第15話 真実
「おはよう」
「……おはよう」
「なんか顔色悪いけど」
いつも通りに挨拶したはずだった。
「……多分寝不足だと思う」
「テスト近いんだからちゃんと寝た方がいいよ」
「……うん」
目の前にいる綾香は姿も言動も何一つ変わっていない。誰一人として昨日までの綾香とは違うということには気づかないだろう。
何も変わっていない。
それなのに私は今まで通り、綾香として受け入れられていない。
「大丈夫?」
不安そうな目で美奈がこちらを見てくる。
綾香の真実を知っているのはこの世界で私と美奈だけだ。
そして美奈は人間じゃない。私とはそもそも価値観が違うのだから美奈にとっては受け入れられないことではないのだろう。
美奈の力で作られた偽物なのだからそれは当然のことか。
「平気だよ」
美奈には心配をかけたくない。
私が様子がおかしかったら美奈は自分のことを攻めてしまう気がする。
原因は私で、選択したのも私。
美奈があの提案をしたのも自分が人を殺してることを私が快く思ってないと考えての提案なのだと思う。
だから悪いのは私。綾香が死んでしまったのも私のせい。
きっと、美奈からも綾香からも離れて全て忘れてしまえばこんなことで悩むこともないだろう。
でも、私の中に美奈から離れるという選択肢は無かった。
下校時間を知らせるチャイムの音が鳴り響く。
帰る準備を手早く終わらせると美奈の席に向かう。
「一緒に帰ろ」
精一杯の笑顔を作りながら美奈に声をかける。
「……うん」
いつもと変わらないはずなのに歩いてる間は沈黙が続いた。
気が付けばいつものコンビニのところまで来ていた。毎日のように通り、見慣れた場所。
ただその場所に一つの変化が生じている。
昨日の血だまりは乾いてアスファルトに完全に染み付いてしまっている。
「あの血……綾香が復活した時、元に戻らなかったね」
「……死んだ人を元にすると血とかは残る……みたい」
生きてる人間と死体じゃ扱いが違うらしい。
一度考えた殺すのではなく既に死んでいる人間を食べる案は証拠などが残ってむしろ危険な可能性がある。
美奈がこの先も普通に生活するなら人を殺し続けなくてはならない。
見慣れた道を歩き続け、気づけば美奈の家の前まで来ていた。
玄関の前に立つと振り向いてこちらを見る。
「それじゃあ……次会うのは月曜日かな」
「…………」
一息入れて私は口を開いた。
「あのさ、もう私のことは気にしなくていいから……。私もう美奈が人を殺してることについて何も言わないから……」
その言葉を聞いた美奈は目を見開いた後、俯き、唇を震わせる。そして、顔を上げ笑みを浮かべた。その表情が作り物であることは明らかだった。
「ごめんね。わたしのせいで」
「美奈のせいじゃない。選んだのは私だから」
「でも、選んで欲しいってお願いしたのはわたしだよ。だから……ユイちゃんは全部……忘れて」
美奈はドアを開け家の中へと消えていった。
私一人だけが取り残され静寂の中、カラスの鳴き声だけが響き渡っていた。
ドアを開け家の中に入り自分の部屋へと向かう。
「ただいまくらいいいなさいよー」
リビングからお母さんの声が聞こえてきた。
「ただいま」
「おかえり。今日は珍しく早いじゃん」
「うーん……勉強する気分じゃなくて」
「そう。休むのも程々にね。成績上がってるんだからちゃんと頑張りなさいよ」
「はいはい。わかってますよ」
お母さんとの会話を終わらせ部屋に入るとそのままベッドに倒れ込んだ。
天井を仰ぐ。
勉強をしないといけないとわかっていても体を動かしたくない。何もしたくない。
あの時、違う選択をしていれば何か変わっていたと何度も考えてしまう。少なくともあの場で綾香が死ぬことはなかった。
きっと初めからさっき美奈に伝えたことを言っていれば良かったんだ。
思考を巡らせることに疲れ果て瞼が重くなる。
自然と瞼を閉じ、気づけば眠りについていた。
どこか見覚えのある灰色の景色が広がっていた。
目の前にある車は大破し煙が噴き出ている。
少しずつ記憶が蘇ってきた。以前にも同じ景色を見たことを思い出した。
前回は車の中を見ようとしてそこで途切れてしまった。車の窓ガラスを覗くと曇っていてよく見えないが確かに人のシルエットが見えた。よく見るとシルエットは三人分あるように見える。
ドアハンドルに手をかける。
緊張しているのか呼吸が浅く早くなる。
これ以上は見てはいけないと本能が語り掛けてくるようだ。
でも、それ以上に好奇心が勝っていた。
意を決してドアハンドルを引く。
視界が闇に包まれて何も見えない。
いや、見えないんじゃなくて瞼が重くて開かない。
どうにか目を開けないかと藻掻いていると少しずつ視界がクリアになってきた。
真っ白な視界に少しずつ人の形をした影ができていく。
影がはっきりとして目の前に誰がいるのかが鮮明になる。
そして、はっきりと認識したと同時に私の意識は再び途切れた。
「はぁ……はぁ……」
視界に広がっているのは見慣れた部屋の天井だった。
見ていたのは夢であって現実ではない。そのはずなのに体に残る感覚が鮮明で生々しかった。
ベッドから体を起こす。全身が激しい運動をした後のように重い。
いや、今は体の不調よりも確かめなければいけないことがある。
部屋を出てリビングへと向かった。
リビングを覗くとソファに座ってテレビを見ているお母さんの姿があった。
鼓動が早まり胸が痛む。
知りたいという気持ちと同時に知ってしまったらもう戻れなくなってしまうのではないかという恐怖が沸き上がってきた。
大きく深呼吸をし、一歩踏み出した。
足音に気づいてお母さんがこちらを振り返る。
「どうした?」
「あのさ……私って昔、事故とか事件に巻き込まれたことあるっけ?」
その言葉を聞いたお母さんは目を見開いて驚いた表情をしていた。
「あんた覚えてないの?」
「え?あったの?」
「小三のころの話。あの時、ホントに大変だったのよ」
「全然覚えてない」
「そういえば頭大怪我してたから記憶が飛んでたわね」
「そんな酷かったんだ」
「酷いなんてもんじゃないわよ。本当に死んじゃうんじゃないかって大慌てよ」
そこまで酷い状態になってよく後遺症なしで生きてるな私。
今の話で何となくわかったことがある。もし、私がその事故で死んでいるなら美奈が私のことを治しているだろうし既にその時点で死んでいたとしても美奈なら治すことができる。つまり小三の時点では私は生きてる。
「その事故って具体的に何があったか知ってる?」
さらに踏み込んだ質問をする。
「ん?知ってるよ。確か夏休みのときだったかなぁ。美奈ちゃんと海に遊びに行くって言ってさ。美奈ちゃんのお母さんの車にあんたを乗せていってもらったのよね。お母さん、海行きたくなかったから」
「えぇ……」
やっぱり夢で見たのは本当に起きたこと。そして、私が忘れていたことなんだ。
「……それで事故に巻き込まれたと」
「そうねぇ。聞いた話だと大型のトラックと正面衝突したんだとか」
「美奈と美奈のお母さんはどうだったの?」
「それがねぇ、大怪我してたのはあんただけで二人はほとんど怪我してなかったのよねぇ」
「え?」
そんなはずはない。私が夢で見た光景では美奈は――。
「……二人からは何か話は聞いたの?」
「聞いたけど二人とも見つかったときは意識がなくて起きた後も何も覚えていなかったみたい」
「そう……。じゃあ、私部屋戻る」
「それにしても急に昔のこと聞いてきてどうしたのさ」
「まあ……なんというか、なんか気になって」
「ふーん……まあなんでもいいけど。あ、六時半くらいにはリビングに来なさいよ」
「はいはい」
そう言って私はリビングを出るとそのまま部屋に戻ってベッドに倒れ込んだ。
スマホを取り出しメッセージを打ち込もうとしたところで手が止まる。
これは直接会って話すべきことな気がする。
スマホをベッドの上に投げ捨て天井に目を向ける。
美奈は事故に遭った時、ほとんど怪我をしなかった。でも私が夢で見た美奈の姿とはまるで違った。
どうしても確かめたいと思った。
スマホを再び手に取る。
『明日って何か予定ある?』
メッセージを打ち込み送信する。
少しして通知音が鳴り確認すると美奈から返信がきていた。
『何もないよ』
『じゃあ、家に行ってもいい?一緒に勉強したい』
『いいよ』
私はスマホをベッドに置くと瞼を閉じた。
こんなことをして何になるんだろうか。
美奈の正体を明らかにしたところで結局何も変わらないのではないか。
いや、変わるとしたら私の気持ちだけだろう。
知らなければ良かったと後悔するかもしれない。
それでも、美奈ことをもっと知っておかなければならないと思った。
言ってしまえば私は美奈に人を殺すことを促し、それを見て見ぬふりしている共犯者だ。
私はまだ美奈と一緒にいたい。
時計を見ると二時になろうとしている。
そろそろ約束の時間になる。一応、一緒に勉強をするという名目で家に行くことになっているので道具をバッグに入れる。
ドアに手をかけると自然と動きが止まった。
別に会ってすぐに話すわけではない。真相を知りたいという気持ちはあるがそれ以上に今は美奈に会いたい。一緒にいたいという気持ちが勝っている。
私はドアを開け美奈の家へと歩を進めた。
インターホンを押し少し待っていると、ドアが開きいつもと変わらない様子の美奈が顔を出した。
安堵すると同時に実は取り繕っているだけなのかもしれないという疑念が微かに残る。
「家、入らないの?」
「え、あ、ごめんボーっとしてた」
美奈の様子を気にする前に自分のことを気にした方がいい。これでは美奈から聞き出す前にこっちが心配されてしまう。
「お邪魔します」
家の中は静寂に包まれており私たち以外の人の気配は感じられなかった。
美奈の部屋に入る。以前と変わりない様子。
「何か飲みたいものある?」
「うーん……ないから任せるよ」
「わかった」
そう言って美奈は部屋から出ていき私一人が部屋に取り残された。
ここまでで美奈の様子に変化は感じられなかった。あとはどうやって話をするか。
以前、美奈は母親を殺してはいないと言っていた。それ自体は嘘ではない。
私の推測が正しければ母親は既に死んでいる。
そして、美奈も――
「おまたせ。ジュースとお菓子持ってきたよ」
ドアが開きお盆を持った美奈が入ってくる。お盆の上にはオレンジジュースと色んなお菓子が乗っていた。
美奈が床に座り勉強道具を出すのを見て私もノートや教科書などをバッグから取り出し勉強を始めた。
二時間程度経っただろうか。流石に集中力が切れ始めた。
美奈は私よりも頭が良くて成績も良い。だから、この時間にわからない部分を色々と教えてもらった。おかげでいつもより勉強がはかどったと思う。
「そろそろ休憩しよ」
そう言って美奈はペンを置くとベッドに倒れ込んだ。
「ユイちゃんも来て」
私は立ち上がると美奈のすぐ横に倒れ込んだ。
横を向けば目の前に美奈の顔がある。目が合うと美奈は嬉しそうに微笑んだ。
思わず目を逸らす。
今逸らしたのは自分の気持ちを悟られたくなかったからだろうか。
上体を起こし美奈の手に触れる。
温かい。
手から美奈の熱が伝わってきて気持ちが良い。
美奈の方に体を傾けそのまま抱き着く。
「わっ。急にどうしたの?」
「なんとなくしたくなっただけ」
美奈の胸に自分の耳を当てる。
ドクンドクンと心臓が鳴っているのがわかる。耳を当てていると少し心臓の鼓動が早まった。
「心臓の音、早くなってる」
「わざわざ言わないでよぉ」
心臓の鼓動は間違いなく彼女が生きていることを証明している。
きっとこれは綾香も同じで一度死んで何かが成り代わっているとしても綾香は綾香として普通に生きている。
だからきっとこのままでいいと思う。
こうやって他愛のないやり取りをしているだけで楽しくてずっとこうしていたいと思ってしまう。
このままで良いと思うと同時に踏み込んで知ってしまった私は美奈の全てを知るべきなんだと思う。
私はこれからも美奈と一緒にいたい。
一緒にいるなら私も全てを知って背負って生きるべきなんだ。
「ねぇ、美奈」
「なに?」
「変なこと聞くけど美奈はさ昔交通事故に遭ったこと覚えてる?」
「交通事故?」
オウム返しをする美奈は頭に?を浮かべた顔をしている。
「小三のとき一緒に美奈のお母さんの車に乗って遊びに行ったときの話。覚えてない?」
「そうだっけ?」
「お母さんに聞いたんだけどその時、私だけ大怪我してて美奈と美奈のお母さんはほとんど怪我してなかったんだって」
美奈の表情が少し強張る。
一度を呼吸をして整える。
トラックと正面衝突したという事故。
それで運転席に座っていた美奈のお母さんはほとんど怪我をしていなくて私だけ大怪我しているのは明らかにおかしい。そして、助手席、もしくは私の隣に座っていたであろう美奈もほとんど怪我をしていなかったという。
そんなはずはないと心が否定している。でも、どうしてもこの考えが頭に浮かんでしまう。
――美奈と美奈のお母さんは交通事故の時、既に死んでいる。
手が震えるのを必死に抑える。
自然と目を逸らしそうになるのを堪え美奈と目を合わせる。
ここまで来て立ち止まるわけにはいかない。
「あなたは誰なの?」
美奈の核心に迫るだろう質問を私は投げかけた。




