1080 シロの胸の中に
ぼうっと、揺れる梢を眺めてどのくらい経ったのかな。
ちゃぷり、ちゃぷりと岸へ寄せる湖の音を聞いていて、ふと口を開いた。
「ねえルー、お風呂に入ろっか」
「……」
こちらを見た金色の瞳が、何を唐突に、とありあり語っている。
ふふ、と笑って立ち上がると、最近使っていなかった露天風呂を綺麗にした。
……だってね、なんだかこのままお昼寝したくない気分だったんだよ。
慣れた手順で露天風呂にお湯を張って、振り返った。
「さあ、入るよ!」
「別に、いらねー」
「終わったら、さらっさらのピカピカにブラッシングするよ!」
ぴくり、と動いたしっぽに成功を確信して服を脱ぎ捨てた。
ちょん、と足をつけて温度を確認する間に、ひらひらと落ちて来た葉っぱに先を越された。
ゆっくり沈めていく小さな身体から、幾重にも波紋が広がって、木漏れ日の梢をゆらゆらさせる。
首まで浸かると、水面に微かに漂う白い湯気が見えた。
ふう、と息を吐いた途端、大きな影が動いた。
あ、と思う間もなくどぷんと沈んだ大きな質量が、どうっとお湯を押し退ける。
完全に波に呑まれて水中に引き込まれたオレは、図らずもぐるりとでんぐり返ししてから、慌てて水面に顔を出した。
「けふっ! あ~~鼻が痛い! もうちょっとゆっくり入ってよ?!」
素知らぬふりで縁に顎など載せている神獣は、絶対わざとだ。
大きく波打つお湯に翻弄されながら、大きな獣のそばまで行く。
手を伸ばすと、水中で漂う毛並みがやわやわ絡んでくすぐったい。
のぼせないようルーの足に乗り上げると、硬い弾力を感じる肢体に寄り掛かった。
既に温まった身体が、ちょうど半分外に晒されて心地いい。
段々と落ち着いてきた水面には、再びきらきら木漏れ日が映り始める。梢を動いた影は、小鳥かな。
たぷ、たぷ、時折揺れる水面は、ルーのしっぽのせい。
ちら、と視線をやったルーは、完全に目を閉じてうとうとしているよう。これ、人型だったらちょっとオッサン臭いのでは? なんて考えて笑った。
「最初にここへ来た時も、一緒に温泉入ったね」
その時に比べたら……。
ねえ、随分心を通わせたと言っていいと思うんだ。
大丈夫、オレの一方的な思いじゃないよ。だってほら、ルーはやっぱり最初とは違うもの。
「オレ、ルーの近くにいると、思ってるんだ」
話しかけているつもりでもなく、ただ、オレの内側を整理するように呟いた。
「大事で、大好きだよ。……そうだね、神様ってそういうものかも」
ああ、と気が付いて笑みが浮かぶ。
そういうものだ。神様から返してもらえるのは、オレと同じ思いじゃあない。だって、神様はもっとたくさんの命を見ているから。
そっか、と納得して。
でも、と冷えてきた肩を越えて口元までお湯に沈めた。
でも、だよ。
オレは贅沢だな、と苦笑して、お湯の中にある身体を抱きしめた。
「うーん、もっと近くにいきたいな」
ぱしゃりと音がして、べしっと塗れたしっぽが頭に当たった。
「これ以上近くなりようがねー」
「そう? ならいいかな!」
たとえその言葉の意味が違っても、今日はこれでよしとしよう!
にっこり笑った時、ざばりとルーが体勢を変えた。
「俺は――」
ざばばば、と滝のように毛並みから滴り落ちる水音の中、ルーが何か言った気がする。
「え? ルー、何か言った?」
「言ってねー」
「ええ! 言ったよね?!」
そう言われると気になるんだけど?! でも、言う気のないルーが口を割るはずもなく。
まあ、大事なことではなかったんだろう。
「わあ、真っ赤になってる」
小さな手足を持ち上げると、湯気が立ち上った。
「オレ、先に上がるね。ルーはもうちょっとゆっくりする?」
この小さな身体は、気を付けないとすぐにのぼせてしまう。
無言で大きな身体を引き上げたところを見るに、多分、ルーはブラッシングを所望しているんだろう。
今日は、特別ゆっくりブラッシングしようかな。
大きな身体だもの、随分時間がかかるんだよ。そうしたら、きっと眠くなる。
天上の毛並みとなったルーの上でお昼寝。いや、その頃には既に夕方かな。
「今日は一日、じっくりルーと過ごそうかな!」
魔法で乾かした毛並みが、ふわっと膨らむ。
ちらりとこちらを見ただけで、何も言わなかったことに目を瞬いた。
いいの……?
絶対、追い出されると思ったのに。
もしかして、オレがちょっぴりナーバスになっていることに、気が付いているんだろうか。
少しずつ、ブラシを動かしながら、思いついて生命の魔力を流す。
喉元からごうごう聞こえる低い音に、安堵した。
気持ちの良い木漏れ日にうとうとしていたシロは、少し目を開けてルーを見た。
ぴんと立った三角耳を動かして、チャトより大きな低い振動音に再び目を閉じる。
きっと、言わなくてもいいことだ。
ユータは聞こえていなかったけれど。
でも、ルーはきっと、それでよかったんだ。
『俺は、お前を選んだから、杯を飲んだ』
それが何のことか、シロには分からなかったけれど。
でも、それはもう、聞かなくていいことだと。言わなくていいことだと。
それだけは、しっかりと感じとってにっこり笑う。
僕、言わないね。
だから、ルーが、ちゃんと言うんだよ。
ぱたっと一度だけしっぽを振って、シロは間もなく寝息を立て始めたのだった。
設定教えていただいてありがとう!
私の中にある設定、どこまで書いたんだか書いてないんだか忘れる……!!!
多分、皆様の方がよくご存知……!!






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