなさそうだ。
むしろ、私と一緒にいたいと思っているんじゃないだろうか。
ここで思考を断ち切って私は表情が緩むのを堪えた。
学校ではいつも通りの授業を受けて気が付けば時間は過ぎ去っていた。
結局、今日は美奈と話すことはほとんどなかった。
美奈の方を見ると支度を済ませて帰ろうとしている。
咄嗟に席を立ち駆け寄った。
「ねぇ、この後暇?」
一人で帰ろうとしている美奈を引き留める。
美奈は無言で小さく頷いた。
時計を見ると既に一時間近く経とうとしている。教室から誰もいなくなるのを待ちつつ二人で既に出されている夏休みの宿題を消化していく。
外を見ると暗くなりつつありオレンジ色の光が教室に差し込んでいる。
グラウンドには運動部の人たちがいて時折掛け声が聞こえてくる。
「ねぇ、美奈」
「なに?」
私は席から立ち上がって隣の席に座る美奈の前に立つ。美奈の全身が私の影に包まれる。
緊張しているのか心臓の鼓動が早まっている。
「美奈って私のこと、殺したことあるの?」
「え?」
美奈が豆鉄砲でも打たれたような顔をする。
頬を伝って汗が一滴垂れる。
「……殺してないよ」
「本当?」
「本当だよ。信じて」
真っすぐな目でこちらを見てくる。
嘘を言ってるようには見えない。でも、それでも言葉を信じきれなくて確証が欲しかった。
「じゃあ、証明して」
「どうやって?」
「どんな方法でもいい」
美奈は困惑を隠しきれずにいる。
どうすればいいか悩み始める。正直、私にも証明する方法はわからない。
「美奈はどうして人を殺すの?」
「……どうしてだろうね。なんでかわからないけど急にそうなっちゃうの」
つまり、原因のわからない殺人衝動で殺してしまうということだろうか。
「昨日、美奈が殺した人。体が全部元通りに治ってたけど美奈もああいうことできるの?」
「ああいうことって?」
「えっとつまり……自分の傷とかも元通りにできるのかなって」
「……多分できると思う」
美奈の言葉を聞いて自然と手が伸びていた。彼女の手を掴むと自分の顔の近くまで引き寄せる。
私よりも少し小さな手は綺麗な肌色で傷一つなくて綺麗だった。
「ユイちゃん?」
二本の指で美奈の人差し指を摘まみ、私はそれを口の中へと入れ歯で強く噛んだ。
「ッ……!?」
美奈の体が大きく跳ねる。
口の中に液体が流れてくる感覚があり血の味がどんどん広がっていく。
口から指を出すと指全体に唾がべっとりと付いていて噛んだところからは血が溢れて床に垂れている。
「それ、治せる?」
「…………治せると思う」
そう言う美奈は少し夕日のせいなのか顔が紅潮しているように見える。
彼女の指に目を向けるとみるみるうちに傷がふさがっていってやがて噛まれた痕は完全に消えていた。
その光景を見ても恐怖といった感情はあまり湧いてこない。すっかり慣れてしまったのだろうか。
美奈は傷の治った指をじっと見つめていた。傷は治ったのだからさっさとティッシュかなにかで唾をふき取ってほしいのだが。
「思い付いたよ。私がユイちゃんを殺してないって証明する方法」
「どんな方法なの?」
「わたしが治せるのはわたしが殺した人だけ。だから、ユイちゃんに傷を付けても治らないならそれが証明になると思う」
「でも、それは美奈が治そうとしなければいいだけじゃない?」
美奈は手を伸ばして私の頬に触れてくる。
目の前にいる美奈が深紅の瞳がじっとこちらを見てくる。
あの時と同じ目。
心臓の鼓動が早まって顔に熱が帯びる。
「私はユイちゃんに傷をつけたくない。お願い、信じて」
「……わかった。信じるよ。でも、証明のためにやってもらうから」
「……うん。じゃあ、場所はユイちゃんが決めて」
傷を付ける場所。
さっきの私みたいに指を噛ませるのはどうだろう。いや、指だとたいした傷にならないからあまり意味がない気がする。目立つけど十分服で隠せる位置。
自然と自分の手がその位置に触れていた。
私はおもむろにブラウスのボタンを順番に外していく。
「ちょっとユイちゃん……何してるの?」
不思議そうに美奈が声をかけてくる。
突然、目の前の人が服を脱ぎ始めたらそうなるのも当然だ。
私もどうかしてると思う。
ボタンを全て外すとブラウスをずらし肩の部分が露出するようにする。
「噛んで」
「え?」
「さっき、私がやったみたいに美奈もやって」
首筋を撫でながら美奈にそう告げる。
「指じゃダメなの?」
「指だと小さい痕しか残らないしほとんど気にならないじゃん」
「でも……」
「他に証明する方法ある?」
躊躇う美奈を横目にさっきまで座っていた席の机の上に座る。
「来て」
催促すると美奈は席を立ち私の目の前まで移動した。
立ったまま動かない。指をいじりながらこちらから目を逸らしている。
これ以上は待てない。
腕を掴んで引っ張り自分の腕を美奈の首の後ろまで回し、引き寄せる。
顔が首筋に密着する。
美奈の息が首筋に触れて体が反応しそうになるのを抑える。
「早くして」
耳元で囁くと驚いたのか美奈の体が大きく跳ねる。
少しして首筋に何かが食い込むような感覚がする。
そして、何か生温かいものが肌に張り付くような感覚、唾だろうか。
噛まれている感覚はあるがあまり強くなくて痛みもそこまで感じない。
「ダメ。もっと強く」
美奈の頭を押しながら言う。
「血が出るくらい噛んで」
そう言うと美奈の歯がどんどん肌に食い込んでくるのを感じる。
痛みがだんだんと強くなってくる。
「ッ……!」
噛まれた場所が熱くて痛い。どくどくと血が出てきているのがわかる。
痛みに耐えるように無意識に美奈の服を強く掴む。
肌に食い込むような痛みが和らいだ。美奈が噛むのをやめたのだろう。
「ハァ……ハァ……」
顔を離した美奈は息が荒くなっていて、顔が紅潮している。口の中は血で赤く染まり、唇にも血が付いている。深紅の瞳がこちらを心配するように見つめてくる。
その姿を見て、顔に熱を帯びていく。
痛みと同時に、私はこの状況に心が高揚している。
「……それで、この傷は治せるの?」
「……治せないよ」
「本当?」
「本当だよ」
「ふーん……わかったよ。美奈のこと信じる」
冷静を装って本来の目的の確認をする。
少し視線を下に向けると血と美奈の唾が混ざった液体が肌をつたっている。
「大丈夫?ごめんね。痛かったよね……保健室から絆創膏もらってくるから」
そう言って駆け出そうとする美奈の腕を掴んで止める。
正直、私が生きているかどうかなんてどうでもよくなっていた。
「ユイちゃん?」
「顔……赤いけど……そんなに嬉しかった?私に傷をつけるの」
「いや……えっと……」
「何もしないの?」
「え?」
「私、今血が出てて止まるまで服着れないけど」
「………………」
美奈が肩を掴んで体を引き寄せる。
顔が近くて心臓が大きく音を立てる。
深紅の瞳がこちらをじっと見つめ、艶っぽい眼差しが体の体温を引き上げていく。
噛まれた方と反対側に唇が触れる。
今度は噛まれる痛みではなく肌を吸われるような感覚に襲われる。
「ん……」
思わず声が漏れ出る。
今まで経験したことない感覚に心臓の鼓動が早まっていく。
美奈にもっと触れたくて手を伸ばす。
ブラウスの中に手を入れて美奈の脇腹に触れる。手から美奈の体温が感じられる。少し暖かくて気持ちがいい。
脇腹から手を移動して上へと上っていく。そして、美奈の胸に手が重なる。
「ちょっ……!」
驚いた美奈が肩を押して突き放されてしまう。
目を細めてこちらを睨んでくる。
その姿を横目に持っていた鏡で首筋を見る。はっきりと痕が付いておりどう見ても服で隠せる位置じゃなかった。
指先でなぞると生温かさと湿った感触がする。
不快感みたいなものは感じなくてむしろ――
「楽しい?」
わざと悪戯っぽい表情を作りながらそう問いかける。
「が、学校でこんなことして……バレたらどうするの?」
確かにこんな状況誰かに見られたらまずいだろう。私はブラウスを半分脱いでいて首筋から血が出ている。
でも、私はこの状況を楽しんでいる。
いつ誰かに見つかるかわからない状況で美奈と触れ合っている。この状況が楽しくてドキドキしている。
「でも美奈もそんなこと考えてなさそうだったけど?」
図星だったのか目を逸らす。
「バレたらどうしようなんて考えていたらキスマークなんて付けようと思わないよね?」
「…………」
「美奈が付けた痕。この位置だと制服で隠すこともできないよ」
立ち上がって美奈に近づく。
手を伸ばして美奈の頬を優しく撫でる。驚いて一歩足を下げたが拒むことはなくて恥ずかしそうにしながら受け入れた。
もっと触れたくて顔を近づける。今にも鼻先が触れ合いそうで、顔の細かな部分まではっきりと見える。
唇を近づけようとする。
突然、ドアの開く音が響いた。音の方向に視線を向けるとクラスメイトの1人である綾香だった。
「あ……」
「…………」
無言で固まったままだった綾香はドアを閉めた。
その後、廊下を走る音が響いてきた。




