花火が告げた、プリンセスの本当の願い
前回のお話はーー
海ほたるに潜入した幸太と薫は、無人の施設で“かつての仲間”A’sと再会する。
明かされる砲撃計画と自爆宣言。カウントは、無情にも0へ――。
咲いた。
夜のスカイ東京の空に広がったのは、破壊ではなく――大輪の花火だった。
「……花火?」
次々と打ち上がる光。
まだ薄く明るい空に、色とりどりの火花が舞う。
「これが、君のプリンセスの意思だよ!」
幸太は、空を見上げたまま静かに告げた。
「君を、死なせたくなかったんだね。だから――僕たちを、ここへ導いた」
A’sは、言葉を失った。
見上げる視線の先で、花火が咲いては消えていく。
押し寄せる感情。
行き場をなくした想い。
「……僕は……」
震える声。
「僕は、認めない! プリンセスだけを、逝かせるわけにはいかないッ!!」
A’sは機械に拳を叩きつけた。
ガンッ!
モニターのゼロが赤く点滅し、耳障りな電子音が鳴り響く。
「ここは自爆します。早く、出てください」
冷静を装った声。
それだけを言い捨てて、A’sは背を向けた。
――ここから動かない。
その背中が、すべてを物語っていた。
「A’s!! 一緒に行こう!!」
幸太の叫びに、A’sは答えない。
「ミツキは、君に死んでほしくないんだ!」
その言葉に、A’sの瞳が、わずかに揺れた。
だが――すぐに、冷たく閉じる。
「砲撃が失敗したら……会館の起爆スイッチをプリンセスが押すことになっている」
震える声で、言い切った。
「だから僕は……あの方を、一人では逝かせない!」
「ミツキは押さないッ!!」
幸太の叫びが、鳴り響く電子音をかき消すように響いた。
「爆発なんて、ありえない!!」
「嘘だッ!!」
A’sの声が、初めて荒れた。
感情を剥き出しにしたその表情を、幸太は初めて見た気がした。
「僕は、プリンセスと約束した! 一緒に逝くって!! あの人の元へ!!」
子供のように叫ぶA’sの前で、幸太は拳を握りしめる。
僕は、何を見ていた?
本当のA’sは……。
守れなかった仲間。
だからこそ、取り戻したい存在。
「……いい加減にしろッ!!」
――バキッ!!
幸太の右ストレートが、A’sの頬を打ち抜いた。
助走を乗せた拳。
A’sの身体は吹き飛び、機械へと叩きつけられる。
「A’s!!」
薫が駆け寄ると、A’sは気を失っていた。
「言いたいことは――あとで、全部聞いてやる」
幸太は、静かに息を吐いた。
A’sとは、もう一度、ちゃんと向き合う必要があるようだ。
そう思い、わずかに口角を上げた。
――ドカーンッ!
海ほたるが揺れた。
爆発だ。
幸太は気絶したA’sを背負い上げる。
「薫、急ぐよ!」
「は、はいいっ」
声色は、いつもの幸太だ。
だが――
……普段、穏やかな人ほど、怒らせると怖い。
薫はそう悟り、絶対に幸太は怒らせないようにしようと心に誓って走り出した。
海ほたるの入り口。
炸裂音が鳴るたび、内部が『音を立てて崩れていく』のが、はっきりと見える。
「ヤバイって! これ、本気で崩れるぞ! 早く助けに行かないと!」
陸は、今にも飛び出しそうだった。
だが――
裕一はその襟首を後ろから掴み、入口に停めた180SXの前で動かない。
無闇に突っ込めば、幸太たちと行き違う。
最悪――全員……。
「見殺しにすんのかよッ!」
「信じろよッ!」
裕一は一喝した。
「――お前の仲間だろ!」
殴りかかる勢いで振り返った陸は、その言葉に息を飲む。
悔しい。
胸が焼けるほど、悔しい。
――だけど。
……そうだ。
仲間だからだ。
仲間だから――助けに行きたい。
裕一を振り切り、180SXから降りる。
「……クソッ!」
陸は唇を噛みしめ腕を組み、入口の前に仁王立ちする。
「オレ様の仲間だ! 絶対に戻って来る……戻って来る!」
その瞬間。
揺れる煙の向こう――海ほたるのデッキに、二つの影が現れた。
爆発の衝撃で傾いた通路を抜け、幸太と薫は展望デッキへ飛び出した。
身を乗り出して下を覗く。
そこには、180SX。
下へ降りられそうな手すりや屋根が、いくつか見える。
行ける。
幸太はそう判断した。
だが、隣の薫は肩で大きく息をしている。
「薫、ここから降りるしかない。A’sを降ろしたら、すぐ戻ってくる。だから――待っててくれる?」
「だ、大丈夫……自分で、おり……」
だが、下を覗いた瞬間。
薫の足が、ぴたりと止まった。
真下の高さに、身体が固まる。
「すぐ戻るから!」
幸太は軽やかに跳び移り、迷いなく下降していった。
こんなとこで、足手まといになりたくない!
そう思えば思うほど、恐怖で動かない自分に薫は腹が立つ。
こんな時だからこそ、薫はコンプレックスに飲み込まれそうになる。
「薫ーー! 跳べぇッ!」
下から、陸の怒鳴り声が突き上げた。
爆発音の中でも、その声だけは、はっきり届く。
「時間がねぇんだよ! いいから跳べ! オレ様が受け止めてやる!」
「ば、馬鹿じゃないの!? そんなことしたら、受け止めても足折れるわよ!」
「ったく、しょうがねぇな……!」
陸は頭をガシガシ掻きながら、180SXのハッチの上に、ひょいと乗る。
「ほらよ! これならクッションつきの超安全仕様だろ?」
「そ、そういう問題じゃないわよ!!」
「あー!! もう!! いいから跳べって言ってんだよ! 時間ねぇんだよ!!」
薫は深く息を吸い、もう一度、下を覗く。
景色が、遠い。
足が、錘で固定されたみたいに動かない。
「薫ッ!」
「あたしは……あたしは、由真とは違うのッ!!」
言ってから、ハッとした。
後悔したが、もう、遅い。
「はぁ?」
陸は一瞬きょとんとして、
「なに当たり前なこと言ってんだよ!」
ちょっと考えてハッとする。
「あ、ああ。由真の方がデカいな! ま、オレはデカいの好きだけど! 要はバランスだ! 手のひらサイズも悪くねぇ!」
「なッッッ!!?」
薫は、顔を真っ赤にして固まった。
その様子を見て、裕一と幸太は、なんとも言えない顔になる。
……どこかで見たような。
二人の視線が、自然と合った。
思い出している人物は、どうやら同じらしい。
養成校は、大丈夫だろうか?
「な、なんの話よ!! あ、あたしは由真とは違うんだってばぁ!!」
「知ってるよ!」
陸は、当然という顔して言う。
「クールぶって走らないんじゃない! 足が遅いからだろ!」
薫の顔がどんどん赤くなっていく。
「何もないとこで転んで!」
何度も見た光景を並べるように、
「ぶつかって! 擦りむいて!」
言葉が続く。
「ホント信じられねぇくらいドジだよなぁ!?」
思い出したのが可笑しくて、噴き出した。
「はっはっは!」
今まで黙っていた分、陸は腹を抱えて爆笑した。
「な、なんで……あ、あんたが……そ、それを……」
陸は、笑ったまま言い切る。
「お前はお前! 由真は由真なんだよ!」
忍者の家系で、運動音痴。
それは、薫のコンプレックスだった。
妹が評価されるたび、その想いは強くなり、八つ当たりする自分が、嫌いだった。
――違うことを、認めてほしかった。
ずっと。
ずっと。
「姉妹だからって同じじゃねぇ! 違って当たり前だろ!」
陸は薫に向かって真っすぐに両手を広げた。
「バーーーカ!」
その言葉で。
薫の胸の奥で、何かが、ふっとほどけた。
「絶対受け止めてやるから、来いよ!! 薫ッ!!」
見上げる陸の表情は、今まで見たことがないほど、真剣だった。
薫は――
意を決し、跳んだ。
落下の感覚。
――なのに。
不思議と、恐怖はなかった。
『ガコン』と衝撃が走り、
薫の身体は、陸の腕の中にすっぽり収まる。
リアガラスに倒れ込みながらも、陸はしっかりと、薫を抱き締めていた。
「カッコいいねぇ。俺も負けてらんないよねぇ。そろそろ出発するよ? しっかりそのお嬢さん抱えとけよー? 放すなよー?」
余計な茶々を入れる裕一の声が聞こえ、二人は同時に真っ赤になる。
180SXが加速する。
背後では海ほたるが、追いかけてくるように崩れ落ちていった。
余波がアクアラインに伝わる。
道路が砕け、破片が跳ね上がる。
180SXは、それらを縫うように加速した。
減速はない。
小回りとドリフト。
生き物のように、素早く。
裕一が動けば、車が応える。
助手席で幸太は、その『完全な一体感』に息を飲んだ。
八年間、目を逸らしてきたことが――いま、確信に変わる。
この車の相棒に相応しいのは、自分ではないことを……。
アクアラインの出口に近づいた時、見慣れたキッチンカーが視界を横切った。
そして、満面の笑顔で手を振る人物。
「あの野郎! アイツ、俺に散々働かせといて!!」
「……ロッキーさん?」
笑顔満開で手をふるロッキーが着ているのは、派手な法被。
「そりゃ誰も来ねぇわ。あの花火師!」
待機していた裕一と陸の前に、敵はまったく来なかった。
幸太と薫が海ほたるに入ってから敵が来なかった理由――すべて腑に落ちた。
裕一は憎まれ口を叩きながら、しかしハンドルを握る手は軽快だった。
180SXが吠えた。
久しぶりの相棒。
車は一直線に、スカイ東京中央会館へ向かって加速した。
お読みいただきありがとうございました。
次回更新は本日の夕刻にお届けします。
いよいよ完結まで、あと7日。
7月7日の最終回まで毎日更新で駆け抜けます!
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




