旧首都高で始まる異能カーチェイス――オレだけが追いつけない
前回のお話はーー
雪兎と奏はSSS本部メインコンピューター室へ侵入する。奏はネット上でスカイ東京のゲート主権を奪い始める。迎え撃つ薫との攻防は激化し、最後に勝敗を分けたのは、技術ではなく選択だった。
旧首都高1号羽田線。
かつて都市を支え、そして――地震によって捨てられた道路。
高架の継ぎ目はひび割れ、ガードレールは半ばちぎれている。
今では使われることのない、死んだ高速道路だった。
クラウンのバックミラーに、異様な影が映る。
地鳴りのようなエンジン音を撒き散らすハマー。
その横を、獣のように路面を滑るスポーツカー。
常識外れの速度で、こちらへ迫ってくる。
「?!」
「カズマ君……! あれ……この前のスポーツカーじゃない?」
由真の声が、わずかに震えた。
カズマの胃の奥が、すっと冷える。
「……ああ。間違いない。こいつら……ミツキが誘拐された時の奴らだ」
二度目の交戦。
そして気づいた。
――この状況は、あの時から、もう始まっていたのだと。
悔しさが、じわりと胸を刺した。
カズマは、もう一度バックミラーを見る。
闇を切り裂いて迫る、ハマーの巨体。
逃げ場のない獲物になったような感覚。
その瞬間――ハマーの周辺の空気が、歪んだ。
地面の砂が、ざわりと浮き上がる。
砂は集まり、束ねられ、みるみるうちに塊へと変わっていく。
岩と呼ぶにふさわしい大きさになると――爆ぜた。
弾け飛んだ瓦礫が、四方へ散る。
散った破片が、空中で軌道を変える。
まるで、意思を持つかのように、一直線にクラウンへ殺到する。
ガンッ!
ガガガッ!
だが、次の瞬間。
破片はクラウンのボディに触れた途端――
ぱっと、光の粒となって霧散した。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
「か、カズマ君?……消えた……よね?」
「……消えてる」
理解が追いつくよりも早く、背後のハマーが不快そうにエンジンを唸らせる。
思い通りにいかない苛立ちを、そのまま音にして叩きつけてくるかのように。
襲われているのは、180SXも同じだった。
「来るよ!!」
陸の叫びと同時に、背後のガードレールから――ぶわっと、緑が生え広がる。
植物のツル。
触手のようにしなり、一直線に迫ってきた。
「陸ッ!!」
「オレ様の出番でしょー!」
陸がサンルーフから身を乗り出す。
パンッ! パンッ!
乾いた銃声。
ツルの先端が、正確に撃ち抜かれて弾け飛ぶ。
「オレ様天才!」
粉砕されたツルの残骸を突き抜けた――その瞬間。
スポーツカーの運転席で、エルが心底楽しそうに笑った。
「アイツ、命中率すごいわ! 射的とかやったら景品取りまくりじゃね?」
助手席の碧葉は、指先でツルを操りながら舌打ちする。
「……もう少し、動きを速くして」
「了解」
エルは視線だけで壁を捉え、ニヤリと笑った。
スポーツカーが180SXから離れる。
そして――壁へ。
「え……? 車って、壁、走る?」
信じられない光景に、陸の顔が引きつる。
スポーツカーは壁に張りつくように疾走。
そのまま『跳ねる』ように角度を変え――
カーブの途中。
180SXの斜め上、真横へと躍り出た。
シャッ!
横殴りに放たれるツル。
幸太が即座にハンドルを切る。
180SXは寸前でかわした直後、ツルがアスファルトを叩き割った。
粉塵が爆ぜ、破片が舞う。
それでも幸太は、顔色一つ変えない。
さらに――アクセルを踏み込んだ。
高架が大きくカーブする。
その先に――揺れる光があった。
クウィーン……ウィーン……グォォォォ!
甲高く、耳に刺さるロータリーサウンド。
風を切り裂き、空気そのものを震わせる。
「……来る!」
前方の得体の知れない光へ、陸が身構えた。
次の瞬間。
「RX―7!?」
カーブの闇を突き破って――RX―7が飛び出してきた。
ブワッ!
マフラーが火を噴く。
後輪が白煙を散らし、路面を蹴った。
RX―7の車内。
エリーが、窓の外へ指先を払うように振る。
「燃えちゃいなさい。雑草ども!」
180SXを追っていたツルが――燃えた。
ぼっと音を立てて、炎が一気に駆け上がる。
緑だったはずのそれが、炎をまとったまま、道路へと叩きつけられる。
アスファルトに火の粉が散り、赤い火花が跳ねた。
江ノ島は前方から視線を外さず、短く告げた。
「援護完了。行きます!」
「しばしのお別れですわ、幸太さまぁ」
切なげなエリーの声が、幸太に届くことはない。
「うおっ!? 燃えたっす!?」
サンルーフから、陸の素っ頓狂な叫び。
炎のトンネルを切り裂きながら、RX―7と180SXがすれ違う。
助手席の窓越し。
一瞬だけ――幸太と、江ノ島の視線が交差した。
言葉は、ない。
そこにあったのはただ――それぞれの使命へ向かう者の目。
RX―7は羽田方面へ。
フルスロットルで、闇の中へ走り去っていった。
クラウンの車内。
カズマは、思わず息を止めていた。
燃えるツル。
火柱の向こうを、赤い車体のRX―7が駆け抜ける。
「……すげぇ……」
それだけしか、言葉が出なかった。
由真は、前方を走る180SXを見つめていた。
――これが、現場なんだ。
由真の胸の奥で、何かが静かに熱を帯びていく。
舞台は、最悪のエリアへ突入していた。
「前……これ、沈んでない!?」
サンルーフから身を乗り出した陸が叫ぶ。
かつては多摩川に架かる『高速大師橋』
だが今は、支柱の半分が崩れ落ち、路面が斜めに沈み込んでいる。
中央には巨大な裂け目。
むき出しの鉄骨が、風に揺れるたびミシリと軋んだ。
上空では、スポーツカーがツルワイヤーでスイングし、背後からは、ハマーが重力任せに突っ込んでくる。
「行くぞ――落とされる前に抜ける!!」
180SXが、崩落高架へ飛び込んだ。
続いて、クラウンも突入する。
「突っ込む! しっかり掴んでろよ!」
四の五の言っている場合ではない。
由真はシートベルトを強く握りしめた。
橋のような道路に突入した瞬間、車体が沈むように揺れた。
放置されたコンクリート。
もはや、これは道路じゃない。
崩れた欄干の破片が散乱し、橋は戦場そのものだった。
「くそっ……こんな状態かよ……!」
ハンドルを握るカズマが、必死に進路を探す。
汗で、指先が滑りそうになる。
その前を、180SXが普通の道路を走るように進んでいく。
幸太のハンドル捌きは、常識を超えていた。
瓦礫を寸分違わず避け、車体を滑らせるように、橋の中央へ躍らせる。
まるで――
障害物のほうが、彼を避けているかのようだ。
「……なんだよ、アレ……」
カズマの喉が、震えた。
自分なら、確実にぶつかっている。
反射も、判断も、すべてが足りない。
――別次元。
そう突きつけられ、カズマは歯を食いしばりクラウンを加速させた。
なんとか橋を抜けた、その瞬間。
周辺の緑がうねった。
街路樹の根が異様に伸び、アスファルトを割って、ツルが蛇のように躍り出す。
前方で、スポーツカーのライトが閃く。
その影から、異常に肥大したツルが広がっていた。
「幸太さん! タイヤ取られるっすよ!」
ツルが路面を這い、180SXの前を塞ぐ。
「……ふっ」
幸太は、わずかに笑った。
ハンドルを切る。
180SXが滑る。
ツルの隙間を、まるで『そこに道があるかのように』突き抜けた。
「……やっぱり、俺にはできない」
カズマの声が、掠れた。
自分なら、確実に絡め取られていた。
幸太の運転は、やはり――別次元だ。
由真は、カズマの横顔を見た。
震えているのは、恐怖じゃない。
追いつけない現実を、受け止めている顔だ。
……大丈夫。
言葉にはせずに由真はただ、前を見据えた。
「オレ様の敵じゃないっすねぇ!」
サンルーフから陸が身を乗り出す。
銃声が夜を裂き、束になったツルを撃ち抜いた。
「いまだ!」
進路を見出し、カズマがアクセルを踏み込む。
クラウンが突進するが、再びツルが塞ごうとする。
だが、その前に――180SXが回り込んだ。
「させないよっ!」
ドリフト。
180SXツルを裂き、陸の射撃がその動きを補完する。
その奥。
スポーツカーの車内。
砕け散るツルを見ながら、エルはどこか冷めた目で呟いた。
「植物だもんねぇ……強くはないよなぁ」
その横で、碧葉の表情が、ぴくりと歪む。
――次の瞬間。
ツルが、再び巨大な束となって、クラウンへと襲いかかった。
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