今さらなんて言うなよ――家族だから
前回のお話はーー
病院で面会を断られた由真は、家族への不信と将来への恐怖をカズマに打ち明ける。その想いは、能力者だから引き取られたのではないかという、カズマ自身の疑念にも火をつけてしまう。信じたいのに信じきれない――二人は『家族』という存在に向き合い始める。
追悼式典の朝。
制服に袖を通しながら、カズマはふと手を止めた。
今日は、式典に出るだけだ。
制服の襟を整え、深く息を吸う。
そう言い聞かせながら、部屋を後にした。
特区SSS最大のコンベンションセンター――SSS国際展示場。
トップチームの殉職者を追悼する式典会場は、人で溢れていた。
養成校の生徒。
白い花を手にしたファン。
腕章をつけたスタッフと、カメラやマイクを手にしたマスコミ。
視界の端まで、動く、人、人、人!
殉職者を、このタイミングで大々的に追悼する。
それはSSSとして政府に向けた、静かな皮肉であり抵抗でもある。
群衆の圧力に息が詰まりそうになって、カズマは息をついた。
……無理だ。
胸の奥がざわつき、頭がぼんやりする。
ここ数日、まともに眠れていない。
考え続けて、何も解決しないまま今日を迎えてしまった。
人混みから逃げるように、会場の外周へと足を向ける。
少し、静かな場所に行きたかった。
展示場の裏手に回ると、音が一段落ちた。
完全に静かというわけではないが、少なくとも人の波はない。
壁際のベンチに腰を下ろし、肘を膝についた。
大きく息を吐き出す。
……なんで、こんなに疲れてる。
体よりも、頭だ。
考えないようにしてきたことが、全部、ここに来て押し寄せている。
視線を落としたまま、深く息を吸う。
そのとき。
「……カズマ?」
聞き慣れた声がした。
反射的に顔を上げる。
そこに立っていたのは、裕一だった。
一瞬、思考が止まる。
どうして、ここに?
最悪のタイミングで、最も会いたくない相手。
「……顔、ひどいな。 寝不足だろ?」
その一言、全てを見透かされているようで、張り詰めていた何かがきしんだ。
カズマは立ち上がることもできず、ただ、裕一を見上げたまま唇を噛む。
裕一が、そこにいる。
それだけで、頭の中が真っ白になった。
視線が合った瞬間、胸の奥に溜め込んでいたものが行き場を失った。
「……なんで、ここにいるんだよッ」
声は思ったより低く、荒れていた。
「オレの能力がレアだから引き取ったんだろッ?」
カズマは、声を張り上げた。
言うつもりなんてなかったのに、喉が痛むのも構わず言葉を投げつける。
「無効化能力。珍しいし、使えるし。だからだろ?」
出てしまった言葉は、止まらない。
「SSSに入れたのも、研究のためだろ! 兵器にするためだろ!」
裕一は、すぐには答えなかった。
一瞬、何かを考えるように視線を落とす。
「……お前、ブレーキ遅いんだよ」
「は?」
間の抜けた声が、勝手に出た。
「致命的に遅い。危ないって思うタイミングが、人より遅い」
カズマは、一歩踏み出した。
「なに言ってんだよ!」
「運転の話だ」
「それ、関係ねぇだろ!」
感情が、空回りする。
「超能力があったからだろ! だから拾ったんだろ! オレを!」
「お前を研究対象にさせたくない。それはみんな同じだった」
否定でも、慰めでもない。
ただ事実を述べただけの声音だった。
「じゃあ、なんだよ……じゃあ、なんなんだよ? なんで養成校に入れたんだよ?」
裕一は、しばらく黙っていたが大きく息を吐いて決意を決めたようにカズマを見る。
「……怖かった」
その一言で、空気が変わった。
「お前が走るのを見るたびに、いつか、お前が……死ぬ気がしていた」
カズマは、言葉を失う。
「お前は危ないとか怖いとかの感覚が遅い。だからギリギリまでブレーキを踏まない。走り屋の最大の敵は『恐怖』だ。スピードと、どこまで寄せられるかギリギリの感覚」
裕一の手が、無意識に握られていた。
「走り屋にとって『恐怖』は敵だ。でもな……」
一拍、間が入る。
「恐怖を感じないのは、才能だ!」
はっきりと言い切る裕一にカズマは圧倒される。
「才能は、止められない」
裕一は吐き出すように絞り出す。
「SSSに入れたのは……お前を守るためだ」
予想外の答えはカズマを混乱させるばかりだ。
「SSSには、簗瀬や幸太、お前を鍛えてくれる奴らがいる。恐怖を知らないままではいつか必ず死ぬんだよ!」
こいつは本当にあの裕一なのだろうか?
いつも気に入らないくらい大人の余裕をかましている裕一の姿ではない。
カズマの混乱は最高潮に達している。
「でも、一方的だった。お前の気持ちを、ちゃんと聞かなかった」
饒舌だった裕一が何かを迷うように言葉に詰まった。
「これは俺のエゴだ」
裕一は一度、視線を外した。
何かを言うのを迷うように、短く息を吐く。
「……家族だから」
低く、言葉が落ちる。
「失いたくなかった」
視線を上げたら、何かを返さなきゃいけなくなる気がして、カズマは唇を噛んだ。
胸の奥がいっぱいで、息が詰まった。
「い……今さら、そんなこと言われても……」
声が、掠れて上ずってしまった。
「分かってる」
裕一は、静かに言った。
「だから。これから、どうするかは……お前が決めろ!」
……ずるい。
そんな言い方。
カズマは顔を上げないまま、一歩下がる。
「……そういうの、今さら言うなよ」
声は、思ったより小さかった。
それだけ言って、踵を返す。
一番欲しかった言葉が胸にしみ込む。
歩くつもりが、気づけば小走りになってカズマはその場から逃げた。
会場へ足を踏み入れる。
中はすでに満員だった。
それでも式典は静まり返り、厳かな空気だけが漂っている。
隠密任務が主体のA‘sらしく、祭壇に掲げられているのは社旗のみ。
花に埋もれるように置かれた棺。
その上には、プロフェッショナル・ジョーカーの隊旗が静かに掛けられていた。
中に収められているのは、A‘sのために作られた制服。
――そのことを知る者は、ごくわずかだった。
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次回更新は明日となります。
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