コードネームじゃない……本当の名前
前回のお話はーー
花火が砲撃の代わりに夜空を彩り、ミツキの本当の意思が示された。
だがA’sは自爆を選び、幸太はそれを拳で止める。崩れる海ほたるから、幸太はA’sを背負い薫と共に脱出する。
高速を駆け抜ける180SXは、スカイ東京中央会館の地下駐車場に飛び込む。
ブレーキと同時にドリフトが決まり、タイヤが悲鳴を上げた。
派手な音に反して、車内の衝撃は驚くほど少ない。
リアハッチ乗車の二人は――さすがに、停止した瞬間にツルンと滑り落ちた。
「みなさーん! はやく着替えてくださいまし!」
SSSの爆弾処理班と共に会館入りしていた葵が駐車場で待ち構えていた。
労いの言葉などなしに、ハンガーにかけられた式典用制服を差し出す。
「葵ちゃん! ココに爆弾が――!」
「薫ちゃん、無事でよかったですわ。爆弾処理なら終わってます。そんなコトよりっ!」
ぷんすこ怒るように頬を膨らませ、葵は三人を睨む。
「プロフェッショナル・ジョーカーはヒーローですのよ!? その汚れた服のまま全国放送なんて言語道断! はいっ、今すぐ着替えてくださいまし! あーもう、メイクの時間がないんですからっ! はやく早く!」
「ああ、もう! 面倒くせぇ!」
その場で陸が上着を脱ぐと、鍛えた腹筋が露わになる。
「ひっ……!?」
露骨に真っ赤になった薫が会館内に向かって逃走した。
「もぅ、お二人も急いでくださいましね! 薫ちゃんー」
葵は薫を追いかけながら二人に釘をさすが、幸太の足が止まる。
このまま別れたら、裕一はまたいなくなってしまいそうで怖い。
あの日のように……。
無意識に幸太の拳に力がこもる。
「幸太、またな!」
振り返って見た裕一は、180SXのドアにもたれ掛かって笑顔で手を振る。
幼い日にサッカースクールに送り出してくれたあの日と同じだ。
「幸太さん、時間ないよ!」
「ああ!」
陸にも急かされて、大きく頷いた幸太は裕一に背中を向けて走り出した。
幸太と陸が会館に入ろうとした瞬間――。
「おっとっと」
黒猫のようなロリータを抱えた隊長と、危うくぶつかりかけた。
少女は気絶したままだ。
一言二言かわし、二人は中へ消えていく。
その背を、裕一は煙草をくわえながら見送った。
「相変わらずいい体してるなぁ、おっさん!」
かつて共に戦った友は、久しぶりの再会を果たした。
ムキムキで真顔の大久保が、式典制服でキラキラして立っていた。
似合わなすぎて裕一が噴き出す。
「笑うなら笑え……!」
大久保は眉間に皺を寄せ、180SXで気絶しているA’sに視線を送る。
「世話になったな、裕一」
「……律儀だねぇ」
「世話ついでだ。コレも頼む」
黒猫のようなロリータをぐいっと押しつけてくる。
裕一の腕の中で気を失った姿は、人形のようで人間かどうかも怪しい。
「たまには隊長らしいとこ、見せないとな!」
そう言って手を振りながら、大久保は会館へと消えていった。
駐車場には、GT-Rが乗り捨ててある。
状況を察すれば、呑気に駐車などしている余裕はないが……最高級の車を乗り捨て。
まったく気を使ってくれやしない。
パッと見るが、大きな傷はなさそうだ。
乗れるじゃねーか、アイツ。
その成長に頬が緩む。
裕一は、抱えていたロリータをGT-Rの助手席にそっと座らせた。
次いで、A’sを後部座席へ運び込む。
ゆっくりと、ボロボロになった180SXへ歩み寄る。
八年ぶりの再会。
名誉の負傷で、ボコボコになった無残な姿だが、裕一は誇らしく全体を眺める。
「……あと少しだけ、幸太を頼むな。180SX」
そう呟いて『ありがとう』の気持ちで、180SXのフロントを撫でた
誇らしい相棒。
短くても、最高の時間だった。
スッキリした顔でGT-Rに乗り込み、裕一はスカイ東京中央会館を後にした。
葵監修の着替えを済ませ、全速力で廊下を駆け抜けた三人は式典会場前の扉にたどり着いた。
肩で息をしながら、静かに扉を押し開ける。
テレビ中継されている会場では、すでに総理やVIPたちが壇上に並んでいた。
会場の巨大モニターにはVTRが流れ、同じ映像が全国に生中継されている。
そこに、峰子がいる。
プロフェッショナル・ジョーカーの代表として、壇上でスピーチを待つ姿。
客席から、黙って三人は大きく手を振る。
その姿を壇上から見つけた峰子は、場をわきまえ笑顔を押し殺す。
子供のような三人の笑顔に、心底ほっとした。
無事に戻って来た仲間に今すぐ駆け寄りたい衝動を抑えながら、プロとしてその場に立つ。
「先ほどの、スカイ東京に咲き誇る花火――皆さんは、誰と一緒に見ましたか?」
会場が静まる。
「あの日、私たちの生活は一瞬で変わりました。日常が壊れ、戻れない現実を突きつけられた……」
巨大モニターに、夜空に花火が咲く映像が映し出される。
「なくしてしまったものを、忘れることなんてできないから……楽しかったこと、嬉しかったこと、一緒にいたこと、みんなで話しませんか? その全部が、あなたの心の中で生き続けています」
言葉は優しく語りかけるように、心に届く声。
「あの日、私たちの前から姿を消し、星となった人たち。その『生きた証』は、未来へ、永遠に受け継がれていくのです」
一拍のためを含み、会場が静寂に包まれる。
「私たちは未来へ向かっています。花火は、星へのメッセージです」
峰子のスピーチに心を打たれた客席から、惜しみない拍手が巻き起った。
GT-Rは煌びやかなレインボーブリッジを抜け、特区SSSに入る。
停電していた街には灯りが戻り、いつもの顔を取り戻していた。
特区の病院で停まったGT-Rのドアが閉まる音が夜気に響く。
その音に、A’sはゆっくり意識を取り戻した。
ズキリと頬の痛みが走る。
――幸太の拳の痛みだ。
生きている。
その事実だけで、涙が滲む。
「プリンセス!」
「気づいたか。お前のプリンセスは無事だよ」
助手席のドアを開けた裕一と目が合った瞬間、
ふわりとした黒猫みたいなロリータが、ぐったりと眠っているのが見えた。
車を降りたA’sは、震える手で恐る恐る三月の頬に触れる。
指先に伝わる、確かな温もり。
――生きてる。
ただそれだけが、胸の奥で爆ぜた。
「運んでくれないか? 歳かなぁ。腰にくるんだよ、最近」
冗談めかして笑う裕一に促され、A’sは高価なビスクドールを扱うように、両腕でそっと抱き上げた。
ずしり、とくる重さ。
「……姫川さんが守った、重みだよ」
自分の腕の中で静かに眠るその重さが、たまらなく愛しい。
あの人が守った命。
これからは、自分が守る――そう決めた。
入り口では、三月担当の医師――柊と数名の看護師が待っていた。
A’sがプリンセスをそっとストレッチャーに乗せると、柊は短く礼をして病院内へ運んでいく。
「来いよ、A’s。あの子を守るんだろ? 俺は小早川裕一。SSSだ」
裕一はA’sの手をぐっと掴み、強引に握手する。
その手の温かさは、A‘sの心まで染み込んでいく。
「帰るか! 俺たちの町へ」
GT-Rに乗り込むと、裕一は助手席を軽く叩いて促す。
戸惑いながら、A’sは助手席に乗り込んだ。
「そうだ、お前……名前は?」
「…………」
小さく、本名を呟く。
けれど、その音は自分のものではないように棒読みで、胸に落ちてこない。
――その名前は、もう捨てた。
「A’s、だろ?」
コードネームじゃない。
本当の名前となった。
「……はい」
ぎこちなく、それでも全力の笑顔で答えた。
夜空には大きな月が浮かび、七夕の星々を隠していた。
織姫と彦星も、年に一度の再会を邪魔されたくはないだろう。
月明かりの下をGT-Rは駆け抜け、暗闇へと姿を消した。
お読みいただきありがとうございました。
次回更新は明日となります。
7月7日の最終回まで毎日更新で駆け抜けます!
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




