鉄の塊と化した車がクラッシュ! 宙に投げ出されたオレが落ちたのは……。
前回のお話はーー
追撃は大師ジャンクションからアクアラインへ。氷と岩が道を塞ぐ。能力の攻撃が激化するが、なぜかカズマの前だけ攻撃が霧散していく。
クラウンのフロントガラスから光が無くなっていくのをカズマと由真は感じた。
「……え?」
黒い塊が、上から降って来た。
スポーツカーだった。
回転しながら――真っ直ぐ、自分に向かって降ってくる。
「カズマ君! 衝突する!」
由真の叫びが、遠くで響いた。
逃げ場はない。
前方、水。
後方、岩塊とハマー。
左、欄干。
右、180SX。
――詰んでいた。
ただ一つだけ、由真には残された『手』があった。
「カズマ君……! 出るよッ!」
由真の声が鋭く跳ねた。
迷いなど一ミリもない。
忍びの家系で叩き込まれた、身体が勝手に動く『判断』だった。
由真はカズマのシートベルトを、指が触れた瞬間に外した。
その瞬間、宙を舞いながら落ちるスポーツカーとクラウンが、
ドォォォンッ!!
と、凄まじい衝撃音とともに激突した。
ふたつの車体が、金属片を撒き散らしながら宙へ跳ね上がる。
火花が飛び、歪んだ車体がスローモーションのように回転していく。
クラッシュの衝撃で運転席のドアが吹き飛ぶように開き、カズマの身体が空中へ舞い上がる。
「うわっ――!」
海風と残骸が巻き上がり、世界がぐるりと回転した。
由真もすぐに後を追う。
クラウンのフレームを蹴り、宙へ跳ぶ。
忍びの家系で叩き込まれた身体能力が、極限の状況で牙をむいた。
「カズマ君!! 手を――!」
海上道路の上空で、伸ばされる由真の手。
あと指一本。
届く。
届く、はず――!
落下していくカズマの手が、あと少しで届きそうで――届かない。
「し、東雲――!」
つかむはずの手が離れていき、距離がどんどん開いていく。
空と海がひっくり返るような浮遊感。
「カズマくーーーーーん!!」
由真の叫びだけが、海上道路に響き渡った。
由真の叫び声が聞こえる。
けれど、自分の体じゃないみたいに、動かない。
ただ、重力だけが一方的に襲いかかってくる。
地面がどんどん、近づいてくる。
――終わった。
視界を閉じかけた、その時。
耳に焼き付いている、エンジンの唸り。
黒豹のような。
闇を裂く、漆黒の影。
そして――
襟首をつかまれたような衝撃。
カズマの体は、しっかりとした『何か』へ叩きつけられた。
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
心臓に響くような、あの低いエンジンの鼓動。
「よう、カズマ!」
聞きなれた声だった。
ゆっくりと目を開けると、ハンドルを握る裕一の横顔があった。
カズマの着地点は――漆黒のGT-Rの助手席。
裕一が片手で軽くドリフトを決め、GT-Rを停止させる。
カズマは、半分転がるように助手席から降りた。
「カズマ君ッ!!」
忍の家系らしい驚きの身体能力で、先に着地していた由真が駆け寄る。
そして、そのままの勢いで――カズマを抱きしめる。
「よ、よかったぁ……!」
「し、東雲……!」
「ホラ! しっかりしろ、カズマ!」
呆然とするカズマに、裕一が手を差し出す。
カズマは引き起こされ、由真がその体をしっかり支えた。
クラウンは――見る影もないほど、無残に潰れていた。
もう、走ることはない。
「GT-Rを貸してくれよ! オレはッ!」
「カズマ。あのコは海ほたるにはいない。中央会館にいる」
その言葉で、すべてがつながった。
峰子が一人、会館に残った理由も――。
悔やんでいる暇なんて、ない。
今は、とにかく、急がなきゃ。
「行け!」
裕一の短い一言で、カズマと由真はGT-Rへ飛び乗った。
漆黒の獣が、咆哮を上げる。
中央会館へ向けて――走り出した。
映画でも、ここまでやらないだろ、というレベルの救出劇。
その全部を、ただ呆然と見ていた幸太と陸は180SXから降りる。
我に返った幸太は、憧れの人の背中を見る。
胸の奥に、ずっと引っかかっていた『感覚』。
それが――確信へと、変わった。
カズマの運転する車に乗った時の感覚……。
懐かしさを感じた、その走り方。
そこには、はっきりとした心当たりがあった。
「砲撃を止めるには、海ほたるに行くしかない」
離れていた時間などなかったような裕一の声に一瞬にして、昔に戻る感覚。
「幸太! もちろん銃も使えるよな?」
「人並み程度ですよ?」
陸を後部座席へ押しやり、180SXに乗り込んだ。
運転席の裕一が、キーをひねる。
――止まっていた時間が、動き出す。
グゥオォォォォン!!
軽快なエンジン音を轟かせて、180SXが高らかに吼えた。
まるで、主を歓迎しているかのように機嫌がいい。
「行くぞ! 前は幸太! 後ろは任せたぞ――『姫りんご』の弟子! 腕前、見せてみろ?」
「あ"ぁ"ぁ"ぁ"!? お前!! だいっっっ嫌い!!」
陸の顔が、一瞬で般若になる。
「オレの師匠を! 気軽に『姫りんご』呼ばわりすんじゃねぇ!!」
あの人は女神なんだよ!? 女神!!
世界の頂点なんだよ!!
陸にとって、世界中の女性は女神だ。
だが、そのすべての頂点は――『師匠』。
裕一は、鼻で笑った。
――陸に銃を教えた『師匠』の、元パートナー。
それが、裕一である。
敬愛する師匠を『姫りんご』呼ばわりするこの男は、『敵』以外の何者でもない。
陸にとっては。許しがたい。
絶対に、絶対に。
超えたい。
勝ちたい。
いつか必ず、ブチ抜いてやる……!
覚えとけよ、この野郎!
陸の心の叫びなど、お構いなしに――
180SXは、凄まじい加速で、海ほたるへと、走り出した。
漆黒のGT-Rが、まるで獲物を追う獣のように会館の駐車場へ突っ込んだ。
タイヤが悲鳴を上げ、白煙が散る。
「三月!」
カズマはエンジンを止めて、半ば転がるように地面へ降り立つ。
由真も続き、険しい表情で周囲を見渡した。
会館は、異様なほど静かだった。
「……静かすぎない?」
由真が息を呑んだその時。
黒い影がスッと彼らの前に現れた。
「にゃーん!」
「クロ? お前、クロなのか?」」
カズマのよく知った、アンダー東京で馴染みの黒猫、クロだ。
クロはカズマの足をスリスリと回り「ニャッ」と短く鳴くと、会館の奥へ走っていく。
「ついてこい? あ! ……そういうことか!」
「え? どういうこと?」
納得したように走り出したカズマの後を由真は追いかける。
二人はクロを追って廊下を走る。
人気のない巨大な建物に、彼らの足音だけが響いた。
クロは時折ふり返り『こっち』と尻尾で示すようにゆらりと揺らす。
何度かそれが続いてから、クロがピタリと立ち止まる。
目の前には、展望フロアへと続く大階段があった。
「……ここから上?」
この先に、きっと三月がいる――。
「行くぞ、東雲!」
「うん!」
二人は階段を駆け上がる。
会いたい――ただその想いだけが、二人の脚を動かしていた。
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