1062 美意識
爽やかな風吹き抜ける草原の中、3人が遠くなっていくのを見つめていた。
その背中が出会った時よりも大きく見えるのは、きっと気のせいではないはず。
よかったね。自然と口角が上がるに任せて、その背中に手を振った。
平原まで来れば、もうBランク冒険者のお守りはいらないだろう。
迷いなく帰路につく足取りは、いつ見てもいいものだ。
やがて見えなくなった彼女たちへ、にっこり笑って振り返る。
「これで、任務完了だね!」
「長かったな……」
「割りと楽しかったね~保水石も採れたし~!」
疲れた顔をするタクトと、つやつやしているラキ。
楽しかったかは別として……珠餌も一応手に入ったし、無事に彼らを送り届けられたし、まあまあってとこだろうか。
でも、オレは引っ掛かっている。
「なんかさ、結局オレたちは騙されたよね?!」
「何が~?」
のほほんと首を傾げるラキに、オレはふくれっ面をしてみせた。
「だってさ! オレのストレス解消になるような討伐依頼がないかって聞いたのに!」
「そうだぜ! ガッツリ楽しく討伐できる依頼のはずだろ?! ボスに手出し無用なんて聞いてねえ!」
「聞いてはいたかな~」
まあ、そこは置いといて。
むしろストレスフルな道中だったよね?!
悪路なんて言葉が生易しく感じるアレ。ヤキモキしながら見守る戦闘。
極めつけに全崩壊だもんね……。
他のBランクが見守り任務についていたら、果たして手を出さずに最後まで見守れただろうか。
下手すると犠牲者が増えていた可能性だってあるよね。
そのあたり、優秀だったのはオレたちに振ったシュランさんの嗅覚だろうか。
不服なのは間違いないけれど、彼女たちのことを思えば、不満だけを言えなくなってしまう。
「しょうがないから、帰りになんか頃合いの魔物がいたら討伐しようね!」
「おう、もちろん!」
「見つかった魔物が可哀そう~」
……なんだか、ラキに言われるのはすごく納得いかない。
こういう時頼りになるのは、シロの鼻。オレのレーダーでももちろん『魔物』は探せるんだけどね。
『すぐ近くには……あんまりかなあ。大きいのもいるけど、美味しくはないかも』
オレは重々しく頷いて、さらなる探索をお願いする。
つまり、そういうことだ。オレのレーダーでも美味しいか美味しくないか判定できればいいのに。
「俺は美味くなくてもいいけどな。美味い方がもっといいけど」
「僕は素材が採れる方がいいんだけど~?」
『うーん。ぼく、素材は分からないなあ』
分かってるよシロ、ラキの言うことは聞かなくて大丈夫だから。
獲物にぎらつきながら、シロ車はゆっくり進む。
王都周辺はなだらかな平地で草原だけれど、はずれになると案外生態系や地形が多様で魔物が多い。移動手段の少ないこの世界では、資源が近い方がいいもんね。
脅威でもあり資源でもある魔物や『外』の環境、人間はしたたかに利用しているなと思う。
つまり……王都の美味しいお料理の源は、案外近くにある!
王都の魔物図鑑を開きながら、さてどんな魔物がいるかと舌なめずりしていた時。
『美味しい魔物、発見!』
待ちに待った第一報がもたらされた。
ぴょんと跳ねたシロに遅れて、シロ車もガタンと跳ねる。
「よしっ! どこだシロ?! デカいヤツ?!」
『ぼくより大きいよ! ぼく食べたことあるけど、すっごく美味しいやつ!』
「行こう! 誰かに取られちゃう前に!」
鼻息も荒く拳を握って前のめりになる。
『大丈夫、結構いるよ! その代わり、狙ってる人も結構いるみたい。どうしよう?』
くっ……さすが美味しい獲物! そうだよね、みんなそうなるよね。
さすがにたくさんの冒険者さんたちのただ中で、派手に討伐するのも憚られる。また勧誘合戦になったらギルドに行けなくなっちゃう。
「なるべく人の少ない方に……みんなは王都側から行くだろうから、僕らは外れ側から行けば、鉢合わせる前に狩っちゃえるんじゃない?」
「それで行こう!」
「その方が採取されてない諸々もありそう~」
何も考えてないタクトはともかく、これで意見はまとまった。
一声吠えてスピードを上げたシロ車で、オレたちは食欲……ではなく闘志をみなぎらせていた。
「ここか……!」
「いいね、美味しいものがいるって気配がするよ!」
「そう~?」
到着したのは、遠くに森を臨む巨岩地帯。ぽんと大岩から飛び降りて、視界の悪さに顔をしかめた。
これじゃあ、獲物を探すのが難しい――こともないのかな?!
「さすがユータ!」
「食いつき抜群だね~」
ばくっ、と閉じた顎を躱して、もう一度大岩の上へ跳躍する。
「お、思ったより大きかった……」
「全部食えるんだよな?! 尻尾だけとか、そういうんじゃねえよな?!」
「そういう問題じゃない気はするけど~」
でもオレたちにはそういう問題だもの!
オレを捉え損ねた大きな顎は、確かめるように小さく咀嚼して、ぎろりとこちらを見た。
確かにシロよりも大きいって言ってたけど……もうちょっと違う比較対象の方が分かりやすかったな?!
大岩よりも大きな魔物は、多分大型トラックと同じくらい。そのサイズ感だと、こまごました岩は誤差。過ごしやすい岩場になるんだろうか。
爬虫類っぽいというか……むしろ恐竜?
同じく巨岩の上へ跳び上がったタクトが、まじまじ魔物を眺めた。
「こいつってさ……。俺……なんか、ちょっと。あのさ、これ俺が戦ってもいいんだよな?」
「どうぞどうぞ~。僕向きじゃない気がするから、僕は採取してるね~」
『この状況で採取に走れるって、それはそれでどうかと思うわ……』
一瞬で興味をなくしたラキが、完全に魔物に尻を向けて岩の隅を覗き込んでいる。ラキにはモモと蘇芳がついているから、もう好きに放牧しておこう。
キラキラしているタクトを見るに、オレは手を出さない方がいいのかな。
だけどオレを標的に決めたらしい鋭い瞳が、離れようと移動するにつれて追ってくる。
「わ……大迫力!」
次の巨岩に移ろうと跳躍した途端、力強い四肢のひと蹴りで瞬間的に距離がゼロになる。
頭が割けたかのように、巨大な顎が上下に開かれた。
どう見ても肉食な鋭い歯が、ずらりと奥まで並んでいる。
オレなんかひと口で全部口の中に入ってしまう。
「胃洗浄!」
とは言え、うっかり入ってしまうわけにもいかないので。
きれいに喉の奥まで見えたもので、つい怒涛の水流を突っ込んでしまった。
多分、生涯感じたことのなかっただろう感覚に、恐竜がのたうちまわっている。
「おい?! せっかくカッコイイのに!!」
怒られた意味が分からない。でも、確かにカッコよくはある。
ゴツゴツしたいかにも固そうな皮膚。猛々しいツノと背中のトゲ。
肉食恐竜を彷彿とさせる、巨大な顎。動くたびに盛り上がる、隆々とした筋肉の塊。ごくり、と喉を鳴らしたのも無理はないだろう。
『主ぃ、カッコよさを語ってたんじゃないのか?』
余計なツッコミを入れるチュー助をポケットに収納しつつ、タクトに唇を尖らせた。
「カッコいいけど、討伐は?」
「するぞ! けど、せっかくだから場を整えて……うおっ!」
タクトの背後からぶん、と襲い来たものを躱して、目を丸くする。
「結構いるって、本当だね。あんまりたくさんいそうにない雰囲気なのに」
「ええ……こういうのはさ、孤高の一頭だからカッコイイんじゃねえか」
途端に不満そうにしたタクトが、剣を抜く。どうやら、タクトの美意識を損ねたらしい。
「ドラゴン狩り、って感じだと思ったんだけどな!」
なるほど……確かに。翼こそないけれど、姿はドラゴンに相違ない。美味しい、という視点で見ていたから気付かなかった。
「今度はちゃんとドラゴンっぽかったね~。それ、レッサードラゴンだよ~」
もう一撃を避けたタクトが、空中でにやっと笑った。
胃洗浄から立ち直ったらしいもう一体も、オレは食べられないと踏んだらしくタクトへ向かう。
「じゃあこいつ倒したら、俺もドラゴンキラーか!」
「それを言ったら、あの蜂芋虫だってそうなるけど~」
……確かに? 案外『ドラゴン』と名のつく魔物はいる。むしろベリドドラゴンの方が強そう。
がっくりしたタクトが、危うくひとくち味見されそうになって地面へ飛び降りた。
ふと、レッサードラゴンって聞いたことあるな、と記憶を探る。
どこで聞いたんだったか……なんだか、じわっと唾液が湧くような……。
『確かに、美味しかったわ!』
『生も美味しいけど、お料理もすっごく美味しかったね!』
モモとシロがこぞって声を弾ませ、ハッと思い出した。その、味を。
「タクト!! 絶対逃がさないでよ?!」
珠餌が少しだったんだから、このお肉くらいはしっかり確保したい!!
思い出した、あの、王都でカロルス様たちと食べたお料理……あのとろけるばかりの美味しい品々に、確かにあった! レッサードラゴンのお肉!!
ごくり、喉が鳴る。
2頭だけじゃないよね?! まだ他にもいるよね?! カロルス様たちに持って行ったら、ひとり一頭食べちゃうかもしれないし!
『それはホラーなのよ』
呆れ声で弾んでいるモモにこの場を任せ、オレはさっそく他のレッサードラゴンを入手すべく動き出したのだった。
昨日半分書いて寝落ちて、今日は用事があったので今投稿!






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