論とはつまり。全ては感情論なのだ。
皆様ごきげんよう。
雨が酷かったり、地震が来たりと、ちょっと嫌な感じだよね。
身の回りには注意だぜ!
筆者? は……まぁ、別にいいんだ。現時点では、くたばったところで、誰も悲しまないからな!
逆に、処理に手間を掛けさせる人が出そうで、申し訳ないから気をつけなきゃなーって感じ。
さて。
表題の件。
論。
創作者の人も、そうでない人も、見たことある漢字だよね?
ざくっと述べると。
筋道を立てて、相手に伝える話。だよね。
あなたは、どんな論が好き? どんな論を使う?
筆者はね、論理的矛盾がないと思える話が好きだねー。聞いても、読んでも、「うお、すげー!」ってなるね。尊敬してしまう。
そして、昔は——議論的な事が好きだったりしたねぇ。まぁ、今は不毛だと思うから、やらないんだけどさ。
でさ。
○○論、みたいな言い方あるじゃない。
あれって、どうなのかなーって思うのがあるのよね。
例えば。
感情論を振りかざす……とかって、言うじゃない。
でもさ、それって。論、なのか? って、思うわけ。
おそらく、感情的になってる時の言葉って、論じゃないよね。それってあなたの感情ですよね。ってやつだよね。
筋道なんて、皆無だからね。
なんで論なんてつけちゃうんだろねー?
感情というものを上手く論じる人は、いるだろうけど。
それとは明らかに違うものまで、感情論って呼ぶ。
一括りにしたら、おかしいよね。論という言葉が、成り立たないもの。
まぁ、感情というものは、往々にして矛盾を孕むものだから、仕方ないのかもね。
相手のミスで勝った勝負は、嬉しいけど嬉しくない、みたいなさ。
ただの感情を、論だと主張する人は、仲間意識でそう使ってるのかな。それとも、論というものを誤認してるのかな。
だが、支離滅裂な、感情を発声したとて——それは論ではないんだよな。
さて。
論。
本当に様々な種類があると思うけど。
つまりは、自己主張を綺麗に言語化したもの——と、言えると思うんだ。
だから議論になるんだし、決着も中々つかないわけなのだな。
で。本題。
結局、これって。根底にあるのは、感情だったりするのだ。
だって、自己主張だからね。
理想論だって、現実論だって、全部一緒だ。
根底にあるのは、その人の信じるもの。それは、何かしらの感情から発露したものなのだ。
便利にしたい! とか、宇宙はこう! とか、そういう崇高なものですら、感情が大いに関わってるからね。
職務で論じるタイプも同じだ。その根源には、感情があるからね。どういう気持ちで論じてる? どうしてその職に就いた? とかね。
その感情というものを、とことん抑え込んで、違う部分を前面に押し出したもの。それこそが、論。
と、いうことは。
この世の全ての論は、感情論。と、言ってもいいのでは?
などと、筆者は思うのである。
そもそも、人に何かを伝えたい——と、思うことが、感情の成す業なのだから。
源が感情でしかないのだからね。
はい。
これが、論というものですね。
わりと、こんな思考実験的な事が、昔から好きだったから、ちょっとネタにしてみました。
ちなみに、筆者は小論文とかは無縁の人間でしたよ!
だって、若い頃はチンピラだったからねー(笑)
まともな学がないのである!
と、いうわけで。学のある賢い皆様。
持論のご使用は、用法用量を守って、正しくお使いください。
相手にも感情があるからさ。
論破したとて、何も変わらないどころか、悪化するのだよ。基本的にはね。
論破よりは、寄り添ったフリでもして、誘導するほうが、よっぽど有効だ!
まぁ、論破すると、自分はわりと気持ちよくなれるってのは解るよ。
だが。場面によっては損しがちなのよね。
論より証拠。
少なからず、この文章を読んで、イラっとしたでしょ?
そういうことなのだ!
HAHAHA!
人間の狂気の凶器。そんな発明。それが論だぜ!
さぁ、あなたは——どう使う?
自分にも、他人にも、感情はある。
人間が、人間である限り、ね。
狂気の凶器、論。
生かすも殺すも——。




