第16話 日常
「あなたは誰なの?」
「……何を言ってるの?」
美奈の声のトーンが下がる。
瞳に闇が差し込んだ。
美奈が人を殺しているときに見たあの目が再び私に向けられている。
私はここで死ぬかもしれない。
「美奈は本当は小三の時に死んでいる。全てが同じでも今の美奈は別人」
「……そう思う根拠は?」
「事故に遭った時、大怪我していたのは私だけで美奈と美奈のお母さんはほとんど怪我をしていなかった。それっておかしいよね?車が大破するくらいの事故で隣に座っていた私と美奈でそんなに怪我の状態に差があるなんて」
「…………」
美奈は何も言わない。
「美奈、全部教えて。私、あなたのことを知りたい」
美奈は黙ったまま顔を俯かせる。
実際は十数秒程度だったと思う。でも、この時間が私にはとても長い時間のように感じた。
顔を上げた美奈の瞳はいつも通りに戻っていた。
けれど、その瞳からは今にも涙が出そうなほど潤んでおり震えていた。
「いいよ。でも、その前に行きたい場所があるの」
「……わかった。行こ」
外に出てみれば太陽は沈みつつあり街全体が橙色に包まれていた。
冬は日が沈むのが早い。一日の時間が変わるわけではないのに冬の一日は何故か夏より短く感じる。
小学生の頃、冬は暗くなるのが早いから遊びに行ったときも早めに帰ってこいと親によく言われていたことを思い出した。
手を繋ぎ、美奈と一緒に道を歩き続ける。
どこへ向かっているのか私には見当がつかない。
自然といつもより強く手を握る。
「いつ気づいたの?」
「……何度か事故に遭ったときの夢を見て、思い出したの」
「そう……」
再び無言の間が続いた。
「ユイちゃんはわたしのこと、怖くないの?正体がバレたから殺すかもしれないのに」
美奈の瞳が暗く沈んだ時、確かに殺されるかもしれないという考えが過った。
「怖くないよ」
立ち止まり、美奈の頬に触れる。
目が合うと美奈は顔を逸らし誤魔化すように言った。
「もう着くよ」
そう言って指さした先へ向かうと、そこは夏祭りの日に来た浜辺だった。
水面は夕日が反射しており、「綺麗」という月並みな感想が零れた。
潮風が強く肌に当たると冷たい。
美奈は砂を踏みしめながら水の方へと近づいていく。
そして、波が来ないギリギリのところで足を止めるとこちらに振り返った。
「わたしが誰なのかって聞いたよね?」
その言葉に私は小さく頷く。
「それはわたしにもわからない。わたしは自分が何なのか知らない。わたしは、死んでしまったこの体を借りて、美奈のフリをしているだけ。」
「……それって幽霊が美奈の体に乗り移っているとかそういう話?」
「この前見たわたしから出てた黒いのあったでしょ?あれがわたしの本当の姿。……騙してごめんね」
つまり事故に遭ったあの日から今日までずっと私は美奈のフリをした何かを美奈だと思って接していたということになる。
「なんで人のフリして生きようと思ったの?」
「……多分、人として生きてみたかったんだと思う」
その言葉はどこか他人行儀だった。
「バカだよね。そもそも人を殺さなきゃ生きられないのに人のフリしようなんて」
自嘲するように美奈が話す。
「……美奈はどうして私のことを殺さないの?」
「前にも言ったよね。殺したくないの。ユイちゃんのことが好きだから」
「それも美奈のフリ?」
「違うよ」
大きな波音が響く。
「でも、ユイちゃんはわたしのこと嫌いになったかな?」
ひきつった笑顔で美奈はそう言った。
その言葉を聞いた瞬間、自然と私は美奈に駆け寄り抱き着いていた。
強く、強く、美奈に自分の心臓の鼓動が感じられるくらいに。
美奈に触れていると胸の鼓動が早まっていく。
変わらない。美奈が普通の人じゃないと知ったあの日からずっと私は美奈に触れるたび鼓動が早まり顔に熱を帯びる。
「嫌いになんてならないよ。中身が違っていたとしてもずっと一緒にいたから。それに……美奈のこと好きって思えたのは今の美奈といたからだよ」
もう本当の美奈が死んでいたとしても今、目の前にいる美奈が好きという感情は本物だ。
「……ありがとう」
か細い声で美奈は言った。でも、抱き着いていて表情はよく見えなかった。
美奈は私から離れる。はっきりと捉えた美奈の瞳には涙が浮かんでいた。
「寒いからそろそろ帰ろ」
手を美奈に差し出す。
しかし、美奈は手を掴もうとしない。
「ごめんね。わたしはもう、ユイちゃんと一緒にはいられない」
「なんで?」
理解ができなかった。私はもう美奈のことを受け入れた。美奈は今まで変わらずに生きることはできるはずだ。
「言ったでしょ。わたしは人を殺さないと生きられないの。もう、そうやって生きるのが嫌なの」
「それは……今まで通り……誰にも見つからなければ……」
そう。美奈が人を殺しているのを知っている人間は私だけ。気づく人なんているわけがない。
「それに美奈がいなくなったら問題になる」
「大丈夫だよ。この体をわたしの力で動かせばいい。わたしが消えてもわたしの力で作った人たちは変わらず動き続ける。なにも変わらないんだよ」
そう言って美奈は海の方へと歩き始める。
進むたびに足から水に飲み込まれていく。
「待って!」
声を張り上げながら美奈に駆け寄る。
このまま美奈がいなくなったらこの真実を知るのが私だけになってしまう。
一人になってしまう。一人になりたくない。置いていかないで欲しい。
感情がぐるぐると渦巻いて上手く次の言葉が出ない。
「死ぬなら私のことも殺してよ」
置いていかれたくないという一心で出た言葉だった。
美奈が私を殺しても美奈の力があれば偽物の私が生きてくれる。だれの迷惑にもならないし何も変わることはない。
美奈も私も死んで美奈が作った私たちが代わりに私たちの人生を歩むだけだ。
「わたしはもう人を殺したくないの」
「私のこと、置いていかないでよ」
「わたしが死んでもわたしがの力で」
「私は今、目の前にいる美奈と一緒にいたいの」
真っすぐと美奈の目を見る。
目を見開いた美奈はとっさに顔を逸らす。
「美奈が死んだら私だけがもう死んでいるって知りながら美奈と過ごすことになる」
「わたしのこと、忘れていいんだよ」
「そんなこと……できない」
美奈の服を強く掴む。
「お願い……一人にしないで」
自然と涙が出ていた。涙で美奈の表情がぼやけていく。
足は水に浸かってもう感覚がない。
体勢崩れそうになる。美奈の腕が受け止めてくれて優しく抱きしめられる。
温かい体温が冷えた体を癒していく。
「わかった。一緒に行こう」
美奈が私の目を見て言う。
「本当?」
「うん。でも、その前に最後のお願い」
「いいよ。言って」
「……キスしたいな」
その言葉に小さく頷くと美奈が唇を近づけ私の唇と重なる。
柔らかい感触が伝わり体が熱を帯びていく。
胸の鼓動が早まる。
唇を通して美奈の熱が伝ってくる。それは私と変わらない。人と変わらない熱だ。
美奈の体から出てくる黒い何かは私と美奈を包んでいく。
少しずつ意識が薄れていく。
自然と瞼を閉じる。
黒い何かが体に触れると温かい。
「――――」
美奈は小さく何かを呟いた。
私は全てを美奈に託し意識を手放した。
重い瞼を開けると星空が広がっていた。
どれくらいの時間眠っていたのだろうか。
自分がどこで寝ているのか手に付いた物で理解した。
砂だ。
私は浜辺でずっと眠っていたのだろう。
体を起こす。
周囲を見渡すとすぐそばで誰かが眠っていることに気づく。
暗くて見えづらいがそれが美奈であることはすぐに理解できた。
「ん……んん……」
言葉にならない声を出しながら美奈は目を開けた。
その美奈の瞳を見て気づいた。
いや、気づいてしまった。
知りたくないとわかっていても気付いてしまった。
自然と言葉が零れ出る。
「嘘つき」
最初は死んでしまっても何も問題ないと思っていた。
偶然、近くで人が死んだから、その体に入っただけ。
その時、彼女は大怪我で死にそうだった。
殺して戻しても良かったと思う。
でもわたしは殺さずに救急車を呼んだ。
結果的に彼女は助かった。良かったと思う。助かったのだから安堵するのは当たり前の感情なのだろう。
体の影響なのかそんな感情を持ったのは初めてだった。
それからもわたしは彼女の友人の美奈として生きた。
その時間はかけがいのないもので、とても楽しかった。
気が付けばわたしは彼女に特別な感情を抱くようになっていた。
触れると体温は上がるし、心臓の鼓動も早まる。
彼女も同じ気持ちで両想いなのを知って嬉しかった。
いつからか人を殺すことが嫌になりつつあった。人を殺さないと生きられないのになぜそんな気持ちになってしまうのか。
そんな時、彼女に人を殺す姿を見られてしまった。
嫌われてしまう。もう一緒にいられなくなるのではないかと思った。
でも、彼女は人殺しのわたしを受け入れた。
ずっと友達を演じていたわたしと一緒にいたいと言ってくれた。
ただ、嬉しかった。
わたしは心の底から彼女のことを殺したくないと思った。
死を選んだ理由も彼女をいつか無意識のうちに殺してしまうのが怖かった。
それだけだ。
唇は柔らかくて、そこから彼女の体温が全身に伝わっていく。
ずっとこうして触れていたいと思ってしまう。
瞼を閉じた彼女から唇を離し小さく呟いた。
「ごめんね」
目覚ましの音が鳴り目を開けると見慣れた天井があった。
体を起こしいつものように支度をし、いつものように朝食を食べる。
「行ってきます」
リビングに向かって言うとドアを開ける。
インターホンを押し、しばらく待つとドアが開いて美奈が顔を出した。
「おはよう」
「おはよ」
美奈が外に出ると一緒に歩いて学校へと向かった。
「そういえば、結は英単語テストの勉強した?」
そう言いながら鈴が前の席に座る。
「え?テストっていつだっけ」
「今日の二時間目」
「え!?そうだったの!?」
私と鈴の会話に凛が入ってくる。
「時間あるしガンバ」
「鈴たすけて~」
「暗記くらい自力でなんとかして」
他愛の無い会話をしているとチャイムが鳴り響いた。鈴と凛もそれぞれ自分の席に戻っていく。
そして、いつも通り朝は勉強をしていつも通り授業を受けた。
何一つ変わらないいつも通りの日常が続いていく。
ホームルームが終わると同時にチャイムの音が鳴る。今日は学校に残って自習することのできない日なので授業が終わってから帰ることになった。
「じゃ、またね」
軽く挨拶をしながら凛たちと別れ美奈と二人で家へと向かう。
「ねぇ、コンビニ行って何か買わない?」
「別にいいけど何買うの?」
「うーん……アイスとか?」
「今冬だよ」
「冬に食べるアイスも美味しいでしょ」
「それはそうだけど……」
コンビニに着くと美奈は真っ先にアイスのコーナーへと向かっていく。
「どれ買うか決めた?」
「決めた!」
そう言って美奈はソーダ味の棒アイスを手に取る。
「違う味買ってシェアしよ」
「いいよ」
私は美奈の提案に乗って梨味の棒アイスを手に取る。
会計を済ませて外でアイスを開け一口かじる。
「冷たいし寒い」
「そりゃ冬だもん」
美奈を横目にアイスをかじる。味は美味しいが冬の寒さも相まって体が凍り付きそうだ。
「おいしい?」
「おいしい」
「一口頂戴」
そう言って美奈は私のアイスを一口食べる。
「おいしい?」
「おいしいけど冷たい」
「でしょうね」
寒さとアイスの冷たさに苦しみながら私と美奈はアイスを食べ終える。
「冷たいから手つなご」
そう言って差し出される手を握る。
いつも通りの日常。何も変わらない。
いつも通り学校で過ごし、いつも通り勉強をし、いつも通り遊んでいる。
それなのに私は美奈に触れても胸の鼓動が早まることはなかった。
15話と16話の更新が無かったのは私がこちらで投稿すること完全に忘れていたせいです。誠に申し訳ございません
これにて完結です。




