表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/62

信じたいのに、信じきれない……家族という距離

前回のお話はーー

意識の奥で再会した五月と三月は、八年越しに言葉を交わす。そして目覚めた朝、二人はついに別々の存在として向き合った。事件の隠蔽を決めた政府に一矢報いるため、SSSは“英雄の最期”を用意する。

 朝の教室は、いつもより少しだけ落ち着きがなかった。

 誰かと話すことなく、誰もがスマホを眺めながら視線を泳がせる。


 ――そんな空気が、言葉にされないまま広がっていた。


 由真は教室の中央、自分の席に座っていた。

 背筋を伸ばし、机の上に手を揃える。

 けれど、視線だけはどこにも定まらない。


 信じたくない。

 そう思っていた。

 それが『願い』でしかないことも、分かっていながら。


「おはよう。ホームルーム始めるぞー」


 教室の扉が開き、簗瀬が入ってくる。

 いつもと同じ声。

 それが逆に、胸の奥をざわつかせた。


 簗瀬は教壇に立つと、一度だけ教室を見渡した。


「朝のニュースでやってたから、もう知ってると思うが――」


 教室の空気が、ぴたりと止まる。


「プロフェッショナル・ジョーカーのA'sが、殉職した」


 由真の胸の奥で、何かが静かに崩れた。

 否定し続けていた『もしも』が、現実になった瞬間だった。


 簗瀬は淡々と続ける。


「追悼式典は、SSSコンベンションセンターで行われる。日時は追って連絡するが、原則として全員参加な」


 誰かが小さく息を呑む音がした。

 誰も、声を上げなかった。

 それ以上の説明はなく、ホームルームは終わった。


 椅子を引く音が、少し遅れて教室に戻ってくる。

 由真は振り返り、ぼんやりと窓の外を眺めるカズマを見る。

 中央の席から、窓際の一番後ろは、思ったより遠い。

 数日空いただけの距離が、やけに長く感じられた。


 カズマの前に立ち、少し迷ってから由真は声を出す。


「……放課後、三月と五月の病院、行かない?」


 カズマは窓の外から視線を戻し、由真を見た。

 一瞬だけ、間があった。


「ああ。行く」

 短い答えだった。

「じゃ、放課後」

 由真はそれだけ言って、席に戻った。


 距離は、まだ残っている。

 けれど、完全に断たれてはいない。

 そうであってほしい、お互いがそう思っていた。


 いつ来ても、特別病棟は白くて静かだった。

 足音が、必要以上に響く。

 受付カウンターの前で、由真は一歩前に出る。


「姫川三月と五月に、面会を――」


 言い終わる前に、受付の女性が端末を確認した。

「申し訳ありません。現在、面会は制限されています」

 由真は一瞬、言葉を探した。

「同じクラスで……友人なんです」

「関係者以外の面会はお断りしています」

 声は丁寧だったが、取りつく島はない。

 カズマが横から口を開く。

「知り合いの先生がいるから、ちょっと頼んでくる」

 そう言って、踵を返しかけた。


「いいッ」

 由真の声が、思ったよりはっきり響いた。


 カズマは足を止める。


「私がいるから、会えないんだと思う」

 受付の前で言うには、あまりに個人的な言葉だった。

 由真は視線を落としたまま、続ける。


「……言われてるの。病院には行くなって」


 受付の女性が、気まずそうに視線を逸らす。


「中庭、行ってみないか?」

 そう言って、カズマは歩き出した。

 由真は、黙ってそれに続いた。


 中庭は、病院の建物に囲まれていて、外の音がほとんど届かない。

 ベンチの上に、午後の光が斜めに落ちている。


 二人は並んでベンチに座り、しばらく動かなかった。


「……ごめん」

 先に口を開いたのは、由真だった。

「私、急に、大声で……」

 顔を手で覆う由真からは、やらかしてしまった感がひしひしと伝わってくる。


 カズマは首を振った。

「別に……」

 それだけ言って、視線を外す。


 カズマには、受付の対応は予想通りだった。

 以前、一人で来たときと同じだ。

 そう思った自分と、最初から由真に言わなかった自分が、胸の奥に引っかかる。


 由真は気持ちを切り替え、背筋を伸ばして両手を膝の上で重ねた。

 指先が、わずかに震えている。

 言いかけて、止まる。

 一度、大きく息を吸ってから続けた。


「あの事件あと、家に言われたの。しばらく、外に出るなって。学校もダメだって」

 カズマは何を言っていいかわからなかった。

「守るため、だって。危ない場所に近づくなって」

 小さく笑った。

 笑えていなかった。

「でも、A'sが殉職したって聞いたとき……それで、全部つながっちゃった気がして」

 視線が、足元に落ちる。

「ここは、危ない場所なんだって。SSSは、命を賭けるところなんだって」

 言葉にすると、余計に現実味を帯びるのか、由真の声は少しだけ震えた。


「三月も、五月も……このまま、いなくなるかもしれない」

 そこで、由真は一度言葉を切った。

「……お姉ちゃんも……」

 姉の名前を出した瞬間、由真の表情が消えた。


「……私、昔ね、能力があるって分かったとき、家から出されたの」

 由真は淡々と話す。

 感情を込めないのが、かえって痛々しい。


「前、言ったでしょ? 忍者の修行してるって」

 以前、ケーキブッフェに言った時にチラッと由真が言ったことを思い出した。

「そのあと、SSSが大きくなって、能力者が『すごい』って言われるようになって……そしたら、戻された」

 由真は、そこで一度言葉を切った。


「……都合がいいな、って思っちゃった」

 自分を責めるように、小さく笑う。

「心配してくれてるのも分かる。お父さんも、お母さんも」

 それでも、と続ける。

「でも、家には逆らえない人がいて……決める人は、いつも別のところにいる」

 視線が、遠くを見る。

「私が学校に行くなって言われたのも、きっと、家の判断なんだと思う」

 一拍置いて、

「ねえ、カズマ君。これって……ホントに心配なのかな?」

 問いかけるようで、問いではない。

「私、SSSになりたかった。お姉ちゃんみたいになりたかった」

 憧れだった。

 誇りだった。

「だから、今、ココにいることは嬉しい気持ちはあるの。でも……同じくらい怖い。信じたいのに、信じきれない」

 由真は、ぎゅっと唇を噛んだ。


「……こんなふうに思う自分が、一番いや」


 カズマは、胸の奥が重くなるのを感じた。

 家族は敵じゃない。

 でも、味方とも言い切れない。

 その感覚は、由真だけのものじゃなかった。


 A’sの殉職が報じられてから、一週間が過ぎた。


 授業は進み、テストの予定が貼り出され、昼休みにはくだらない話も聞こえる。

 日常は壊れず、ただその中に、触れてはいけない空白だけが残った。


 考えないようにしても、考える時間だけが増えていった。


 由真とは、必要最低限の会話しかしなくなった。

 距離を取ろうと決めたわけじゃない。

 どう声をかければいいのか、わからなくなっただけだ。


 それでも、由真の言葉が頭から離れなかった。

 由真のそれは、『家族に対する不信感』だ。


 ――もし。


 思考が、そこで止まる。


 もし、あのとき……自分に『能力』がなかったら。


 あの人は、自分を引き取っただろうか。

 すぐに首を振る。

 そんなこと、考えるな。

 考えたくなかった。

 考えてしまったら、今まで積み上げてきたものが、音を立てて崩れそうだったから。


 それでも、疑念は消えない。


 SSSに入れられた時も説明は、なかった。

 ただ、置いて行かれて、気づいたらそこにいた。


 能力がある。

 使える。

 だから――。


 そんな考えが浮かび、慌てて否定する。


 違う。

 そんなはずはない。


 あの家で過ごした時間は、嘘じゃない。

 笑ったことも、叱られたことも、ちゃんと覚えている。


 オレの家族だ!


 ……思っていたのは、自分だけだったら?


 胸の奥が、ひどく冷えた。


 答えはない。

 聞くつもりも、聞けるはずもない。

 だからこそ、

 疑問だけが、出口を失って膨らんでいった。


お読みいただきありがとうございました。

次回更新は明日となります。


7月7日の完結まで毎日更新で駆け抜けます!

最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ