疑心暗鬼となんでちゃん
はぁいみんな。元気してる?
なんでちゃんこと、りせた。だよ。
筆者はね、それはもう、小さな頃から、なんでちゃんをしているんだけどさ。
どれぐらいか、というと。
質問に対して、『なんでそんなことを訊くの?』と、返すくらいかな。
これ。結構不評。
特に、恋愛シーンとか。
「ねぇ、私のこと好き?」
「え? なんでそんなこと訊くの?」
こんな感じである。
まぁ、近年では、相手の気持ちを確認したくなる心理だと理解しているが。
昔から、何度も同じことを訊かれるというのは、本当にウザくて耐え難いものだった。
一回で覚えろよな! という感じである。
筆者は、なんでちゃんではあるが、同じことを何度も訊くというのは、よくないことだと思っていたからな。
まぁ、十六歳くらいから働いていた職場で、散々言われたしな。同じことを何度も訊くな! と。
だから、ひとの話を覚えていないってのは、とんでもなく失礼なことである。という認識だ。
だが。
「答えてくれないってことはさ。好きじゃないの? 浮気してるの?」
たいていこうなる。
これ、疑心暗鬼というものだろう。
感情に寄り添ってもらえないから、そういう結論を出すんだろうけどさ。暴論が過ぎる。
疑心暗鬼。猜疑心の塊。これは、なんでちゃんとも、懐疑主義とも違う。
人間の心の闇だ。
三國志とかでも利用されていた人間心理だよな。離間の計とかさ。
疑念を植え付けて、相争わせたりさ。
現代社会でも、職場とかでは常套手段よね。
実生活では、結構身近なところで発生して、悲劇を生むのである。
ま、疑念を持つ側は、悲劇の主人公気どりなわけだろうがね。
で。
なんでちゃんの筆者としては。
そんな疑念に対してすら、なんでそんなにマイナス方向にしか考えないんだろ?
と思ってしまうのである。
そんなことしてて、楽しいんだろうかねー……と。
まぁ、脳内で何か出てたりして、気持ちいいのかねぇ?
うーん……。
かつて、筆者が感情に振り回されていた頃って、どうだったっけなー……。
常にイライラしてたかも。
暴力も暴論も使ってたな。
でも、気持ちよくはなかったな。
ああ、だからやめたんだったっけな。
とはいえまぁ、このすれ違い的なこと、結構よくある気がするから、創作では使えるかもしれないねー。あるあるネタ的に。
現実では……面倒くさいだけだけどな。
なんで人生って、こうも面倒くさいんだろうね?
なんで人間って、生きてるんだろうね?
なんで生まれてきちゃったんだろうね?
その答えは、誰もくれない。
と、いうことくらいは、さすがにわかってきたんだぜ。
だから、今日も。
都合よく騙されたフリして、生きようかな。
疑心暗鬼に気をつけて……ね。
面倒くさいひととして、生きよう。
人間だもの。りせた。




