VIPを人質に、慰霊式典は交渉の舞台となる。
前回のお話はーー
羽田空港の制限区域に侵入したノーザンクロスは、滑走路上の旅客機を爆破する。派手な騒動の裏で、政府とSSSを動かすための“導火線”が、静かに点火された。
スカイ東京中央会館・セレモニー会場。
首相をはじめとした政治家、財界の重鎮、各界の有力者──いわゆるVIPたちが一堂に会していた。
彼らにとって今日は、あくまで『記念のパーティー』だ。
深刻さなど微塵もなく、場違いなほど上機嫌で、武勇伝や自慢話に花を咲かせている。
プロフェッショナル・ジョーカーが会場に姿を現した瞬間、その空気が一変した。
紳士淑女たちは、まるで蜂の巣をつついたかのような勢いで彼らを取り囲む。
「幸太くん、お父上とまた酒が飲みたいよ!」
「先日は父がお世話になりました、総理」
今は隊長不在。
形式上のトップとして、幸太は首相や官僚と言葉を交わしていく。
気負いもない。けれど、軽んじてもいない。
『立場』を理解した、完璧な距離感だった。
「峰子さん、お会いするたびに美しさが増しますねぇ」
「まあ……お上手ですこと」
峰子は、成り上がりの独身男性たちに囲まれながら、余裕たっぷりに妖艶な微笑みを浮かべる。
視線、声色、立ち位置──すべてが計算され尽くしていた。
「美しさに目が眩みそうですよ? マダム!」
陸はお得意のホストスマイルで、マダムたちの心を一瞬で鷲掴みにしていく。
軽口に見えて、その実、場の空気を完全に掌握していた。
「先日の論文、読ませてもらいました。ぜひ詳しく伺いたい」
「ありがとうございます、教授」
薫は年配の研究者たちに囲まれ、穏やかな笑顔で応じている。
専門的な話題にも一切の淀みはなく、知性と礼節が自然に滲み出ていた。
──それぞれが纏う『プロフェッショナル・ジョーカー』としての顔。
それは、普段の彼らとはまるで別人のようで……。
カズマは、思わず息を呑む。
入り口付近で、その光景を見つめる由真の視線は、鋭く、そして真剣だった。
「……アレが、プロなのね……」
華やかな舞台の裏にある、責任と覚悟。
笑顔の奥に隠された、現場の厳しさ。
カズマも由真も、今はまだ知らない。
けれど、確かに感じ取っていた。
しばらくは、先ほどまでと変わらぬ華やかな空気が流れていた。
だが──
天井から下ろされた巨大モニターに、唐突に『数字をカウントする映像』が映し出された瞬間。
会場のざわめきが、わずかに揺れる。
それは、式典の進行をすべて把握しているはずのカズマと由真の台本には、存在しない演出だった。
嫌な予感が、背筋を這う。
『日本国の皆様。本日は、十年という節目の日にご苦労様です』
スピーカーから流れた声に、会場が静まり返る。
モニターに映っているのは、口元から胸元まで。
少女のようにも見え、少年のようにも見える。
年齢も性別も判然としない、中性的なシルエット。
──ただ、その声に。
カズマと由真は、はっきりとした『心当たり』を覚えていた。
『我々はノーザンクロス。式典に参加させていただきたく、ちょっとした手土産を用意しました』
次の瞬間。
ドンッ──!
腹の底を殴りつけるような爆音とともに、映像が切り替わる。
それは、まるでハリウッド映画のワンシーンのような光景だった。
空港。
小型旅客機が、一瞬で炎に包まれ、鉄屑へと変わっていく。
十年前の地震を知る者たちの脳裏に、あの日の記憶が容赦なく蘇る。
悲鳴。
硬直。
息を詰める音。
「まあ……ずいぶん物騒なお土産ですこと」
その沈黙を、たった一人、涼やかに切り裂いた声があった。
「ご連絡いただければ、招待状をお送りいたしましたのよ? ノーザンクロスさん?」
華やかな微笑みを崩さぬまま、峰子が一歩、前に出る。
爆心地へ踏み込むようなその姿に、由真は思わず息を呑んだ。
「完璧なおもてなしを──上から厳しく申し付けられていますの。よろしければ、リクエストを教えてくださるかしら?」
『国権をすべて、我らノーザンクロスに譲渡していただきたいのです』
淡々とした声が、告げる。
『拒否した場合──あなたたちの東京が、崩壊します』
再生され続ける空港爆破の映像は、脅しとして十分すぎる説得力を持っていた。
VIPたちは我先にと出口へ殺到する。
だが──ドアは、びくともしない。
ロックされている。
「この場で即答を求めるのは、少々強引じゃなくて?」
峰子はあくまで穏やかに、交渉を続ける。
「皆様にも、いろいろと事情がおありでしょう? 少しお時間をいただけないかしら?」
『……いいでしょう』
一拍の沈黙。
『地震発生時刻まで待ちます。よい返事を期待しています』
プツリ、と映像が途切れた。
その瞬間を見計らって、白いテーブルクロスの下から、するりと薫が姿を現した。
手にしたタブレットを幸太に掲げ、短く頷く。
「要求は『国権』のみ。指定時刻までは、命に直接関わる危険性は低いと判断します」
幸太の声は冷静だった。
「相手を刺激しないためにも、皆様はこの場に留まってください。こちらの件、我々SSSが引き受けてもよろしいでしょうか、総理?」
国家に関わる案件だ。
民間組織である以上、勝手に動くわけにはいかない。
幸太は、形式だけでも首相から『正式な依頼』を受ける形を取った。
「時刻まで、約二時間か……」
首相が、薄く笑う。
「それまでに無理だと判断したら、我々は脱出させてもらうよ?」
──また、同じことをするつもりなのか。
地震のときと、同じように。
東京を切り捨て、自分たちだけが逃げる。
首相をはじめとしたVIPたちの薄ら笑いに、由真の胸が強く締め付けられる。
カズマと由真は、込み上げる嫌悪を必死に押し殺し笑顔を貼り付けた。
だが──
プロフェッショナル・ジョーカーたちは違った。
一切の不快を見せず、完璧な微笑みだけでVIPたちを黙らせる。
「ご自由に」
幸太が静かに告げる。
「あ、慰霊式典は予定通り行いますので、準備をお願いいたしますね? では──後ほど」
まるで、ひとつのショーが幕を下ろしたかのように、白服の騎士たちは揃って一礼する。
さきほどまで、どれだけ押しても開かなかったはずのドアは──何事もなかったかのように、静かに開いた。
マスターロックの前に、鍵は存在しないのだ。
控え室のテレビでは、どの局も同じ速報を流していた。
『空港で危険物爆発の可能性?』
煽るようなテロップとは裏腹に、想像していたような大混乱は起きていない。
「ってことは……マスコミの中にも協力者がいたってこと?」
峰子の呟きに、薫が首を振る。
「うーん……そうとも言い切れない。さっきの映像の発信元は、海ほたるでほぼ間違いない。けど……」
薫の視線が、控え室の扉へと向いた。
「この会館、全部のドアに鍵がかかっているのに……見張りがいない?」
「鍵かけたから安心してんじゃねーの? そんな大所帯とも限んねぇし。あー、アレだ! 敵も人手不足なんだよ!」
陸は一人で納得したように頷くが、幸太は薫の表情から目を離せない。
「薫。何が変だと感じる?」
「……鍵が……簡単すぎる……」
その一言で、控え室の空気が、わずかに揺れた気がした。
『マスターロック』。
どんな鍵でも開けてしまうプロフェッショナルである彼女にとって、鍵の構造は『言語』のようなものだ。
その薫が違和感を覚えるということは──ただ事ではない。
「お前から見れば簡単でもさ、一般人からしたら『鍵』なんだよ!」
「でも変ね」
峰子が静かに口を開く。
「今回の式典は国家の公式行事よ? 出席者リストは事前に公開されていたし、私たちだって写真つきでHPトップに載せられていたわ」
全員の視線が集まる。
「足止めが目的なら、高度な鍵か、見張りがあるべきよ。マスターロック本人が参加予定なんだもの!」
その言葉に、控え室の空気が一瞬、凍りついた。
──そうだ。
普通の犯罪者なら、真っ先に『マスターロック対策』をする。
そのやり取りを見つめながら、由真は無意識に拳を握りしめていた。
さっきまでの会場では、誰もが笑っていた。
優雅で、華やかで、まるで安全が約束された世界みたいに。
けれど今、目の前にいる彼らは違う。
薫の指先の震え。
峰子の声音に滲む緊張。
陸の軽口の裏に隠された焦り。
幸太の、誰にも見せない責任の重さ。
──この人たちは、ずっとこうしてきたのだ。
恐怖を飲み込み、嫌悪を押し殺して笑顔のまま現場に立ち続けてきた。
「……」
由真は、トップチームとしての重みをようやく理解する。
背筋が、ひやりと冷えた。
それでも、目は逸らせなかった。
尊敬と、畏怖と、それ以上の憧れ。
その全部が、胸の奥で重なっていく。
ここが現場だ。
プロフェッショナルが、仕事をする場所だ。
由真は、そっと背筋を伸ばした。
一方、カズマは別の違和感を覚えていた。
あの映像の雰囲気……。
画面に映った喉元のラインが、脳裏に焼き付く。
誰かが話しているはずなのに、言葉として頭に入ってこない。
「……ちょっと待って」
薫の指が、キーボードの上をを走る。
「これ、会館そのものがロックオンされてる? え? どこから?――海ほたる!」
いつもは物静かな薫が、ここまで焦るのは珍しい。
それだけで、事の重大さは十分に伝わった。
「海ほたるに向かう」
幸太は大きくうなずき、仲間たちを見る。
その後、カズマと由真の正面に立って問いかける。
「君たちはどうする?」
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次回更新→来週更新予定です。




