1086 ユータの威圧
「何ができてる……? オレ、まだ何もしてないのに?」
構えを解いて首を傾げると、カロルス様がにやりと笑った。
「威圧に決まってんだろ。良かったぞ、そこらのチンピラなら腰抜かすだろうよ」
「えっ?! そうなの?!」
一生懸命、どうやったか思い出そうとする。そこにヒントがあるはず……!
「確か、オレは強いんだからって……あ! そうか、威圧って威嚇かあ」
半ば当たり前のことに気が付いて、拍子抜けた。
なんだか、相手を押さえつけるみたいな、攻撃的なものを想像していた。だってほら、『ぶっ殺す』だもの、当然だよね。
でも、そうか。肉食獣の威嚇じゃなくたって、威嚇はある。
アレだ。エリマキトカゲがエリマキを広げるような。カマキリが羽を広げて構えるような。
そう、要はオレは強いんだぞってアピールだ。
『エリマキトカゲ……それでいいのね……』
どこかガッカリしたようなモモの呟きに、自信満々に頷いた。
肉食獣だって、エリマキトカゲだって基本は同じ。
オレは、大きくて強い。そういうことだ。
『つまり、我を手本にするとよい! 高々と広げた我が翼! 響き渡る声!! コワーッカカカ!!』
オレの中にいてもやかましい銀次おじさんにくすっと笑う。
でも、ちょっと分かるよ。自分より大きなシロやチャト、オレにだって堂々としたあの姿。
「カロルス様、ちょっと分かったよ! オレ、エリマキを広げる!!」
「おう……? 分かったのか? エリマキ?」
『?』の浮かぶカロルス様に向かい合うと、堂々と胸を張って立った。
しっかり目を合わせて、深呼吸する。
そして――カッと目を見開いた。
ドン、とオレのイマジナリーエリマキが解き放たれる……!
オレの身体は、きっと何倍にも膨れ上がって見えるはずだ。
「……おー、さっきより薄いけど、できてるできてる」
全然できてそうにない呑気な声で、カロルス様が笑った。
ふっと力を抜いてエリマキを閉じると、じっとりした視線を送る。
「ホントにできてるの? 全然平気そう」
「いやあ、まあ、さすがに実力差っつうか……けど、お前強かったぞ。魔法なしでアレだろ。もうグレイよりお前の方が強い。だいぶ差ぁついたな。威圧慣れすれば、多分もっとでけえのぶつけられるはずだ」
さらっと言われたセリフに、えっと声が漏れた。
今、ええと、今、なんて?
「オレが、強い? 執事さんより……?」
「そりゃそうだろ。お前が強くなきゃ誰が強いんだ」
ぽかん、と口を開けて見上げるオレに、歩み寄ってきたカロルス様が苦笑した。
動けないオレの頭に、大きな手の平が乗った。
「お前、強くなったな」
わしわし、と撫でられる感触は、随分久しぶりのような気がして……。
だから……。
『……何じゃ何じゃ情けない、鳴くならばもっと声を張って――』
『うるさい』
『ちょっとあなたは黙ってようかしら』
他の誰もいない草原に、どこまでも遠くオレの声が響いていく。
「――おいこら。強いっつったの取り消すぞ」
首を振って、違うと主張する。
これは、雄叫びのようなもの。勝利の雄叫びと似たようなもの。決して弱いからじゃない。
苦笑するカロルス様の腕の中、オレはしっかりその胸に顔を埋めて、くぐもった声をあげていた。
「――ただいま! ねえ! オレできるようになったよ!」
意気揚々と飛び込んだ室内で、重りを上げ下げしていたタクトが首を傾げた。
「おー、おかえり。何が?」
「おかえり~」
ラキにいたっては、背中しかこっちを向いてない。もっと興味を持ってよ!
大いにむくれながらタクトのベッドへ飛び乗ると、芝居がかった仕草で両手を広げてみせる。
「それがね――この短期間でなんと! オレ……威圧をマスターしました!!」
ちょっとばかり盛ってしまったけども。マスターと言うにほど遠い。でも、できるようになったから!
大得意で顎を上げ、称賛を待った。
「おー、やっとか。良かったな!」
「自在に、っていう意味~? それなら重宝するね~おめでとう~!」
へろり、と反り返った身体の力が抜けた。
足りない……温度が、熱量が!
「どうして?! もっとびっくりしてよ!」
憤慨して座り込むと、二人が顔を見合わせて苦笑した。
「そうは言ってもなあ……」
「ユータ、無意識にはやってたでしょ~? なんでできないんだろうって思ってたし~」
え……そうなの? 二人もカロルス様みたいに知ってたの? オレが自然と威圧できていたこと。
「ええ……じゃあ言ってほしかったんだけど……威圧できてた時に」
「お前が威圧するような場面って、そういう雰囲気じゃねえと思うぞ」
「そんな声かけたら、せっかくの威圧が消えちゃうと思うけど~」
そ、そうか……。なかなか不便なものだ。
むっと唇を尖らせて考えこんだところで、タクトがベッドへ乗り上げた。
随分精悍になった顔が、目の前でにやりと笑う。
「で、どんな感じなんだ? やってみてくれよ!」
「僕はそんな無謀なことしないから~。こっちに向けないでよ~?」
肩を竦めたラキは、再び加工作業に入ってしまった。
「で、でも……怖いかもしれないし」
「当たり前だろ、威圧なんだから」
受ける気満々のタクトに、ちょっとばかり狼狽える。大見えを切ったけど、でもカロルス様は全然平気そうだったし、ちゃんとできるか分からない。
「お前の『ぶっ殺す!』ってどんな感じか、めっちゃ興味ある」
多分、普通の人は一切気にならないと思う。
「違うよ、オレはそれだと無理そうだから、エリマキ作戦にしたから」
「エリマキ……?」
途端に訝しげになったタクトと、わざわざ振り返って胡乱気な視線を寄越すラキ。
「そう! 威圧っていうのは、そもそもオレは強いんだぞ、大きいんだぞ! っていうアピールだって気付いたから」
「まあ……そうか。そんな平和な気分で使ってねえけど」
「それで威圧できるユータの方が不思議~。エリマキは分からないけど~」
「オレのは威圧っていうか、威嚇だもの、こう!」
ばっと両手を挙げると、イマジナリーエリマキを模して手の平をひらひらさせてみせる。
途端、盛大に噴き出した二人が突っ伏した。
「……なんで笑ったの?」
「なんで笑わねえと思うんだよ……! は、腹がいてえ……!」
「さすがに、む、無理があるよ~!!」
思いっきりむくれたオレは、腕組みして仁王立ちした。
なら、味わってみればいいじゃない! イマジナリーエリマキの効果を!!
カッと発動した威嚇……じゃなくて威圧。
ほら、凄いでしょう。
二人がイマジナリーエリマキを見直すのには、この一瞬で十分だったのだから。
皆さま! ぜひ見てほしい企画が!
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