第14話 混乱
目覚ましのアラーム音が部屋に鳴り響いて目を覚ます。布団から体を出すと少し肌寒い。
朝食を済ませて制服に着替える。流石にこの時期は寒いから長袖を着ることにする。
気づけばもう十一月になっていた。
この時期になるとほとんどの人は進路を決めて勉強をしている。
私と美奈も例外ではない。同じ高校に進学すると約束したが家から通える距離に絞ると選択肢はある程度限られる。加えて親から公立に入ってほしいと言われその条件だと今の私の成績だとそれなりの努力が必要だ。
必然的に美奈と遊ぶ頻度は激減した。
「いってきまーす」
リビングにいる家族に聞こえるくらいの声量で言うと同時にドアを開け外に出る。
外に出ると空気は冷たいが朝日のおかげもあって比較的暖かい。
インターホンのボタンを押す。
少しするとドアが開いて美奈が顔を出してきた。
「おはよ」
「おはよう」
いつものように私たちは二人で並んで学校へと歩き出した。
夏祭りに行ったあの日から二ヶ月が経った。こうして休日以外はいつも会って話しているが美奈の様子に変化は感じられない。
もしかしたら私の知らないところで人を殺しているのかもしれない。
それはないと信じたいが仮に殺していたとしても私には本物と偽物を判別することはできない。
とはいえそのことについて質問するのは私が美奈のことを信じていないようで気が進まない。
なら、殺してた場合はそのことに私含め誰一人気づかなければいい。
「あれから結構経ったけど体調に変化はないの?」
「今のところなんともないから大丈夫だよ」
そう言いながらこちらを向く。
「心配してくれてるの?」
「だって……これで何かあったら私のせいじゃん。心配するに決まってるよ」
少しキョトンとした表情を見せたあと美奈は笑みを浮かべた。
「ありがとう。でも、何かあってもユイちゃんのせいじゃないよ」
美奈の顔から笑みが消えて薄暗くなる。
「ずっと思ってたの。本当にこんな生き方でいいのかなって。わたし、自分でも自分のことがよくわからない。だから流れに身を任せていたけどユイちゃんにバレてから変わらないといけないと思ったの。だって一緒にいる相手が知らないところで人殺してるなんて嫌でしょ?」
「まあ……そうだね……」
否定はできなかった。でも、私は美奈の方から切り出さなかったらきっと何も言わなかった。美奈は人間じゃない何かだから生きるために人を殺す必要があるのなら私は自然と飲み込み、受け入れると思う。そうしなきゃ私は美奈と一緒にいられないのだとしたら。
「わたしはこの先もユイちゃんと一緒にいたいよ」
「私も……」
振る舞いを見て何となく嘘は付いてないだろうと思う。ただ、何かあったら言ってとは言ったものの美奈の性格を考えると何か異変があったとしても私に対して隠すかもしれない。
「そのためにもまず受験勉強だね」
「ウッ……」
唐突に現実に引き戻される言葉をかけられて思わず声が詰まる。
「ちゃんと勉強してる?」
美奈がこちらの顔を覗き込んでくる。顔を傾ける仕草が可愛らしくて思わず目を逸らす。
「してるよ」
実際、休日もしっかりと勉強はしている。たまに美奈に教えてもらうこともある。前のテストでも点数は上がっていたし勉強の成果は出ていると思う。ただ、今目を逸らしながら言ってるせいでなんだか嘘をついてるみたいになってしまっている。
「なんで目を逸らすの?」
美奈が不思議そうな顔をする。
「いや、えっと……とにかく勉強はちゃんとしてるから大丈夫!」
質問には答えずに勢いで誤魔化す。勉強してるのは嘘じゃないから。
「ふーん……」
美奈は目を細めてこちらをじっと見てくる。
「その顔、信じてないでしょ」
「そんなことないよー」
そう言いながら美奈は前を向き小走りで進んでいくので私もそれについて行った。
「おはよう」
学校に着いていつもの人達に挨拶をして席に着く。周囲を見渡すといつも通り雑談してる人もいれば机に向き合って勉強をしている人もいる。この時期になると隙間時間を見つけては勉強する人は結構いる。私もそのうちの一人だからだ。
「勉強熱心だね」
少し前の席替えで近くになった鈴がノートを覗き込んでくる。
「鈴の方は調子どう?」
「ちゃんと勉強してるよー。今はやる気がないだけ」
「大丈夫なの?それ」
「わたしはいいけど凛の成績がちょっと怪しい」
「鈴の方が成績良かったんだ」
「テスト前はわたしがいつも教えてるから」
そうして話をしているとチャイムが鳴り先生が教室へと入ってきた。普段は読書をする時間だが、今は静かに勉強する時間になっている。私はノートに向き直り勉強を再開した。
チャイムが鳴り生徒たちが一斉に教室を出ていく。その中をかき分けて美奈のもとへと向かう。
「美奈は今日勉強していく?」
「そのつもりだよ」
この時期になると自習室が解放されておりそこで夜まで勉強ができることになっている。
自習室を開けて中に入る。既に勉強を始めている人がいてその中に綾香がいた。
私と美奈は綾香の近くの席に座る。
綾香が私たちのことに気づいてこちらを向くと軽く手を振ってきたので同じように返す。そして、綾香はすぐに机に向き直って勉強を再開し始める。
それを見た私もノートを開いて勉強を始めた。
チャイムが鳴り下校する時間がやってきた。窓の方を見ると既に外は暗くなっている。
荷物をまとめて席を立ち美奈の方に近づく。それと同時に美奈が立ち上がったのでそのまま教室の外に出る。
学校を出て少し歩いた頃。
「一緒に帰ろ!」
声が響くと同時に背中を押され振り返るとそこには綾香がいた。
「いいけど帰る方向逆じゃない?」
「今日親がいなくておばあちゃん家に泊まるんだけど家がこっちなんだよね」
「なるほど」
そうして三人で帰ることになった。太陽が沈んでるのもあって外は寒く、冷たい空気が肌を刺してくる。
綾香は私たちよりも少し早足で浮立っているように見える。何だか今日の綾香はいつもよりテンション高い気がする。
「なんかテンション高いね」
綾香はこっち向きながら歩き続ける。
「いつもと違う帰り道を歩くのってちょっとワクワクしない?」
「ちょっとわかるかも」
綾香の意見に美奈が乗っかる。
いつもと違う帰り道と言ってもこんな田舎町だとそこまで新鮮味も感じられないような気がする。
うす暗い道を三人で歩いてる中、燦然と輝くコンビニが目に入る。住宅街なのもあって光は街灯か家から漏れ出る電気の光くらいなのもあってコンビニは一層目立っていた。それを見た綾香が駆け出す。
「せっかくだし寄っていかない?」
いつも通りがかるコンビニだが最近は帰る時間が遅いのもあって寄っていくのを控えていた。今日も暗い時間帯だしあまり寄り道をするべきではないような気もするが。
美奈の方を見ると既に綾香と一緒にコンビニの方に向かっていた。どうやら選択肢などないらしく私も観念してコンビニに向かう。
コンビニの中に入ると温かい空気が肌に触れて心地良い。
二人を探すため店内を見て回ると飲み物のところにいる二人を見つけ近づく。
「なに買うの?」
そう質問すると二人は手に持ったジュースとお菓子を見せてくる。
「じゃあ先に買ってくるね」
そう言って美奈と綾香はレジの方に向かった。
その姿を確認し振り返って飲み物が並ぶ冷蔵庫に目を向ける。
ジュースを飲もうと思ったが外は寒いしどうせなら温かい物を飲みたいと思いカフェオレを飲むことにした。
お菓子は何を買おうかと棚を見て回って最終的にポッキーを買うことにする。
「ホットカフェラテを一つ」
支払いをしながら店員にそう言うと店員からカップを渡されるのでコーヒーマシンのところへ向かう。
カップをセットしてコーヒーが注がれてるのを待っているときにふと外を見ると美奈と綾香が外で雑談している姿が目に入る。
その姿を見て心に靄がかかったような気分になる。
早くコーヒーが注ぎ終わらないかと焦る気持ちが積もっていく。
ようやくコーヒーが注ぎ終わったのでマシンから取り出し外に出る。
「え?」
コーヒーの入ったカップが地面に落ち茶色の液体がコンクリートの地面に広がる。
目の前の光景に理解が及ばずその場に立ち尽くすしかなかった。
鼓動は早まり動悸が激しくなっていく。
最初に思ったことは恐怖よりも選択を間違えたことによる後悔だった。
美奈の頭部を飲み込みながら溢れ出てくるそれはどす黒い泥のような見た目でありながら生き物のように蠢いている。
「な、なにこれ……?」
綾香は恐怖で震えながらも美奈からゆっくり距離を置いていく。
その綾香を追いかけるように泥のような何かはゆっくり迫っていく。
それを見た綾香は振り返ると道路の方へ一目散に走りだした。
綾香が走り出すと同時に黒い何かは加速し綾香に襲い掛かる。
「待って!」
咄嗟に美奈の方へと駆け寄る。
その時、背後から耳を突く大きな音が鳴り響いてきた。
振り返ると大型トラックが綾香に向かっていってるのが目に入る。
声を出すよりも早く、綾香の体はトラックに衝突し数メートル吹き飛ぶ。
鈍い音を立て道路に落ちる綾香のもとに駆け寄る。
倒れている綾香を軽く揺する。反応はなかった。
「あやか……?」
顔に触れると指先に赤黒い液体が付いた。よく見れば綾香の体を中心に赤黒い液体が広がっていき血だまりへとなっていく。
死んでいる。
そう結論付けるには十分すぎる状態だった。
一瞬、脳裏に浮かび上がった光景。血まみれで倒れる美奈の姿。それが綾香と重なる。
心臓の音がうるさい。動悸が激しくなって苦しい。
頭の中が真っ白になってただ呆然と立ち尽くしていた。
「たすけっ……!」
背後から悲鳴のような断末魔が聞こえて振り返ると美奈から出ている何かはトラックの運転手の体を飲み込んでいた。飲み込まれた運転手は藻掻いていたがやがて動きが完全に止まった後、全身が黒い何かに飲み込まれる。
その様子はまさしく捕食と言っていい様子だった。美奈にとって人間は食料であるという意味が理解できた気がする。
少しして吐き出すように黒い何かから運転手が出てきて地面に転がる。
すぐに運転手は立ち上がると何事もなかったかのようにトラックに乗りその場を去っていった。
人を食って満足したのか美奈の体から溢れ出ていた黒い何かは徐々に引っ込んでいき元の美奈の姿に戻っていった。
元に戻った美奈はこちらへ近づいてくる。
私の目の前で止まるかと思いきやそのまま通り過ぎていく。
そして、倒れている綾香の目の前で立ち止まると再び体から黒い何かが出てきた。
「ごめん……なさい……」
擦れた声で小さく呟きながら黒い何かは綾香の体を飲み込んでいく。
少しして黒い何かが引っ込んでいき綾香の姿が現れる。
その綾香には傷一つ付いていなかった。
そして、目を開き起き上がる。
「どうしたの?」
不思議そうにこちらに声をかけてくる。
声も表情も動きも全て私が今まで見てきた綾香そのものだった。
「もう暗いし私帰るね」
そう言って地面に落ちていた荷物を拾い上げると綾香は家へと向かっていった。
この場には俯いたまま動かない美奈と私だけが取り残されていた。
美奈の目の前には血だまりだけが残されている。
「美奈……」
恐る恐る近づいて美奈に声をかけてみる。
「ごめんなさい」
弱弱しい声でそう返ってきた。
「わたしのせいで……わたしが何もしなければ綾香ちゃんは死ななかった……」
涙を浮かべながら絞り出すようにそう言った。
「……美奈のせいじゃない。選択したのは……私……だから……」
美奈が血だまりの方に視線を向ける。
「……これでよかったのかな……」
私たちは取り返しのつかないことをした。
でも、それは私たちだけしか知らないことで誰も私たちを裁くことはできない。
私たち以外にとっては何も変わってない。いつも通りの日常が続いている。
私には友人が死に全く同じ存在が成り代わっているという事実だけが残っている。
私は綾香と今までと同じように接することができるのだろうか。
私が人を殺さないでと言ったら綾香は今日、死ななかったかもしれない。
だが、それは代わりに美奈の食料になる人がいるということだ。
しかし、それで何か不利益を被る人はいないだろう。美奈に食われても全く同じ偽物が成り代わるのだから。
それで良かったのかもしれない。美奈が私の知らないところで人を殺し続けるのが正解だったのかもしれない。
「私にも……わからない……」
綾香は私たちのせいで事故死した。それを私たちは無かったことにしてしまった。
私たち以外にとっては事故という出来事が無かったことにされたのだからむしろ良いことのはずなのだ。
そう、誰も不利益を被っていない。不幸にもなっていない。これで良いはずなんだ。
「なにも……わからないよ……」
もう、私には何が正しくて正しくないのかわからなかった。




