1087 恐怖よりも
堂々と立ったオレは、周囲を睥睨して――カッと力を込める。
途端、挑むように立っていた面々が強風でも受けたように身体を引いた。 魔力を放ったわけでもないはずなのに……不思議だ。
へたり、と尻をついてしまった数人を見て、慌ててイマジナリーエリマキを解除する。
「ほら、できたでしょう? どんな感じなの?」
顔色の悪い彼らを案じて回復を施しながら、わくわく尋ねてみた。
だって、クラスのみんながやってみせてって言うんだもの。放課後の教室、こんなにみんなが残っているなんてそうそうない。そんなに威圧なんか受けてみたいもの? なんて、あれだけせびったオレが言えるわけもない。
ほっと表情を寛げたクラスメイトたちが、崩れるように椅子へ腰かけた。
「うわー……やっぱユータもこんななんだなあ……心臓に悪いわ」
「何て言うのかしら、こう……ドン、と巨大な石に押しつぶされるような?」
「息ができねえような、すげえ重さ感じるよな! けどさぁ……怖いのはどっちかっつうと……」
ちら、とオレから滑った視線が、ラキに向く。
「なんか、種類が違うような?」
首を傾げるクラスメイトたちが、こそこそ耳打ちしてきた。
「やべえ、殺される、と思うのはアイツなんだよな」
「そうそう、死ぬ! って冷たい気配がするのよ!」
……そもそも、なんでみんなラキの威圧を受けた経験があるの? 色々と厄介ごとを持って行きすぎじゃない? まあラキは嫌なら遠慮なくぶった切るだろうからいいけど。
多分、ラキは『ぶっ殺す系』だからだろうな。タクトはクラスメイトには向けないだろうけれど、多分同じくだろう。
だけど、ちょっと納得いかない。
「オレのは、怖くないの?」
ほんのりむくれて見上げると、神妙な顔で首を振られた。
「いやいや怖ぇえよ。けど、なんつうの? 膝をつきたくなるっていうか、ああ、勝てねえって骨の髄まで染み渡るっつうか」
「うんうん、分かる! 手を出す必要すらないって言われてる感じ!」
ぱちり、と瞬いて、オレは満面の笑みを浮かべた。
それって……すごく、覚えがあったから。
実は――少しだけ、受けたんだ。カロルス様の威圧。
頑張ったんだから、と駄々をこねて。
渋々オレに向けられたそれは――まさに、王者の覇気。
膝をつきたくなる……その感覚、オレにもよく分かる。
静かなブルーの双眸だけが視界に焼き付いて、他は何も見えなくなった。
どん、と空気が万倍にもなってオレを押しつぶすような感覚。
動いてはいけない。そう思わせるのは、肉食獣よりも支配者の気配だと思った。
圧倒的強者、それがあんなにも分かりやすく伝わって来る。
震えるのは、恐怖よりも畏怖と――微かな歓喜。
まるで、喜んで身を差し出すウサギのような。
……さすがに、オレのはそこまでではないだろうけれども。
「本当?! じゃあ、もっと威圧が上手になったら、カロルス様みたいな威圧ができるかも!」
ご機嫌でそう意気込んだのに、タクトとラキが頬をつついてくる。
「そうだな、お前はもうちょっと威圧に本気を載せられるようにしろよ。絶対その程度じゃねえだろ」
「ホントにね~。強い、っていうのは重々伝わってくるんだけど~命の危機は感じないっていうか~」
「そういう威圧はまた別なの! 多分! 執事さん系の威圧はそうかもしれないけど!!」
確かマリーさんの威圧も、圧倒的強者感を感じるものだった。執事さんの、死神の手が触れるような威圧は、一種独特な気がする。
『あなたのは、エリマキが邪魔してるんじゃないかしら』
『主ぃ、俺様もっとカッコイイのがいいんだぜ』
せっかくのナイスアイディアは、みんなに不評のよう。
む、と唇を結んだところで、窓際から声を掛けられた。
「わっ! ユータ、王子様が来てる! やだ、目が合っちゃったかも!」
「どこどこ――本当だ! やっぱり素敵よねえ」
王子様……。オレ、王様と王子様よりカッコイイ姫様と、あと賢者なんかは知り合いだけど王子様に知り合いは……多分いない。
だけど、心当たりだけは非常にある。特に、離れた場所で黙って立っている分には。
トコトコ窓辺までやってきて、押し合いへし合いする女の子たちの横から外を眺めた。
うん、想像に違わぬ人物が、のほほんとオレを見つけて手を振っている。
何の用だろうか……? 多分、火急の報せでないことは間違いない。
「オレ、行ってくるね!」
ぴょん、と窓から飛び降りて駆けていくと、歩み寄って来るセデス兄さんが苦笑した。
「ユータ、窓は出入口じゃないよ? 仮にも未来の領主様がそれじゃあね」
「現領主様も窓から出入りしてるよ? じゃなくて! 未来の領主様はセデス兄さんだからね!?」
何をさりげなく既成事実を作ろうとしているのか。
じとりと睨み上げるオレに素知らぬ顔をして、キラキラの王子さまは身を乗り出しているクラスメイトたちに手を振った。
素晴らしき王子様スマイル。そこだけ陽光が煌めくよう。
悲鳴のような歓声を気にも留めずに歩き出す姿だけを見れば、カリスマ性も貴族らしさも十二分にあるように見えるのに。
「じゃあ行こうか。今日は珍しく学校にいたんだね」
「珍しくないから! 午後は結構行ってるから!」
「うん、午前は寝てるんだね」
うっと詰まりながら、今度はオレが素知らぬふりをして見上げた。
「ところで、今日はどうして迎えに来たの?」
「寮にいるかなと思ってたんだけどね。一緒に鍋底亭に行こうと思って」
「鍋底亭? どうして――あ、研究のこと?」
「そう。スパイスの事や何やらって、僕よりユータの方が詳しいじゃない? ジフにも色々メモをもらってきたんだけど、僕にはあんまりわからないんだよね」
研究する側がそんなことでいいんだろうか。でもまあ、メメルー先生なんてジュリアンティーヌちゃんへの愛とパッションだけで研究発表してそうだし。この世界の研究なんてそんなものかも。
「へえ、ジフも加わったら、なんだかすっごく美味しい予感のする研究だね!」
何気なく言ったら、セデス兄さんが苦笑した。
「そうなんだよねえ……研究よりもスパイス料理の方がどんどん開発されていっちゃって……。なんだかもう、料理の研究でもいい気がしてきたよ」
「オレ、そっちの方が興味ある!」
「あー……人選を間違えたかなあ。料理脳じゃない人間をもうちょっと入れるべきだったか……ユータを連れて行ったら、絶対料理の方がはかどってしまいそう」
「それはそれでいいんじゃない?」
「『それでいい』方向に持って行かないでくれる!?」
セデス兄さんと連れ立って歩きながら、まだ香りの欠片もしないのに、オレのお腹は既にスパイシーな料理に向けてぐうと元気よく鳴ったのだった。
皆さま!発売までもうあと少し!!
6/10発売のもふしら21巻、手に取っていただけると嬉しいです。
書き下ろし+特典SS+今回特別のコラボSSが入ってます~!!
コラボSSはコラボ先を知らなくても楽しめるように書いたつもりです! でも知っていたらもっと楽しいかも!!






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/