第3話『突き付けられる現実』
いよいよ社交界へと足を踏み入れます。
カレンが公爵邸に来た日、屋敷の中は忙しなく時が動いていた。
「一体なにをお考えなのだ?」
「どうせなにもお考えではないのでしょう」
フランクとアガサは主なきところで作業を進めていた。
「大旦那様が戻られると連絡が来た。一週間後になるそうだ」
「スカーレット様が出ていかれては、維持などできなくなりますものね」
「ご不在の間に問題が起こらなければいいのだが」
それを聞くなり、アガサは視線を手元からちらりと上げた。
「もう問題が発生してますでしょ。三日後ってなんですか⁉」
「ああ、それな」
フランクは深いため息をついた。
「そこまで大きい夜会ではないのだが、公爵夫妻連名で招待されていたものだ。お二人で出席するとお返事していたから、離縁された今どうするのかと確認したところ、パートナーを連れて出席すればいいだろうとおっしゃって」
アガサはあんぐりと口を開けた。
「定期交流会のようなものだから、確かに堅苦しくはないと思うのだが、だったらお一人で参加される方がよろしいのではと提示したんだがね」
「聞き入れてはくれなかったと」
「後の公爵夫人なんだから紹介してもいいだろうとおっしゃって」
「問題だらけじゃない……。このままでは恥になります」
「すでにもうその段階に踏み込んでいるよ」
「……」
アガサはその件に関してはもうなにも言えなかった。
「ところで衣装は仕立て屋を呼ぶのか?」
「仕立て屋を呼んでる時間がないのです。まずはパーティーの為の衣装を優先して数着購入してくる予定です。針子を準備させます。微調整でどうにかそれらしく」
フランクは帳簿に目を通す。
「どこから捻出するか……」
「まだお客様ですから交際費の部分はいかがです?」
「婚約者様だろう?夫人用では……だめか」
「ええ、奥様ではありませんものね」
「部屋の用意もせねばならんから旦那様の私費からも出すか」
「部屋の用意?」
「あのあと、なぜ公爵夫人の私室に用意しなかったのだとおっしゃられて、再度まだ奥様ではありませんのでとお伝えしたんだ。今公爵夫人の私室には物がなにもありませんからな。揃えるにしても相当な額が動くとなると許可が必要だ」
「旦那様の?」
「今まではスカーレット様が管理してくださっていたからな、旦那様に許可をとるのが憚られて」
「なにもわからなそうですものね。相場も価値も」
二人は目を合わせると大きくため息をついた。
「とにかく今は浮かれておられる。カレン様の為ならなんだってされてしまうだろう。それが公爵家として正しいかどうかは頭にないだろうからな」
「スカーレット様が案じておられましたから……。本当にお優しい方です。お越しになったご令嬢を見極めた上で支えるに値すれば支えて差し上げるように、とお声をかけていただきましたからそのようにしました。カレン様には傲慢さは見当たりませんでした。地位を狙ったものでもなさそうですし、公爵家が侮られないよう、できる限りのことをするまでです」
フランクとアガサの夜はまだまだ長い。
丸二日かけて、カレンは立ち姿、歩き方などの所作と、高位貴族のマナーを叩き込んだ。それでも限度はあったが、まあ見られる程度にはなったと講師には一定の評価をもらった。カレンの必死に懸命に学ぶ姿勢に、アガサだけでなく公爵邸に仕えるものたちは彼女を見直した。
「きれいだよ、カレン。すごく素敵だ」
この日の為に用意された衣装は、たくさんのリボンがあしらわれ、清楚ながらも可愛らしさが際立つデザインであった。そして胸元と耳元には、大粒のサファイアが輝いている。髪飾りにも細かい宝石がたくさん使われたものが採用された。衣装に手がかけられなかった分、宝飾品で賄うことになったのだ。こんなに派手な装飾品は身に着けたことがないカレンは、目立ちすぎないかと心配になった。
「ありがとうございます。ウィリアム様も素敵です」
前髪を上げているウィリアムは初めて見る。彼のよそ行きの姿にカレンもまた見惚れた。
褒められたことがうれしくて、カレンはにこりと柔らかく微笑んだ。
「ああ、とても愛らしい。……出席するのをやめようか。こんな姿を誰にも見せたくはないな」
カレンの手をとると自分の口元に運ぶ。ウィリアムから口づけが落とされたと気付いたカレンは顔を真っ赤に染めた。
「しかし、出席すると返事している以上は仕方ない。出発するとしよう」
カレンの手はそのまま誘導され腕を組むと、そのまま馬車までエスコートされた。
この日のパーティーは、アシュバートン侯爵家が主催だ。政財界を動かす高位貴族が招待されたもので、日頃の成果や今後の動向など情報の交換が目的である。公爵家を取り仕切っていたのは実質前公爵夫人スカーレットだった。四大公爵家ももちろん招待の対象であるが、ホワイトフィールド公爵家においてはスカーレットこそが真の招待客であった。さらに、スカーレットはランチェスター侯爵令嬢の時にも招待されている常連であった。
四大公爵家の一つというだけで様々な社交に招待されているウィリアムにとって、社交場はただの人付き合いであって、歓談の場だと思っていた。そんな彼はホワイトフィールド公爵家にとって誤った選択をしていることにまだ気が付いていない。
会場に入場するときらびやかな装飾や様々な種類の軽食が目についた。
(気楽なものだって話ではなかったかしら?)
カレンは息を呑んだ。
さらには、すでに会場にいる紳士淑女の装いもとても華やかで、自分の姿が霞むほどである事実に羞恥心を抱いた。
化粧を施してもらったからいつもよりも格段に美しくなっていたが、造形から美しい高位貴族らの美しさの前には敵わない。
雑談によりざわめく会場内がグラスの合わさった音が一つ響くのを最後に急に静まり返った。カレンは驚いたがその理由が痛いほどよくわかった。紳士淑女の視線が突き刺さる。自分が注目を浴びていたからだ。
「まずは主催者に挨拶しに行こう。あそこにいるのがアシュバートン侯爵だ」
ウィリアムとともに移動を始めたが、視線もついてくる。ウィリアムは気づいているのだろうか。カレンは突き刺さり続ける視線に血の気が引いていくのを感じた。
「本日は呼んでいただきありがとうございます」
「ああ、これはホワイトフィールド公爵様。ご無沙汰しております。……、本日は、お一人ではないのですね」
アシュバートン侯爵はカレンを見つめ一瞬固まっていたが、すぐに笑顔を浮かべる。
「本日のパートナーとして連れてきました。カレンです」
名前を紹介されたカレンははっと視線を上げウィリアムを見た。
(……、婚約者……とは言ってくれないの?)
それ以上を説明しようとしないウィリアムに、カレンは教育を思い出し、自分が話すべき台詞を絞り出す。
「お初にお目にかかります、マリオット男爵が娘カレンと申します。本日はウィリアム様に帯同させていただきました。どうぞ、よろしくお願いいたします」
カレンは裾をつまみ膝を軽く曲げると低頭した。
「……カレン嬢、こちらこそよろしく。これは妻のヴァネッサだ」
侯爵の横に立つ夫人は口角を上げ軽くお辞儀した。侯爵夫妻はカレンを上から下まで確認するかのように視線を動かす。
「貴女には慣れぬ上に退屈な場だろうが、珍しい料理もたくさん揃えた。楽しんでいかれるといい」
カレンは再度お辞儀し顔を上げると、挨拶を終えたウィリアムに連れられ移動した。後ろをちらりと振り返ると、侯爵夫妻は小さく何かを確認するかのように互いに肘で突き合っているのが見えた。
その後も挨拶して回る。ウィリアムの友人、知人だという人が多かった。本当に雑談をするだけで、中身のある話は特になかった。カレンは横で微笑むだけで済み、ほっと一息ついた。
(……え? どうしてそんな表情なんだろう……)
ただ、彼らの視線の奥にあるものを、カレンは読み取ることができなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
なんとか乗り切ったように見えますが……。
次回、茶会編です。




