第7話『スカーレットが得たもの』
スカーレットが得たものとはいったい……
茶会を終え、この日はランチェスター侯爵邸に向かったスカーレットは兄ギルバートに迎えられた。
「スカーレット、ご苦労だったな」
ギルバートはスカーレットをふわりと抱き寄せた。
「お兄様、いろいろありましたが、結果的には良かったと思っておりますの」
スカーレットは首だけを動かしギルバートを見上げた。
「かわいい妹を思う兄としては生温い対応だと思うばかりだが……」
「いえ、これでよろしいのですよ。失ったものの大きさをすぐに伝える必要もございません。ご自身で気付かれない限り何も変わりませんから」
ギルバートは大きな手でスカーレットの頭をなでる。久しい温もりにスカーレットは静かに身を寄せた。
「スカーレット、住まうのは別邸でいいのかい? ここに戻ってきても構わないのに」
「いえ、とんでもない。出戻りなんて邪魔なだけですよ。小姑はいない方が平和ですわ。お義姉様の体調はいかがですか?」
「ああ、先ほどまたひと眠りし始めたところだ。かわいいかわいいと、どうしても赤子から手を離せないようでな。皆、体を休めるよう説得してるのだがそうもいかん」
「お兄様にそっくりだとお聞きしましたわ。私もお会いしてもよろしいですか?」
「よかったら抱いてみるかい?」
「よろしいのですか?」
「ああ。メリッサもスカーレットに会わせるのを楽しみにしていたぞ。女の子だから君にもそっくりなのだ」
「あら、それは楽しみでございますわ」
二人は同じ翡翠色の瞳を輝かせ、ニコリと微笑んだ。
「そうだ、今日はメリッサの代わりに出席してくれてありがとう」
「いえ、代わりだなんて。産前産後は動けませんもの。私もランチェスターの一員ですし、それに私もお仕事がありましてよ」
「ああ、だが今、社交界を大いに騒がせているのだろう?」
「ええ、ウィリアム様がね」
「君には害はなかったかい?」
「いえ、全く。皆さまご理解いただけていますから、頼もしい限りでしたわ」
ギルバートは最後にもう一度頭をひとなですると、スカーレットを赤子のところまでエスコートをした。
「かわいかったわ。赤ちゃん」
「本当にスカーレット様に似ておられましたね」
スカーレットはセシリーの淹れてくれたお茶を飲む。
一呼吸置くとスカーレットは何かを思い出し口角を上げた。
「そろそろかしらね」
「そうですね……」
セシリーはスカーレットの呟きに同意した。
◇◇◇
三週間ほど前のこと、先触れを出し静養地にスカーレットは立ち寄った。
「スカーレット、この度は大変申し訳なかった」
先代公爵が頭を下げる。
「いえ、カルヴィン様の所為ではございません」
スカーレットも挨拶のために軽く頭を下げる。
「ジョアンナ様はどちらに?」
スカーレットは辺りを見回し先代公爵夫人を探した。
「すまぬ、あまりの衝撃に……。今は横になって休んでいるよ」
「そうでしたか」
カルヴィンは手を差し出し、スカーレットはそこに手を添える。カルヴィンは動かぬ方の片腕にスカーレットの手をスマートに誘導すると屋敷の中へとエスコートした。
応接室ではスカーレットとカルヴィンが対峙するように座り、遅れてやってきたジョアンナがカルヴィンの横に腰かけた。
「ごめんなさいね、スカーレット。本当に申し訳ないわ」
ジョアンナは手にしているハンカチで涙を拭っている。
「いえ、驚かせて申し訳ありません。ですが、こうなるだろうことは予想できましたから」
半年ほど前から、ウィリアムの外出する日が増えていた。私費の使い道も不自然なものが増え、怪しんだスカーレットが調査させると、定期的に会う男爵令嬢の存在が明らかになった。恋煩いの様子は、見覚えのない刺繍入りのハンカチを見てため息をついているウィリアムの様子からも明らかだった。
「そんな前から……」
ジョアンナは軽く首を振り嘆いた。
「あいつは離縁を望んでいると?」
「ええ。正妻として迎えたい女性がいるからと」
カルヴィンは大きくため息をついた。
「あの愚か者が……。スカーレット、これまでの献身に感謝する。本来であればあいつを窘め君を引き留めるよう説得するべきなのだが、その様子では聞くまい。私たちも伸び伸びと隠居させてもらっておいて図々しいにもほどがあるからな。必要書類に署名してくれ。速やかに離縁の手続を済ませよう」
カルヴィンは片手を上げ、書類を控えていた執事から受け取った。
「ええ、こちらで間違いなく。私の持参金は全て回収させていただきます。この屋敷と領地もランチェスターに返還となりますからご用意をお願いします」
「ああ。すぐにでもここを後にし公爵邸に戻るとするよ」
屋敷内は片づけのためにバタバタと慌ただしくなっていた。
「慌てなくても大丈夫ですわ。ジョアンナ様の体調もみながら、お加減のいい時に移動されるのがよろしいかと。こちらは私の持ち物になる予定ですから」
「配慮感謝する」
二人が隠居し静養地で暮らしていたのは二人の体調を気遣ってのことだった。
「それから、私の持参金を使って立ち上げた商会は私が運用しておりますから、そのまま私の物として経営していきます。経営権を慰謝料と財産分与分として相続いたします」
「……ああ、それで構わん」
「その代わり、スカーレット・ホワイトフィールド公爵夫人として活動していた期間の収益は公爵家の資産として残していきます。つまり資産運用の利益は置いていきます。そこそこの額になるかと思いますから、それだけでも意味のあったものになっているかと思いますよ」
「ああ、本当に、何から何まで感謝する」
ウィリアムとスカーレットの結婚は、政略的なものだった。
ホワイトフィールド公爵家は王家に準じる四大公爵家の一つだ。しかし、穏やかすぎるウィリアムには当主としての資質が乏しく徐々に公爵家は傾き始めていた。
そこで迎えられたのが、商才に長けるランチェスター侯爵家の娘、スカーレットだ。スカーレットは持参した資金と人脈によって、ホワイトフィールドを立て直した。
(なにが、彼女は純粋で頑張り屋で素晴らしい女性よ。私だってやってきたことは同じなのに)
「しかし、こんなに残していって、君はいいのか?」
スカーレットの持参した書類には、公爵家に残していく資産が記されていた。カルヴィンは難しい顔をしながら書類に目を通している。
「はい。ホワイトフィールド公爵夫人として広がった人脈もございますから、こちらを今後の資産として活用させていただきます」
「君には傷をつけてしまったな」
「まあ、こんな面白みもない令嬢など元々人気はございませんでしたから、一度でも結婚できたことはいい経験でしたと申し上げておきます。それに子供がいなかったことは幸いですわね。私の戸籍に傷がつくだけで済みますから」
結婚生活は二年間だったが、子を授かることはなかった。夫人としての役割が担えていないと悩んでいたことも少なからずあったため、スカーレットとしても自分の有責ではなく離縁できたことには少々安堵もしている。
「それで、お一つ確認なのですが……、ウィリアム様を今後どうなさるおつもりで?」
「ああ、今回の件は公爵家の継承条件に反する。早急に対応するよ」
その回答にスカーレットは口角を上げ微笑んだ。
スカーレットも書類を確認し終え署名を行うと、正式に離縁に向けた交渉を終えることになった。
◇◇◇
「カルヴィン様は大丈夫かしら?」
「ウィリアム様ではなくてですか?」
「せっかく隠居されていたのに、お体が心配だわ」
カルヴィンは利き腕を負傷したことがきっかけで軍を退役していた。エスコートの際ににつかませてもらった腕は筋力が落ち細くなっていた。それを思い出したスカーレットはカルヴィンのこの先を思案した。
窓の外に広がる真っ赤な夕日を眺め、スカーレットは息を吐いた。その温かさはスカーレットの冷たく冷えていた心を溶かしていった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
たくさん得ることができました。でもそれ以上に公爵家に残していったようですね。
次回、『真実の愛』の『その後』です。




