三月と五月、8年ぶりの再会――そしてA’sは死んだ
前回のお話はーー
どうしても夢が気になるカズマは、アンダー東京へ向かう。そこで裕一から語られたのは、失った記憶と、自分が能力者だったという衝撃の真実だった。
五月は真っ白くて何もない、そんな空間にいた。
体が浮いているようにフアフアした感覚……ココはどこなのだろう?
目の前に、自分とそっくりな人物が浮かんでいる。
鏡に映っている自分なのだろうか?
「いっちゃん!」
五月にとっては、八年ぶりに会う自分の半身。
二人でひとつの体を共有していた二人は、対面することが出来なかった。
「大きくなったよね?」
上からモノを言うのが気に入らない。
双子に上も下もないハズだ。
「大切なモノがたくさん出来たね?」
「………………」
「みんなのコト、好きでしょ?」
「……嫌いじゃない」
素直じゃない五月の反応に、三月はクスクスと嬉しそうに笑う。
「いっちゃんの嫌いじゃないは『好き』だよね?」
見透かされているが、反論するのはかっこ悪い気がして黙る。
その頬が赤くなっているのを見逃さずに、三月はクスクスと嬉しそうに笑う。
「もう、後ろに隠れてた、いっちゃんじゃないよね?」
その顔が悲しそうに、涙をこらえて笑う笑顔が心に刺さり……不安がよぎる。
「い、いつの話だよ!」
「もう、大丈夫だよね?」
「三月?」
双子のシンクロ……。
二人の頬に同時に流れる涙。
三月は軽く腕を上げ、手のひらを五月に向ける。
幼い日の二人の約束。
泣きながら、五月も腕を上げて手のひらを向ける。
「いっちゃん」
ハイタッチ。
パンッと乾いた音が、何もない白い空間に反響した。
「ばいばい」
三月の声が心の中で響いた気がした。
泣きながら五月は一人、その空間に立ち尽くしていた。
朝の空気で目覚めた五月は、辺りを見回し見慣れた病院だとすぐに理解した。
静まり返った病室に一人、窓からは暑くなりそうな日差しをカーテン越しに感じる。
自分の中にあった三月の気配が消えているのに、トクンと心がざわめいた。
その感覚を頼りに、通いなれたミツキの病室へ向かいドアノブをまわす。
「やっぱり朝は苦手だね。五月?」
三月はベッドに上体を起こしていた。
開けられた窓から、静かな風が三月の髪を撫でるとハラリと髪が揺れる。
「おはよっ、五月!」
八年ぶりの再会なのに、今までと変わらない。
三月がいて、五月がいる。
そんな当たり前の、日常の朝に思えた。
今までのことは、全て夢だったのかもしれないとまで思えた。
「ああ……ああ、おはよう……三月」
――時が、動き出した。
その夜。
SSS本社の最上階にある社長室に呼ばれた裕一は扉を開けた。
都心の灯りがガラスに滲む中、山寺総一郎はやけに機嫌が良かった。
五十代後半のイケオジは、相変わらず背筋が真っ直ぐで、警察のトップだった頃の面影を、嫌でも思い出させる。
「裕一!」
「は、はい」
立派なデスクから立ち上がり、山寺は声を弾ませて言う。
「みっちゃんがさー、今日『パパ』って三回言ったんだよー!」
裕一は一瞬だけ沈黙した。
「それはおめでとうございます」
「だろう?」
満足げに頷き、山寺はソファに深く腰を下ろす。
「いっくんは終始ムスっとしてたけど、あれは分かりやすい。嬉しさが隠しきれてないんだよ。あーもー可愛いなぁ。二人を同時に抱きしめられる日が来たんだよッ」
そういうコトか!
裕一の口角が自然と上がる。
「それは、おめでとうございます!」
待ちに待った日。
それが訪れた日だ。
「本題はそれですか」
「半分はな」
さらりと言って、テーブルの上の書類を指で叩く。
空気が変わる。
「今回の件、政府は『なかったこと』にしたいそうだ」
「予想通りですね」
「世の中が騒げば面倒だ。式典成功の空気に水を差したくないらしい」
さらりと流す裕一とは対照的に、わざと山寺は大きく肩をすくめる。
「公表しないなら、能力者に罪はない。そうだな?」
「ええ」
裕一は頷く。
「A’sをはじめ、ノーザンクロスの能力者は頼めるか?」
「そのつもりですよ……A’sは?」
「幸い、今回のことにA’sが関与していたことは政府にはバレていない」
まるでいたずらを仕掛ける少年のようなテンションに裕一は期待する。
「殉職だ!」
「はい?」
「英雄になるんだ。死んだ人間は追われない。これで自由だよ!」
納得した裕一の視線がわずかに緩む。
「殉職を発表して、A’s追悼式典を大々的にやるんだよ!」
「今回のコトに巻き込まれてA’sは殉職した……というシナリオを暗黙で政府に突きつけるんですね?」
「殉職者を出してまで政府に従う……なんて従順で健気な飼い犬だろう?」
「……飼い犬に手、噛まれてますけどね?」
ふふんと山寺は上機嫌にニヤリと口角を上げる。
「なんでも思い通りになると思うなよ!」
だがその目は笑っていない。
「締め付けた結果が今回だ。能力者は危険だと騒ぐ前に、自分たちのやり方を見直すことだな」
「大人げないですねぇ」
共犯者として、これ以上面白い話はない。
「……アンダーの管理はこれまで通りお前だ、裕一。俺は上を押さえる」
声の温度が一段下がる。
「政治の都合を利用してやる!」
今日は一緒に笑いたい気分だが、立場を考え裕一は静かに一礼した。
「でさぁー、みっちゃんがさぁー……」
今日くらい無礼講と祝杯を受けたが、早々に酔った山寺はパパモード全開でデレデレと語り始める。
聞きながら、裕一は同じように双子の子供たちの自慢話を語る姫川を思い出していた。
裕一はその話を聞くのが好きだった。
しかし……山寺の話は終わらない。
三月がどれだけ可愛いか。
五月がどれだけ素直じゃないか。
去年のクリスマスの話から、なぜか初めて「パパ」と呼ばれた日の再現まで。
裕一は黙って聞き続けていた。
――正確には、聞かされ続けていた。
「……その話、まだ続きます?」
小一時間が過ぎたあたりで、裕一がようやく口を挟む。
「永遠に語れる!」
即答だった。
「立派なパパですね……」
呆れたように言うと、山寺は不思議そうに首を傾げた。
「お前もパパだろう?」
裕一は、言葉を失った。
山寺はそれ以上、何も言わない。
ただ一拍置いてから、いつもの軽い調子で、ぽつりと落とす。
「……感謝している」
それだけだった。
社長室に沈黙が落ちる。
「今回の件はこれで終わりだ」
ただ、今を閉じる声。
裕一は扉へ向かう。
「……そのままでいてくださいよ」
「お、まだうちの子たちのコト、聞きたい? パパ友というのだろう?」
「まぁ、そのうち」
素っ気なく扉が閉まる。
山寺は一人になり、ふっと天井を見上げた。
「……守れたな」
小さく呟き、机の明かりを落とす。
夜は静かに更けていった。
翌日。
プロフェッショナル・ジョーカー A‘sの訃報が大々的に報じられた。
お読みいただきありがとうございました。
次回更新は明日となります。
7月7日の最終回まで毎日更新で駆け抜けます!
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




