信じたいのに、信じきれない……家族という距離
前回のお話はーー
意識の奥で再会した五月と三月は、八年越しに言葉を交わす。そして目覚めた朝、二人はついに別々の存在として向き合った。事件の隠蔽を決めた政府に一矢報いるため、SSSは“英雄の最期”を用意する。
朝の教室は、いつもより少しだけ落ち着きがなかった。
誰かと話すことなく、誰もがスマホを眺めながら視線を泳がせる。
――そんな空気が、言葉にされないまま広がっていた。
由真は教室の中央、自分の席に座っていた。
背筋を伸ばし、机の上に手を揃える。
けれど、視線だけはどこにも定まらない。
信じたくない。
そう思っていた。
それが『願い』でしかないことも、分かっていながら。
「おはよう。ホームルーム始めるぞー」
教室の扉が開き、簗瀬が入ってくる。
いつもと同じ声。
それが逆に、胸の奥をざわつかせた。
簗瀬は教壇に立つと、一度だけ教室を見渡した。
「朝のニュースでやってたから、もう知ってると思うが――」
教室の空気が、ぴたりと止まる。
「プロフェッショナル・ジョーカーのA'sが、殉職した」
由真の胸の奥で、何かが静かに崩れた。
否定し続けていた『もしも』が、現実になった瞬間だった。
簗瀬は淡々と続ける。
「追悼式典は、SSSコンベンションセンターで行われる。日時は追って連絡するが、原則として全員参加な」
誰かが小さく息を呑む音がした。
誰も、声を上げなかった。
それ以上の説明はなく、ホームルームは終わった。
椅子を引く音が、少し遅れて教室に戻ってくる。
由真は振り返り、ぼんやりと窓の外を眺めるカズマを見る。
中央の席から、窓際の一番後ろは、思ったより遠い。
数日空いただけの距離が、やけに長く感じられた。
カズマの前に立ち、少し迷ってから由真は声を出す。
「……放課後、三月と五月の病院、行かない?」
カズマは窓の外から視線を戻し、由真を見た。
一瞬だけ、間があった。
「ああ。行く」
短い答えだった。
「じゃ、放課後」
由真はそれだけ言って、席に戻った。
距離は、まだ残っている。
けれど、完全に断たれてはいない。
そうであってほしい、お互いがそう思っていた。
いつ来ても、特別病棟は白くて静かだった。
足音が、必要以上に響く。
受付カウンターの前で、由真は一歩前に出る。
「姫川三月と五月に、面会を――」
言い終わる前に、受付の女性が端末を確認した。
「申し訳ありません。現在、面会は制限されています」
由真は一瞬、言葉を探した。
「同じクラスで……友人なんです」
「関係者以外の面会はお断りしています」
声は丁寧だったが、取りつく島はない。
カズマが横から口を開く。
「知り合いの先生がいるから、ちょっと頼んでくる」
そう言って、踵を返しかけた。
「いいッ」
由真の声が、思ったよりはっきり響いた。
カズマは足を止める。
「私がいるから、会えないんだと思う」
受付の前で言うには、あまりに個人的な言葉だった。
由真は視線を落としたまま、続ける。
「……言われてるの。病院には行くなって」
受付の女性が、気まずそうに視線を逸らす。
「中庭、行ってみないか?」
そう言って、カズマは歩き出した。
由真は、黙ってそれに続いた。
中庭は、病院の建物に囲まれていて、外の音がほとんど届かない。
ベンチの上に、午後の光が斜めに落ちている。
二人は並んでベンチに座り、しばらく動かなかった。
「……ごめん」
先に口を開いたのは、由真だった。
「私、急に、大声で……」
顔を手で覆う由真からは、やらかしてしまった感がひしひしと伝わってくる。
カズマは首を振った。
「別に……」
それだけ言って、視線を外す。
カズマには、受付の対応は予想通りだった。
以前、一人で来たときと同じだ。
そう思った自分と、最初から由真に言わなかった自分が、胸の奥に引っかかる。
由真は気持ちを切り替え、背筋を伸ばして両手を膝の上で重ねた。
指先が、わずかに震えている。
言いかけて、止まる。
一度、大きく息を吸ってから続けた。
「あの事件あと、家に言われたの。しばらく、外に出るなって。学校もダメだって」
カズマは何を言っていいかわからなかった。
「守るため、だって。危ない場所に近づくなって」
小さく笑った。
笑えていなかった。
「でも、A'sが殉職したって聞いたとき……それで、全部つながっちゃった気がして」
視線が、足元に落ちる。
「ここは、危ない場所なんだって。SSSは、命を賭けるところなんだって」
言葉にすると、余計に現実味を帯びるのか、由真の声は少しだけ震えた。
「三月も、五月も……このまま、いなくなるかもしれない」
そこで、由真は一度言葉を切った。
「……お姉ちゃんも……」
姉の名前を出した瞬間、由真の表情が消えた。
「……私、昔ね、能力があるって分かったとき、家から出されたの」
由真は淡々と話す。
感情を込めないのが、かえって痛々しい。
「前、言ったでしょ? 忍者の修行してるって」
以前、ケーキブッフェに言った時にチラッと由真が言ったことを思い出した。
「そのあと、SSSが大きくなって、能力者が『すごい』って言われるようになって……そしたら、戻された」
由真は、そこで一度言葉を切った。
「……都合がいいな、って思っちゃった」
自分を責めるように、小さく笑う。
「心配してくれてるのも分かる。お父さんも、お母さんも」
それでも、と続ける。
「でも、家には逆らえない人がいて……決める人は、いつも別のところにいる」
視線が、遠くを見る。
「私が学校に行くなって言われたのも、きっと、家の判断なんだと思う」
一拍置いて、
「ねえ、カズマ君。これって……ホントに心配なのかな?」
問いかけるようで、問いではない。
「私、SSSになりたかった。お姉ちゃんみたいになりたかった」
憧れだった。
誇りだった。
「だから、今、ココにいることは嬉しい気持ちはあるの。でも……同じくらい怖い。信じたいのに、信じきれない」
由真は、ぎゅっと唇を噛んだ。
「……こんなふうに思う自分が、一番いや」
カズマは、胸の奥が重くなるのを感じた。
家族は敵じゃない。
でも、味方とも言い切れない。
その感覚は、由真だけのものじゃなかった。
A’sの殉職が報じられてから、一週間が過ぎた。
授業は進み、テストの予定が貼り出され、昼休みにはくだらない話も聞こえる。
日常は壊れず、ただその中に、触れてはいけない空白だけが残った。
考えないようにしても、考える時間だけが増えていった。
由真とは、必要最低限の会話しかしなくなった。
距離を取ろうと決めたわけじゃない。
どう声をかければいいのか、わからなくなっただけだ。
それでも、由真の言葉が頭から離れなかった。
由真のそれは、『家族に対する不信感』だ。
――もし。
思考が、そこで止まる。
もし、あのとき……自分に『能力』がなかったら。
あの人は、自分を引き取っただろうか。
すぐに首を振る。
そんなこと、考えるな。
考えたくなかった。
考えてしまったら、今まで積み上げてきたものが、音を立てて崩れそうだったから。
それでも、疑念は消えない。
SSSに入れられた時も説明は、なかった。
ただ、置いて行かれて、気づいたらそこにいた。
能力がある。
使える。
だから――。
そんな考えが浮かび、慌てて否定する。
違う。
そんなはずはない。
あの家で過ごした時間は、嘘じゃない。
笑ったことも、叱られたことも、ちゃんと覚えている。
オレの家族だ!
……思っていたのは、自分だけだったら?
胸の奥が、ひどく冷えた。
答えはない。
聞くつもりも、聞けるはずもない。
だからこそ、
疑問だけが、出口を失って膨らんでいった。
お読みいただきありがとうございました。
次回更新は明日となります。
7月7日の完結まで毎日更新で駆け抜けます!
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




