魔都『TOKYO魔血打死』
少し、昔ばなしをしよう。
あれは、筆者が営業の仕事を始めて、すぐの頃だった。
上司の出張に同行し、実地で学ぶ……ということで、関東方面に二泊三日、出張となった。
メンバーは、三人。次長、課長、そして筆者である。
場所は、千葉方面と、東京町田。
筆者は、入社してすぐ、東京での展示会に三泊四日で参加したが。普段の出張業務は、これが初めてだった。
社用車で、何時間も掛けて走った。
『運転は、新人の仕事だ』と言われ、まだ長距離運転には慣れていなかったが……何も言わずに、呑んだ。
運転の交代は、当然ない。
昼食をゆっくり摂るような時間も、なかった。
次長と課長は、次々に鳴る電話を、対応したりしなかったり。自語りを始めたり、説教を始めたり。寝たり起きたりしていた。
そんな車中で、夜は三人でちゃんと食べに行く……ということになった。
その日は、翌日に町田で仕事ということで、町田のホテルに宿泊することになっていた。
夕刻、千葉での仕事を終え、Googleマップを開いた。ホテル名を入力する。筆者はもう既に、夕飯など、どうでもよかった。そんなことより、早く部屋で独り休みたい気分だった。……が。そういうわけにもいかないのだった。
夜。
ようやく、町田に到着した。疲労困憊ではあったが、そうも言えない。叱責される未来しか見えないからだ。
笑顔を貼り付けながら、社用車を駐車場に止めて、繁華街へと繰り出した。
「何食う?」
課長が慣れた様子で足早に進んでいく。
「んー。どこがやってるかなー」
次長が、課長の隣まで進みながら、街並みを見渡していた。
広くもないが、狭くもない、色とりどりの灯りが闇に浮かぶ、雑多な通りだった。平日の夜——21時も回る頃だというのに、人通りは多い。
——都会だなぁ。
そう、思った。
「りせた。君はどう? なんか食いたいもんある?」
ふと、課長が振り返った。
「いやー。初めての街なんで、何があるんだか分かんないっすねー」
……部屋で独りカップラーメン啜る感じで、十分。もう、お腹いっぱいだ。
「おー。そういえば初めての出張だったなー。どうだった?」
どう、と言われても。
まだ、運転が大変だったってぐらいしか分らんのだが。今日は商談っていうよりは、フォロー訪問って感じだったしな……。そもそも、アンタら二人、言うことかなり食い違ってるしな……。どっちが正解なのか、全然わからんぞ……?
——などとは、言えるわけもなく。
「いやぁ、大変っすね。お二人とも、しっかりやられていて、すごいっす。担当顧客からも、電話すごいあるし。ちゃんとそんなふうになれるかなぁ……って感じですかね」
なるべく、無難な回答に徹した。
「そっかそっか。まぁ、じゃあ店入ったらもうちょっと色々教えてやるよ。で、どこ行きたい?」
だから、この街は初めてなんだっての。と、思った時。名案が閃いた。
「じゃあ、一周くるっと回ってみて、よさそうなところ入りましょ?」
「まぁ、そうするか。そんなに広くないし」
名案……でもなんでもなかった。だが、ただの時間稼ぎでしかないその意見で、何とか二人は納得したような素振りを見せた。
と、思ったのも束の間。次長は、腹が減ったのか、疲れているのか。不機嫌そうな、硬い顔をしていた。
しかし。
(はぁ……。めんどくさー……)
という言葉と溜息は、心の中に封じ込めるのみである。再び歩き出した二人の後を、素直な振りをしながら、ついて行くしかないのだ。
そんな会話をしてから、少し進んだところだった。
——バァン!
「待てやコラァ!!」
「すんません! すんません!」
引き戸が勢いよく開けられたらしい音のあとに、間髪入れず怒号と悲鳴が聴こえた。通りの中ほどだろうか。進む方向からだった。
——ダダダダッ!
足音が、多かった。
「ボケがコラ! 誰に口利いとんじゃ!」
——ドガッ!
見れば、居酒屋の店員らしき人物が、六人ほどのチンピラに囲まれて、蹴り倒されたところだった。ズザザッと擦り傷でも出来そうな音をさせて、地面を少し滑って、建物の壁に……ドンッと、ぶつかり、止まった。
——パカァン! パカァン!
「オラァ! ボケコラァ!」
「かっ……勘弁してください……!」
叫び散らかしているチンピラは、どこから出したのか、角材で店員の顔面を野球のボールのごとくノックしだした。
だが、その横を、誰も気にも留めないようにして歩き過ぎていく。
カメラを構える者もいない。通報する素振りをする者もいない。
ただ、歩いていく。談笑などをしながら。
店員の顔は、みるみる膨れ上がっていた。……じゃがいもにケチャップだ。
飛び散った朱が、パタタッと地面を濡らしていく。
次長も課長も、そちらを見もしていなかった。繁華街の奥へと、どんどんと進んでいってしまう。
筆者も、視線を戻すと、その後をついて歩いた。
悲鳴と怒号が、遠ざかる。
……なるほど。
これが、東京の日常の光景か。助け合いのない、弱肉強食の世界……。中々に過酷そうだ。まさに、魔都だな。狂気の街だ。
そう、思った。
「店、この辺までだぞ?」
繁華街の、端まで来たところで、課長の足が止まった。
「あ、そうなんすね。じゃあ戻りますか?」
「何でもいいから、早く決めてくれ」
次長が、目付き鋭くボソリと呟いた。
いや、新人の意見で店決めるって、中々のハードルだぞ。
どうせ気に入らんかったら文句言うクセに……。
「じゃ、戻りながら決めるかー」
課長は、あまり気にしていないようだった。踵を返し、先導していく。
次長は、大きな溜息を吐いた。
いや、溜息吐きたいのは、こちらですがねぇ……。
何でもいいってんなら、サッと決めてくれたらよかったろうに。
しばらく進むと。
雑踏の中に、何かが聴こえた。
——パカァン! パカァン! バキッ! ……カンカランッ……。
そして、見えた。
角材が、折れて乾いた音を立てながら、転がっていった。
「ボケがコラァ!」
「……ううっ……すんま……せん……」
……………………。
まだ、やってた……。




