羽田空港、導火線点火――ノーザンクロス始動!
前回のお話はーー
震災十周年式慰霊典当日、レインボーブリッジゲートが閉鎖される。SSS東京支部は緊急終了。カズマたちは、静かに動き出す『何か』を察知する。
羽田空港――。
震災の前も後も、『東京の玄関口』として人々を迎え続けてきた場所。
スカイ東京完成以降、その役目はさらに広がった。
国内外から人と物が集まり、今や日本屈指の巨大空港となっている。
ターミナルの喧騒を抜け、三人は一般客の立ち入らない業務用通路へと足を踏み入れた。
薄暗い照明。
剥き出しの配管。
空港の『裏側』には、常に冷たい空気が張り詰めている。
「なんでこの僕が、君たちと一緒なんだかなぁ……」
二人の後ろを歩きながら、翔夢が露骨にため息をついた。
「ビジュアルチームだからじゃない?」
能天気なエルの返答に、翔夢は露骨に顔をしかめる。
「僕は否定しないけど……?」
お前たちはどうなんだよ?と翔夢の顔が問いかける。
「肉体美と」
無邪気に烈を指し、
「造形美?」
続けて自分を指差してエルがにっこり笑う。
「ああ、ああ、そうだね! ハーフだもんな! モデル系イケメンの、異国系美青年!」
完全に頭にきた翔夢は、エルのほっぺたを遠慮なくこねくり回した。
「このクオリティで無課金肌! 何もしないでキレイとか、今だけだから! 若さだから、若さ! あと二年もすれば出てくるんだからね、イロイロ!」
「……にぁにがぁ……?」
「翔夢は、いつでもキレイだよ」
烈がいつもの柔らかな笑顔でそう言うと、さすがに埒が明かないと悟った翔夢は「ふんっ」とエルから手を放した。
そんな緊張感の欠片もない三人の視線の先に、飛行機が停まっている場所への『制限区域ゲート』が姿を現す。
「あれが制限区域ゲートねぇ……。奏のカウントダウンは?」
警備員のIDチェックに監視カメラと厳重なゲートだ。
さすがのエルも、わずかに表情を引き締めた。
「まあ、普通なら入れない場所だよ。――普通なら、ね?」
その瞬間、翔夢のスマホが小さく震えた。
画面に映るのは、奏からの短いメッセージ。
『監視カメラ、三分間だけダミー映像に切り替えます』
「はいはい、三分ね」
翔夢が指を軽く払う。
次の瞬間、幻惑が静かに広がった。
監視員の目に映る三人の姿が、『航空会社の整備士』へと上書きされていく。
制限区域ゲートのランプが、赤から緑へ。
職員用の鉄扉が――
まるで彼らを歓迎するかのように、音もなく開いた。
「バレないねー。翔夢、カンペキ!」
「当然でしょ?」
三人は、何事もなかったかのようにゲートをくぐる。
その先に広がるのは、一般人が決して踏み込めない飛行機が停まっている場所。
三人は、停めてあった空港でよく見る、屋根のない小さな作業車に乗り込んだ。
エルが運転席に座ると、キーに触れることすらなくエンジンが始動する。
「ちょっと、借りまーす」
「……毎回思うけど、それ犯罪だよな」
「烈。不法侵入も、立派な犯罪だけど?」
軽口を叩き合う間にも、作業車は飛行機が停まっている場所へと走り出す。
「見えた。あれが標的の機体だね」
翔夢が、フロントガラス越しに目を細める。
故障のために端に置かれた、どこにでもある小型旅客機。
白い機体が、午後の陽光を受けて鈍く光っていた。
「烈、スピード落とす?」
「いや。このままで」
エルは速度を落とさない。
機体すれすれまで寄せ、そのまま横を走る。
烈が、わずかに身を乗り出す。
一瞬。
本当に、一瞬だけ。
烈の指先が、機体の側面に触れた。
それだけで――
爆破の『マーキング』は、完了した。
「よし。撤収だ」
「了解っと。じゃ、さっさと離脱するよぉ」
作業車は加速し、そのままそこを離れた。
やがて三人は、展望デッキ行きエレベーターの前で降りた。
あとは、見るだけ。
それだけでいい。
翔夢はスマホをポケットにしまい、小さく息を吐く。
「……さて。ここからが本番だね」
エレベーターが静かに上昇する。
金属音だけが、狭い箱の中に響いていた。
観光客が数人いるだけの穏やかな展望デッキに移動する。
空港の喧騒は遠く、午後の風が頬をなでる。
「……いい位置だ。視界も問題ない」
烈が、滑走路を見下ろして薄く笑った。
「やった! しっかり見えるじゃん!」
子供のようにはしゃぐエルを無視して、翔夢は烈を見上げる。
「烈。いける?」
「ああ。いつでも」
烈の声に、迷いはない。
あの一瞬の接触だけで、条件はすべて揃っている。
烈の思考が機体に集中し、爆発をイメージした瞬間――
遠くで、巨大な閃光が花のように輝いた。
グォォォォォォオオオ――ッ!!
遅れて轟音が届き、展望デッキにかすかな振動が伝わる。
白煙が立ち上る。
「すげぇ!」
エルが、思わず身を乗り出す。
周囲の観光客も、スマホを構えてざわめき始める。
「行くぞ。騒ぎが広がる前に」
烈がエルを猫掴みにし、そのまま引きずる。
三人は観光客の流れに紛れ、展望デッキからターミナルへと戻った。
ターミナルに緊急アナウンスが流れ始める、その直前。
彼らは何事もなかったかのように出入り口を抜ける。
館内は、まだ混乱が表に出ていない。
職員たちは状況確認に追われ、客たちはただ「何が起きたんだ?」とざわついているだけだ。
誰一人として、そのすぐ傍を『実行犯』が歩いているとは思いもしなかった。
三人は、無言で駐車場に入ると安堵した。
奥に停めてあるハマーの助手席から野岩が手を振る。
「おかえり。……派手にやったね! ここまで音、すごかったよ」
「時間通りに済ませてきた」
烈が運転席に乗り込むと、後部席の水月も「お疲れ」と短くつぶやく。
「カンペキに仕事終わらせて来た僕を讃えてもいいんだけどなぁ。 素直じゃないねぇ、水サマ?」
遅れて後部席に乗り込んだ翔夢に水月は露骨に嫌な顔を返す。
エルが手をひらひらさせ、隣に停めてあるスポーツカーの運転席に乗り込む。
「はいはい、お疲れー。爆発、綺麗だったよ? アレは生で見るモンだわ」
「……は…」
「派手すぎるっていいたいんでしょ?」
助手席の碧葉が、言おうとしたセリフはエルに横取りされた。
興奮の冷めないエルに碧葉は顔をしかめ隣のハマーを見上げる。
ハマーの車内では、野岩からベットボトルを受け取った烈が一気に飲み干した。
「これで……政府もSSSも慌てて動き出す――導火線には、十分だろ」
烈が改めて空港の方を振り返る。
黒煙が空へ滲むように広がり、空港周辺のざわめきは、これから本格的な混乱へと変わっていく。
「次は合図待ちでしょ? それまで休んでよっと」
翔夢がくいっと口角を上げた。
「お前はもっと緊張感を持て!!」
「えー、僕もう仕事してきたんだよー。ねぇ水サマ〜、膝枕して〜」
言うが早いか、翔夢は水月の膝に寝転がる。
水月は「まったく……」と文句を漏らしながらも、結局は膝を貸してやっていた。
そんな騒々しい様子に、烈と野岩は顔を見合わせて苦笑した。
一方、隣のスポーツカーの車内では――
「お菓子食べよ! 碧葉も食べる? いろいろあるよー」
エルがバッグをごそごそ漁りはじめる。
「今、食べるんだ……」
「成長期なものでぇー」
差し出されたポッキーに、渋い顔をしつつも碧葉はぱくりと食べた。
遠くで、空港のざわめきが少しずつ大きくなっていく。
けれど、この駐車場には、変わらない時間が流れていた。
そんな『彼ららしいペース』のまま、ノーザンクロスは、静かに次の段階へ進んでいく。
お読みいただきありがとうございました。
次回更新→来週更新予定です。




