7月7日、式典の裏側で――閉ざされたゲートと、始まりの警報
前回のお話はーー
ロッキーに連れられ、三月はアンダー東京を訪れる。父が守った町と知らされ、建物に残る記憶を視ることで、その想いに触れた。
7月7日――午前。
『本日、政府主催の「震災十周年慰霊式典」が行われます――』
テレビから流れるアナウンサーの声は、感情の起伏を感じさせない淡々としたものだった。
だが、その映像に映し出されているスカイ東京中央会館前では、反対派デモと警察が対峙し、張り詰めた空気が漂っている。
怒号と拡声器の音。
押し合う人波の向こうで、警察車両の赤色灯が断続的に回っていた。
昨夜から続くこの緊張は、まだ解ける気配を見せていない。
「はーい隊長ぉ、動かないでくださいねぇ? ネクタイ締めますよぉ。イイコですからねぇ?」
SSS――スカイ東京支部・最上階。
プロフェッショナル・ジョーカー事務所では、葵が嫌がる大久保に、式典用の制服を半ば強引に着せていた。
王子様イメージ。
白をメインカラーにした特注制服は、装飾過多で見るからに動きづらそうだ。
「こんなチャラチャラしたの……着られるか、こんなもん!」
大久保は全力で抵抗する。
だが、部下たちはすでに式典会場へ向かっている。
本当なら幸太に隊長代理を押し付けるつもりだったが、相手は『国家主催』。
さすがに逃げ道はない。
――ギリギリに会場入りして、即トンズラ。
そんな計画を立てかけた、その時。
ピッ……。
静かな警報音が、室内に響いた。
特区SSS、あるいは本社に異常が発生した時だけ鳴る、特別な警報。
「ちょっとぉ!? 今イイトコだったのにぃ!」
葵は放送禁止レベルの言葉を一気に吐き捨てると、即座に『仕事モード』へ切り替わる。
白く細い指先が、鍵盤を弾くようにキーボードを叩き始めた。
「……はいはい。特区のレインボーブリッジ・ゲート、完全閉鎖。見事なハッキングですわねぇ」
一瞬だけ間を置き、くすりと笑う。
「あー、薫ちゃん、また泣いちゃいますわよぉ。どうしましょ?」
困った内容とは裏腹に、声色は楽しげだった。
それを聞いて、大久保は思いきり嫌な顔をする。
「これより、東京支部を本部とする」
大久保は制服の襟を乱暴に整えながら、短く告げた。
「――本日の業務、終了!」
「了解っ! フルーツ戦隊、出動ですわよ?」
いつもの業務終了メロディとはまったく違う、優雅で緊急用の音楽が社内に流れ始めた。
――これは緊急。
――しかも、隠密行動付き。
スタッフたちは、叩き込まれたマニュアル通りの丁寧な口上で、来客に業務終了を告げていく。
動きに無駄はない。
誰一人、慌てた様子も見せない完璧な接客。
正面出入り口。
受付嬢総勢八名、ヒーロー番組のエンディングさながらに横一列に並ぶ。
東京支部受付嬢――
それは毎年開催される『SSS受付嬢総選挙』で選ばれた精鋭たちだ。
イベント時にはキャンギャル、時には雑誌グラビア。業務内容は多岐にわたる。
全員集合での業務終了整列は、特に人気が高い。
この時間を狙って、毎日のようにファンが集まっていた。
センターに立つのは、夕張メロンと福島もも。
その後ろに三名ずつ。
彼女たちは『SSSの顔』として、メディアにも頻繁に登場するトップアイドル集団である。
「本日は急な終了となり、ご迷惑をおかけいたしました」
メロンが頭を下げる。
それを合図にしたかのように、ギャラリーが一斉にしゃがみ込み、視線が上へ向けられた。
制服の胸元で、名前に恥じない『メロン』が、重力に従って揺れる。
「本日のお客様には、後日あらためてご連絡をさせていただきます」
続いて、ももが丁寧に頭を下げた。
正面からでは、その美尻を拝めない!――という空気が、確かにそこにあった。
「本日は、ありがとうございました!」
八人が声を揃え、深く礼をする。
それぞれのファンから歓声が飛ぶ中、東京支部正面出入り口のドアが、ゆっくりと閉められていった。
――内部で何が起きているのか。
その答えを、彼らが知ることはない。
7月7日――午後。
スカイ東京中央会館、SSS控え室。
静まり返った室内に、軽い電子音が響いた。
幸太のSSS専用端末だ。
『ハハ キトク ケイカイ セヨ! byショーグン』
画面いっぱいに並ぶのは、葵の黒いセンスがこれでもかと詰め込まれた、ふざけた文面。
……いや、待て。
危篤で、警戒?
意味が分からない。
幸太は眉をひそめ、そのまま端末を薫へ差し出した。
「薫、これ」
「っ……!」
薫は受け取った瞬間、テーブルの上の菓子を一息に薙ぎ払い、タブレットをスライドさせる。
折りたたみ式キーボードを展開。
次の瞬間、指が残像を引く速度で動き始めた。
――ただ事じゃない。
峰子と陸も、空気でそれを悟る。
「……どうしたの?」
峰子がそっと覗き込むが、モニターには専門家でも理解不能な暗号の奔流が流れているだけだった。
「なんスか、これ……」
陸が肩越しに覗き込んだ、その瞬間。
「喋りかけないで!」
鋭く叩きつけられた声。
薫の動きが、ぴたりと止まった。
瞳孔の奥が、刃物みたいに尖っている。
向けられた殺意の圧に、陸は本能で理解した。
「す、すみませんでした!!」
即・土下座。
床に額を擦りつける速度だけは、一級品だ。
そのとき、控え室の扉が開く。
「失礼します……」
険しい表情の由真が入り、続いてカズマも同じように曇った顔で現れた。
「先生たちが来ないんです。学校とも連絡がつかなくて」
その言葉は――
「レインボーブリッジゲートが、閉鎖!? そんなの、あり得ないッッ!!」
薫の叫びにかき消された。
ガタッ、と椅子を蹴り、立ち上がる。
自分が構築した『最高のセキュリティ』が破られたと理解した瞬間だった。
「え? ハッキングされたの?」
陸の無神経な一言が、薫の精神をさらに削る。
「……ッ?」
殺意しかない目線。
陸は全身を震わせ、
「ほんとうにすみませんでしたァァァ!!」
二度目の即・土下座。
控え室の空気は、緊張とカオスの中間地点に突入していた。
その中で――
峰子だけが、薫には触れず、静かに幸太へ視線を送る。
「……私たち、予定通りでいいわね?」
「えっ!? 助けに行かないんですか!」
由真が声を上げる。
動揺で、声が裏返りかけていた。
峰子は、ほんの小さく微笑んだ。
だがそれは、『本当の穏やかさ』とは違う笑み。
「東京支部は、もう警戒態勢に入っているはずよ。私たちが動けば、それだけで大ごとになる」
少しだけ、言葉を区切る。
「SSSトップチームが動くってことはね……それだけで『事件の格』を決めてしまうのよ」
柔らかい声。
だが、現実は一切甘くなかった。
『館内の皆さまにご連絡いたします――セレモニー室へお集まりください』
アナウンスが流れ、控え室の空気が一段、引き締まる。
「行こっか」
幸太が立ち上がり、不安を隠せないカズマと由真に視線を向ける。
「ここでは、君たちもSSSだからね?」
その笑顔は、いつもの穏やかさとは少し違っていた。
きらびやかな式典用制服に身を包んだプロフェッショナル・ジョーカー四人が立ち上がる。
カズマと由真も、その後に続いた。
胸の奥で、言葉にならないざわめきが広がっていく。
――何かが、始まった。
それだけは、確かだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回更新→来週更新予定です。




