第4話『茶会という名の洗礼』
貴婦人の静かな戦いが始まります。
翌日、早速招待状が届いたとフランクから告げられた。カレン宛だったという。ウィリアムからはせっかくカレンが招待されたのだから、カレンに任せると言われたというのだ。人脈を作るためには重要な務めだとカレンは招待された茶会への出席を承諾した。
夜会から一週間後に開かれた茶会では、主に夜会に出席していた夫人や令嬢が参加していた。
「この茶葉は先日輸入したばかりの代物だそうよ。これから国内で売り出されるそうですから、皆さんどうぞ味見なさって」
この日の主催はレッドグレイヴ公爵夫人だった。天気も良く、庭園にセットされたテーブルには様々な茶菓子が用意され、咲き誇る花に負けないくらい色とりどりのドレスによって華やかさを増していた。
カレンは教わったマナー通りに順序や序列を守り、勧められた茶を口にする。カレンの一挙手一投足は視線を集めていた。だが、何かを指摘されたり囁かれたりすることはなかった。この数日間の付け焼刃だったが、ある程度は見られるようになっていたのだろう。カレンは一息つく。
「あら、大丈夫?」
「初めてのお茶会かしら?緊張なさっているみたいね」
様子に気付いてくれた婦人が声をかけてくれた。
「あ、はい。初めてでして……。お声かけいただきありがとうございます」
しかし、気は抜けない。公爵邸に招待状が届いたとはいえ、今はまだ男爵令嬢であるカレンは恐れ多くも話しかけることなどできる立場ではなく、婦人らの会話を聞くことに徹していた。
そこで明らかになったことがある。先日の夜会は政財界の中心人物らが招待されており、日頃の成果や今後の動向など情報の交換が目的のものだったということだ。さらに今日の茶会はそこに出席していた家門の婦人会で、女性視点の情報交換会だという。
「先日、ご紹介のあったマダムエステルのドレスは半年待ちだそうよ」
「素敵な一品ですもの。わたくしの目に狂いはなかったでしょ?」
「ええ、本当に。そういえば、スタンディング商会で扱っていた香水で健康被害が報告されたそうなの。現在出荷停止になっているそうよ」
「あら、これで何品目?もうスタンディング商会も継続が難しいのではなくて?」
(ど、どうしよう……。情報?経済なんて、流行りも知らないわ)
カレンは視線を上げられずにいた。そこにレッドグレイヴ公爵夫人の声が降りかかる。
「えぇーっと、カレン様でしたかしら?本日はお越しいただきありがとうございます。皆さんにご紹介しなくてはいけませんでしたわね。マリオット男爵令嬢のカレン様ですわ」
一気に注目を浴びたカレンは、背筋を伸ばした。
「マリオット男爵が長女のカレンでございます。この度はお招きいただき、このような機会をいただきましてありがとうございます」
レッドグレイヴ公爵夫人はすっと扇子を広げ口元を隠した。
「お茶はお口に合っているようで何よりですわ。随分とお召し上がりに、──なってますものね」
周囲の視線がカレンのカップに注がれる。
話を聞くだけだったカレンのカップにはもう茶は入っていなかった。
「茶会でお出しする茶葉はその時の一等品を選ぶようにしてますの。お飲み慣れていないでしょうから少々心配しておりましたのよ」
クスクスと笑い声が聞こえる。
(喉が渇いていたわけじゃないんだけど……)
「あっ……。とても美味しいかったのでつい……」
「ええ、そうでしょうね」
さらに、笑い声をこらえ肩を震わせている婦人が目に留まる。
「そうそう、公爵様のお話は、よく伺ってますのよ」
「あ、それは光栄でございます」
カレンの返しを受け、夫人や令嬢の口元には扇子が彩った。
「今は公爵家にいらっしゃるんでしょ?ではもう公爵家の内情にはお詳しいのかしら?」
「ええ、これから徐々にではありますが勉強させていただいております」
参加者らは互いに目配せる。
「そう、努めることは大切なことですわよね。では、最近公爵家で起きた変化をご存じ?」
「変化……ですか?」
「ええ、随分と大きなご決断をされましたでしょ?」
「決断……」
(私との……婚約のことかしら?)
カレンはややうつむいた。すると他の婦人らも賛同し始めた。
「私も驚いたんですのよ」
「公爵様は本当に情の深いお方なのですね。私には受け入れることが到底できないわ」
「本当に信じられませんわ。あんなに大切なものを手放すなんてねぇ」
「それだけ貫きたかったのでしょう?随分と大きなものを犠牲にしましたわね」
「……?」
あちらこちらから聞こえる会話を拾えるだけ拾ったが、カレンには理解できずにいた。その様子を見ていたレッドグレイヴ公爵夫人は扇子を下げると口元を大きく動かしながらカレンに向けて囁いた。
「そのご決断を、あなたはどのように受け止めていらっしゃるの?」
「えっ──」
自分が知っていなければいけないことなのか、それとも知っているべき常識なのだろうか。カレンが思案し、周囲を見回した。すると、一人の婦人と目が合った。その婦人は隣の婦人に顔を向けるとカレンに聞こえるように話し始めた。
「公爵様には奥様がいらっしゃったでしょう?」
その言葉にカレンの思考は止まった。
「……え?」
「ええ、正式にご結婚されていた方がねぇ」
(正式に……?)
「そうそう、ほんの三週間ほど前まで公爵夫人だった方がいらっしゃいましたものねぇ」
(さ、三週間前……)
(そんな……)
(え?)
(どういう……)
(わたし……、知らない……)
カレンは血の気が引いていくのを感じた。
「そ、そん……。私、そんなこと……」
「あら、ご存じなかったの?」
「それもそうよね、知っていたら先日の夜会になんて参加できませんわよ」
「ええ、公爵夫人に宛てて招待状をお出ししたものだって聞いていたわ」
「きっと公爵様がお披露目したかったのよ」
ふと誰かが呟いた。
「どなたか、止めて差し上げなかったのかしら?」
納得だと言わんばかりに婦人や令嬢は頷き合っていた。
冷たくなった指先の感覚がなくなっていく。
「あら?顔色が優れませんことよ?」
カレンの向かいに座っていた婦人に指摘されると、レッドグレイヴ公爵夫人は侍女を呼び、カレンを別室へと案内してくれることになった。
カレンの退場を見届けた参加者らは、まるで何事もなかったかのようにカチャリとカトラリーを動かし始めた。
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