第1話 邂逅
灰色に染まった世界を意味もなく歩いている。どうして歩いてるのかという疑問符すら浮かぶことはない。歩いているのは山道だ。視線を横に動かせば街を一望できる位置にいる。
ただ坂道を歩き続ける。普段の自分ならすぐに歩くのが嫌になってるだろう。それなのにどんなに歩いても足は疲れないし歩くのをやめようとも思わない。
しばらく何もない道を歩き続けると大きなトラックが視界に入る。近づいて見てみると車の正面にあたる部分が大きくへこんでいた。まるで正面から何かがぶつかったようだ。
周囲を見渡せばトラックの歪みの原因はすぐに見つかった。トラックのすぐ近くに原型を保ててないほど歪んでいる車がある。煙が立ち上っており明らかにまずい状態なことがすぐにわかる。
よくみると車の中に人影らしきものが見える。
車の状態を見るに既に手遅れだろうとは思うが一応見ておくべきか。
車に近いづいてドアハンドルに手をかける。
その瞬間、頭の中に奇妙な音が鳴り響く。そして世界が大きく歪み、崩れていく。世界が黒く染まり何も見えなくなった。
目を開けると見覚えのある天井が一筋の光に照らされているのが見える。
その光がベッドから起き上がらなくてはならないことを告げている。
「夢か……」
部屋に鳴り響くアラームの音が夢から現実へと引き戻したのだろう。いつもならアラームを止めてもう一度眠るところだが妙な夢を見てしまい寝たい気分ではなかったので仕方なく起き上がることにする。
カーテンを開けると光に部屋全体が照らされる。
まだ微妙に意識がはっきりしないまま部屋を出て洗面所で向かう。
顔に水をかけようやく意識がはっきりとしてきた。
リビングの扉を開けるとテレビからニュースキャスターの声が聞こえてきた。父はニュースを見ていて姉がその横でトーストをかじりながらスマホをいじっている。
「珍しく起きるの早いじゃん」
「なんか変な夢見てさ……」
「へぇ~。どんな夢?」
「う~ん……忘れた」
「なんじゃそりゃ」
椅子に座ってテーブルに置かれたトーストをかじる。
「お母さんバター」
「自分で取りに来なさい」
キッチンに向けて声を出すと返答が来た。仕方なくキッチンの方へ向かうとチューブ状型のバターとスプーンを手に取りリビングへ戻る。
トーストにバターを塗り食べていく。やっぱトーストにはバターだな。
そんなことを考えながらトーストを食べ終え、学校に行く支度をする。
「いってきまーす」
リビングからいってらっしゃいの声が聞こえてくるのと同時にドアを開けて家を出る。
しばらく歩いてある一軒家のドアの前で止まる。インターホンのボタンへ指を伸ばす。
ボタンを押して十数秒経ってから足音がこちらに近づいてくるのが聞こえてきた。
ドアが開き一人の少女が顔を出す。
「ユイちゃんおはよう」
「おはよう、美奈」
挨拶をしながら家からでてきた美奈は長い黒髪をなびかせながら道路の方へ駆けていく。
「早く学校行こ」
そう言いながらこちらを向く。美奈のところへ駆け寄って一緒に学校へ向けて歩みを進める。
「今日はいつもより早かったね」
「なんか変な夢見たせい早く起きちゃったからそのまま来ちゃった」
「どんな夢見たの?」
「う~ん……ほとんど覚えてないんだけど……事故に遭った車?があった気がする」
「なにそれ?変な夢だね」
どうにか夢の光景をもう少し思い出せないかと考え込む。
「う~ん……まあいっか。つまんない夢だった気がするし」
夢のことは忘れることにした。
「それより昨日動画見ていてさ――」
美奈と他愛のないことを話しながら学校へと向かった。
校門のところまで来ると同じように登校してきた生徒の姿が目に入る。校門の前には先生と数人の生徒が立っていて生徒たちに挨拶をしている。
「おはようございます」
「「おはようございます」」
先生たちに挨拶を返しがながら学校の中に入る。
私たちの教室は二階にある。この学校は一年が一番上の階で学年が上がるごとに下の階に下がっていく。今みたいに夏は暑いから階段で4階まで上るのが辛かったものだ。
教室に入ると既にクラスの二十人近くの生徒が来ている。
私と美奈のロッカーにバッグを入れると席に着いた。美奈は私についてきて机の横に位置を取る。
そこに一人の女子生徒が近づいてくる。クラスメイトの凛だ。その後ろにはいつも凛にくっついてる鈴がいる。
「よっ。珍しく来るの早いじゃん」
「ユイちゃんが変な夢見て早く起きちゃったから」
「なにその小学生みたいない理由」
「もういいでしょその話題」
「ちなみにどんな夢見たの?」
「さっきも言ったけど覚えてないの。はいこの話はこれでおしまい」
ここでチャイムが教室が鳴り響いた。
「全員席について読書を始めろー」
先生が生徒にそう呼びかける。毎日朝になると二十分の静かに読書をする時間が設けられている。
美奈たちが席に戻っていく。凛と私は席が近いが凛と鈴は席が離れているため休み時間くらいしか話す機会はない。とりあえず先生に言われた通り本を読む。図書室で適当に借りたミステリー小説が思っていたよりも面白いので気に入っている。
一面に広がる灰色の世界。見覚えがある。どこで見たんだっけ。つい最近見たはずの光景。
「ユイちゃん」
名前を呼ぶ声が聞こえて視界がぼやけていく。
「ん……?美奈?」
「いつまで寝てるの?もうみんな帰ってるよ」
「寝てたのか……」
周囲を見渡すと既に教室にはほとんど人がいなくなっている。目の前にいる美奈は既に荷物を持っていつでも帰れる状態だ。
「ユイちゃん、一緒に帰ろうよ」
「いいよ」
席を立ちあがり荷物を持って美奈と一緒に教室を出る。
相澤美奈は私の親友だ。小学生の頃、初めて知り合ってからいつも一緒にいる。学校が終わった後はいつも2人で話ながら帰っているし休日は毎回と言っていいほど遊んでいる。中学生となった今でも変わらず一緒に帰る仲だ。
「もうすぐ夏休みだね」
「そうだねぇ。美奈は夏休み何か予定あるの?」
「うーん……夏祭りに行きたいなぁって」
「いいじゃん」
「うん……だから一緒に行こう?」
美奈は上目遣いでこちらの顔を覗き込むような態勢で見てくる。長い黒髪に日が当たり茶髪のよう。
美奈は私よりも背が高くて長い黒髪も相まって容姿は大人っぽい雰囲気を纏っているが、実際のところ中身はかなり子供っぽい。
こういう可愛らしい仕草を見せながらお願いをされてしまっては乗り気でなくとも断ることはできないだろう。ただ、夏休みの間に美奈とはどこかに行きたいと思っていたから丁度いい。
「いいよ」
「やったぁ!」
美奈は無邪気に喜び、スキップしながら前に出る。そして道の奥を指さす。
「コンビニでアイス買ってこ」
「下校中に寄り道したら先生に怒られるよ」
「バレなきゃセーフだもーん」
そう言って美奈は足早にコンビニへと向かっていったので私もそれを追いかけた。注意はしつつも止めずについて行ってしまうのは自分がなんだかんだ彼女に甘いということなのだろう。
それはそれとしてこんな暑い時期に走らせないで欲しい。ただでさえ暑さでどうにかなってしまいそうな時期だ。教科書などが入った重い鞄を背負いながら走るというのはしんどい。
そう思いながらコンビニの自動ドアの境界を越えた途端、まるで別世界にでも来たかのような感覚になった。
「生き返る~」
先にコンビニへ入っていった美奈を探す。美奈を見つけるとアイスを選んでいる最中だった。近付いて声をかける。
「どれ買うか決めたの?」
「うーん……どれにしようかなぁ」
悩んでいる美奈の横で私もアイスを選ぶ。
「よし、決めた」
そう言ってソーダ味の棒アイスを取る。
「違う味選んでシェアしよ」
「いいよ」
美奈の提案を受けソーダ味以外の棒アイスを選ぶことにする。少し悩んで梨味のアイスを手に取る。
レジで会計を済ませて外に出ると影になってる場所へ行きアイスを開ける。一口食べると口の中に冷たい感覚と梨の味が口の中に広がる。
「おいしい?」
「うん」
「一口頂戴」
そう言って私の持っているアイスを一口食べる。
顔が近くて目やまつ毛といった部分がはっきりと見える。
胸の鼓動が少し早まった。
「はい、ユイちゃんも」
そう言ってこちらにアイスを差し出してくる。口の前に出されたアイスをかじる。ソーダの味が口の中に広がっていく。
アイスを食べ終えて家へ向かった。美奈の家は私よりも学校に近くて私の家はさらに5分程度歩いたところにある。
「また明日ね、バイバイ」
「じゃあね」
軽くあいさつして美奈と別れる。
「ただいまー」
そう言いながら家に入るとリビングの方から「おかえり」というお母さんの声が返ってきた。
自分の部屋に入り制服のスカートを脱ぐとハンガーにかけて置いてあるハーフパンツを履く。そのままベッドに寝転がると急激に眠気に襲われた。夕飯までに起きれば問題ないだろう。そう思い瞼を閉じた。
「結、起きなさい」
体を揺らされ目を開けるとそこにはお母さんが立っていた。
「こんな時間に寝てたら夜眠れなくなるよ」
「んぅ……今何時?」
「もう六時過ぎてる。それより、コンビニ行って電池買ってきてくれない?リモコンの電池切れちゃったのよ」
「えぇ……」
「余ったお金で好きに買っていいから」
「はいはい、わかったよ」
お母さんからお金を受け取り、流石にブラウスにハーフパンツの格好はマズイと思い適当にTシャツを着て家を出る。
電池とお菓子を少し買ってコンビニを出る。家の方向に向かおうとしたところで見覚えのある後ろ姿が目に入った。
美奈は何故か人がほとんど通らない狭い路地へと入っていった。あんな場所にいったい何の用があるのだろうか。それに日は沈みつつあることを考えると心配だ。私は美奈を追って路地に入った。
路地は薄暗くてジメっとした雰囲気で不気味さを感じる。
路地はひどく静かだった。
風も人の声もしない。
自分の呼吸だけが、やけに大きく響いている気がした。
しばらく歩いていると再び見覚えの背中が見えた。
声をかけようと近づいた時にその先の光景を目にして声が詰まり足が止まる。
美奈の足元に、人が倒れていた。
動かない。
赤い液体だけが、じわりと広がっていく。
夏の空気がぬるくて、血の匂いがやけに濃く感じた。
なんで、こんなところで——
そこまで考えた瞬間、美奈がゆっくりと振り返った。
深い赤に染まった瞳がこちらを凝視してくる。口元には血が付いてる。表情は予想外の状況だからなのか目を見開き少しの間固まっていた。
「みな……?」
声をかけると美奈はゆっくりとこちらに近づいてくる。本当なら逃げるべき状況だと思う。でも、体が動かなかった。視線が彼女に引き付けられる。
美奈が手の届く距離にまで迫ってきた。美奈の右手が伸びて頬に触れる。
心臓が大きく跳ねる。鼓動がうるさくて周囲の音が聞こえなくなる。
美奈が顔をこちらへ近づけてくる。そして、口が私の耳元まで迫って言葉を呟いた。
「今見たこと……誰にも言わないで」
背筋に凍るような感覚になる。
その声色はまるで縋るようだった。私は言葉を紡ぐことができずただ小さく頷くことしかできなかった。
顔を耳元から離して少し目を細めながらこちらを見てくる。
「どうしてここにいるの?」
「どうしてって……コンビニから帰るときにたまたま見かけたから……」
嘘は言っていない。
もしかしたら私はここで殺されるのかもしれない。こういう時、素直に答えれば見逃してもらえるなんてことはあるのだろうか。明らかな殺害現場。目撃者も消して証拠隠滅するのではないだろうか。
そんなことを躊躇いなく行う。そう言い切れるほど、彼女の瞳からは人間らしさが感じられなかった。
「え……」
ふと、死体の方に視線を向けると衝撃的な光景が目に入る。倒れていた死体は溶けるように崩れていき肉塊となり、動き出し形を作っていく。やがてさっきの死体と全く同じ姿になったそれは何事もなかったようにその場を去っていった。
あまりにも非現実的な出来事に思考が追いつかない。
それと同時に全身に悪寒が走る。
「美奈……今のなに……?」
「あれは……なんだろうね……上手く言葉で説明できないや」
普段とは違う淡々とした喋り方。
でも、少し上擦った声色。焦りや緊張はあるのかそこに微かな人間らしさを感じる。
「……さっきの人って生きてるの?死んでるの?」
「……半分死んでるの……かな?」
「なんでそんな曖昧なの……」
「説明が難しいんだよね。でもあの人はわたしに殺されたことを知らない。きっといつも通りの生活を送るよ」
言ってる意味がまるでわからなかった。
「じゃあ、あなたは何者なの?」
「わたしは……なんだろうね。わかんない」
「……美奈は……人間じゃないってことなの?」
「……そうだね」
衝撃的な事実にただ立ち尽くしていることしかできなかった。
初めまして
これは親友の秘密を知った主人公が親友と特別な関係になっていくお話です。共依存な関係が好きですね。
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