「お前を隠した」裕一が語る真実――オレは能力者だった。
前回のお話はーー
慰霊式典を終えた夜、カズマは幼い頃の夢を見る。七夕の祭り、揺れる提灯、そして――母がいなくなった日。十年越しに、彼は“本当の記憶”に触れてしまう。
どうしようもない不安に背中を押されるように、カズマは病院へ向かっていた。
五月と三月がいる病院。
特別病棟の廊下は静かで、消毒液の匂いがした。
「姫川三月さんと五月さんですか……お答えできません」
事務的な受付の言葉に、カズマは小さく唇を噛んだ。
「カズマ君?」
「あ、柊先生」
振り向くと、柊がカルテ片手に歩いてきた。
「ちょっと、付き合ってくれないかな?」
状況を察し、柊はカズマを中庭へ連れ出すとベンチに座る。
「その後、調子はどう?」
「……なんでもない」
うつむき小さく答えるカズマに、柊は苦笑いを浮かべる。
その姿のどこが『なんでもない』なのか?
「あのコたちに会いに来たんだよね? 安心して。身体は正常。問題は『中』だね」
「中……?」
「内的要因と外的要因。その両方が一致しないと、彼らは目を覚まさない。能力者には、そういうケースがあるんだ」
カズマの胸がドクンッと鳴る。
「どうかした?」
「い、いえ……」
内と外。
その言葉は夢と繋がっているような気がして、ざわつきが止まらない。
柊は優しく微笑む。
「大丈夫。こういうのは、きっかけひとつで自然と戻る」
そう言われても、胸の奥はさらに重く沈んでいった。
「……オレ、帰らなきゃいけない気がする! 柊先生、またな!」
理由はわからない。
ただ、確かめなきゃいけない何かがある。
それだけはハッキリと感じて、カズマは走り出した。
学校のサーキット場。
何度かざしても、IDカードはエラーとなり扉は開かない。
『式典までの期間限定のものだけどね』
渡された時、校長にそう言われたことを思い出した。
「……ID、切れてる?」
「あれ、カズマ? どうした?」
背後から簗瀬の声がした。
渡りに船だ!!
「アンダーに帰りたいんだ。確かめたいことがある」
まっすぐ自分を見つめる切羽詰まった瞳に、簗瀬はただ事ではないと悟る。
「よし。行くぞ」
車窓の景色が、スカイからアンダーへと移り変わっていく。
シルビアを降りる。
見慣れた玄関を前にしても、胸のざわつきは収まらない。
「あー! お前、昨日はホントにゴメン!!」
いきなり背後から聞こえた大声に、カズマの肩は跳ねた。
振り向くより早く、長身の男――エルが全力で駆け寄ってくる。
「いやぁ、さすがにオレも急すぎてさ! 制御できなくて、こう……バーン!!」
勢いよく両手を叩きながらまくし立てるエルに、意味が分からず、カズマは一歩引いた。
「……え?」
そんなカズマの足元に、黒い影が飛び込んでくる。
「にゃーん」
「クロ!」
反射的に抱き上げたクロは、エルに向かって攻撃的な態度を示す。
「ちょっと、エル! 何してんのよ! カズマが怖がってるじゃない! って、クロが言ってる」
すかさず割って入るネコの声。
「ネコ! やっと会えた! 久しぶりだね」
カズマが笑顔でネコに近付くと、ネコは嬉しそうに頬を赤らめた。
「あ、えっと……そっちは……」
混乱するカズマは、エルをチラリとみて助けを求めるようにネコを見る。
ネコは無言で、駐車場の方を指さした。
そこには、ボロボロのスポーツカーと、場違いなほどゴツいハマー。
「あっ!」
記憶が一気に繋がる。
「壁、走ってたやつ!」
「そうそれ! 思い出した? いやー、あの時はホントに悪かった!」
エルは笑いながら手を合わせる。
「でもさ、ジェットコースターよりスリルあるぞ? 今度乗せてやるよ! めっちゃ楽しいから!」
「にゃーんっ!」
「カズマに危ないことしたら、絶対許さない!ってクロが言ってる」
カズマの腕の中でクロは、エルに向かってネコパンチを繰り出した。
「おー、カズマ。おかえり……って、なにこの空気?」
カズマを囲んで、にらみ合うエルとネコに困ったカズマはヤマトに助けを求める。
「あー、もう挨拶は済んだ感じか?」
ヤマトは状況を一瞬で察し、にやりと笑う。
「ニューフェイスだ!」
その一言で、カズマはすべてを理解した。
――ああ、これがここの日常だったな!
張りつめていた何かが切れたみたいに、カズマはそれを受け入れた。
工場を覗くと、誰もいない。
静かな作業場の真ん中にGT-Rが運び込まれていた。
煤に汚れ、細かな傷が車体のあちこちに走っている。
カズマはそっと手を伸ばし、冷えたボディに触れた。
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
「名誉の負傷だ!」
背後から突然声をかけられ、カズマは反射的に振り返った。
裕一は豪快に笑いながら近づくと、カズマの頭をぐしゃぐしゃと撫で、そのままGT-Rへと向き合う。
カズマは何も言わず、乱れた髪を直した。
不服そうに唇を尖らせながらも、どこか安心している自分に気づく。
「昨日は、助かった。で、なんでここにいるの、アイツら?」
奥の母屋の方を顎で示す。
「まぁ、新入りだ!」
あっけらかんとした返事だった。
「もう、いいよ、それ。……もしかして黒幕?」
冗談めかして言うと、
「あははははは。それいいな!」
裕一は腹を抱えて笑った。
――分かってはいた。
それでも、カズマの胸の奥に溜まっていた緊張がふっとほどける。
「……どこまで知ってる?」
裕一の声が、少しだけ落ち着いたものになる。
「ノーザンクロスは能力者だから、事件は公表しない。なかったことになった。SSSは能力者を守らなければならないって、校長先生に言われた」
一息に言い切って、カズマは肩をすくめる。
「ずいぶん雑な説明だなぁ。納得、できないか?」
「まぁ、オレが納得してもしなくても、『そういうこと』なんだろ」
「物分かりがいいこと」
「能力者を守らなければならない、ってのは……分からなくも、ない」
カズマの脳裏に、顔が浮かぶ。
身近にいる、能力者たち。
工場に、沈黙が落ちた。
響くのは、裕一が工具を動かす乾いた音だけだ。
カズマは深く息を吸い込む。
胸の奥に溜まったものを吐き出すように、覚悟を込めて口を開いた。
「夢を見たんだ。七夕まつりに行って、地震が来て。なんか……小さい頃の記憶? 抜けてるっていうか。知りたいんだ! 何があったのか」
裕一はソファに座り、しばらく目を伏せ、それからゆっくりと語り始めた。
「地震の二年後だ。倒壊したアパートの前で、お前は一人で立ち尽くしていた。小夏が見つけた……幼いお前を」
胸が締め付けられる。
知らない『自分』の話なのに、どこか嫌な汗がにじむ。
「倒壊したアパートをみんなで掘り返した。……あったのは、白骨化した遺体だった」
その瞬間、頭の奥がキンと鳴った。
なぜか目の前が暗くなる。
「お前はその場で倒れた。すぐに病院に運んだが――」
「……」
なんの話を聞いているのかも、カズマは分からなくなりかけた。
「ショックで目を覚まさないお前に、医者が記憶を消そうとした。しかし弾かれた。『無効化』の能力だと、そのとき分かった」
能力。
オレに……?
喉がひりつき、声が出ない。
「今まで確認されていない能力。だからこそ……政府の連中から隠す必要があった。知られれば、お前は『研究』される」
たった数行の説明なのに、世界が反転したようだった。
知らなかった過去。
忘れていた理由。
そして、自分が能力者だったという事実。
「その後、目覚めたお前は記憶を失っていた――だから俺たちは、お前をアンダーに隠した」
何かを言いたいのに、言葉が出ない。
ただ、胸の奥で重い波がゆっくりと渦を巻いていた。
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次回更新は明日となります。
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