アナログ最強?――SSS本部、最後の扉!
前回のお話はーー
幸太の指揮で動き出すが、敵影のない会館に不気味な違和感が漂う。
違和感をぬぐえない峰子を会館に残し、一行は海ほたるへと出撃する。ゲート閉鎖に阻まれ、閉ざされた旧首都高ルートを選択する。
お台場SSS本部――正面ゲート。
改札型のセキュリティゲートが、等間隔に三基並んでいる。
天井には顔認証カメラ。
その奥では、行動パターン解析AIが常時稼働中。
――表向きは、完璧な要塞。
「……はい。通行権限、上書き完了っと」
無機質な電子音が鳴るよりも早く、奏が小さく囁いた。
二人が手にしている『偽造IDカード』のデータと、SSS本部データベース内の正規記録が静かに入れ替わった。
事前にもらったデータの質が良すぎるんだよなぁ……。
奏は内心で、ネコに軽く感謝する。
プライバシー関連のセキュリティは、厳重すぎて面倒なことが多い。
面倒なことにはあまり関わりたくない。
「お疲れ様ですー」
見るからに、人のよさそうな警備員がにこやかに声をかけている。
次々と本部職員がゲートを通過していく。
その流れに、ごく自然に混ざりながら――雪兎が、カードをかざす。
ピッ。
軽い電子音。
何事もなかったかのように、ゲートは開く。
続いて、奏もカードをかざした。
天井の認証カメラが二人の顔を捉えた、その瞬間。
奏の意識が、仮想空間へと沈み込む。
カメラが認識しているのは、もう二人の顔じゃない。
事前に仕込んでおいた本部職員のデータが、リアルタイムで差し替えられ、AI解析をすり抜けていく。
――問題なし。
ゲートを抜けた瞬間、雪兎が小さく息を吐いた。
「……通れた。ほんとに、いけるんだ……」
「ネコが言うには、ここから地下三階のメインコンピューター室までは一直線」
奏は歩きながら、スマホを操作する。
「監視カメラは全部、僕が目隠しするから」
営業中のフロアは、どこも白く、明るい。
IT部門らしい落ち着いた空気。
若い職員も多く、忙しそうに行き交っている。
細身の二人は、むしろ――ここに『いそうなタイプ』だった。
人の流れに紛れながら、自然な足取りで内部通路へ折れる。
角を二つ曲がったところで、空気が変わった。
急に、誰もいない。
「……ここから先、立入権限ないとダメなエリアだよね?」
雪兎の声が、自然と小さくなる。
「うん。まぁ、厳重エリアだからね」
奏が軽く指先を動かすと、通路沿いの監視カメラが無人のループ映像へと書き換えられていく。
「よし。行こっか」
何食わぬ顔で、二人は並んでエレベーターへ向かった。
扉が閉まり、静かな振動とともに下降を始める。
表示パネルの数字が、一つずつ減っていく。
――B3。
到着音。
扉が開いた瞬間、空気が変わった。
ひんやりとして、音のない世界。
上層のオフィスフロアとは、明らかに別物だ。
「……本当に、誰もいないんだね」
雪兎が、思わず囁く。
地下三階。
SSS本部の中枢――メインコンピューター室のある階。
このフロアだけは、勤務者の立ち入りが極端に制限されている。
一歩踏み込んだだけで、肌が『異質』を感じ取る。
「カメラ映像、全部ループ中……OK」
奏は立ち止まり視線を上げずに言った。
響くのは、二人の靴音だけ。
硬い床を叩く音が、やけに大きく聞こえる。
廊下の突き当たり。
分厚い金属扉が、そこにあった。
メインコンピューター室。
――その頃。
180SXとクラウンがレインボーブリッジへと続く螺旋を下る、その途中――。
本来なら、分厚いコンクリート壁が途切れることなく続いているはずの区画に、ぽっかりと『穴』が開いていた。
壊された形跡はない。
崩れた様子もない。
ただ、最初からそこにあったかのように、開いている。
ここに来るまでに、電子制御のこの扉は薫が開けておいた。
「幸太、スピード落として」
薫の声が、いつもより低い。
「……すぐ次の扉が来るから」
「扉?」
問い返すより早く、それは姿を現した。
無機質で、巨大な――
金属の壁そのものみたいな扉。
180SXが減速し、停車する。
すこし遅れて、クラウンも横へ並んだ。
薫は車を降りると、扉脇へ歩み寄り、そこにあるものを鋭く睨みつけた。
「……薫? 鍵?」
「これ。普通の鍵穴っすね? え、今どき?」
陸が、珍しいものでも見るように覗き込む。
「ここの扉……鍵だったの?」
クラウンから降りてきたカズマは、信じられないものを見る目で鍵穴を見つめた。
このルートは、アンダー東京からも繋がっている道のひとつだ。
――裕一は、すんなり開けていた。
だから当然、電子ロックだと思い込んでいた。
「鍵って……?」
由真が首を傾げる。
「さっき、お姉ちゃんが開けたのは……」
「……二重扉、ってことか」
幸太の呟きに、誰も否定しなかった。
薫が鍵穴を覗き込む、その動きだけで――鍵が、ここにないことを全員が悟る。
「……これだけ発展してんのに……」
淡々とつぶやきのつもりだったのだろう。
だが、薫の声には、じわりと怒気が滲んでいた。
「最終的に『アナログ最強』とか、ほんと……やめてほしいんだけど」
ぶつぶつと文句をこぼしながら、薫は頭からヘアピンを外し、鍵穴に差し込む。
本来なら、固唾を飲むような場面のはずだった。
だが、薫の文句の圧が強すぎて、妙に耳を奪われる。
「……オレ、こういうの初めて見た」
カズマは目を丸くしたまま、薫の手元から目を離せない。
「ほんとに……やるんだ」
電子ロックを、秒で突破する人間が、今度はアナログ錠前を相手にしている。
脳が、追いつかない。
「お姉ちゃんは、超一流の錠前師なの!」
由真が、誇らしげに声を張り上げる。
「どんな鍵でもよ! 開けられない鍵はないの! 電子ロックでも鍵穴でも、なんでも超一流なのよ? なんたって『マスターロック』って呼ばれるくらいなんだから!」
恍惚とした叫びをよそに、薫は一切視線を動かさない。
ヘアピンが、くるりと回る。
指先の動きは、驚くほど繊細だった。
内部のピンをひとつ。
また、ひとつ。
確かめるように、探り当てていく。
そして。
ガチャリ。
金属的な、重い音。
電子音じゃない。
『精巧な機構の鍵』だけが鳴らせる、確かな解除音が響いた。
――まったく同じ『瞬間』。
お台場・SSS本部地下。
《MAIN COMPUTER ROOM》
重厚な隔壁のような扉が、静かに行く手を塞いでいた。
電子ロック。
そして、その下に備え付けられた――鍵穴のアナログ鍵。
「ネコの言う通り! 鍵だよ! 鍵!」
雪兎はまるで新種の生き物でも発見したかのようなテンションで、鍵穴を覗き込んだ。
お読みいただきありがとうございました。
次回更新→来週更新予定です。




