1088 研究とはかくあるべき
「それで、結局どういうのが魔物避けに効果ありそうなの? スパイス爆弾は?」
オレがちゃんと実戦で効果を確かめたんだから、効果は保証されていると思う。
意気込んで見上げると、うーん? と不自然な微笑みで首が傾げられた。
「おかしいね、僕、魔物の種類別スパイス反応を見たいっていう話だったと思うんだけど……? ユータは一体どういうデータを集めてきてくれたのかな? おかげで、なんだか研究の方向があちこちにステップを踏んでるんだけど」
……そうだったかもしれない。まあ、楽しそうで何よりだ。
「で、でも、具体的にこの魔物がどれを好きで嫌いかよりも、ざっくり『このスパイスは魔物避けに効果あります!』とか『これは魔物寄せになります!』とかの方が役に立つじゃない」
「研究って、そういう役立つ結果を求めるものとは限らないんだよね~」
ふんわり零れた何気ない言葉に、ハッとした。
そうか……。研究っていうのは、新たな知見。人間が少しずつ、少しずつ積み上げてゆく新しい知識のひとかけら。
それは、何の役にも立たずに積まれるだけかもしれない。
だけど、もしかすると、いつかある時……世界を救う光のかけらになり得るもの――。
深い人類の叡智は、これまで一人一人が積み上げて来た知のかけらがあったから……。
壮大な人類の軌跡に感銘を受けて、じわりと涙すら浮かびそう。
オレ、全然理解できてなかった……。
こんなのほほんギャップ王子様でも、そういうところはしっかりしているんだな……。
「そっか……オレ、役に立つことじゃなきゃ、意味がないって思ってた。そうじゃないんだね」
滲んでしまう尊敬を隠しつつ頷くと、セデス兄さんがにっこり笑った。
「その通り! 研究にかこつければ、どこまででも自分の知りたいことに時間とお金を費やしてもいいんだよ? こんな素晴らしいことがある? 研究に必要なもの、それは果てなく純然たる個人的興味!」
「…………」
オレの感動を返してくれる?
なまじ間違っているとも言い難いのが腹が立つ。
そんな超個人的な趣味の範囲に、プレリィさんを巻き込んでいいんだろうか。あの人、あれでいて割と賢者だったりするけれど。
ああ、でもこっちの王子さまも英雄の息子で次期領主様だったりするし……。
まあいいか、と思いながら鍋底亭の扉を押し開く。
夕食前の半端な時間だというのに、店内は結構な人でにぎわっていた。
オレたちに気付いた森人二人が、にっこり笑顔を向けて会釈してくれる。
「お店を閉めるまでは、お話できそうにないね」
「元からそのつもりだしね。さて、どうする? ちょっと早いけど僕らも先に食事をとる? それとも、またお手伝いを――」
ウキウキ瞳を輝かせるセデス兄さんを、慌てて席に座らせた。
「しょ、食事の方で! ほら、そこまで手伝いが必要なわけじゃなさそうだし!」
「うーん。まあ……ゆっくり食事するのも悪くはないけど」
以前のウエイター体験は、結構お気に召していたらしい。
でもね、セデス兄さんがウエイターすると、もれなく店が忙しくなるから……。せっかくほどよい客入りが、大混雑になったら申し訳ない。あと、やたら注文を入れられるのも勘弁だろうし。
みんな、王子様に給仕してもらいたいんだね。
ハラハラしながらこっちを窺っていたキルフェさんに、ぐっと親指を立ててみせる。大丈夫、ここはオレがちゃんと引き留めておくから。
さっそく『本日のお任せコース』を注文したオレは、出されたいい香りの紅茶をひとくち含んで、これもスパイスだなと顔を寄せた。
もしかして、今日スパイスの話をするから、敢えてスパイス紅茶を出してくれたんだろうか。
なんだかすうっとして、お料理への期待感が高まるような……食前酒みたいな効果があるのかも。
「……ユータなら、料理の研究ができそうだね」
真剣な顔でスンスンやっていたせいで、セデス兄さんに苦笑されてしまった。
料理の研究なら、いくらでも! なるほど、研究と名乗ればいくらでも……? 思考がみるみる引き寄せられて、首を振った。
いいや、オレはセデス兄さんみたいにはなるまい。そんな、趣味と研究をごちゃまぜにするような。
……でも、結果的にそれが世の役に立つなら、それはそれでいいのでは……。
『揺れてる! 主ぃ、ふらっふらで今にも転覆しそうなんだぜ!』
『ロクサレンの血ねえ……あら、血は繋がってないんだったかしら』
繋がってないから! 色々規格外な一族にカウントしないでほしい。
『筆頭がなに言ってる』
『スオーも、そう思う』
『飲み物なんぞいらんわ! とっとと食うものを寄越さんかい!!』
……我が道を行っている個体は置いといて、オレはやっぱりロクサレンの空気を吸って生きたせいで、すっかり毒されているよう。
『あれっ? そうなの? ぼく、逆だと思ってたよ。みんなゆーたが好きだから! だから、似てくるんだねって!』
水色のピュアなキラキラが、思いのほかサックリ中心を射てくる。
そんなはずは……。
咳払いして気を取り直すと、話題を変えようとセデス兄さんを見上げた。
「ねえ、ジフのメモってどんなことが書いてあるの? 見せて!」
「うん、メモっていうかノートなんだけどね」
取り出されたノートからはふわりと複雑な香りがして、くすっと笑った。
「わあ、ジフ結構書き込んでるね……」
どうやらジフ自身もある程度魔物実験をしてみたらしい。
その結果やら、何やら……ええと、後半はこれ、関係ある?
「どうして段々レシピになってるの?」
「謎だよねえ。やっぱりレシピだよね、それ」
うん。だって美味しそうだし。
「料理に使いたくなってきたから、ついでに書いちゃっただけ――あ、何か書いてある」
「味の感想とか?」
大して興味も示さないセデス兄さんが、頬杖をついてオレを眺めている。
ええと、これは……なるほど!
「画期的! これは画期的だよ!」
「……ふうん」
なんでそんなうっすい反応なの?! オレがこんなに瞳に力を込めているのに!
憤慨したオレは、セデス兄さんへ向けてノートを開いて掲げる。
「たとえば、これ! これはね、特に岩蜘蛛系を寄せるのに効果があるスパイスなんだけど――」
びしびし紙面を指し、やる気のない生徒に懇切丁寧に説明を始めた。
あと二日!
もふしら21巻、6/10発売です!!
どうぞよろしくお願いいたします……!






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