港に残る指揮官
冷域九で退避の準備が続く間、津久井怜は最終便の名簿から自分の名前を外していた。副官は強く反対した。指揮官が残れば、救援を呼ぶ窓口もなくなるかもしれない。
「ここに残る人がいる限り、当直が必要だ」
津久井は答えた。だが副官の指摘にも理がある。指揮を引き継ぐ人がいなければ、最終便が出たあとで誰が生命維持装置を管理するのか。
彼は保守員の柴野誠に地下避難室の管理を頼んだ。柴野は一度だけためらい、必要な鍵と図面を受け取った。全員を同時に運べない以上、役割を分けるしかない。
最初の七隻へ医療を必要とする人々が乗り込む。家族が分かれる場面では泣き声が上がった。津久井は送り出す人々へ、次便の出航条件を掲示した。守れるかどうか確かでない時刻は書かなかった。
艇が出たあと、静かな格納庫に数十人の作業員が残った。津久井は彼らを集め、食料と空気の残量を伝えた。遠くで何かが輝いたという報告が来たが、窓のない格納庫からは見えない。
機材倉庫に残った温度計をすべて点検するよう、津久井は整備班に命じた。避難室の快適さにも、数字で確かめられる限界があった。
格納庫の壁には、採掘員の家族写真が並んでいた。出港した人が持っていかなかったものだ。津久井は写真を移すよう命じかけ、やめた。持ち主が戻るかもしれない。代わりに、換気の邪魔にならない場所へまとめて保護した。残った人々は作業に入る前、一度だけ写真の前で立ち止まった。誰かを思い出す時間を、命令で短くする必要はなかった。
彼は数字を隠さず、今日できる仕事を割り振った。指揮とは、誰より長くそこに立つことだけではなかった。




