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オレは、約束を守りたい!

前回のお話はーー

2台の車の激突で、宙に投げ出されたカズマを救ったのは、裕一の漆黒のGT-Rだった。三月は中央会館にいると聞かされたカズマ達は再び会館へ戻る。

 スカイ東京中央会――館最上階の展望フロアからは、特区SSSが一望できる。

 夕刻に傾く太陽が、街を金色に染め上げていた。


 その光景を見下ろすゴシックロリータの後ろ姿――三月。

 華奢な背中は、闇のように冷たい。


「みーつけた!」


 かくれんぼの鬼のような声が響いた。

 三月は露骨に嫌そうな顔をして、ゆっくり振り返る。


「うん。やっぱり黒、似合うわよ、三月! ボンネットはお人形感アップね!」

「……峰子の能力ってズルい」


「あら。今日はまだ一度もコレ外してないんだけど?」


 峰子は細い手首に光る、華奢なブレスレットを見せる。

 本来なら能力者はブースターを使うが、能力が高すぎる能力者は『リミッター』を装着する。


「あのね? 『超能力』って言い方、嫌いだって前にも言ったわよね? 私のは心理学という立派な学問よ? なんでも超能力で片付けないでほしいのよ。だいた……」

「その話、長いんだよなぁ……」

 顔全部を使って嫌な顔をする三月に、峰子はクスリと笑う。

「三月だって分かってるでしょ、私のこと。それと同じよ。何年一緒にいると思ってるの!」

 峰子の三月をまっすぐに見つめる瞳は、積み重ねてきた時間の強さ。


「ねぇ、覚えてる? 私たちが、初めて出された日の事。あなたが視る過去が本物かどうか、私があなたの心に映るその過去を読む……なんて命令。私は絶望したわ」


 それは、SSSが二人を『道具』として扱った証だった。


 能力値がどれほど高くても、まだ九歳の子供だ。

 信用できないと判断した大人たちは、能力で視た過去の記憶をテレパシストに『読ませる』ことで、正確を証明しようとした。


 選ばれたテレパシストは、当時、最高ランクとされていた――十五歳の少女。


 二人は犯罪者の証言を裏付けるための、材料として使われた。


 その結果、SSSは「冤罪を減少させた」と高く評価される。


 ――二人の超能力者の犠牲があることを、隠したまま。


「残酷なシーンばかり視せられて、何度も吐いて眠れなくて。それなのに、あなたは泣きもせず耐え続けていた……」

「子供だったからね。よく分かってなかっただけだよ?」

「……そうね。でもね、ごめん。ここでひとつ告白するわ」

 峰子は口元を手で隠し、くすっと笑った。

「一度だけ。あなたの心を読んだことがあるの」


 初耳だった。

 信じていたのに裏切られた気分がする。

「えぇぇぇ!? 読まないって約束したじゃん!」

 三月は子供のように地団駄を踏んで抗議した。


「一度だけよ! どうしてあなたがそんなに強いのか、知りたかったの! 拍子抜けしたわ。だって――自分のこと全然考えてない。他人のことばっかりなんだもの」

「ひどい! 絶対プライベートは読まないって言ったのに!」

「だから一回だけってば。ハイハイ、ゴメンごめん!」

 プリンセスの仮面が落ちた三月は、いつもの三月と峰子に戻る。


「そんなあなたが……」

 大きくため息を吐いた峰子の瞳が、三月を捉える


「大切なみんなを巻き込んで、ここを砲撃するわけない! そう思った。それが、私がここにいる理由よ」

 峰子の笑顔は、長い時間を共に過ごしてきた証だった。

「私たちはどんな時も一緒。今までも、これからも。そう――死ぬ時だって、私はあなたと一緒よ?」


 三月の顔色が露骨に変わる。


 峰子は、その変化だけで三月の『覚悟』を見抜いた。

「……一人では逝かせない。私も、一緒に逝くわ? 三月!」


 峰子の覚悟を含んだ強い瞳に息を呑み、三月は一歩後ずさる。


 ――その瞬間。

「三月ッッ!」

「三月!」

 駆け込んできたカズマと由真の姿を見た瞬間、三月の表情がピシリと凍りついた。

 このままじゃ、計画が実行できない。


「帰ろう。みんな待ってる」

「顔が映ってなければバレないと思った? そんなの通じないわよ。私は、三月の親友なんだから」

 カズマと由真の言葉が、胸に真っ直ぐ届く。

 三月にとって、カズマも由真も大切な友達。


 ――だけど。

 それでも、その想いよりも優先しなきゃいけない『守るべきもの』があった。


「海ほたるからの砲撃はありません。この会館にだけ爆弾が仕掛けてあります。これは警告です。今すぐ、ここから離れてください」

 その声は無機質で、まるでロボットのようで――誰も、そこに『三月』を感じられない。


「……嫌よ。三月が一緒じゃなきゃ、私はここから動かない」

「警告します。今すぐ、ここから離れてください」

「ねぇ三月、帰ろう? 校長先生も教官も心配してるんだよ……?」

 由真の必死の声が、三月の心の奥に触れた。

 押し込めていた迷い。

 弱さ。

 ほんの少し揺れたその隙間に、小さな『三月』が顔を出す。


「……ココから……出ていって……」

「イヤよ! 私は三月と、五月と一緒に帰りたい!」

「……おねがい……巻き込みたく……ない、よ……!」

 たった一言で、三月の表情が決壊した。

 大粒の涙が、ぽろぽろと頬を伝う。


「遊園地。海。キャンプ。冬になったら雪山で雪合戦して……春になったら、お花見だろ?」

 カズマはゆっくり息を継ぐ。

「教官や校長先生が酔っ払って、幸太さんや陸さんが巻き込まれて、みんなでお弁当を食べるんだ。前の日からメニュー考えて、買い物して、早起きして作るんだろ?」

「カズマ……?」


「約束したよな? オレは、約束を守りたい」

 カズマは、幼い子を諭すように、静かに三月へ言葉を重ねた。


「……ダメだよ」

 三月の声が震えた。

「ゴメン……ごめんね、カズマ……」

 自分に言い聞かせるように、必死に首を振る。


「これ以上、イツキを苦しめたくないの……!」

 抑えていたものが、とうとうこぼれた。

「生きてる限り、イツキは苦しむ!」

 涙声のまま、言葉が途切れ途切れになる。

「だ、だから……」

 喉がつまる。

「――死ななきゃいけないの!!」


 その叫びに、カズマの世界が一瞬で暗転した。

 胸の奥が裂け、呼吸が止まるような感覚。

 気づけば、一歩踏み出していた。

「……やめろよ、ミツキ」

 声が震えるでも怒るでもなく、ただ悲しかった。

「そんな言葉……言うなよ……」

 三月の表情が揺れる。


 カズマは逃げない。

 逃げてきた自分の過去を、武器にする。


「なぁ、三人でケーキ食べに行った時のこと覚えてるか? 東雲に、どうしてSSSに入ったのか聞かれて、オレ、何も言えなかった。あの時、本当にカッコ悪くて、情けなくて、最低で……嫌いだったんだ、自分のこと」


 三月がそっと一歩後ずさると、カズマは一歩前に出る。


「それでも、それがオレなんだ。逃げたり、後悔したり。でも――その全部があるから……」


 峰子は三月の心が、確かに揺れていると悟る。


「オレは今、ここにいる!」


 まっすぐ三月を見るカズマの迫力に、由真も峰子も息をのむ


「オレ、もっと強くなるよ。二人の過去を一緒に背負えるくらいに」


 あと少し、もうすぐ。

 見守る峰子の拳に力がこもる。


「過去があるから、未来がある。東雲と、姫川と……そしてミツキと一緒に、プロフェッショナル・ジョーカーを目指したい!」

 カズマの頬を、涙が伝う。

「だから……死ぬなんて言うなよ。そんなの、聞きたくないよ……」


 三月はもう耐えられない。

 まっすぐ向けられる想いが、痛すぎる。

 ぽろぽろと涙が落ち、幼い子供のように首を振る。


「……ミツキの本当の気持ちを教えて欲しい」 

 カズマは、そっと手を伸ばし――

「聞かせて。ほんとの気持ちを」


 三月の唇が震えた。

「……ミ……ミツキは……もっと……カズマと……ゆま……みんなと……

 いっしょに、いた……い……し……死にたくな……」

 言いかけたその瞬間――

 三月の身体が、ゼンマイ人形の糸が切れたように崩れ落ちた。


「ミツキっ!」

 カズマが抱き起こす。

 その瞳がゆっくり開いた。

 反抗期真っ盛りの、つり上がった『五月』の瞳だった。

「ば、バーカ……」

「姫川?」

「……考えてることは……同じ……なんだよ……オレ、たちは……双子……なんだ……か、ら……」

 やっと聞こえるくらいの声で呟き――五月は、ゆっくりと意識を失った。


お読みいただきありがとうございました。

次回更新→来週更新予定です。

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