第13話 約束
「明日の夏祭り一緒に行こうよ」
私の足を枕にしている美奈がこちらに顔を向けながら言う。手を伸ばし美奈の頬に触れる。
「いいよ」
夏休みの間、私はほぼ毎日美奈の家に行ってはこうして部屋で一緒に過ごしている。断る理由はなかった。
毎日触れていると慣れてきたのか心臓の鼓動が早くなる頻度が減ったような気がする。
美奈の頬に触れている手が動き感触を堪能していく。
「くすぐったい」
「触りたくなるほっぺなのがいけない」
頬を撫でながら指が美奈の唇に触れる。柔らかい唇は少し湿っていて隙間から漏れる吐息が指に触れる。
少し顔が熱を帯びた気がした。
何も言わず触れていると眉をひそめた美奈が起き上がる。
それまで距離のあった顔が一気に近づいてくる。
美奈の手が私の頬に触れ、指が唇を撫でる。
次に美奈が何をするのかなんとなく理解でき、身構える。
美奈が顔を近づけ唇が重なる。柔らかな感触の唇を通して伝わってきて体温が上がっていく。
数秒経って唇が離れる。
何度繰り返してもこれだけは慣れる気がしない。でも、この慣れることのない感覚を何度も味わいたいと思う。
「キスしたいのかなって。違った?」
顔を傾けながら美奈がこちらを見てくる。
「違くない。もっとして」
少し前まで恥ずかしがって断っていたと思う。それが気づけば当然のようにキスを求めるようになっている。
「そんなにしたかったの?」
しょうがないなという顔をしながら美奈の唇が再び触れる。さっきよりも長く唇が重なっていた。
もっと美奈に触れたくて服の隙間に手を入れてお腹に触れる。
美奈の体が跳ねる。顔が離れる気がしたので頭の後ろに手を回して離れないようにする。
美奈の服をめくってお腹に指先で撫でていく。
強めに肩を押されて唇が離れる。
「ヘンタイ」
ムッとした顔で美奈がこちらを睨む。
仕返しするかのように美奈の指先が私の首に触れる。上から下へ流れるように指先が肌を伝う。
「んっ」
普通に触れられるのとは違う刺激に思わず声が漏れ出る。
痕を付けた場所を指先が順番に伝っていく。キスで付けられた場所は既に痕が消えているがその位置をはっきりと覚えているかのように触れてくる。
シャツをずらされ噛まれた痕が露わになる。
「ちゃんと残ってるね」
「血が出るくらい噛まれたんだからすぐに消えないよ」
その痕を指で撫でていく。
一通り撫でると顔を近づけて舌が痕をなぞっていく。
生暖かい感触が肌を伝って全身に広がっていく。
「……こんなことして……いいの?また私のこと殺したくなっちゃうよ?」
挑発するような声色で囁く。体が跳ねて耳が赤く染まっている姿が可愛らしい。
「それは……いやだ……」
そう言って美奈は顔を離した。
顔を覗き込むとまだ物足りないといった様子だった。
「別に我慢しなくていいんだよ?」
「わたしがいやだから……」
やめてほしくない。もっと触れて欲しい。
美奈の手首を掴んで引き寄せると指に歯を立てる。
「やめないでよ」
「でも……」
美奈の躊躇いは理解している。自分勝手であることはわかっていてもやめたくなかった。
美奈の手を私の首に当てる。
「ダメ」
強めの力で振り払われてしまい美奈の手が首から離れる。
さすがにやりすぎてしまったと反省。
「ごめん」
「怒ってないから気にしないで」
美奈に体を押されてそのままベッドに倒れ込む。私を覆うような体勢で美奈がこちらを見下ろしてくる。
「美奈?」
「ユイちゃんってわたしに首絞められたいの?」
「へ?」
予想していなかった質問が飛んできて思わず変な声が出てしまった。
確かにさっきの首に手を当てる動きは前と同じように首を絞めるように促しているみたいだ。
そのことに気づいて顔が沸騰したかのように熱くなる。
「ちがッ……」
「違うの?」
「……ちがくない……かも」
目を逸らそうと顔を横に向けようとすると頬を掴まれて顔の向きを戻される。
美奈は私の耳元に顔を近づけてきた。
「もっと正直に言ってよ」
「……美奈に首を絞められたとき……首を絞められたこととあの時の美奈の顔をみてちょっと興奮してた……」
あまりにも酷い告白にその場から逃げ出したくて仕方なかった。だが、目の前には美奈がいて逃げ道は完全に塞がれてしまっている。
「ふふっ……」
「笑わないでよ……」
「ごめん、可愛いなって。それにユイちゃんだって水族館行った日にわたしに恥ずかしいこと言わせてたからその仕返し」
美奈がいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「もう満足したでしょ。この状態だと起きれな」
言葉を言い切る前に唇を塞がれる。
唇が重なり何かが口の中に入り込んでくる。
それが美奈の舌であることはすぐに理解できた。舌が口の中で動くたびに心臓の鼓動が早まっていく。
お互いに呼吸がどんどん荒くなっていく。
苦しくなってきた頃に美奈の唇が離れた。
「……我慢できてないじゃん」
息を荒くしながら言葉が零れる。
「煽ってきたの……ユイちゃんの方だよね……」
そう言い返す美奈の顔はあの時を彷彿とさせるような恍惚とした表情を見せていた。
美奈の手が近づいてきて指先が首に触れる。そして、上から下へと指を動かし首をなぞっていく。
「んッ」
電流でも走ったかのような感覚に体が跳ねる。
「首触られるのそんなに良かった?」
「くすぐったいだけ……」
自分の感じたものから目を逸らして誤魔化す。
その後も美奈は私の体に触れてきた。顔、首、腕、お腹、太ももとあらゆる場所に様々な触り方を試すように。我慢とは一体なんだったんだろうか。
ふと視界に入り込んだ時計の表示をみて既に五時を過ぎていることに気づいた。
「これ以上は……ダメ……」
声を絞り出しながら美奈の手を握る。
「そろそろ帰らないと……」
体全体がサウナに入った後のように熱い。
名残惜しそうに美奈は私から離れた。
「もう帰っちゃうの……?」
「明日も会うんだからそんなしょぼくれないの」
手を伸ばして美奈の頭を撫でる。
嬉しかったのか頬を綻ばせる。
玄関へと移動した。
「それじゃまたね」
「うん」
「次、射的やりたい」
祭りの日、私は美奈に手を引かれ屋台を見て回っている。
狙いを定めて撃ち、弾はお菓子に当たりバランスを崩し倒れた。
凄いでしょと言わんばかりの顔でこちらを見てくるので拍手と適当な言葉を贈る。
「凄いじゃん」
「ふふん。次はどこ行こうかな」
「美奈が決めていいよ」
「さっきまで私が決めてたから今度はユイちゃんが決めていいよ」
決めていいと言われたがパッと行きたいとこは思いつかなかったのでとりあえず歩きながら屋台を見て回って考えることにする。どうせなら普段食べないものを食べたいなと考えているとある屋台が目に入った。
「あれ食べたいな」
そう言いながら屋台の方を指さす。
「あれってわたあめ?」
「うん。あんまり食べたことないから」
「いいね。わたしも食べたい」
「じゃあ行こ」
屋台に近づいてわたあめを二つ買う。
一口食べてみるとふわふわとした感触がして口の中で一瞬で溶けて甘みが口の中へと広がっていく。
「あま……」
普段食べないだけある甘ったるさを味わった。
「あれ?美奈と結じゃん」
声の方を見ると浴衣を身に纏う凛と鈴が立っていた。
「二人も祭り来てたんだ。浴衣似合ってるね」
「ありがと。そういう二人は浴衣じゃないんだ」
凛が疑問を抱く。私と美奈の服はみんなと集まるときと比べてもかなりラフな格好をしている。
「元々行くつもりなかったから用意してなかったの」
美奈がそう言ったが実際は少し違う。浴衣なかったのも本当だがラフな服装なのはそれとは別に理由がある。
「凛、金魚すくいやろ」
「取っても置く場所ないでしょ」
「ケチ。じゃあ射的」
「それならいいよ。それじゃ、次は夏休み明けかな」
「うん。ばいばい」
「じゃあね」
別れを告げ二人は射的の方へ向かっていった。
わたあめを食べ終えた美奈が時間を確認する。
「あ、もうすぐ花火の時間だから見やすいところ行こ」
私の手を握ると駆け足で歩き始めた。
そのまま美奈に手を引かれて気が付くと祭りの会場から少し離れた高台にやってきた。
高台には他に人はいなくて私たち二人だけだった。
「ここからならよく見えそうだね」
二人で近くにベンチに腰を掛け花火始まる時間を待つ。
もうすぐ夏休みが終わる。そうすれば受験に向けて本格的に勉強していく必要がある。こうして気軽に会って遊ぶ時間も無くなってしまうかもしれない。
そう考えるとこの時間がまだ続いてほしいと思ってしまう。
「夏休み、もうすぐ終わるね」
「そうだね」
「デートして遊園地行ってプール行って祭りも来て……受験生なのにずっと遊んでたね」
「オマケに誰かさんが寂しがったほぼ毎日家で一緒にいたし」
「むぅ」
美奈が頬を膨らませながらこちらを睨んでくる。
「ユイちゃんだってわたしと一緒いれて嬉しかったんじゃないの?」
「まあ、否定はしないよ」
毎日会えて嬉しかったし楽しかった。でも、こんな状態で卒業して離れることになったとき、果たして新しい場所での生活に満足できるのだろうか。もう彼女なしの生活などできそうにないほど私は美奈に依存していると思う。
「ユイちゃんはわたしと一緒いないと寂しい?」
「……寂しいよ」
お互いに次の言葉を発さず、虫の鳴き声だけが響き渡る。
「……ユイちゃんはさ、進路決めた?」
数十秒続いた静寂を美奈が断ち切った。
「まだ決まってない……かな」
決まってない、というよりどこでもいいと言うのが正しい。何かしたいことがある訳でもないし特別成績が良い訳でもない。家から通える場所であることを考えると自然と候補は絞られる。その中から何となくここでいいか、と思った場所を選ぶだけだろう。
「じゃあ、同じ高校行こうよ」
美奈は真っ直ぐこちらを見つめてくる。美奈は私よりも成績は上だ。それに家から通える距離と考えると選択肢は限られてくる。あとは私の努力次第だろう。
「うん、いいよ」
とはいえ断る理由はなかった。これで二人とも同じ高校に入学できればもう三年、一緒にいることができる。その先のことはその時に考えればいい。
「もう一つ、聞きたいことがあるの」
「うん、言って」
美奈は一度深呼吸を挟み、再び口を開いた。
「ユイちゃんはわたしが人を殺すのは嫌?」
その言葉を聞いて息をのんだ。今までずっと触れようとしてこなかった。美奈の方から言ってこなければ話す必要のないことだと思ったからだ。美奈にとっては人を殺すのは生きるために必要なことでありそれを私が止める権利はない。
「私は……」
視界の端に光が入り込むと大きな音が続いて鳴り響き言葉を遮った。
「とりあえず花火見よっか」
そういって話を中断して私と美奈は花火を見ていた。
花火が終わり美奈が行きたい場所があると言って連れられて来た場所は祭りの場所から少し離れた浜辺だった。
すっかり日は落ちており海風も相まって少し肌寒さすら感じる。
「こんなとこ来て何するの?」
「ちょっと悪いことしたいなって」
そう言いながら美奈は靴と靴下を脱ぎ捨てると海にの方へと駆けていった。
「つめた」
暗くてよく見えないが水が美奈の足に触れたのだろう。
「ユイちゃんもきて」
こちらを向き手を伸ばす美奈が笑みを浮かべていることはこの暗闇のなかでも自然と感じ取れた。気づけば靴と靴下を脱ぎ捨てて美奈に向かって歩みを進めている。
差し出された手に触れようとした瞬間、手を握られ勢いよく引っ張られる。足が小さな波に飲み込まれていく。プールの時よりも冷たく思わず跳ねそうになる。
「冷たい……」
美奈の方を見ると変わらず笑みを浮かべていたがその目は真っ直ぐこちらを見ていた。
「……もし、私が人を殺すのをやめてって言ったらどうするの?」
率直な疑問を美奈に問う。
「やめるよ」
即答だった。
「やめたら美奈はどうなるの?」
「ごめん、わたしにもわからないや」
わからないということは今まで美奈は私の知らないところで人を殺し続けていたのだろう。
美奈はどれだけの期間、人を殺さずにいられるのだろう?
もし殺さずに生活を続けた場合、どうなってしまうのか。
「人が食料なら餓死とかしないの?」
「別にお腹が空くとかじゃないの。ただ、脳裏に浮かび上がるの。人を殺せって。本能……みたいな」
本能。美奈が人を殺すのは人間ではなくてそういう生き物だというのならそんな簡単に人を殺すことをやめることなどできないのではないか。
「そんな簡単にやめれることなの?」
「ユイちゃんがそうして欲しいならやるよ」
向けられる澄んだ瞳から思わず目をそらす。
美奈は自分の未来を私に委ねようとしている。この先、一緒に居続けるためにはどうするべきか。
このまま人を殺し続けた場合、誰かに見つかる可能性がある。その時、美奈はどうするのだろう?
多分、美奈は口封じをすると思う。そして、見つけたのが鈴や凛、綾香だったらどうなる?
『知らなければ何も変わらないんじゃない?』
遊園地での鈴の言葉が思い浮かぶ。美奈に殺されたらよく似た偽物に成り代わる。それは普通の人ならまず気づくことはない。
でも、私は知ってしまっている。きっと鈴や凛、綾香が美奈に殺されて偽物が成り代わったとして全てが本物だと同じだとしても私は別人であると認識すると思う。
「……私は……やめてほしいかな」
一番怖いのは何かしらがキッカケで美奈と一緒にいられなくなること。美奈が普通に人として生きることができるのならそっちの方が良いに決まっている。
「うん。わかった」
「でも、無理はしないで。何か体に異変があったらすぐに言って」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
そう言って笑顔を見せる美奈の姿に目が眩みそうになる。
後ろに下がろうとすると手を強く引かれ足が止まる。
「美奈……?」
「離れないで」
手を引いたまま美奈が海の方へと進んでいく。一歩、足を踏み出すたびに水に浸かる面積が増えていく。
「美奈、服濡れちゃう」
「さっき言ったよ。悪いことしたいって」
駆け足で美奈が進みそれに引っ張られ私の体も海へ沈んでいく。腰、胸、肩まで浸かるところで美奈は体勢を崩し、全身が水面に飲み込まれていった。手を引かれる私も当然水の中へと引き込まれていく。
月明りに照らされた水の中で目を凝らすとわずかに美奈の姿が見えた。腕を引っ張られて体が美奈の方へと引き寄せられる。そして、唇に何かが触れた。
何をされているのかはすぐに理解できた。抵抗はせずただ受け入れる。重なる唇の間から泡が出ていく。
熱や感触が唇を通して伝わってきて鼓動が早まっていく。
呼吸が苦しくなって唇を離して水面に顔を出す。
月明りに照らされる中で笑みを浮かべる美奈の顔を捉える。
服や髪が濡れた姿がどこか艶めかしく自然と視線が引き寄せられる。
「……こんな格好じゃ家帰れないよ」
美奈から意識を逸らすように口を尖らせながら言う。
「じゃあ、泊まる?」
「いやそれは……」
「ダメ?」
首を傾け、こちらを覗き込むように上目遣いで見てくる。
「……わかったよ」
その言葉を聞いた途端に表情がパッと明るくなり楽し気な足取りで浜辺へと向かう。その後ろに付いて海から出ると服が肌に張り付き風に煽られて寒さで体が震えあがった。
「さっむ」
「風邪ひく前に早く帰ろ」
そう言って美奈は私の手を引いて歩き出し私たちは家へと向かうのだった。




