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真実の愛? どうぞご自由に。その後は私の知るところではありません。  作者: 茉莉花


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第8話『愛のその後と現実』

二人はどんな生活を送っているのでしょうか?

「この家にしようか」


 ウィリアムが選んだ邸宅は、貴族籍を持たないものが住むには贅沢な佇まいだった。


「ウィリアム様、この屋敷では大きすぎませんか?」


(これじゃ、マリオット邸よりも広いわ)


「そうかい?」

「二人で住むには大きすぎます」

「使用人もいるから大丈夫だろう?」

「使用人なんて雇いませんよ?」

「……え?」

「私たちは婚姻を結んだので私も貴族籍から抜けました。雇う必要もないですし、雇う余裕もありませんよ?」

「でも私たちは仕事をしているだろう?収入はあるじゃないか」

「ウィリアム様のお給金のみですよ?私が営んでいたお店はマリオット男爵家の持ち物ですし、私は雇われていたわけでも手当てをいただいていたわけでもありませんから、その収入は全て男爵家の資産でした」

「そうなのか……」

「使用人は雇う必要がありませんが、私が一通りのことをしますから、もう少しだけ規模の小さな家にしませんか?」

「私は君がいればそれでいいから、君に任せよう」

「ウィリアム様……。いい家庭を築いていきましょうね」





「おはようございます、ウィリアム様」

「ああ、おはよう」

「お食事できてますよ。準備して降りてきてください」

「ああ。では、服はどこかな?」

「服?」

「今日の服さ」

「制服ならそちらにございますよ?」


(……、あ、そういうこと?)


「はい、こちらに置いておきますね」

「着替えを手伝ってはくれないのか?」


(……え?)


「君がしてくれるって言っていただろう? やはり、使用人を雇うか?」

「あ、そういえばそうでしたね……」


 カレンは自身に職がないということもあり、炊事や家事はもちろんのことウィリアムの身の回りの世話も甲斐甲斐しく行った。





「カレン、これを君に」


 差し出されたのは、背中には隠し切れずに見え隠れしていた大きな花束だった。


「まぁ、素敵な花束ですね。こちらはどうされたんですか?」

「花屋に寄ってね。君に似合うと思ったから」

「そう、だったんですね……」

「どうしたんだい? 最近君の笑った顔が見られなかったから、用意したんだが……。日頃の感謝も込めてね」

「あ、はい。ありがとうございます」




 時々このように思い付きで購入してくるが、カレンの感覚ではその額がとても大きく感じる。ある日は、高級茶葉を。ある日は、人気菓子店のケーキを。今のカレンには、いや男爵令嬢だったころにとっても贅沢品だったものだ。しかし、これらは全て、出会った頃にも受け取っていた品々だ。あの頃は嬉しくて嬉しくて喜んで受け取っていたが、今は生活に直結してくる。二人の家計は一緒なのだ。生活水準を合わせなければならないと、カレンは従順に従うのをやめることにした。



「あの、ウィリアム様。ご相談がございます」

「なんだ?」

「今のウィリアム様は貴族ではございません」

「ああ、もちろんそうだ。そして君と結婚したのだから」

「はい。なので、意識を変えていただきたいのです。貴族だった頃と同じように消費をしていては暮らしていけません」

「消費?」

「はい。嗜好品や贅沢品は控えた方がよろしいかと思います」

「だが、そんなことを言ったら生活に潤いがなくなるだろう?」

「収入の中でやりくりをしなければなりませんから、暮らしが最優先です。お忘れかもしれませんが、この家を購入するときに、持ち出せていた資金をほとんど使っていたので、生活は毎月のお給金でしているんです」

「そうだったのか?」


(やっぱり、何もお考えではなかった……)


「少し生活水準を下げてお考え下さい。できれば何か購入される際はご相談いただければと思います」

「なるほど、ではそうするとしよう」




 とはいえ、すぐに変わるわけはなかった。幸いだったのは宝飾品には手を出さなかったことだ。


(どうしよう。このままだと、食事が質素になってしまう)


 最初の食事で用意したものは男爵邸で出されていたものと同じものだった。しかしウィリアムにこれだけ?と言われ、公爵邸の食事を思い浮かべたカレンはもう少しだけ贅沢し3品ほど増やした。ちょうど平らげる量だというのに不満げな様子のウィリアムに、食品を捨てることだけはしたくないから、完食できる量にしたいのだと説得し今に落ち着いていた。


 カレンは自分にできることを考えた。雑貨店を開くことだ。これはノウハウも知っているし、自分の刺繍の腕だけで営んでいたものだったからだ。

 家は暮らすには規模も大きかったため、自由に出入りできる部屋を雑貨店に改良し、収入を得ることに成功した。それでも微々たるものだった。




(おかしいな……)


 カレンは、自分の収入が増えているのに、前よりも余裕がないということに気付いた。そして、それはウィリアムの給金が大幅に減っているからであった。


「どういうことですか?」

「ああ、今は警ら隊の隊長ではないからだよ」

「……え?」

「隊長職に就くには貴族籍が必要だったみたいでね、今は一般隊員なんだ」


(そんなことってある?)


 軍のことには疎いが、実力がものを言いそうな世界じゃないのだろうか。


「えーっと、つまり、ウィリアム様は管理職手当が外れたということですか?」

「ああ、そのようだ」


(なぜ、そのように冷静でいられるの?)


 今は自分という家族がいる。ウィリアムの給金で暮らしていると説明もした。その給金が減ってしまったのだ。

 もっと焦ってもいいのではないか。そもそも養う気はあるのだろうか。支える気はあるのだろうか。



 自分が支えないといけないのかと、新たに刺繍の材料を買いに出ていたカレンは、ウィリアムと出会った場所を通った。


(あ、ここで助けてもらったんだわ……)


 思いにふけていると後ろから声をかけられた。


「あれ?君は隊長の奥さんじゃないか?」


 振り向くとそこには二人の警ら隊が立っていた。

 挨拶をしようと口を開きかけたが、カレンの発言の前に、警ら隊の一人が発言する。


「元隊長だろう?」

「あ、そうだったそうだった」


 二人は笑っている。感じは悪かった。


(これって、例の……)


 カレンは気を取り直して挨拶をする。


「いつも、夫がお世話になっております」

「ああ、まあね」

「おいおい、それはないだろう」


 また二人は笑っている。


(なんて失礼なの……)


 公爵様に向かって、隊長に向かって、と思ったが、どちらにせよ今はその立場にないと、カレンの沸き上がった怒りはすぐに静まった。


「それにしてもあんなに考えなしだとは思わなかったよ」

「あれで隊長だったんだから今思えば恐怖でしかないよ」


(考えなし……)


「確かにな、すぐに飛び出すし。だから無駄に怪我するんだよ」


(すぐに飛び出す……)


「あ、君を助けた日もさ、大した敵じゃなかったんだよ? あんな小型ナイフなのに腕に突き刺さっちゃってるんだから」

「そうそう、体術を究めておけばなんてことなかったんだよ。いくら君を助けるとはいっても、距離も時間も十分あったからな。かすめることはあっても刺さらないよ」


(無駄な負傷……)


 技術があれば自分を守ったうえに怪我を免れたという。


「だいたいさ、ホワイトフィールド公爵家の人間なのに戦闘に向かないってさ」

「警ら隊に所属するなんて過去に例がないんだろう?」

「……え?」

「あ、知らない?ホワイトフィールド公爵家とブラックストン公爵家は軍人の家門なんだよ。普通は将軍まで上り詰めるし、町の平和を守る警ら隊なんかじゃなくて、戦や狩りに出征する軍隊に所属するんだよ」


 (規模も実力も全然違う……)


 言葉を失っているカレンを見て、警ら隊の男は続けた。


「ま、知らないか。公爵家に嫁いだわけじゃないからな」

「ブラックストン公爵は先日遠征から帰還したんだろう?」

「憧れちゃうよな。二人は同い年だろう?全然違うぜ」

「かたや名ばかりの警ら隊隊長って」


(名ばかり……)


 やはり、貴族籍がないと隊長になれないというわけではなかった。

 ホワイトフィールド公爵という立場上、隊長に据え置かなければならなかっただけなのだ。


「しかし、君も随分雰囲気変わったね」

「ああ、あの頃は可愛らしかったのに」


(……かわいらしかった?)


「隊長も通いつめちゃうくらいだったろう?」

「あれだけ貢がれりゃ、ときめくよな。俺だったらぞっこんだよ」


 二人は再び下品に笑った。


「おっと、無駄話が過ぎたか」

「すみません、奥さん」


「いえ……、貴重なお話、ありがとうございました」


 カレンは深々とお辞儀をする。


 まさか礼を言われるとは思わなかった二人の隊員は目を見開き顔を見合わせた。





 あの頃は可愛らしかった──


 その言葉はカレンに突き刺さった。

 あの頃も裕福ではなく、必死に家門の為に身を尽くし、苦労もしていた。

 あの頃と同じことを今もしているはずなのに、今は──。


 家に戻り鏡の前に立つと、そこには疲れ切った自分の顔があった。


 なぜ、こうも違うのだろう。

 愛してる人と結ばれたはずなのに。

 自分で選んだ道なのに。


 今日、聞いてきた言葉が頭の中を回っている。


(与えられていただけで、何もなかったのだ、この人は)


 ウィリアムは、貴族としては張りぼてだった。


 与えられた地位も役割も評価も──

 それらをすべて自分の成果だと信じているだけの──


 その違和感に気付かぬふりをしてきた。

 でももう誤魔化せない。

 その無責任さに、カレンは失望した。


(でも、私が選んだ道。もう一度相談しよう)


 まだ、変われると信じて。

 自分の愛した人を信じて。

 彼の自分への愛を信じて。


 そう、決意をした時、玄関の扉が開く音がした。


「ただいま、カレン」


 そして、ウィリアムはにこやかに手に持っているものを差し出した。


「今日は久しぶりにステーキが食べたくなってね。以前贔屓にしていた店から仕入れてきたんだ。焼いてくれないか?」


(ああ……)


 カレンの期待は見事に砕け散った。


 この人は変わらない。

 変わろうなんて、これっぽっちも思っていない。

 自分が背負っているものも、暮らしも、何も見えていない。



(ああ、もう、頑張れない……)


 

(さよなら、愛する人……)




「私と離縁してください、ウィリアム様」



ここまでお読みいただきありがとうございます。


そんなに甘くはありませんでしたね。

次回、物語は一つの結末へ。

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― 新着の感想 ―
カレンさんが普通にムチャクチャかわいそうで…辛い。
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