最終話『選び抜いた愛』
ずっと……
「あら、こちらのマフィン、とてもおいしいわ」
「お兄様が買ってきてくれたのよ」
「いつもお優しいのね、ライオネル様は」
「いつもではなく、お兄様の優しさは限定的なのよ」
令嬢は頬をぷくっと膨らませている。
「私はスカーレット様がうらやましいわ。ギルバート様はスカーレット様を溺愛なさってますもの」
「それでも、限度というものがありますわ。お兄様には常にメリッサ様を優先するように言い聞かせてますのよ。私はメリッサ様と末永く仲良くありたいので」
「女の嫉妬は怖いですものね。私はそんな心配は杞憂に終わりそうでよかったわ」
この日、スカーレットはブラックストン公爵令嬢であるミッシェルとお茶を楽しんでいた。二人は幼馴染で仲が良い。ランチェスターの別邸に住まいを移してから久しく会っていなかったが、ミッシェルにお呼ばれして、こうしてブラックストン公爵邸へと足を運ぶことになった。
「そういえば、聞きました?カレン様は男爵邸に戻られたそうですよ」
「あら、どこから仕入れた話ですの?」
「勝手に聞き及んできたものですわ。社交界はお二人の成れの果てで話題は持ち切りですの」
「有名人も困ったものね」
「白隊員は頭の中が真っ白ですからね。何も考えなどお持ちではないのですよ。よく隊長でいられましたわよね」
「あら、なにそれ? 白隊員?」
「最近そのような呼び名がついているんですよ、あのお方は。お兄様の黒将軍に準えて」
ホワイトフィールドとブラックストンをもじっているところも皮肉なものだ。
「ところで、ウィリアム様がどうなったかご存じですか?」
「さあ、私の知るところではありませんから」
「ふふふ。そうおっしゃると思ってましたわ」
ミッシェルはこれは愉快だとにやついた。
「風の便りでは小ぶりなお屋敷にお一人で住んでらっしゃるとか。今でもマリオット男爵邸の周りをうろついている姿を目撃されているようですわ、って、知るところではありませんでしたね」
スカーレットはカップの茶に視線を落としたまま静かに聞いていた。
(ああ……、あの方にとっては本当にあれが真実の愛だったのね)
スカーレットは揺らめく茶にうつる自分の顔を見つめ、ふっと笑みをこぼした。
「やあ、スカーレット」
カップから顔を上げたスカーレットは、声の主を確認した。
「あら、ライオネル様! ご無沙汰しております」
この日は休日なのだろう。騎士服ではなくラフな服装を爽やかに着こなしたライオネルがいた。
スカーレットは立ち上がると膝を軽く折り、挨拶をした。
(大きい……)
視線を上げたスカーレットは、ウィリアムよりも一回り大きく感じたライオネルの逞しさに感嘆した。
「ああ、しばらくお会いしていなかったな。相変わらず凛々しいな君は」
そう言いながらスカーレットに近づくと、椅子を支えスカーレットが座れるようエスコートする。
「そんな。あまりかわいげがないでしょう?」
「その涼し気な美しさも君らしくていい」
「お上手ですわね」
黒公爵と呼ばれるライオネルは、黒髪の間に覗く金に輝く鋭い瞳で、目つきだけで相手を殺すとまで言われる将軍だ。
しかし、今、目の前にいるのは、落ち着いた雰囲気の爽やかな貴公子である。
「このマフィンはライオネル様がご用意されたと伺いました。とても美味しくいただいております」
「気に入ってくれたなら何よりだ。こちらに来るのは久しぶりなのだろう? 今の暮らしはどうだい?」
「そちらも気に入っておりますよ。平穏だと申し上げておきましょう」
「それはよかった」
ライオネルは空いている席に座ると、その長い足を組んだ。
それを見ていたミッシェルは侍女にお茶を用意するよう指示している。
ミシェルはこの状況を歓迎しているようだ。
「君の周りはずいぶんと騒がしかったようだからな。忙しく過ごしていたと聞く」
「ですが、それなりに得たものも多いのですよ」
「だが君が背負うべき苦労ではなかっただろう?」
ライオネルは優雅に茶を口にし、ゆっくりとカップを下ろした。
「私が長期遠征に出ている間に君はホワイトフィールド公爵夫人になっていた。正直穏やかではいられなかったが、次の遠征から戻ってみれば今度は離縁されたというではないか。君の価値をあいつは全くわかっていないことが腹立たしい。君が何をしてきたか、私は知っている」
(ライオネル様……)
「そのお言葉だけでも救われますわ」
スカーレットの心は温かかった。
「君は支える側ではなく、並び立つべき人だよ」
「……え?」
スカーレットが顔を上げると、そこにはライオネルの瞳が優しく輝いていた。
「スカーレット、今後はどんな予定でいるんだい?」
「今後ですか?」
ライオネルはコクリと頷く。
「そうですね……。商会を大きくしていって、女大富豪にでもなろうかと思っておりますわ」
「はは、それはいい!」
スカーレットの得意げな様子に、ライオネルは後押しした。
「ところで、結婚は?」
「……結婚、ですか? ──そんな予定もございませんし、もう尽くすばかりはこりごりですわ」
するとライオネルは姿勢を変え、スカーレットの手をとった。
(?)
スカーレットは、握られた手からライオネルに視線を移す。
「ならば、私のところに来ないか? 今度は支える側ではなく、対等に」
「……え?」
ライオネルはスカーレットに柔らかく視線を送ると口角を上げた。
「私はずっと君が良いと思っていた。初めて会った時から、ずっとな」
スカーレットの呼吸が止まる。その言葉の意味をすぐには理解できなかった。
「ら、ライオネル様?」
「君には、これでもかというくらい愛を与えよう」
(あ、……愛?)
スカーレットはライオネルの想いを知り、息を呑んだ。
「あ、あの……」
チラリとミッシェルに目を向けると、彼女は口元を手で隠し、目をキラキラと輝かせていた。
(ミッシェル様! あなたまさか──)
目を見開いたスカーレットに気が付いたミッシェルは頷くような仕草をした。
もう逃げ場がない。
改めてライオネルの真っ直ぐな言葉が染みわたる。
今までに聞いたどんな言葉よりも嘘のない重みがあった。
正直に言って嬉しかった。
それに気づいたとき、急に頬が熱を帯びていくのを感じた。
ライオネルの瞳が、自分を捉えて離さない。
もう逃げられない。でも、──全く嫌ではなかった。
観念したかのように一息つくと、スカーレットはライオネルの手をきゅっと握り返した。
スカーレットの頬はみるみるうちに赤く染まっていった。
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物語はまだまだ続きます。
次回エピローグ。スカーレットの未来をちょっと覗いてみましょう。




