癒しが欲しい
やあみんなー。げんきー?
りせた。だよー。
今日も今日とて暑いねぇ。
生きてるだけで、毎日毎日疲れるんだぜ。
雑音に曝されて疲弊しがちな現代人だしなぁ。
癒しが欲しいのう。
……と、いう話なのだが。
ふと、思ったのだ。
癒しって、なんだ? って。
そもそも、いつから使われるようになった言葉なんだろうかね。
現代でいうところの"社畜"が是とされていた昭和の基準——理想のサラリーマン像って、『24時間働けますか』だったらしいからなぁ。
そういう単語、使われてなさそうだなぁ……。
いや、だが。古そうなマンガか何かで、『命の洗濯してこいや』的なセリフを見た記憶も……ある気がする。
それ、文脈的な意味合いでは、癒しと同義で問題なかろうな。
つまり。癒しとは、報酬系のもの……ということだな。
だとすると。
"癒し"という言葉でなくとも、同質、または同等な——概念的なものは、休日という概念が存在しなかった太古の時代からあったんだろうと思われる。
大前提、生きるとは、過酷な生存競争なのだ。
それは、生きている以上、逃れられるものではない。
時代によって、形は全然違うけどさ。
今は、あんまり急に死なない時代だ。直接的ではない生存競争が行われ、ひっそり勝敗が決まっていく。
だから、勝ち組だろうが、負け組だろうが、癒しが必要だ……と、考える余裕があるんだろうなぁ。
そういえば。一時期、筆者は犬を飼ってたような気がするけど。
結構お金掛かるんだよなー。
アイツ、もらってきた時には、病気だったしな。
世間で癒しと呼ばれるものを手にするには、お金が必要なのだ。
まぁ、ペットは、もう飼う気がないけどね。
いつか、死ぬからさ。
もう、飼わない。
手に入る幸福感より、喪失感によるダメージの方が、人間には効くという話だが。アレは、マジだ。マジなのだ。
生き物を飼うというのは、非常によくないことだった。
間違った選択だった。安易に手を出すべきではなかった。
アレは、死を気にしないひとしか出来ないことだろうな。
だから、なんか違うこと探さないと……なんだけど。
筆者は、『今すごく癒されてるなぁ……』という感覚に、とても鈍いのだ。
いや……。よくよく考えたら、鈍いというか、感じたことが……ないかも知れない。
犬を飼ってたときも、手作りのエサ食わせたり、運動させるためにたくさん散歩しないとだし、毎日大変だなぁ……くらいの感覚が強かったし。
ん……?
コレまさか、オキシトシンとかが出にくい体質なのか……?
そういえば、幸福感というものも、感覚としては分からないな。
『楽しいなー』とか、『美味しいなー』くらいなら分かるんだが。
……アレ?
もしかして、筆者は、欠陥品だったのか?
だから感じられないのか? 癒しというものを……。
おおん。
癒しが欲しいのう……。




