愛する猫が虹の橋を渡った日
「やだ~! 目を開けて。お願い……猫正宗……」
固く閉じた目。
冷たく、硬くなってしまった身体を、私は抱き締めていた。
出会いは5歳の時。
河原に段ボール箱が置かれていて、そこから「みぃ、みぃ」と子猫の鳴き声が聞こえた。
箱を開けると、一匹は既に虹の橋を渡っていたらしく、一緒にいた父親が役所のペット火葬に連れていき、弔った。
「お願い! ちゃんと面倒を見るから……」
泣きながら訴えて、生き残った二匹を我が家の家族として迎え入れた。
トイレもご飯も、全部面倒を見た。
寝る時は、二匹とも私の布団に入ってきて、右側に猫正宗、左側にチャチャがいて、一緒に眠った。
辛い時、悲しい時、楽しい時、嬉しい時。
いつだって、二匹がそばにいてくれた。
茶トラのチャチャは頭が良くて、引き出しやドアというドアを全部開けてしまう子だった。
困ったのは、私がいないと洋服タンスのドアを開けて、中に入り、猫正宗と一緒に私の衣類に埋もれて寝てしまうのだ。
私の服はいつも二匹の毛だらけで、猫毛取りのコロコロが必需品だった。
やんちゃで誰にでも愛想の良いチャチャ。
気位が高く、懐くまでは引っ掻かれたり、「シャー! シャー!」と威嚇されたりして大変だった猫正宗。
でも、めげずに可愛がり続けているうちに、いつしかチャチャや家族にさえヤキモチを妬く、私を溺愛してやまない猫になっていた。
え? 彼氏はいないのか? って?
人間は裏切るし、男は浮気するじゃない?
友達の恋愛相談に乗っているうちに、私はいつしかそう考えるようになっていた。
だから、恋愛なんてテレビや漫画、小説の中の世界だけで十分だった。
私には、猫正宗という彼氏と、チャチャという彼氏の弟がいれば充分だった。
「猫正宗は、私の彼氏だもんね~」
「にゃ~」
可愛い顔なのに低音ボイスの猫正宗は、私がそう話しかけるたびに返事をしてくれていた。
猫は人間より、寿命が短い。
「ねぇ、猫正宗、チャチャ。あんた達は、尻尾がいくつになっても良いから、ずっとずっと一緒にいてね」
祈るような気持ちで、いつもそう語りかけていた。
そんなある日、二匹が我が家に来て18年目。
朝、起きたらチャチャが冷たくなっていた。
病気もしない、良い子だった。
昨日までは、元気にご飯も食べていた。
どこが悪かったのか?
何が起こったのか、分からなかった。
ただ、冷たくなっているチャチャを抱き締めて、泣き崩れた。
そんな時、猫正宗はずっと私のそばにいてくれた。
この子を失うのが……怖かった。
「猫正宗、お前はずっと一緒にいてね。私を、置いていかないでね」
小さな命を抱き締めて、私は訴えた。
……でも、時は残酷だった。
20年目になった冬。
いつもならベッドにいる猫正宗がいなかった。
家中を探し回ると、私の洋服タンスの服に埋もれて、隠れるように冷たくなっていた。
健康診断もしていたのに、また、助けられなかった。
周りからは寿命だと言われたけど、もっと早く気付いてあげられたら……。
せめて、最期を見届けてあげられたら……。
自責の念に押しつぶされそうになりながら、綺麗に掃除された猫トイレと、洗い上げられた猫の器を眺めていた。
二匹を失って半年が過ぎた頃、仕事から帰宅すると、綺麗に掃除された猫トイレに猫砂が入っていて、猫の器が三つ並んでいた。
「あ! 姉ちゃん。俺さ、今日、保護猫カフェに行ったらこの親子を見つけてさ。連れて帰ってきちゃった」
そう笑って話す弟に、私は冷たく言った。
「誰が面倒見るの?」
その時、物陰から怯えたようにこちらを見る三匹の姿が見えた。
「え? なんでキジトラ猫? 普通、似た子を連れてこない?」
「なんでだろうな? なんか、連れ帰らないと……って思ったんだよ」
そんな会話をしながらも、いつしか三匹とも愛しい家族になっていた。
名前は母猫がワカメ。
兄弟猫は、コンブとヒジキ。
三匹と暮らしていても、時折、猫正宗とチャチャを思ってこっそり泣いた。
「また、会いたいなぁ~」
満月の夜、猫正宗の金色の瞳を思い出して呟くと、
「にゃお」
と、ワカメが返事をした。
「なぁに? ワカメが猫正宗とチャチャに、会わせてくれるの?」
そう言って笑うと、ワカメが私の手をペロリと舐めた。
まさか、満月のお願いが叶うなんて、この時の私には知る由もなかった──。




